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モディリアーニ ロセッティ ポロック この3人の職業は?
そう聞かれても「画家」とは答えない。「3人とも重度のアル中さ」と、すました顔で皮肉を言う。
それが田村秀雄という男だった。ところが、今日は切羽詰まっていた。今の田村に皮肉を言う余裕など微塵もない。
中野駅北口を出てすぐ、左に文明堂の看板を横目にしてサンモール商店街に入った。夕方の商店街は人通りが激しい。顔を背けたくなるような混雑の中、寝ぐせと不精髭もそのままで、田村は歩かされている。腕を捕まれ、まるで強制連行されるがごとく引っ張られていく。足元もおぼつかない。
赤、黄色、ピンク、ブルー。左右に並んでいる店舗の極彩色な看板が目にうるさい。喧騒が耳につく。サンモール商店街はアーケード商店街なので天井は高いが閉鎖空間だ。商店街に入った途端、一気に息苦しさが襲ってきた。人混みと喧騒、派手な看板の数々、妙な圧迫感の中で、
『このまま連れて行かれるのはまずい。55にもなって、何をやっているんだ俺は』
田村は動揺していた。
「ほら、ちゃんと歩くんだ!」
そう怒鳴って、田村を連行しているのは、還暦を迎えたばかりの大塚昭三だ。ブルドックのように垂れ下がった頬の肉。眼元に刻まれた深い皺。白髪混じりのオールバックをポマードで固めた様相は、異様な凄味を発している。その怒りの発動は、田村の腕を引っ張る力に現れていた。グっと掴まれた大塚の握力に、田村は拘束具をはめられているような感覚を覚え、もう逃げられないのか。と、半分諦めてかけていた。
大塚は、田村の二の腕をしっかりと抱え込んだ。商店街の左端によって、店先ギリギリを通っていくことにしたようだ。そうやって買い物客を避け、早稲田通りの方へ向かって連行される形になった。
ユニクロの前を通り過ぎ、少し先に商店街の鉄柱があるのに気が付いた。
鉄柱には大きな張り紙がしてある。
【自転車から降りてご通行ください。 中野警察署】
田村は閃いた。
『待てよ。骨折でもすれば、この場を凌げるかも』と。
発想がとことんせこい。そんなことはわかっている。だが、なんとしてもこのまま連れて行かれるのは阻止したかった。田村は目の前の鉄柱に向かい、ふらついた反動を利用して、思いっ切り肩をぶつけた。
――つもりだった。
くそ、瞬間躊躇した。バカか俺は。鎖骨が砕けるぐらいやれよ。と苦虫を噛み潰した。だからといって引っ込みがつかない。
「あイテテテ・・・肩が、肩が・・・」
大袈裟に芝居して、しゃがみ込んだ。チラッと大塚を見上げた。
でっぷりと突き出た腹越しに見える大塚の顔は、無表情で素っ気なかった。なにより冷たい視線が、度のきついメガネの奥から容赦なく降り注がれる。際限なく見下されているような、この状況に、田村は耐え難い自責の念に駆られた。それでも、誤魔化すように芝居を続けるしかなかった。
「ちょっと待ってください。肩が、いや、鎖骨も・・・イテテテ」
「行きたく無きゃいいんだよ。私一人で行くから」
そう吐き捨てて、大塚は一人ですたすたと歩き出した。
「大丈夫ですか?」
初老のおばちゃんが心配して声を掛けてきた。
「ええ、大丈夫です。すいません」
しゃがみ込んで大袈裟に痛がった手前、ケロっと立ち上がるわけにはいかない。右手で左肩を押さえ、痛がる振りをしながらゆっくりと立ち上がった。
「病院行きます?」
おばちゃんはおせっかいを丁寧に続けてくれる。押さえている肩を、軽く回す様に動かして、感触を確かめる素振りをした。
「もう、大丈夫です。おさまりました。ありがとうございます」
ふと前を見ると、ぼんやりと自分の周りに人の輪が出来ていた。
大塚の姿が見当たらない。
飛び上がったり、背伸びをしてみた。大塚がいた。どんどん歩いて行ってしまう。自分を抱えていないだけに、足取りが軽いみたいだ。人波を避け、マクドナルドも越えて先に行ってしまった。
やばいやばい。あんたが一人で行くのはもっとヤバいんだ。なんとしてもそれだけは阻止しなければ。買い物客が心配そうな視線を送っていたが、構ってなんかいられない。田村はよろけながらも、走って大塚のあとを追いかけた。
なんとか追いつき、
「行きますから、行きますって」
手首にしがみつくようにして大塚を引き止めた。
ロッテリアの前だった。
立ち止まって、キッと睨まれたその眼から、凍てつくような視線が突き刺さり、瞬時に悪寒が走った。身の毛もよだつとはこのことだ。それでも、この男を一人で行かせるわけにはいかなかった。
「私が行って話しますから。お願いします。お願いします」
大塚の腕をよじ登るように這い上がり、ブルドックのような顔に向かって懇願した。




