表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

** 7 **

 

「ほら、ここに娘さんの名前が書いてある。大きな字だから、メガネなくても見えるよね」

 連帯保証人の欄には『田村かすみ』とはっきり書いてある。

 かといって驚きはしない。田村にはわかっている。

「田村さんあんた、自分の娘が連帯保証人になったことも忘れたの。酒の飲みすぎでイカレちまったのかい。ひどい父親だ。考えられないわ。メガネ返してくれよ。まったく」

 と口調も激しく、大塚はメガネと賃貸契約書を引っ手繰った。

「大家さん、娘に会いに行くのは明日に延ばしてもらえませんか。それまで待ってもらえませんか。このまま行ったら飲んでいる事がばれてしまいます。明日になって酒が抜けてから、娘にちゃんと話します。どうかお願いします」

「知ったこっちゃないよ」

 今度は冷たい口調だった。

 もうすぐ信号が青に変わってしまう。早稲田通りを渡り、その先の商店街を進むと、花屋があり、娘がいる。田村はまるで、ルビコン河を渡るような心境だった。


「お・お・つ・か・さん――。」

 大塚の腕に、誰かが、後ろから絡みついてきた。


 ――メーテルだ。


 黒いワンピース。黒いケープ。黒い帽子。そして金色の長い髪。よく見ると、ツケまつ毛までつけている。

「おや、誰かと思えば」

「じゃ~ん。どう? 似合う?」

 メーテルが手を広げてクルっと回った。金髪ロングヘアーをサラッとなびかせ、全身を見せてくれた。可愛いぞ。よく似合っている。年の頃は40前後。長身とまではいかないがすらっとした背丈、肌が白く、ほっそりとしたスタイル。鼻筋がスッと通っていて、顎もキュッとしまっている。「メーテル!」と喉元まで出掛かった。何もんなんだ、この人は。

「どなたなんですか?」

 大塚に聞いた。

「すぐそこの、スナック美由紀のママ。いや~、よく似合っているよ。やっぱり俺の目に狂いはなかった」

「昨日、大塚さんにプレゼントして貰ったから、早速着てみたの。今日はこれでお店に出てるわ。さっき、まんだらけでお値段確認しちゃった。衣装にウィッグにツケまつ毛。セットで1万5千円はするのね。こんなお高いもの頂いちゃって、すいません」

「いいって。いいって。嬉しいよ。美由紀ママにはメーテルがハマると思ってたんだ」

「こちらはお連れさん?じゃあ、ご一緒にどうぞ」

 メーテルが店のドアを開け、手招きして、誘ってくれた。

「いや、ママ。まだ、仕事中なんだ。今日は仕事が立て込んでいるから、無理なんだよ。明日また行くから。せっかくだけど・・・」

「あらそう。じゃあ、明日もこれ着てくるから。待ってるわね」

 メーテルはそう言って手を振ってから、店のドアを閉めた。

 

 あれ? おかしいな。

「大家さん。メーテル、ご存じなんですか?」

「ご存じもなにも、あーた、昔から大ファンですよ。ヤマトの森雪も、勿論のこつ」

 大塚は淡々と言う。

「なんだ、そうだったんですか。いやー、気が合いますな。森雪もですか。やはりそうですよね。なんと言ってもあの、ピタッとした黄色いユニフォームがいいですよね」

 やった!心が通じ合った。一縷の望みが出て来たぞ。お望みとあらば、メーテルと森雪を松本零士以上に可愛く描いて差し上げましょう。と言うつもりで、大塚の手を無理やり取って、大きく振った。

 が、すぐに振りほどかれた。

「やめなさい!今日は、あんたとこうやって馴れ合いたくないんだよ。だから黙ってたんだ。調子にのるんじゃないよ」

 くそ。隙がねーぜ。

「大塚さん。昨日、メガネ忘れてない?」

 美由紀ママが店のドアを半分開けて顔を出した。

「あ、そこにあった?助かったよ。探していたんだ。あのメガネ、女房に買って貰ったばかりだから、失くしたなんて言ったら、地獄を見るどころじゃすまないんだよ」

「やっぱり。ちょっと待ってて、持ってくる」

 美由紀ママが引っ込んだ。

「美由紀ママ。美人だろ。おまけに歌がうまい。元演歌歌手だから当然だけどな。俺が必ずリクエストするのが、大橋純子のシルエットロマンス。いいんだ、これが」

 それでか。店の前に何枚か、若い演歌歌手のポスターが貼ってある。

「ああ、そうですか」と、力なく返事をした。

 美由紀ママはメガネを持ってきて、大塚に甘ったるく嘆いた。

「見て、みどりちゃんのポスター盗まれちゃった~。ひどいわ」


 田村は、「ん?」と思った。

 あ、もしかして昨日のあれ。――ここのポスターだったのか。あいつ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ