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** 2 **

 

 笑顔はその花屋のもう一つの売りだった。

「有難うございました」

 お客さんに花束を受け渡し、店頭まで出てきた田村かすみは、深々とお辞儀をして見送った。両手を腰の前で組み、背筋を伸ばして、45度の角度以上に頭を下げるのがかすみの流儀だ。

 

 店頭に並べた大小様々な鉢植えは、鮮やかな色彩を放ち肩を並べて主張しあっている。

 オレンジ色と黄色なら私に任せて――とマリーゴールドが。

 赤と白なら私よ――とニチニチソウが。

 ピンクと赤紫、この見事な発色を見て――とセンニチコウが。

 秋はやっぱり私の季節よ――とキバナコスモスが。

 バケツにさしたススキの穂だけは、かすみと共にお辞儀をしてくれている。時折風に吹かれると、柔らかく頭を振るのが可愛い。

「かすみちゃん、見てくれる?」

 店内から声が聞こえた。かすみは「はーい」と返事をして中に戻った。


 中では店主の三浦時枝が、明日の予約で受けているアレンジメントフラワーをつくっていた。容器に吸水性のスポンジを入れ、花を刺したものだ。ディスプレイなどにそのまま利用出来て便利である。時枝はイマイチ納得いかない出来に満足していない様子だった。花の位置をとっかえひっかえしていた。

「ダリアの横にアンスリウムを加えてみたらどうでしょう?」

 かすみがアンスリウムを取り出して加える。少し離れて眺めてみた。アンスリウムの光沢がアクセントとなり全体の雰囲気が変わった。うん。と頷き、どうです?と視線を送った。すると、「なるほど。いいかもね」と、時枝が親指を立てた。

 かすみは今や重要なパートナーとして時枝に見られている。28歳という若さと美大出身の感性から醸し出すセンスは、この店には無くてはならないモノだとも言われた。仕事に自信がついた。とは言え、時枝だって45歳には見えないほど若々しいし、見習うところばかりで、お姉ちゃんみたいな存在だ。少しお節介なところあるけど。


「そう言えば、この間街でお父さんを見たの。普通に歩いていたわ。急いでいたから声掛けられなかったんだけど・・・最近どう?」

 時枝が恐る恐る聞いてきた。

「はい、真面目に仕事しているみたいです。今の仕事は自分に向いているって言ってました。どうやら、頑張っているみたいです」

「何よりじゃない。良かったわね~、本当に良かったわ」

 以前、時枝には、荒れ果てた時の父親の姿を見られたことがある。お酒に溺れた挙句、仕事を失い、家を追い出され、さらにお酒に沈んでいった時の、生々しい父の姿を見られた。家族の赤裸々な事情を知られ、かすみは、これ以上ないぐらいに恥ずかしい思いをした。

 だが、そんな父親を時枝は親身になって心配してくれた。ボロボロになった父を助け起こして介抱してくれた。混乱してなにも出来なかった自分の代わりに、たまご雑炊まで作って父の口に運んでくれた。あの時の感謝の念は計り知れない。


 その後、父親は仕事を見つけ、何とか生活を立て直す方向に歩み始めることが出来た。

 かすみは再起していく父の事を、いち早く時枝に報告したかった。だが、完全に立ち直ったと言えるかどうか自信がなかった。

 いつかまたお酒に手を出して、道を踏み外してしまうのではないか。そんな不安がしょっちゅう付きまとっている。そんな自信のなさから時枝への報告が伸び伸びになってしまっているのが現状だった。

 そして、時枝が自分のそんな心情を察してくれているのもわかっていた。あえて普段は、父の話題にはふれないようにしてくれていた。その気遣いは嬉しかったし、反面申し訳ないとも思っていた。どうせなら、いい報告をしたい。しかし、確たる自信がない。勇気が湧かず父の話題からは避けていた。


 しかし、今日は久しぶりに時枝からその話題を振られた。思い切って、先日、父と電話で話したことをそのまま話してみた。今の仕事は自分に向いているみたいだ。と言っていた。

 ただ、そう話した父の声に張りがなかったのも確かだった。一抹の不安は拭い切れないでいた。


「嬉しいわ。実は、急いでいて声を掛けられなかったというのは噓なの」

 時枝は、手を合わせて言った。

「かすみちゃんのお父さんを見た時、もしかしたら居酒屋にでも入ってしまうかもって、心配になって・・・ごめんね」

 合わせていた手をハエのようにさすりながら言う。

「それでね、こっそり後をつけたの」

「えっ」

 やっぱり、余計な心配をお掛けしている。

「すいません」

 かすみは、思わず頭を下げた。

「なに言ってんのよ。かすみちゃんが謝ることじゃないわよ。でも安心して、どこにも入らなかったから。中野駅まで行って、そのまま電車に乗っちゃった。はじめはドキドキしたわよ。どこかに入っちゃうんじゃないかって。でもね、全部素通りして行ったわ。焼き鳥屋も立ち呑みも。お酒を飲んでいる風にも見えなかったし、普通に歩いていたのよ。普通に。もしかしたら、順調にいってるんじゃないかって思ってたけど・・・良かったわ~」

 かすみはそれを聞いてほっとした。順調にいってるんだ。順調に。と。


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