第7章 聖戦の体現者 -マテリアライザー・ジハト-
「―ふぅ。とりあえずこれだけあればいいだろ。」
「…うにゃ!アタイの背中からいい匂いがするのダ~!」
「そうだな。…しかしダイ殿、本当に良かったのか?」
「ん?まぁ、どうせしばらくあの家には戻らないと思うし、誰かが見つけてもあの部屋のことはわからないだろうし、アンタがいればいつでも入口を開けに行けるだろうし―。」
ダイ達はほぼ廃墟となったダイの家の前で、天然冷蔵庫からかき集めてきた食糧の山を3人分に分けてそれぞれを布で包んだ後、その場から北西に向かって砂と岩の地を歩き始めていた。行先はジロウの提案で、彼の故郷なる集落へ行き、寝床を確保することとなっていた。
ちなみにダイの家の天然冷蔵庫へと続く階段の入り口は、今度はダイ達の手によって意図的に封印されていた。とはいえ、再び瓦礫の破片で覆っただけであるが。
「それもそうだが、この食糧のことだ。大変ありがたいのだが、主が命がけで集めてきたものをこのような形で受け取るのは、正直心苦しくてな…。」
ジロウがそう感じるのには、彼の以前までの生活状況が関係していた。
「我が以前過ごしていた集落では、食糧集めとその分配こそが何よりも優先すべき仕事であった。そこもこの辺りと同じ不毛の地だ。食糧を探すというのは確かに容易ではない。…しかしそれ以上に苦しかったのは、苦労の末に集めた貴重な食糧を、集落の住人達と分けようとした時だ。」
「…だろうな。せっかく自分が見つけたモノをタダで赤の他人に分けなくちゃいけないなんて、普通ならゴメンだよな。」
まさに自分がそうであるダイが皮肉っぽく言葉を返すが、ジロウはうつむくように手元の食糧の包みをただ見つめながら歩いていた。
「それについては否定できぬ。事実、我は食糧を手にする度に迷いと葛藤を繰り返してきたのだ。もはやその時点で我は住民の意思に背いているのだ…。」
そう呟きながら肩を落とすジロウを、その肩どころか手元にすら頭が届かない褐色の少女が励まそうと顔を見上げた。
「そんなことはないのダ!みんなの為に食べ物を集めてきたジロウのおじじは、それだけでとっても優しいのダ~。」
ビャクがジロウに左八重歯をのぞかせながら笑顔を見せた。
「…勿体ない言葉だなビャク殿。どうやら我の方が感謝せねばならんようだな。」
ダイが、ポニーテールを振りながら跳ねるビャクの姿を見ながらふと考える。
(…2人とも、他人の認識を改めるのが早いんだな。むしろ、僕がただ疑い深いだけか…?)
今まで意図的に人目を避けていた身だ。きっと自分が異端なだけなのだろう―と無理矢理納得しようとするダイ。
その時いつの間にか彼と眼を合わせていたビャクが、無邪気にその結論を粉砕した。
「ダイにーやんも、とっても優しいのダ~!」
「…は?なんで―。」
そうなる!?と言いかけたダイであったが、今度はジロウによって遮られた。
「それには我も同意だ。ダイ殿の意思によってビャク殿も我もお互いの認識を変えただけでなく、命まで救われたのだからな。」
「…大げさだな。だいたい認識を変えたのは、アンタが前の暮らしについて話したからだろ?」
「しかし、そのキッカケをくれたのは紛れもなく主だ。それに認識を変えたのはビャク殿に対してのみではない。ダイ殿も、だ。」
「………。」
ダイはそれ以上言葉が続かなかった。
こんなにも自分を持ち上げて、何か良いことがあるのだろうか?彼らは何を企んでいるのだろうか―。そのような考えがダイの脳裏を支配し、それと同時にダイの思考と歩みが一旦止まる。
「ジロウのおじじの言う通りなのダ~。ダイにーやんがいたおかげで、アタイも無事にヒト探しができたのダ~!」
「…僕はお前が来たおかげで、家が半分壊されたんだけどな。」
「えへへ…、それは言わないお約束なのダ!」
そういうダイの両眼は長く垂れる前髪の隙間から、ペロッと舌を出すビャクを睨みつけていたが、その口元は笑っていた。
(ただ、コイツらが来た事自体は…悪くはなかったかな。)
「まぁ、あのまま野垂れ死なれても困るし、食糧だってたまたま充分残っていたからついでに分けただけだ!」
ダイが何か吹っ切れたように言い捨て、細い両足を大股にしながら再び歩き始める。その顔は今までにしたことのないほど清々しい表情であった。そんな彼の背中を見つめながら、ジロウとビャクがその後ろに続く。
「ダイ殿は、素直じゃないのだな。だが、それも良いところだよ。」
「ダイにーやんはツンデレなのだ~。」
「別にデレてねぇ!!」
そんなやりとりをしながら、3人の足は再びジロウの故郷へと向かっていく。その後ろでは、ダイの家が陽炎の中で小さく揺らめいていた。
―
「―しかし…、本当に暑い、よな…。」
瀧のような汗を流し、時折息を切らしながらダイが呟く。
「うむ。こうして砂の上を歩いていると、我の見た夢は何だったのかと常に思うのだ。」
「単に…、ジロウのおっさんの願望だったんじゃないか?」
「そ、それは………、否定できぬ。」
そう言いながら、ジロウも額の汗を拭う。
「それよりも、ダイにーやんは大丈夫なのダ?」
ダイは既に暑さでヘトヘトの状態で、足元のふらつきが目立ち始めていた。それに対しジロウとビャクはわずかに滴る汗を軽く拭う程度で、足腰はピンピンとしている。
「…つ、つか、なんでお前らは、まだそんなに元気なんだ!?」
「だって、歩き始めてからまだ日も全然傾いていないのダ~。」
「確かにそうかもしれないけど、あれから結構歩いているだろ!?」
「我々が元気…と言うよりも、ダイ殿の体力が少ないだけでは…?」
「う…。」
確かに今まで家を出たことのなかったダイにとっては、長時間の歩行は重労働に匹敵する程の酷なモノであった。さらに炎天下で熱を帯びた砂の上という地獄のような状況の中、食糧の他に古本まで背負っている状態では、ただその場に立っているだけでも拷問に等しかった。
「ダイにーやんは万年ヒキコモリだったから、仕方ないのダ~。」
「万年ってほどひきこもってないぞ!勘違いするなよ?この脳筋ポニテ!」
「ヒキコモリそのものは否定せぬのだな…。」
なんだかんだ口だけは元気なダイであった。
―
「あれが、我が以前住んでいた集落だ。」
「思っていたより、早かったのダ~。」
3人は砂漠の向こう側に、陽炎の中で揺れる人里のような景色を見つけた。
「………。」
「…あれ?ダイにーやん、どうしたのダ?」
いつの間にかビャクとジロウの後をついてくる形になっていたダイはもはや、会話をする体力すら無くなっていた。その両手にはどこかで拾ったらしい木の枝の杖が握られていた。もはや立つだけで精いっぱいという感じであり、その両眼も陽炎の向こう側を見ているようであった。
「…そっとしておくのだ、ビャク殿よ。」
「そっとしておいたら、きっと干からびてしまうヨ?」
「…つ、つか、休ませろ…。」
「うにゃ、まだ生きているのダ!」
「ダイ殿よ、もう目と鼻の先だぞ?もうひと踏ん張り―、…む?」
ダイの体力の限界と同時に集落の様子がハッキリと視界に入ると、ジロウがその異変に気付く。
「…おかしい。ヒトの気配がない…?」
「みんな、出かけてるのダ?」
「いや、だとすれば既に集落の外側でヒトを見かけていてもおかしくないはずだ。どういうことだ…?」
ジロウが予想外の事態に落ち着きを隠せないでいると、長旅で意識が朦朧としていたはずのダイがその両眼に輝きを戻し、いつか感じた違和感の正体に近いモノを感じ取っていた。
(―この感じ………、僕がずっと家にいた時と似ている…?)
―ビュン!!
その時、集落の方角から蒼い光を纏った細長い物体が飛んできて、ダイ達の頭上を通り過ぎていった。その時、何かキラキラと光る粉のようモノが辺り一面に降り注いだように見えた。
「…な、なんだこれは!?矢―じゃない…、杖!?」
謎の棒状の物体の姿を捉えた時、ダイは久しぶりに寒気を覚えて身体を震わせた。
「う…、今度は急に冷えて―って、お、おい!お前らどうした!?」
その寒さに懐かしさを感じる間もなく、さらに起きた異変にダイは声を荒げずにはいられなかった。
「…ふ、2人とも、動きが…止まっている!?」
ダイがビャクとジロウの方を見ると、2人とも集落の方角を険しい表情で見つめながらその動きを完全に止めていた。
(これじゃまるで…石像じゃないか…!?)
「―あの町は…、このまま時が過ぎればやがて滅びます。」
その不安げで消え入りそうな少年の声は、先程蒼い棒状のモノが通り過ぎて行った方向―ダイの真後ろから聞こえた。
「だ、誰だ!?」
「あそこではもう、ヒトが生きていくのに充分な食糧を確保することができません。このまま町のヒト達が生き続けるには、その時を止めるしか方法がないのです。」
ダイが真後ろを振り向き、前髪の隙間から睨んだ先には、冷たい風に白いマントをたなびかせながら立ち尽くす幼い少年の姿があった。
白髪の目指しの下に、外見から見た歳相応とは言い難いほど冷たく悲しい視線を放つ眼を持ち、その髪と同じ色の籠手を身に着け蒼い杖を持つその姿は、魔法使いそのものであった。
「…アンタ、今何だと―?」
「つまり、あなたが長年集めてきたその食糧が、他のヒトにも等しく分けられていたら、ボクがこのような真似をする必要はなかったはずなのです…。」
そう呟いた少年の両眼は、動きを止めたビャクとジロウ、そしてその先にある人気のない集落を見つめながら静かに涙を流していた。
「は…?僕は別に他人のモノをかすめとってきたわけじゃない!他人を憎んでいたわけでもない!この…何もない世界のせいじゃないか!!」
ダイの怒りに任せた反論に、少年はうつむきながら首を左右に振る。
「ボクは争いが嫌いです。…でも、あなたのような者がこの世界にいる限り、ボクを含むこの世界のヒトは幸せに過ごすことができません。この“梵棒”の力がわずかとはいえ及ばない存在ともあれば、その危険度は計り知れません。」
少年が途方もなく理不尽な言葉と共に、ダイに向かってその杖の先を向けながら、その身全体に燈色のオーラを纏い始めた。
「…これより対馬ジハトは、ユリウスに導かれし反逆者―伊集院ダイを粛清します!」
続きます。