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空の部屋

作者: 七七日

「ねえ、それ何?」

 私は三島君の腰のあたりを指さして言った。

「カメラ」

 と、一言。三島君はぶっきらぼうに事実だけを述べた。

「中、見て言い?」

 私は挫けることなく接触を試みた。

「なんで?」

 しかし三島君は冷たくそう言い放つだけだった。怪訝そうに見つめられた私はとうとう挫けてしまい、それ以上投げかける言葉を見つけ出す事ができなかった。


               ◆


 私こと武本美弥には高校二年生になった春から気になっている男子生徒が一人いた。しかしそれは好きとか嫌いとかっていう恋愛感情ではなく純粋な好奇心だった。

 その男子生徒の名前は三島光一と言う。三島君の何処が気になったかと言うと彼はいつもベルトに小さなウエストバックをぶら下げているのだった。

 何が入っているのだろう? 私の中に小さな疑問が生まれた。

 常に携帯しているということはよく使うということだ。ということはそのうち取り出すだろう。そう高をくくっていたのだけれど、一週間、一カ月、待っても学校で三島君がその中身を取り出すことはなかった。私が見ていた限りは。

「ねえ、三島君の腰のあれって何だと思う?」

 昼食を友人と摂りながらそれとなく話題に出した。

「さあ、カメラかなんかじゃない」

 友人は興味なさげにそう言った。

 カメラ。うん。言われてみればコンパクトのデジタルカメラがちょうど収まるぐらいの大きさだった。


               ◆


 夏休みに入る少し前に野外授業でとある高原に学年全員で行った。

 そのとき全員制服ではなく学校指定のジャージ姿だったがやはり三島君の腰にはいつもながらのウエストポーチが携えてあった。

 三島君は基本的に一人でいることが多かったけれど、友だちがいないというわけではなかった。現に今もバスの中で隣に座った友人と静かな会話を楽しんでいるように見える。何を話しているか聞きとろうとしたが周りの会話のボリュームが遥かに大きくて無理だった。

 やがて高原に着いた。

 学校から出された課題は詩を一つ書くということ。いつもと違うこと緑が溢れたこの土地で感じたことを書けということだ。しかし、そんな課題に真剣に取り組む者などほとんど皆無で、皆それぞれにはしゃぎまわっている。川で釣りをする者、樹の木陰で座り込み話し込む者、こんなところに来てまでゲームをしているもの、まあ楽しみ方は人それぞれだ。

 私はというと、もちろん課題を真剣に取り組むつもりはない、かといって取り立ててしたいこともないのでぶらぶらと目的もなく歩き回っていた。

 暫く歩いていると少し開けた場所に出た。そこには先客が一人いた。三島君だった。

 そこにはニッコウキスゲ、ミズチドリ、カラマツソウ、ヤナギラン、など色とりどりの花々が咲き誇っていた。しかし三島君は足元の鮮やかな花々なんかには目もくれずにずっと空を見上げていた。

 そして徐にウエストポーチの中身を「取り出した。――やはりそれはコンパクトのデジタルカメラだった。

 三島君はカメラを空に掲げてシャッターを切った。数枚撮った後、カメラを閉まった。しかし彼は再び空を見上げるのだった。

 そのときの私は三島君に声をかけることが憚られた。だって、そのときの彼はいつもの不機嫌な表情とは打って変わってとてもいい笑顔を浮かべていたのだから。恥ずかしくも私はその笑顔に見惚れていたのだった。


               ◆


 夏休みが終わった。

 席替えがあった。

 私は三島君の隣になった。

 これは好機だ。

 思えば同じクラスになってはや数カ月、一度も三島君とまともに話したことがなかった。折角隣同士になったのだ、快適な学校生活のためにも仲良くなっておいた方がいい。そして前々から気になっていたウエストポーチのカメラのことを訊こう。

 そう思い私は思い切って話しかけた。

 が、冒頭の通り撃沈。

 それから、一週間がたった。

 その間、三島君とは全く会話が生まれずに気まずい学校生活を送っていた。

「ねえ、どうしよう?」

「何が?」

 昼休み、私は友人の席へ赴き昼食を共にとっていた。三島君は自分の席で昼食をとっている。私もいままでは隣の席が今目の前にいる友人だったので、自分の席で昼食をとっていたが、さすがに気まずかった。

「何がって、この状況」

「どういう?」

 私のこの友人は察しが悪い。いや、わざとやっている節も見受けられる。 

「だから、三島君との溝っていうか、確執?」

「確執は、なんか違う気がする。別に美弥に限らず三島君って誰にでもああじゃない」

「そうなの?」

「そうそう、だから別に美弥が嫌われてるわけでも何でもないって。」

「でも――」

 私は三島君のカメラのことを訊いたときの経緯をはなした。

「『なんで?』だよ、冷たい視線もプラスで」

 私は声が大きくなっていることに気付き、ボリュームを絞った。何しろ席は離れているとはいえ話題の本人は同じ教室にいるのだから。

「今まであんまり親しくなかったんでしょ? そりゃいきなりプライベートがつまったカメラの中を見せてって言われても、『なんで?』って言われてもしかたないんじゃない」

「それは確かに……」

 正論、だけれども私のフォローも少しはしてほしいと思った。

「何、美弥? 三島君のこと好きなの?」

 友人はにやついてそう言った。

「別に好きじゃないよ。ただ腰のウエストポーチが気になっただけ」

 此処で慌てては余計な邪推を招くだけだ。そう冷静に判断した私は平坦にそう言い返した。

「ふうん」

 友人はどこかつまらない顔をした。


               ◆


 一つ、三島君について分かったこと。

 時々、三島君は上の空になるのだ。授業中、休み時間、ふと彼は視線を上げてぼおっとすることがあった。何か考え事か? そう思ったけど違った。上の空ってわけでもなかった。空を見ていたのだ。

 緩やかに流れる雲、透き通る青、三島君は一心に空をみつめていた。

 私だって時々空を見上げる。だけどそれは『嗚呼、良い天気だなあ』とか『曇ってきちゃったなあ』とか、その程度だけど三島君の場合はどこか違った。食い入るようにというか、必死にというか、まるで今生の別れとなる恋人の姿を網膜に焼きつけようとするかの如く、切なそうに空を見つめていた。

 またひとつ三島君の気になるところができてしまった。

 あ、また空を見ている。

 私も気付かれない程度にマネして空を見つめてみる。なんてことのない九月のからっとした青い空がそこにはあった。今、三島君と私の見ている空は一緒だけど、あの空によって与えられるものはそれぞれまったく違うんだろうな。

 三島君、君は空に何を求めているの? 空から何を受け取っているの?


               ◆


 とある休日、私は以前より少し増加したウェイトを気にして何か運動でもしようと思っていた。走るのは嫌い。だから私は自転車に跨りサイクリングに出かけた。

 九月ももう終わりとはいえ、数週間前の夏休みと同じ様にまだまだ暑い。自転車をこぎ始めて十数分でもう汗が噴き出してきた。

 どこか休める場所はないかと辺りを見回すと、昔よく遊んだ懐かしき公園が見えた。自転車を止めて園内に入り、水道で顔を洗い、自販機でスポーツドリンクを買って一休みすることにした。まだ三十分もたっていないのだけれど。

「あっ……」

 家族連れが多い公園の中、一人だけ浮いているカメラを空に掲げた少年が一人。遠目からでもそれが三島君だと分かった。

 やっぱり、空にファインダーを向けている。

 私も思わず空を見上げた。

 うん。特に何の感慨も浮かばない普遍的な空だった。

 誰も目に留めることのない。そこにある。とりとめのない。ただの空。

 どうして三島君はそんなにこの空を写真に収めようとするのか、私には到底理解できなかった。

 声を変えようか、どうしようか。うじうじと迷っているうちに三島君はカメラをウエストポーチにしまい公園を後にした。

「はあ……」

 重い溜息を一つ残して、私も公園を後にした。

 自転車に跨り全力で漕いだ。視線を斜め上に上げて空を見上げて。息を荒くして必死にペダルをこいだ。まるで空の向こうを目指すように。


               ◆


 私は今日、日直だった。日誌を取ってきたり、黒板を消したりを雑事に追われた。だけど最後の五、六時限目は体育なので私の仕事がなく安心した。

 その体育も終わり、あとは今日の日誌を書いて黒板に明日の日直の名前を記入するだけだった。

「あれ?」

 席に座りさて日誌を書こうという時に気がついた。

 隣の席の三島君の私物がまだ残っていたのだ。着替えを詰めた袋も机の横に掛かっている。と言うことはまだ体操着のままで何処かにいるということだ。

 もしかしたら、と三島君の机の中を覗きこんだ。期待は辺りそこにはいつも彼の腰に収められているデジタルカメラが教科書の上にちょこんと乗っていた。

 教室を出て廊下の左右の奥祖まで見渡し人がいないことを確認した。そしていけないこととは思いつつもカメラの電源を入れた。

「おぉ……」

 写真は百枚ほど保存されていた。

 順番に目を通して見るが見事に空の写真しかなかった。しかし一口に空と言ってもその模様は様々だった。朝、日中、夕方、夜。時間帯によってまったく違うし、同じ形の雲は一つとしてない。青空に雲が一つ浮かんでいるシンプルなものから『ほお』と頷いてしまうほど壮大なものまであった。

 わたしはその様々な空模様にすっかり見入っていた。だから、廊下に響く足音にまったく気付くことができなかった。

 教室のドアが開けられる音でようやく私は写真から意識をはなした。

「何、してんの?」

 そこには三島君が立っていて少し苛立ちを孕んだ低い声でそう言った。

「お、おかえり」

 動転していた私はそんな馬鹿な台詞を吐いてしまった。

「……」

 三島君は私の手の中のカメラに目を止めると目つきを険しくし速足で私に歩み寄り、私の手の中からカメラを奪い取った。

「あの、ごめん……、いつもそのカメラ持ってるでしょ、それで、何撮ってるのか気になって……」

「着替えるから」

 三島君は私のいい訳を訊きいれ様子はなくピシャリとそう言った。

「出てって」

 その冷たい言葉に私は言葉をなくし、「あ、うん」なんとかそう絞り出して駆け足で教室を出た。


               ◆


 後悔しながら廊下を歩いた。

 あんなこっそり見なくても、もっと、ちゃんと仲良くなってから……。

 だけどもう遅い。

 三島君の、私を非難、軽蔑、拒絶した目が離れない。

 どうしよう、謝れば、許してくれるだろうか。どうしたら許してくれるだろうか。

 泣きそうになった。

 校門を出たあたりで気がついた。ああ、鞄も何もかも教室に置きっぱなしだ。だけど今教室に戻る勇気なんてない。明日学校に行く勇気がわくかすらわからない。

 泣きそうになった。

 鼻の奥が痛い。涙がこぼれた。


               ◆


 翌日、それでも私は学校に行った。

 机の上は昨日のままだった。そういや日誌も書いていない。正直、そんなことはどうでもよかった。

 やがて三島君が登校してきて隣の席に腰を下ろした。

 私は意を決して言った。

「あの、昨日は本当にごめんな――」

「いいから」

 全てを言い終わる前に三島君はそう言って遮った『いいから、話しかけるな』私にはそう言われたような気がした。

 泣きそうになるのを堪えて昨日の日誌を書いた。

 昼休み、私はたまには外で昼食を摂ろうと誘った。

「えー、面倒くさい」

「まあまあ、たまにはいいじゃない」

 渋る友人を半ば強引に教室の外へ連れ出し、中庭へと向かった。学校の中庭は小さいながらも緑に溢れているのでここで昼食を摂る生徒は私達の他にも数組いた。

 私達はベンチに腰掛け弁当が包まれた風呂敷を膝の上に開き、弁当を広げた。

 弁当の半分ほど箸が進んだところで私は徐に口を開いた。友人もそれとなく何か話があると分かっていたらしく、聴く姿勢をとってくれた。

 そして昨日の一抹のことを掻い摘んで説明した。

「そりゃあ、美弥が悪いよ」

「……」

 友人はまたしてもそう冷たく言い放つのだった。確かに……確かに私が悪い。それは十分に分かっている。それでもやっぱり少しはフォローして欲しかった。

「写真とはいえ、立派なプライベートだからね。携帯の中身や日記を勝手に見られるようなもんでしょ? そりゃあ怒るよ」

 友人は猛攻を止めずそう言った。

「……どうすればいいのでしょう」

「さあ、謝るしかないんじゃない」

「そんな簡単じゃないんだよー」

「私、人間関係の修復とか得意じゃないんだよね」

 友人はそう言って私を突き放した。悪気はないのだろうけど。

「別にいいじゃない。クラスに一人ぐらい嫌い、嫌われるクラスメートがいたって。必ずしも皆仲良くしなきゃいけないってわけでもないし、それも無理だよ。人間だもの」

「……」

 そこかで聞いたことのある台詞と主に友人はそう言った。

「それとも何? やっぱ三島君のこと好きなの?」

「……わかんない。ただ嫌いにはなぜかなれない」

「ふーん……」


               ◆


 正直に言って三島君が私のことを怒っているのかどうか、嫌っているのかどうかは判別がつかなかった。

 相変わらず会話は一切ないし、関わることはないのだけれど、それは以前と変わらず、他のクラスメイトに対しても大体一緒だった。

 だから私は勝手にカメラを見たことをそれほど根に持ってないのではないかと思った。

 しかし、かといってここで着やすく話しかけるのはどうかと思った。

 『三島君のこと好きなの?』と問いかけた友人。さてはて、私は三島君のことが好きなのだろうか? 彼のことは何処か気になる存在で、できれば仲良くなりたくて、あの所信のこととか訊きたくて――、この感情はいったい何なのだろう。これが恋と言うものなのだろうか。真剣に人を好きになったことがない私にはこの感情が何なのかがはっきりと分からなかった。

 そんなことを考えながらぼうっと三島君の方を向いていた。そしたら彼は不意にノートから顔を上げて私の方を見て、『何?』とでも言いたげな視線を向けた。私は一瞬でひどく狼狽してしまいすぐに視線を外した。その日私は三島君の方を見ることができなかった。

 

               ◆


 ある休日、私は再び自転車に跨り家を飛び出した。

 ただそれはダイエットのためでないし、今度はちゃんとした目的があった。三島君と遭遇したあの公園だ。再び会えるかもしれない。その期待を胸に私はひたすらペダルを漕いだ。もし、またそこに三島君がいたら、その後のことは考えていなかった。ただ、以前のように遠くで見つめて帰るだけではだめだ。それだけは決めた。

 暫くして公園に着いた。自転車を入口付近に留めて園内に入った。

 ゆっくりと辺りを見回す、サッカーボールで遊ぶ数人の子供、手を繋いだカップル、ベンチに座る親子。様々な人々が公園内にはいた。

 そして見つけた。

 この間と同じ所、周りには何もない辺りが開けた広い芝生の上。そこに三島君はいた。今なら分かる、きっとそこが一番空を見やすいのだろう。

 私はゆっくりと三島君へと歩みを進めた。途中で向こうも私に気がついた。

「こんにちは」

 声が届く距離になったところで私はそう言った。

 三島君は軽く会釈だけを返してくれた。

「ちょっと、話、いい?」

「少しなら」

 三島君は少し迷うそぶりを見せてそう言った。

「立ったままじゃ何だし……」そう言って近くのベンチに誘うと三島君は意外にも素直に着いてきてくれた。

「えっと、また言うけど、この前は勝手にカメラの中見てごめん」

 ベンチに座って開口一番に私は再度謝った。

「いいよ、別に」

 三島君は無愛想にそう言ったが、もうそれほど怒っている様子はなかった。

「そう……。そういえば学校ではあんまし、というより絶対にカメラ使わないよね。どうして?」

「学校で使ってると。友達に見せろ、見せろって言われそうで、やだから」

「でも、別に変な写真じゃないじゃない」

「変だろ。空ばっかりなんて」

 三島君は自嘲気味にそう言った。 

「変じゃないよ。それに同じ空っていったって一つ一つが全然違うじゃない。写真見てて楽しかったよ。次々と違う表情の空が出てきて」

「……へえ」

 三島君は少し意外そうな顔をした。

「え、何?」

「いや、なんでもない」

 そういって何処か寂しそうな顔をした。

「別に、変な写真じゃないんだし、むしろすごく綺麗な写真だからもっと皆に披露すればいいのに。どうして人に見られるのが嫌なの?」

 私がそう言うと三島君は少し表情に影を落とした。余計なことをいっただろうかと私は分になった。

 数秒の沈黙の後、言おうかどうか迷うそぶりを見せながらも三島君は口を開いた。

「昔、と言っても中学一年生か二年生の頃。あの時も同じように空ばかり撮っていた。あるときクラスの女の子が珍しがって『何撮ってるの? 見せて』っていうから少し恥ずかしかったけどさほど抵抗もなく見せた。その女の子は写真を見終わって『何これ。空ばっかりじゃない。つまんない』そう言った。どこか馬鹿にするような口調で。酷くショックを受けた。おまけにその女の子は僕が密かに好きだった子だ。」

「それは……ダメージが倍だね。」

 そんな過去があれば他人にカメラを見せたくない気持ちもわかる。

「そういえば、余計なことかもしれないけどあまりクラスの皆と関わらなようにしているように思うけど、どうして?」

「それも、中学の頃、友だちが家に遊びに来て……、いや、やっぱりなんでもない」

「何? 途中で辞めないでよ。気になるじゃない」

 三島君は顔をしかめながらも渋々話してくれた。

「家に友達が遊びん来たんだ。それで僕の部屋を見て引かれた」

「どうして?」

「……部屋の壁一面に写真が張ってあるんだ。元の壁紙が見えないほどにね。友だちは気持ち悪い物を見るように部屋を見回した。そして引き攣った笑顔で『変わった部屋だね』なんて言った……」

 三島君は当時のことを思い出したのか暗い表情になり小さな溜め息をついた。

「見てみたい」

「は?」

「その部屋」

「やだよ」

「どうして?」

「もう他人はいれないってきめたから」

「別に私は馬鹿にしたり、引いたりしないよ。空の部屋なんて、なんか壮大ですごそう」

「そんな大層なものじゃないよ」

「じゃあ見せてよ」

「やだよ」

 結局その日、三島君はやだの一点張りで部屋に招いてくれる様子はなかった。だけど、今日一日で彼との距離がぐっと縮まった気がする。昔の、あまり良くない思い出話を私にしてくれたってことは、少しは心を許してくれたと思ってもいいのではないか。


               ◆


「お、おはよう」

 翌日、私は緊張気味に三島君に挨拶をした。

「おはよ」

 三島君は素っ気なくだけど挨拶を返してくれた。今までは良くて会釈、悪い時は無視だったのに。私は少し感動しながら席に着いた。

 その日の昼休み、私は久しぶりに自分の席で昼食を摂った。横ではもちろん三島君も昼食を摂っている。

 私の方が早く食べ終わった。そして三島君が食べ終わるのを見計らって、

「ねえ、写真もう一回見て言い?」

 控えめにそう尋ねた。

「ダメ」

 即答されて私は少し泣きそうになった。

「……放課後なら」

「ほんと?」

「……ああ」

 泣きそうな顔はどこへやら、私の顔には笑顔が溢れた。   

 その日、私はずっと上機嫌だったようだ。なにせ友人に『気持ち悪い』などと酷いことを言われるほどだ。

 そして待ちに待った放課後、期待の視線を横の三島君に受けるが『まあ、待て』というふうに彼は手で制した。そうだ、まだ教室には人がたくさんいる。わざわざ放課後を選んだのは人に見られたくないからだって私にでもわかる。しかし、放課後になったのに何もせず席に座っていては不自然なので「ちょっとトイレ」と小声で言って私は席を立った。

 トイレと行ったものの、取り立て催していなかった私は校内を当てもなく歩いた。十数分ほど経った所で私は教室に戻った。そこには三島君一人だったので私は安心した。

「長かったね」

「いや、あの、トイレ行ってたわけじゃなくて……」

 きっと三島君は他意はなくそう言ったのだろうけど、焦った私は必死になってい訳をしてしまった。

「じゃあ、はい」

 そう言って三島君は電源がついたままのカメラを私の前に差し出した。

「ありがとう……」

 それを私はおずおずと受け取った。

 そしてゆっくりと写真を一枚一枚見て言った。時にズームをしてみたりして様々な空を感じた。その間の三島君はというと、いつも通り空を見ていた。だけどそれはどこか照れ隠しでそっぽを向いている様にも見えた。

 三島君の空の写真は本当にいろんな表情を持っていた。空、という写真だけどこうも様々な写真が撮れるものだと感心もした。しかし考えてみれば同じ形の空なんて一つもないのだ。見る場所、見ると時間、見る季節によって空はそれぞれ違う表情を見せる。似ている空はあっても同じ空なんてないのだ。

「はい、ありがとう」

 百枚を超える写真を一通り見終わってカメラを三島君に返した。

「ん」

 そして私は見て、思った感想を率直に三島君に伝えた。

「そう」

 と、三島君は素っ気なく言ったけれど、何処となは赤みを帯びててれていることが分かった。ああ、三島君にも空と一緒で違った表情があるのだ。


               ◆


「いいよ」

 三島君のその言葉に私は目を丸くした。

「本当に?」

「ああ」

 以前三島君が話してくれた彼の部屋――壁一面に空の写真が張ってあるという空の部屋を私は見てみたて、事あるごとに『部屋を見せて』と頼んだのだが。いつも帰ってくる答えは『ヤダ』素っ気ない一言だけだった。

 しかし今日の返事はいつもと違った。素っ気ない態度は相変わらずだったけど。

「じゃあ、今日の放課後行っていい?」

「うん」

 空を見上げながら三島君はそう応えた。

 残念ながら今日は曇り空だ。空一面を鉛色の雨雲が覆っていた。だけど、今この空も三島君にとってはいつもの空となんら変わりない価値をもっているのだろう。

 そう思うといつも暗欝になる曇り空も愛おしく思えた。

「……どうしたの?」

「え、何?」

 その日の昼食は久しぶりに友人と摂っていた。やっぱり友だち付き合いも大切だ。

「また気持ち悪いぐらいにやけてるよ」

「え、そう」

 思わず自分の頬を触ってみる。

「そう?」

「うん。先週にも一回あった」

 ああ、三島君にカメラを見せてくれると言われた時だ。

「何、なんかいいことあったの?」

「ううん。いや、うん、少し」

「そういえば最近三島君と話してるところたまにみるけど……、ああそれか。付き合ってるの?」

「違うよ。ただちょっと仲良くなっただけ」

「ふーん。つまんない」

 友人は興味なさげにそういって最後の卵焼きをほおばった。


               ◆


「じゃあ、行こうか」

「うん」

 私と三島君は両方とも徒歩通学だった。だから二人して揃って学校を出た。二人並んで歩いているとちらちらと視線を感じで少し恥ずかしかった。周りから見たら私たちはカップルに見えるのだろうか。そんなふうに私は内心穏やかではなかったが、隣を歩く三島君はいたって冷静で私には少し早いペースで歩いている。それに私はいつもより少し足を速く動かして着いて行く。

 三島君の家に向かう途中、私達の間に会話は全くなかった。普段、会話を始めるときは十中八九私の方から話を振っていた。いつも無理にでも話題を探して三島君と話をしようとするのだが、今の私は余りにも緊張していてそんな余裕が全くなかった。

 ほどなくして三島君の自宅へと到着した。

「ここ」

「おじゃまします……」

 三島君は鍵を取り出しそれで鍵を開けて家に入った。ということは今は両親はいないようだ。

 三島君は無造作に靴を脱いで家に上がり、目の前の階段を上がっていった。私も倣って階段を上る。

「……ここ」

 家に入る時とは違う声音でそう告げたそこは、三島君の部屋なのだろう。

「おじゃま、します」

 三島君は予備らの横に立っている。先に入れということなのだろう。

 私はゆっくりと部屋のドアノブに手をかけて、扉を開いた。

「うわあ……」

 思わず感嘆が漏れた。

 聞いてはいたけれど実際に目の当たりにしてみるとその部屋はすごかった。三島君が言っていた通り、その部屋は写真に覆われていた。右を見ても左を見ても前を見ても後ろを見ても上を見ても下を……、さすがに床にまでは写真は貼られていなかったが。壁、天井には元の壁紙が見えないぐらいに写真が壁に所狭しと張りめぐらされていた。何処に目を向けようが空、空、空! 七割が青空、後の三割が夕方や曇りの写真。だからこの部屋は全体的に青々としていた。

「すごいね!」

 全体像を見た後、私はそう言いながら今度は写真を一枚、一枚見て回った。こんなにもたくさんの種類の空の写真があるのに同じものは一つとしてない。

 嗚呼、なぜ三島君がこんなに空の写真を撮りためているかが今少し理解できた気がした。空っていうのはひと時も同じ形を留めてはくれない。儚くて、そして、美しい。そんな刹那的な空をもう二度と見ることができないなんて、耐えられない。だからきっと三島君は形にして残したんだ。きっとリアルに見る空の方が数倍も美しいのだけど、それでも、残しておきたかったのだと、なんとなくそう思った。

「……――とう」

「え?」

 三島君が何か口にしたが写真に夢中になっていた私はうまく聞き取れなかった。

「……ありがとう」

「え、どういたしまして。――ってなにを?」

「いや、こんな嬉しそうに見てくれるとは思わなかったからさ」

「そんな嬉しそうな顔してた?」

「ああ、見てるこっちが恥ずかしくなるぐらいの笑顔だったよ」

「……」

 顔を手で覆った。頬が熱を持っているのが分かる。……恥ずかしい。

「それほど三島君の写真がきれいだからだよ」

「……どうも」

 そういって三島君も頬を赤く染めたのだった。

 それから、部屋の中の写真を一通り見終わった後、三島君は部屋に貼りきれなかった分の写真のアルバムを見せてくれた。

 二人で写真を見て色々と話した。三島君は普段とは想像できないぐらい饒舌になり、この写真は何処で撮ったとか、なぜ空が青いかとか科学的なことまで色々話してくれた。時がたつのも忘れて語り明かした。

 そして気がつくととうに日は沈み夜の帳が下りていた。

「長居し過ぎたし、そろそろ帰るね」

「うん」

 三島君はアルバムを閉じ立ち上がった。玄関まで送ってくれるようだ。

「今日はありがとう。とて楽しかったよ」

「こっちも、うん。ありがとう」

「じゃあ、お邪魔しました。また明日学校でね」

「うんまた。……また来てよ」

「え、いいの?」

「うん」

「ありがとう! それじゃ」

 そう言って私は三島君の家を飛び出した。

 心臓がいつもの倍ぐらいのスピードで鼓動を繰り返していた。空を見上げた。あいにくの曇り空で今にも雨が降りそうだけど、そんな空でも私はもうきっと憎むことができないだろう。

 空が大好きになった。空が大好きな三島君が大好きだって、今更ながら気付いた。

 そうだ、私もカメラを買おう。でも空は撮らない。それは三島君の役目だから。私は三島君を撮ろう、二人で一緒に写真を撮ろう。思い出を形に残そう。

 空も人も同じだから。


読んでいただきありがとうございます^^

感想、ご指摘などいただけると幸いです~

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― 新着の感想 ―
[一言] すごく読みやすくて心がほんわかした気持ちになりましたw 特に最後のところが一番好きです(//∇//)
[一言] 空の青が目に浮かんできました。 季節によっても、色々な表情がありますから、 それらが一堂に会した部屋はきっと素晴らしいでしょうね。 部屋の中にいても、壁や天井を突き抜けた世界が広がっている…
[一言]  読ませていただきました!  すっごく好みの風景です♪  『空の部屋』。とってもいいですね!  わたしもそんな部屋があるのならば入ってみたいですね。  切り取られているけれど、繋がってい…
感想一覧
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