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ヒゲ

作者: 土暮次郎

ヒゲを生やすのは案外難しい

 ヒゲ


 ヒゲを生やす男は、こんにち流行らないらしい。汚らしいだとか、なんだかんだで、男からも女からも評判の良いことはない。テレビのニュースが叫んでいた。「十年前には人気であったのに!」

 テレビのぼやくのは、よほどシニカルで、またフェータルなような気がした。いかんせん、ヒゲはやはりだめらしい。テレビ、ニュースが言うようだから、余程のことである。そういえば、ヒゲを漢字で表すのは少なくなった。ひらがなも然り。みな、僕だって、カタカナで書きたがる。何か関係のあることかしら?

 そもそも、ひげ、ヒゲ、髭という言葉の響きが不人気なのかもしれない。どことなくほこりくさい。かまど、だとかあこぎ、だとか、そういった風なにおいを感ずる。メガネとかそういう単語は、垢抜けていてお洒落でとてもかなわない。メガネも近頃では少し流行おくれで、グラスという言葉の立ち入ることもあるらしい。僕には到底分からぬ境地である。

 侍の魂たりうる刀が、緩やかにその姿を歴史の中へ消していったように、ヒゲもまた。ヒゲ狩りであろうか。

 侍の刀が侍の象徴であるとすれば、ヒゲはまさしく男性の象徴である。史上、偉大な為政者や軍人はみなヒゲを蓄えていた。功績がヒゲに比例する訳ではないが(或いは、ありうる)、偉業を成し遂げた男たちはみな立派なヒゲを肖像画に残している。織田信長かく語りき。「髭き者、即ち臆病者と呼ばれり」やはりヒゲは男性らしさの証であることは間違いない。

 様々述べたが、実は僕もヒゲを生やしつつある。あごヒゲである。ドイツ人のようなカイザーヒゲにするつもりも、関雲長のようにしごけるほどもいらぬ。見苦しくない程度に、あごの下に揃えばよいと思っている。

 鏡の前に立って、かみそりを持って、ふと思い立った。一週間ほど経って、ようやく少しは伸びてきた。まるで、花や野菜を畑裏でひそかに育てる子供の心持ちだ。少し気恥ずかしいような、うしろめたいような、そんな気持ち。外へ出る時も少しこそこそして出ていく。

 真の侍であれば、たといその身から刀失せれども、同じく真の侍と対峙した時、心の裡に眠りたる白刃抜きて、一刀交わらせることできれども、立ち向かうが農夫や商人なら、いかに。

 ヒゲにしても、事情は同じこと、底通するものがある。ヒゲなど蓄えることあらねども、盃持ち夜通し語り合えば、互いの男気、野望、垣間見える。

 されど今の世、男の対峙せる者、同じ男にあらず。彼の者、目を見れど、その色どこまでも深く深く深淵探ることあたわず。口の端、しげしげと観たりとも、響く声いつまでも聞けども、然り。

 女というものは本当に摩訶不思議でしようがない。なにもそこまで喚き散らさなくても、というところで癇癪を起こし、身のない話を、時間の許す限り、或いは時間の許さぬ果てまでも語り続ける。

 かつては男類が無頼の者であっても、たで食う虫も好き好きという言葉のあったようにに、腐り枯れ果てることはなかった。しかし、今。

 時代は移り、立場の逆は確かなれども、軟弱者の下らぬことに変わりはない。仕組みが、主体が男共から他方の手の中へ滑り落ちただけのことである。

 最早騙るまでもあるまい。私のヒゲは、世の女類に対し、自前の男気、義侠心、男であると示すためのものである。いかに巧みに言葉を操れど、元来持たざる彼女らに、言葉を以ってして伝えられるほど、男気というものは軽薄短小ではない。しかるに、目は口ほどにものを言う。目ばかりが口ほどにものを言う訳ではない。

 故にヒゲである。ヒゲの雄々しく生えたる様はまさしく「男」を誇るに相応しい。

 二週間過ぎた。ヒゲは順調に育っているが、どうにも今だ格好はつかず。どころか、何の手入れもせぬままにしているため、伸びるだけ伸びて、ちぢれ絡まり合っている。とはいえ、そり落とす訳にもいかぬ。も少し待てば、少しはまともになるであろうか。鏡の前に立ち思案顔である。

 三週間、もう伸ばさぬともよいだろう。かみそりを持って伸びてきた毛を、ずっずっずと切っていく。なにぶん初めてのことであるから、不恰好に切ってしまわぬように、大変心掛けて、何度も何度も鏡と自分の顔を見比べ、二十分もしてようやく完了した。

 はたと、ある言葉を思い出した。「髭面の男はいやらしい」

 品がない、下劣という言葉でないこpとは諸君らの察する通りであるが、あまり気のいい言葉ではない。腹に一物抱えている、もしくは考えが女々しい、男類の想定する(むろん女類も)男らしさとはほど遠い。

 鏡を見直してみると、なるほど、確かにそのような気のしないこともない。巧妙に手入れなどするせいであろうか。髪や顔などに常々特別の気を遣るのは女類の所業。男なれば、あるがままを受け入れ、その自然体で以って、我を成すべし。気取らず、構えず、猫のように生くるべし。

 さはいえ、僕個人の考えでは決断の定まらぬところがあるから、古い友人を招いて、いかようにか評してもらうとしよう。

 鈴本を呼んだ。彼女とは大学で出会ってから十年来の付き合いとなる。彼女はもう嫁いでいて、既に子供授かっている。彼女ならば忌憚のない意見を僕に与えてくれるであろうし、彼女の言ならば、僕も相当の信頼の置くことができる。また何か忠言があれば意固地にならず素直に従うことができる。

 鈴本は一年ぶりの再会であるというのに、僕の顔を見るなり、「あら、ヒゲ伸ばしたの。似合ってないわね」だなんて!

 割れながら多少の実感もあったものの、かほどにずけずけと言われると、ヒゲを伸ばす思いつきどころか、それを通り抜けて、その着想に至った僕の思考主義さえも大きくたしなめられているような気がして、また、ひどく辱められたような気もして、随分と堪える。

「似合わないものだろうか」てんとすました顔をつくって、ヒゲの根をなぞりもしてみるが、内心じくじたる思いでいっぱいである。

「そるべきかな」尋ねて見ると、今度は鈴本の方がちょっと考えるような素振りをして、「そのうち、似合ってくるんじゃないかしら」なんとも適当な返事である。

 食事一つ、鈴本を追い返してから、またも鏡の前に立ってみる。

 やはりヒゲは良くないだろうか。ヒゲは男らしさの象徴などというが、その考え自体、もう古臭いのかもしれぬ。や、しれぬ、というどころの話ではない。僕自身、ヒゲという言葉にはほこりっぽさ、かび臭さを感じると話したところではないか。やはりヒゲはいけない。そろう、そろう。正しい判断、英断、これぞ真の男のなしえるものではないかしら。

 かみそりを握り、石けんをあわ立てている内に、しかし、いかに女類の評判といえど、鈴本一人に尋ねて、それをそのまま信じてしまうというのはあまりに短絡的ではあるまいか。

膝を打つ。ここは一つ、同類、男類の話も聞いてみようではないか。

心に決めたならばすぐに行動へ移す。これもまた男らしさというものである。長年世話になっている恩師に連絡を入れる。飯沼先生である。

飯沼先生もまた、大学の頃からの付き合いで、年は十しか変わらぬが、芯の通った立派な考えを持ってらっしゃる方であるから、彼の言ならば、一切の不断を棄て、一念の士となって、従うことができる。

飯沼先生、僕の顔をご覧になって、それから目を丸くなさって、「おや、ヒゲを伸ばしているのですか。いいですね」とお誉め下さった。僕は内心、欣喜雀躍の心持ちで、しかし平気な顔をつくってみせて、「ええ、ええ似合いますか」と口走った。飯沼先生は何も仰らず、ただ穏やかにお笑いになられた。僕もそれ以上言及するのは憚られたので、それからはヒゲについては触れぬようにしながら、しかし、そっと一人得心した。

酒を飲み、機嫌をよくし、うちへ帰り、鏡の前に立つ。分別のある、偉大な先生にお褒め頂いた。得意である。やはりヒゲは間違いではなかった。

も一度鏡と向き合い、先生の言葉を反芻する。そこで、だしぬけに気が付いた。

先生はヒゲを良いとお褒め下さったが、僕に似つかわしいかどうかお尋ねした際には、ただ曖昧な笑みで以って、何か仰られることはなかった。舞い上がって、一人合点したが、或いは、……。

そう思うと途端に不安になってくる。鈴本の言もまた蘇ってくる。先生の仰られたかったことは、ヒゲそれ自体の価値こそ素晴らしいものの、僕には相応しくないということなのかもしれない。とんだ勘違いをしてしまっていたかもしれない!

二人の言うとおり、僕にヒゲは分不相応のもので、さっさとそり落としてしまうべきなのだろうか。さはいえ、両人、なにも悪いことばかりを教えてくれた訳ではない。鈴本は時間の問題であると、先生はヒゲ自体は見事なものであると、それぞれ言っていた。

ひげそりを片手に、鏡の前で優柔不断のあり様である。女々しさここに極まれれり。

されど、思う。女々しさもまた男らしさのことではないかしら!


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