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第8章 停止の正義と破壊の信念

(…ユリウス―?)


 ダイはその言葉に聞き覚えがあった。むしろ、その言葉を聴く瞬間までそれを忘れていたことの方が不思議なくらいに。そしてその言葉をどこで知ったのかを思い出した時、自分と目の前にいるジハトと名乗る少年以外のヒトの時間が止まるという異様な状況の中で、今まで追い求めていた答えを見つけたような安心感を覚えた。


(あの本は、予言書なんかじゃない。本当は僕がビャク達と出会うまでの間、この退屈な世界を変えにいこうという気持ちを最後の最後まで後押ししてくれたものだ。こんな何もない僕に、生きる意味を与えてくれたものだ―。)


 こんなにも簡単なことなのに、なぜ今まで気づかなかったのだろう?

 虚無と絶望しかないと思っていたこの世界に、自分が生を受けた理由。

 自分という存在を保つ為に、何かに抗い闘わねばならなくなった理由。

 ダイはそれらを少しでも知ることができたという喜びが、興奮という形で身体の奥から湧き上がってくるような感覚を覚える。それは、ジハトの眼には真紅のオーラとなってダイの身体を包んでいるように見えていた。

 その姿を見てジハトは杖を握る両手の力を強める。


(こ、この強力なオーラと言葉に対する認識力…。間違いない!彼は、この世界におけるユリウスに導かれし者だ…!)


「僕が、―いや僕達が、あの話の真実を!続きを!結末を!この手で作り上げるんだ!!」


 ダイは右手を天にかざし、蒼く輝く“梵矢(クシティ)”を召喚する。しかしどこからともなく手にしたそれは以前のように歪んだ形状をしておらず、その先端から柄の間のどこかに触れただけで鮮血が飛び散ってしまいそうな程、鋭利で恐ろしくも美しい形をしていた。まるで、今の持ち主の感情を具現化しているように。


「まずはアイツらの時間を、取り返せ!“梵矢(クシティ)”!!」


―シュン!!


 蒼い槍が文字通り風を切りながら、ジハト目掛けて放たれる。途中で、その先端の形状がヒトの右手を模り、ジハトに奪われたビャクとジロウの時間を取り戻そうと蠢く。


(な、なんて禍々しいんだ…!?)


 そのおぞましい光景に怯みつつも、ジハトは両手の中で蒼く輝く杖の先を、向かってくる蒼い右手に向ける。


「今度こそ、あなたを止めてみせます!―“梵棒(チャクラ)”!!」


 ジハトがそう言うや否や、蒼い杖の先が如意棒のように伸び始め、右手を模る“梵矢(クシティ)”を捉えた―というより、貫いた。


「―ぐっ!?」


 その瞬間、ダイは自分の身体までも貫かれたかのような痛みに襲われた。ダイは腹部を両手で押さえながら両膝を地につけ、必死に痛みに耐えようとする。その時ダイの両眼は未だ動きを止められたままのビャクとジロウの方を見ていた。


(このままじゃ、僕まで時間を奪われてしまう…!どうしたら―、あ!?)


 ダイが薄れる意識の中で何か対策を―と考えた時、2人とその周囲で蒼い光が煌めくのが見えた。


(―そうか!あれが2人を…よし!)


 その間にも、“梵棒(チャクラ)”はダイ本体目掛けて迫ってきていた。


「あなたの悪行は、ここで終わりです!」


―ドッ!ドッ!ドッ!


「うぐっ!?な―。」


 まさに“梵棒(チャクラ)”の先端がダイの腹部に当たる瞬間であった。その細い先端に3本の蒼い矢が見事に突き刺さり、その反動で“梵棒(チャクラ)”の軌道がずれ、そのまま地面に突き刺さった。そしてジハト自身にも、攻撃を受けた“梵棒(チャクラ)”を介して痛みが伝わる。


「ぐぅ…!い、一体これは…!?」


 ジハトが、3本の矢が飛んできた方向に顔を向けると、その身を燈色に輝かせ、巨大な右腕から蒼い煙を上げながら彼を睨み付ける大男が立っていた。その左肩には、頭部に群青の尻尾を携えた褐色の少女が両眼を丸くしながらチョコンと座っていた。


「…助かったぞ、ダイ殿。」

「―れ、礼を言うのはこっちだ…。ジロウのおっさん。」

「うにゃ…?一体何があったのダ?」


 ジハトは、今動いているはずのないビャクとジロウが確かに言葉を発したのを聞いて、驚きを隠せずにはいられなかった。


「な、なぜあなた達が、今動いていられるのですか!?確かにボクの力で時間を止めたはず―。」

「それって…、これのせいなんだろ?」


 ダイが右手の人差し指で“来い”の仕草をすると、ダイに投擲され“梵棒(チャクラ)”に風穴を空けられた“梵矢(クシティ)”が持ち主の手元に戻ってきた。

 その時 “梵矢(クシティ)”の先端にあったものは右手だけではなかった。反対側の先端―柄の方には、何かを強く握りしめる蒼く巨大な左手ができていた。

 その拳がゆっくりと開いていく。すると、その中には蒼い砂のような粒子がキラキラと輝きながら収められていた。


「アンタが…その杖でバラ撒いたこの粉が、コイツらの時間を奪っていたんだ。“梵矢(クシティ)”の右手がお前の注意を上手くひいてくれたから、この作戦が上手くいったのさ…。」

「にゃにゃ!…それは何なのダ!?」


 未だに状況を理解できていない通称―脳筋ポニテ。

 ダイはそんな彼女にツッコむ余裕さえも残っていなかった。さらに自分の身体の一部でもある“梵矢(クシティ)”の右手を貫かれていたこともあり、ダイはその痛みに耐えながら立つのがやっとであった。しかし前髪に隠れた両眼は、鋭く刺すようにジハトを睨み付けていた。


「さっきアンタは、現状維持の為に全てを“止める”と言ったよな?それは確かに間違いなく正論だ。…だが、それに何の意味がある?」


 ダイはゆっくりとその場に立ち上がる。


「“ユリウスの審判”―それが今のこの退屈な世界を作った元凶なら、僕はそれとそれに付き従うモノ全てを、この手でぶっ壊してやるよ…!」


 ダイがそう言うと、“梵矢(クシティ)”の左手が強く握りしめられ、その中にあった蒼い粒子がその輝きを失うほどに粉砕され、完全に消失した。


「…ボクは“停止”によって世界を守り、あなたは“破壊”によって世界を変えようとする―。どうやらボク達は、本当に分かり合えそうもないようですね…。」


 ジハトがその場に両膝をついてうなだれ、燈色のオーラと“梵棒(チャクラ)”を消失させながら呟く。


「あなたのその執念から生じた作戦はお見事です。」


 しかし、その口調にはどこか余裕があった。


「…ただ、“梵棒(チャクラ)”を操っていたのがボク”だけ”だと思っていたのは致命的でしたね。」


 不敵な笑みを浮かべてそう言いながら、ジハトは上空を仰いだ。


「何を言って―。」


 ダイがそう言いかけてジハトが見上げる空を見ようとすると同時に、その声をかき消すように別の声が響いた。


「ダイにーやん!!あぶな―。」


―ドスッ!!


 その何かが深くめり込むような不快音は、ダイのすぐ後から聞こえた。

続きます。

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