表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

第5章 意思の堅い者の右手 -ダイハード・ダイ・ハンド-

 ダイは自分自身の中で何が起こっているのかまだ理解できなかった。

 ただそれよりも、今の自分の中に湧き上がる怒りの感情を解放せずにはいられなかった。蒼い槍を握る右腕に力を込め、前髪が逆立つことで完全にあらわになった両眼で床に横たわったままのビャクを見つめながら、ダイは言う。


「―確かにコイツがここに来なかったら、僕は本当にヒキコモリとして一生を終えていただろうな。…でも、コイツが蹴破って入ったドアの外側は、僕が知っている世界ではなかったんだ。本当は、その時から僕はこの部屋から外に出ることを決心していたんだ。」

「ダ、ダイにーやん…!」

「貴様はその予言書に導かれているのだ。…本来のシナリオよりも早い段階での覚醒ではあったが、全てはその予言によって行われていることなのだ。」


 ジロウがそう言った時、ダイの顔がさらなる怒りで覆われ、その身体に纏う真紅のオーラがその輝きを強める。


「…違う!これは僕の意思だ!!この本は関係ないッ!!」


 ダイの怒声に合わせて槍の形状がさらに歪み、その蒼い光も強まると、それをきっかけにダイの頭の中へ何かが波のように流れ込んできた。


(―わかる…、この力がどういうものなのか…!)


 それは蒼い遺伝子が完全に覚醒し、発現者がその力を我が物にした瞬間であった。


「僕はこの力で世界を変える!予言なんて知るものか!!」


―バシュッ!!!


 ダイは歪みを繰り返して自分の身長よりも大きくなった槍を、ジロウに向かって思い切り投擲した。


「―僕の邪魔をする者を、止めろ!“梵矢(クシティ)”!!」


 ジロウは驚く間もなく、反射的に右腕を構え直して応戦の体勢をとる。再びその弩に蒼い矢が3本装填され、即座にダイの放つ槍に向かって放たれた。


「運命は変えられぬ!…否、変えてはならぬのだ!!」


 ジロウの放った矢がダイの槍に全て命中し、槍の軌道がわずかにずれ、ジロウの左眼付近をスレスレで通過していった。


(な…、なんて危険な戦いなのダ…!!)


 ビャクは息を飲みながら、その凄まじい攻防の行方を追っていた。

 槍の軌道を避けきったジロウは再度矢を装填すると、その狙いを再びビャクの脳天に定める。


(―あくまでビャクを殺すつもりなんだな…!!)


 ダイがそう感づいた時には、ジロウは既に右腕に力を込めていた。


「この娘を先に仕留めねば、予言が正しく遂行されぬ!」


 ジロウが弩の引き金を引こうとした瞬間、ジロウの背後からその右腕に向かって何かが飛んできていた。


「―何!?なぜこれが戻ってくるのだ!?」


 そこには先程ダイが放った槍があった。無論、ダイはこの槍をまだ1度しか投擲しておらず、手負いのビャクが拾って再度投擲―ということも不可能であった。


「僕の“梵矢(クシティ)”は、僕の目的を果たすまでどこまでも追いかける!!」

「な…!?」


 槍はジロウという目標から外れたことで自らその軌道を修正し、再びジロウに向かってきていたのだ。その勢いは未だに衰えてはいなかった。


「くっ!ならばその勢いを無駄な意思と一緒に叩き落とすまで!!」


 ジロウが槍に向かって矢を連射し、再度軌道修正を試みる。しかし今度はさっきのようにはいかなかった。

 槍の先端が巨大な楯のように平たく変形し、ジロウが放った全ての矢を跳ね返してしまったのだ。


「そ、そんな…!?」


 有り得ない状況に完全に怯んだジロウの目の前で、槍の先端が今度は巨大な右手を形どり、そのままジロウの右腕を無慈悲に鷲掴みにした。その光景に驚いていたのはジロウだけではなかった。


(ま、まるで悪魔の手なのダ…!!)


「う、うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 ビャクがまるで自分のことのように恐怖に身を震わせている中、ジロウは身体中から蒼い光を拡散させながら絶叫した。


「いい加減に…鎮まれぇぇぇぇぇぇ!!!」


 ダイの掛け声と共に、ジロウの身体の蒼い光と燈色のオーラが消え、そのまま床に倒れてしまった。ジロウの右腕にあった弩はなくなり、それを鷲掴みにしていた巨大な右手ももとの槍の形に戻り、持ち主の場所に戻っていく。

 ダイは右腕で槍を手に取り天に還すと、そのまま元の頼りない青年の姿に戻った。


「…な、なんておっかない槍なのダ…!?」

「それだけ、僕が本気だってことだろ?ビャク。」


 ダイがだらしなく垂れ下がる前髪を右手で掻き上げながらそう言った。しかしその際に覗かせた両眼は、覚醒中の時と同じく鋭く強い眼差しをしていた。


 完全に戦う気力を失ったジロウは、床に突っ伏したままダイに訴えた。


「…さぁ、青年よ。その強い意思を貫くように我の身体にトドメを刺すがよい…。それによって、今後この世界の動向も変わっていくだろう。」


 意味深な言葉を並べるジロウであったが、ダイにとっては全くどうでも良いことであった。


「何言ってんだ?つか、もう僕の目的は果たされたんだよ。」

「な―。」

「言っただろ?『僕の邪魔する者を止める』って。ただそれだけだ。」

「!」


 ジロウはダイの言葉に驚愕し、反射的にその場で上半身を起こした。よく見ると、ジロウの右腕には全く外傷が残っておらず、痛みも感じなかった。


(この我の予知の力と運命をも軽く凌駕するこの力量、―完敗だ…!)


「アンタがこれ以上ビャクを付け狙わないと約束するなら、僕は無闇にアンタを殺さない。…もしそれが破られたら―、今度こそその右腕を握りつぶす!」


 ダイが顔の前で、右手で握り拳を作りながらそう言うと、ビャクがぶわっと両眼に涙を浮かばせながらダイに抱き付こうとした。


「ダ、ダイにーや~ん!!」

「つか、お前もだ!お前も今後僕に何か変なことをしようとしたら、そのポニーテールを引っこ抜くからな!!」

「いや~ん☆ダイにーやんはムッチリなのダ~!!」

「それを言うならムッツリだろ!つか、その意味分かってんのかお前!?そして僕の身体から離れろ~!!」


 ダイとビャクのやりとりが繰り広げられる中、ジロウがダイに向かって片膝をついた。


「伊集院ダイ。…いや、ダイ殿。どうやら主を侮っていたようだ。主のもとにその予言書が辿り着いたのも今ならわかる気がする。ダイ殿ならきっと、この世界の理を超えて真実へと近づくことができるだろう。全く計り知れないヒトだよ主は。」

「じゃあ…、守れるんだな?」

「…うむ。これが正しいのかはもはや我にもわからないが、ビャク殿を付け狙うことはもう二度とせぬ。ダイ殿の蒼い遺伝子と、その意思にかけて―。」


 ジロウが片膝をつきながらダイに向かってわずかに微笑むと、それを見たビャクがその場でピョンピョン飛び跳ねながら喚く。


「にゃあ~!だからアタイは何も悪いことは考えていないのダ~!!」

「それについては肯定できぬ!この世界の全てを見た者の考えることなど―。」


 ジロウがビャクの言葉を否定しようとしたところを、ダイが冷静に制止をかける。


「―いや、ジロウのおっさん。コイツただの脳筋ポニテだから、そんなことを考えられるほどの頭はないよ?」

「ダ、ダイにーやん…。そ、そんなこと言われると、ゾクゾクしちゃうのダ~☆」


 なぜか恍惚とした表情を浮かべるビャク。構わずダイは続ける。


「むしろ、これから世界を見に行く僕にとっては、こんなに便利なヤツは他にいないよ。なんて言ったって歩く地図だからな。」

「…お、おっさんは釈然としないが、その考え方は実に的を射ているな。」

「(…ホントは後者を否定してほしいのダ~!」

「心の声が口から洩れているぞ?ビャク。」

「にゃにゃ!?」


 3人は初めてお互いに顔を見合わせて笑った。


 

 ダイは陽光の差す壊れた石屋根を見上げながら言った。


「―さて、蒼い遺伝子とこの古本の正体を見つけに、この退屈な世界へ確かめにいくとするか。」


 そう言いながら、先ほどの戦いでグシャグシャになったベッドの上で放置されていた古本をかかげるダイ。古本は確かにジロウの矢によって貫かれていたはずだが、どういうわけか全くの無傷で穴も破れた頁も見当たらなかった。


「うむ。できることなら何でも手伝うぞ、ダイ殿。」

「アタイもお手伝いできるヨ~!」

「…そうか。じゃあ早速2人にしてもらいたいことがあるんだ。」


 そう言いながら2人の方を振り返ったダイの表情は、「怒」であった。


「………まずは、この家を元通りにしろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

((あ、悪魔だ…!ここに悪魔がいる………!!))


 ビャクとジロウは、ただ顔を見合わせながら震えることしかできなかった。

続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ