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未の冒険

作者: 泣村健汰

 ひつじは焦っていました。

 今日は12月29日。新年を三日後に控えたバリバリの年の瀬です。年が明け、2015年になったら、未が干支を担当します。

 それなのに今年はまだ、前年度のうまから、干支のバトンを受け取っていません。このままでは干支の受け渡しが出来なくなり、来年もまた午年になってしまいます。

 午に連絡もつかず、このままでは埒があかないと思った未は、午の家まで直接、バトンを受け取りに行く事にしました。

 未の家から午の家までは、結構な距離があります。午の早足であれば僅かな距離も、モコモコに包まれた未の可愛い手足では、いつ辿りつけるか分かりません。干支のバトンを受け取れないとなれば、未一族末代までの恥。先代の未達が、毎夜夢枕に現れるような事態は、避けなければいけません。

 羊が一匹、羊が二匹……、安眠出来そうですね。

 未はしっかりと家の鍵を閉め、留守にするからと警備会社にも連絡を取り、もしも入れ違いで午が来た時の為に、ドアにメールアドレスとLINEのIDを貼りつけておきました。

 用意周到で、ちゃんと現代っ子の未でありました。


 さて、未の大冒険の始まりです。

 荷物は最低限、ナイフとランプだけを詰め込んだ鞄を持って、未は意気揚々と家を飛び出しました。目的を見失っているようで、不安です。

 暫く歩いて行くと、鬱蒼とした森に辿りつきました。

 この森は通称『迷いの森』と呼ばれており、正しい方向に進まないと無限ループしてしまうと言う、よくある恐ろしい森なのです。

 チキンハートの未は、若干足が竦みそうになりましたが、この森を抜けなければ午の家に辿りつく事が出来ません。

「えぇい! なにくそ!」

 気合い一発、未はそのモコモコには似つかわしく無い野太い声で木々を揺らし、森へと飛び込んで行きました。

 さて、未の運命や如何に。


 二時間後。

 未は再び森の入り口に戻って来ました。本日五度目の森の入り口、もう既に、どこか懐かしさすら感じてしまっています。

 無限ループにほとほと疲れてしまった未は、仕方なく、森の傍を流れている川で、一休みする事にしました。

 流れて来る川の水に口をつけ、ごくごくと飲み込みます。ようやく人心地ついたと、ほっとしたその時、

「キキッ! 未じゃねぇか!」

 声のした方を振り向くと、そこには未の次の年に干支の当番である、さるがいました。

「相変わらず間抜けな面をしてるなぁ。キッキッキ!」

 何が面白いのが知りませんが、そう笑う申に苛ついた未は、その首を捩じ切ってやろうかと考えましたが、申の血でモコモコが汚れてしまうのは敵わないと思い直し、素数を数える事にしました。

「キキッ! それより未、お前何か燃やせるものを持ってないか? 実は魚を焼いて食べようと思ったんだが、今日はたまたまジッポのオイルが切れちまったんだ」

 申の癖にジッポだと、生意気にも程がある、と未は思わなくもありませんでしたが、そこは人格者で通っているモコモコの未、鞄からランプを取り出し、オイルを分けてあげました。優しい、未、優しい。

 点いた火を見ながら申は大喜び。

「キキッ! 助かったぜ! お礼にこいつをやろう!」

 申はそこで、一冊の本を未に手渡しました。

「お前の事だ、どうせ迷いの森が抜けられなくてこの辺うろうろしてたんだろ? キッキッキ!」

 申の甲高い笑いが癪に障りますが、気にせず本の表紙を眺めてみました。

 そこには『これで完全攻略 迷いの森コンプリートガイド2014』なる文字が躍っています。

 困っていたのも事実、未は申にお礼を言うと、再び迷いの森へと向かいました。

 申の声が、背中に聞こえてきます。

「キキッ! 今時あんな本が無いと森を抜けられないだなんて、本当間抜けな未だぜ、キッキッキ!」

 未は申の首を捩じ切ってやろうかと思いましたが、先を急ぐ身なので止めました。


 森の外へ出た未が最初に見たのは、先程よりも若干夕焼けの景色を含んだ空でした。

 正規ルートではない方向にあるお宝の誘惑に何度も負けそうになりながら、なんとか迷いの森を抜ける事が出来た未。心の迷いも振り切った未が暫く進んで行くと、今度は大きな湖がありました。

 困りました。未のモコモコは暖かさに特化したウール100%です。その吸水性は如何ともしがたいもの、湖に入ったらそのまま泳ぐ事も出来ず沈んでしまうでしょう。ただでさえ未は、そのモコモコの下に、普段のトレーニングの成果である隆々とした筋肉を隠しているのです。脂肪なんてやわな物を極力排除してきた未ですが、今はそのストイックさが仇となってしまいました。

「畜生が!」

 未がそのモコモコに似つかわしくない野太い声で、水面を揺らし無力を嘆きます。畜生と言う単語を選ぶ事で、若干の自虐も含んでいる所が、未の聡明さの象徴でもあります。

 その時、湖の向こうから何か大きなものがこちらに向かって来ました。激しい水しぶきが上がっている為、始めは泳いでいるのだと思いましたが、よく見ると、それは湖の上を飛んでいます。水面スレスレを凄い勢いで進んでいる為、水しぶきが上がっていたのです。

 それは、2012年に無事お役目を終えたたつでした。

 未は辰が大好きでした。

 その雄々しい姿、何者も寄せ付けない神々しい佇まい、ある種の崇拝と言っていい程のものを、未は辰に対して抱いていました。恋と言っても、いいかもしれません。

 辰はこちらに猛スピードで向かってくると、未の前で急ブレーキ、辺りに水を撒き散らしながら止まりました。

「未! 丁度いい所に!」

 声も素敵です。

「実はな、さっきから歯の奥に何かが挟まってしまって、モヤモヤしてたんだ。良かったら、ちょっと口の中を見てくれないか?」

 辰はそこまで捲し立てると、その巨大な口をガパリと開けました。

 辰のそう言う日常的な姿は、あんまり見たくないな、と心の中だけで思い、未は快く応諾しました。

 辰の口の中は、まるで鍾乳洞のように薄暗く、じめっとしています。でも、憧れの辰の口の中だと思えば、ここに住んでも構わないとさえ未は思っていました。

「奥だ、奥の方……」

 辰の声に従い、鞄からナイフを取り出して口の奥へと進んで行きます。辰の舌の上を慎重に進みながら、何か異変が無いかと目を皿のようにして捜します。未のモコモコには、辰の唾液が若干絡みついていますが、それすら未にとってはありがたい事でした。

 ふと、奥の方から何か物音がしました。近づくと、そこには辰の歯と歯の間に尻尾が挟まったねずみが居ました。

「チュチュ! 未! なんでこんな所に、奇遇ですね」

 なんでこんな所にはこっちの台詞だ、と未は思いましたが、辰の苦しそうな声が常に聞こえてきているので、すぐに状況を理解した未は早速行動に移りました。

「チュチュ! 実は尻尾が……」

「皆まで言うな」

 子の言葉を遮り、未は持っていたナイフを、子の尻尾が挟まった歯と歯の隙間に、えいやっ、と刺し込み、隙間を開けました。

 子が脱出した瞬間、辰が喜びの声と共に、その口を閉じてしまいました。

「チュー! 真っ暗だ! 食べられてしまいます!」

 パニックになる子の横で、未は恍惚な表情で佇んでいました。役目を終え、自分もまた辰の身体の一部となるのか、それもまた悪くない、なんて考えてます。

 未、流石にそこまで行くと、ちょっと気持ち悪いですよ。

「ヂュー! ヂュー!」

 隣で子のパニックが、半狂乱レベルにまで達して来ました。その時、再び口が開き、辰の声が聞こえてきました。

「おお、悪い悪い、スッキリしたら思わず口を閉じてしまった。どおれ!」

 未と子が乗っていた舌が大きくうねり、そのまま二匹を口の入り口へと運んで行きました。

「おお、子。お前が挟まってたのか」

「すいません、尻尾が抜けなくなってしまって」

「いやいいんだ。未、ありがとう、助かった」

 お前ごときが辰と対等に会話出来ると思うなよ! と子に対して思っていた未でしたが、辰から感謝の言葉を頂戴出来たので、それはそれで、よしとする事にしました。

「ところで未よ、お主、どこかに急いでいたのではないか?」

 そう言われ、未ははたと気がつきました。辺りはもうすっかり夕暮れに包まれております。

 未は事の顛末を辰に話しました。干支のバトンをまだ午から貰って居ない、あの野郎、このままじゃただじゃおかねえからな、的な事をオブラートに包んで辰へ手渡しました。

「チュチュ、それは大変です。ねぇねぇ辰、未を午の家まで送ってあげましょうよ」

 子の提案に、辰は大いに頷きました。

 子ごときが辰と対等に会話できると思うなよ! と子に対して思っていた未でしたが、辰が背中に乗せてくれると言うので、そんな憎悪の念はどこかに吹き飛んで行きました。

 辰への想いが強すぎる未、逆にちょっと心配になります。

「そうれ、しっかりつかまっておいで!」

 未と子を背中に乗せ、辰は勢いよく空へと舞い上がりました。

 辰の背に乗った未の目には、世界を照らす夕陽と、その恩恵を受ける世界の人々が映りました。ああ、これが辰のいつも見ている景色なのかと、感慨深い気持ちになりました。

「ヂュー! 高いー! 怖いー! 死ぬー!!」

 雑音も気になりません。


 空を飛ぶとやはり早いもので、あっと言う間に午の家に着きました。

 辰の背から降りるのは名残惜しかったですが、帰りも送ってくれると言うので、まずは任務をこなす事にしました。

 午の家のドアをノックします。

 コンコン。

 返事がありません。

 コンコン。

 やはり返事がありません。

 ドコン!

 未はドアをぶち破りました。

 穴のあいた部分からネズミを中に入れ、鍵を開けさせて中へと入ります。緊急事態なので、なんの問題もありませんね。

 午の家の中へと入った未は、そこで酔いつぶれている午を見つけました。

 近寄り、午を叩き起こします。

「な、なんだヒヒン!」

 文字通り叩き起こされた午は、驚きの声を上げます。

 午が目覚めた事に気がつかないふりをして、未はもう2、3発お見舞いしました。

 未、気持ちは分かりますが、午が永遠の眠りについてしまうので、その辺にしてあげて下さい。

「お、起きた! 起きたヒヒン! ああ、未! 干支のバトンだろ! そこの棚に置いてあるから持ってってくれヒヒン!」

 頬が腫れた為か、少し喋りづらそうにしている午を解放し、横の棚にある干支のバトンを引っ掴みました。

「邪魔したな」

 酒の臭いがモコモコに沁みついては堪りません。未は急いで午の家を後にしました。

「ヒヒン! 酷い目にあったヒヒン。……うえぇ、もう29日ヒヒン! 3日も飲みつぶれてたヒヒン!」

 殴っておいてなんですが、肝臓は大事にしろよ、と心の中で思った未でした。


 辰に家まで送ってもらい、短いようで長かった未の冒険も、もうすぐ終わりです。

「それじゃ、お役目頑張ってくれ」

 辰にそう言われて、未は目をキラキラさせながら、野太い声で返しました。

「おうよ辰! 任せてくれんしゃい!」

 キャラと見た目が合わない事って、よくありますよね。

 辰を見送り、家の中に干支のバトンを飾りました。

 これで今年一年、しっかりとお役目が果たせると、未はそのモコモコの毛皮の内側が、安堵感で一杯になりました。

 2015年は未の年、この年が皆にとっていい年にならん事を。

 そう願って未は、いつも通り、筋トレメニューの消化を始めました。




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