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美由紀ママに別れを告げ、信号を渡り、薬師あいロード商店街に足を踏み入れた。
この商店街には、昔ながらの焼き鳥屋さん、和服屋さん、履物屋さん、文房具屋さん。と、昭和の置き土産ともいえる店がまだ残っている。そのあいだにはお洒落なカフェ、イタリアン、ヘアースタジオ、リカーショップなどが混在し、時代の流れは否が応でも感じてしまう。残念だがシャッターの閉まったままの店も、ちらほらと見受けられる。少し感慨深い。
アーケード商店街ではない。屋根がないぶん、空に向かって抜けがよく解放感がある。
秋晴れの夕刻。
陽は西に沈み、空は淡い色に染まっている。心地いい風が商店街を吹き抜けた。こんな状況でもなければ、漂ってくる焼き鳥屋さんの煙に、鼻をくすぐられたかも知れない。だが、そんな余裕は毛頭ない。
とうとうここまで来てしまったか。と田村は肩を落として歩いていた。
大塚のあとに続きながら言った。
「娘には仕事を続けていると言っております。それを信じてくれています。私のこんな姿を見たら相当傷つくはずです」
「この際だから、娘に見て貰おうよ。また酒に溺れて、仕事も辞めましたって・・・そうじゃないとあんたも骨身に染みないだろ。ありのままの姿を見せた方がいいと思うよ、私は」
「さんざん心配かけた娘なんです。これ以上心配かけたくないんです。酒だけ抜ければちゃんと話に行きますので、明日にしてもらえませんか」
「随分身勝手な話じゃないか。こっちにも都合があるんだよ。今日中にきちんとケジメをつけてこい。って、女房に言われて来ているんだ。あんたも知っているだろ、うちの女房の恐ろしさを」
「じゃあせめて、あと2・3時間待ってもらえませんか。そうすればおおかた抜けますので・・・」
「待てないよ。打合せがあってね。すぐ戻らないといけないんだ。仕事が立て込んでいるって言ってるだろ私は。あんたにどれだけ時間を食ってるか。冗談じゃないよ。やっぱり私が一人で行くよ。娘に話をつけて帰るのが最低限のケジメだ。行かせてもらう」
大塚がまた、足早に歩きだした。
「水だけ!水だけ飲ませて下さい。そうすれば多少誤魔化せますから」
と言って、田村は中華料理屋の入り口に置いてあるペットボトルを拾い上げ一気に口に流し込んだ。大塚がそれを見て、慌てて止めに来た。
「何やってんだ。猫水飲むバカがどこにいるんだ」
「ほっといてくれ。こうでもしなきゃ娘には会いに行けないんだ」
さらにがぶ飲みした。
「よせ。そんな水腐ってるぞ」
「どうせ腐った人間だ。腐った水がお似合いだよ」
どんどん飲んでやる。
「やめろ。やめなさい!うまい事言ってる場合か!」
大塚にペットボトルを強引に奪われた。
だが、猫水はもう一本足下にある。
これを飲んでやるっと、飛びついたが、そいつも大塚に先に拾われてしまった。
「よこせ。それを俺によこせ」
「やめろ。そんな目で見るんじゃない」
「邪魔するな」
大塚が猫水を両脇に抱えている。なんとしても奪ってやる。と、田村は睨んだ。
「こいつは渡さんぞ!」
大塚も必死の形相で睨み返してきた。
腐っている水。その方がいい。
こんな体は腐った水で満たすだけ満たして、ヘドロのようにどろどろにして仕舞いたかった。いっそのこと、毒でも病原菌でも入ってくれていれば、なおさらいい。今の俺には何故か、唯一の希望の光に思える。頼むから、邪魔しないでくれ。そのペットボトルを俺に渡してくれ。じゃないと、俺はあんたに何をするかわからないぞ!
「そんなに水が欲しけりゃ店入んな。タダだから」
中華料理屋のオバちゃんが顔を出していた。
「店の前で騒がれて迷惑なんだよ。いい大人がなにやってんだい。猫水抱えてバカじゃないのかい」
しっかり怒られた。




