神さまと交際!?(3)
「気を改めて、まずは村祭りに出すスイーツの商品リサーチから!」
そう言って光月は隣町の商店街に来ていた。高度経済成長の時代前からある商店街は、一時期その売り上げを落としていたが、今、昭和レトロブームに乗って新たなお客を呼び寄せている。中でもアーケード商店街を散策する観光客や近隣都市の大学に通う大学生たちから支持されているのが、テイクアウトできる軽食・スイーツの豊富さだった。その中から、光月も何か考案できないかと、今日立ち寄ってみたのだ。目的の店を決めずに商店街を歩いていると、弧之善が光月の服の裾を引っ張った。
「光月殿、光月殿。祭りがあるようだぞ」
弧之善が指し示す店の入り口横には、やぐらと提灯、花火のイラストに『夏祭り』の文字が書かれたチラシが張ってあった。
「へえ~、良いなあ。村では、もうずいぶん前から予算が取れなくなって、夏祭りは潰れちゃったんですよね~」
だから蓮は月湧村の夏祭りを知らない。盆踊りをして村の老人たちと和気あいあいとした祭りを、蓮にも見せてあげたかったな、と思う。
「折角人型を取れるようになったから、ここの土地神にも挨拶がしたいな。光月殿、祭りの時にもう一度一緒にここを訪れぬか」
ふおお!? それはお祭りデートと言うやつ!? 夏の男女の楽しみイベントのひとつ!!
『異性から』『夏祭りに誘われた』という事実に一気にテンションが上がって、光月はつい満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、浴衣着ようかな、私。夏祭りが潰れちゃってから、着る機会も減っちゃったんですよね~」
「そうなのか? では是非浴衣を着て欲しい。私も合わせよう」
浴衣デートだ! 憧れてたやつ!!
もはやどきどきが止まらない。弧之善が相手とかどうのというよりも、これは完全にシチュエーション勝ちだ。普段着ない浴衣を着れる、というのも大きい。
「おしゃれしよ。楽しみだな~」
「弧之善様に恥をかかせないよう、努めろよ」
くぎを刺す煌に、私が恥ってこと? と反論する。
「だってそうだろ。ここの土地神様にお会いするのに、人間を連れていたら何事かと思われる。せいぜいつつましやかな許嫁として脇に控えててくれよ、ってことだ」
いちいち煌のいう事は気に障る。でもそれが真理なんだろうなあと思うから言い返せない。別に弧之善の許嫁になりたいわけじゃないけど、弧之善の人柄に触れていったら光月の気持ちはどうなるんだろうとは思ってるから、しぶしぶ頷いた。
「わーかったわよ……。別に好き好んで悪いことしたいわけじゃないし」
ムッとしてる光月の頭を、弧之善がポンポンと撫ぜる。
「光月殿は普段のままで良いのだ。変に繕って欲しくない。東姫も、きっとそう思っている」
東姫、というのがこの土地の土地神の名前なんだろうな、とは分かった。
「許嫁としてどうかっていうのは、私、出来ませんけど、月湧を代表して、絶対いい印象にしますね」
光月がそう言うと、弧之善はゆったりと頷いた。きっとそれが、神さまに対する、人間の出来るささやかなことだ。
「さて、話がそれたな。甘味だったか」
そう。本来の目的へ軌道修正する。
「ここの商店街はお店がいっぱいあるので、見てまわりましょう」
そう言って光月が先導してアーケード街を練り歩く。最初に見かけたのは、昔ながらの甘味屋さん。
「昔懐かしスイーツのテイクアウトならみたらし団子だよね」
「おお、団子か。団子はいい。腹も膨れるしな」
弧之善が店頭で焼かれているみたらし団子を見て言う。
「でもみたらしは大豆製品に置き換えるのが難しいから却下です。ふむふむ、今川焼も食べ歩きスイーツだなあ。……今川焼を大豆製品にするとしたら……、高野豆腐に切り込みを入れて、なにか中に挟むとか……?」
店を眺めながら、発想を膨らませていく。生憎、新しいメニューを生み出せるほど妄想力が強いわけでもないので、斬新なレシピを繊細に思いつくことは出来ない。スマホで蒼依にメッセージを送ると、暫くして返事が来る。
――『高野豆腐を甘く煮た後に表面をカリっと焼いて、中に白あんを挟んだらどうかしら?』
今川焼本来のふわふわ感は望めそうにないらしいが、それっぽく見せることが出来るという。流石調理女子、蒼依。ありがとうと返事を打って、次の店に。
次に見かけたのはワッフル専門店。ワッフルは食べ歩きとの相性が抜群に良いと思う。弧之善が、これはせんべいか? などと言う横で、光月は思案に耽る。
「ふ~む、ワッフル、成程……。これも甘くした高野豆腐で型取りしてチョコレートとか掛けたらイケないかな……。高野豆腐とチョコレートの相性が分かんないけど……」
ブツブツ言いながら商店街を歩く。ざわざわとざわめく人ごみの中を、スイーツの店を探してうろうろしていると、鼻先にふわんと香って来たのは、バニラビーンズの甘い匂い。
「ふあっ? これはカスタードクリーム? この匂い、弱いんだよね~。スイーツの王さまのにおい!!」
匂いにつられて店頭まで来ると、そこはスティックシューのお店だった。色とりどりのクリームを挟んだ、細長いシュー生地にホワイトチョコのコーティングと刻んだアーモンドのトッピング。看板もパステルカラーでかわいらしい。
「光月殿。これはいったいなんという食べ物なのだ? 大変色鮮やかで、まるで芽吹いた花が咲き誇る様のようではないか」
雅な人は言葉選びも違うな、と思いつつ、スティックシューに興味津々の弧之善に楽しんでもらおうと、光月はシューを買い求めた。勿論自分の分もである。弧之善たちはそのシューの、潰れてしまいそうなやわらかさに驚きながら、恐る恐る口に入れる。いま見えない尻尾が緊張でピンピンに張りつめているようだ。
はむっ。もぐもぐもぐ……。
咀嚼すると、弧之善たちの隠している耳と尻尾がぴーん! と立ったように見えた。目をきらきらさせながら、この食べ物はなんだ!? と興奮しきりの様子である。
「これはシュークリームと言って、小麦粉とバター、卵で出来た生地を膨らませて薄くした中に、卵で出来たクリームを詰めたものです。シュー皮を油揚げで代用したら、中のクリームは何とかなるかなあと思ったんです」
稲荷寿司の要領です。揚げはパリッとさせちゃうんですけど、中の酢飯は甘いクリームになります。
そう言って説明すると、目を輝かせたままの弧之善がうん、うん、と大きくなずいた。シュークリームをいたくお気に入りの様子に、光月は弧之善を喜ばせたくて、村祭りのスイーツは油揚げシュークリームにしようかな、などと頭の中で決めてしまった。
むぐむぐとシューを完食してしまった弧之善は、口の端にピンク色のクリームをつけて、まるで子供のように無邪気でかわいい。
「光月殿、これは美味! これば美味だぞ!」
クリームを口の端に付けたまま言うから、思わず笑ってしまう。
「ふふふ。弧之善様、クリーム口についてますよ」
「む?」
ついている、と言われて、弧之善が舌でぺろぺろと口の周りを舐める。それはまさしく動物がする仕草で、でも微妙に付いたクリームに届かない。手を使えばいいのになあと思って、光月は仕方なく母親のような気分で、くすくす笑いながら弧之善の口の端についたクリームを人差し指で拭ってやった。
「ほら、取れた」
指先についたクリームを弧之善に見せてやると、弧之善はあろうことか光月の手を握り、その指の先についたクリームをぺろりと舐めた。
「っ!?!?」
「最後のひと口まで美味であった。満足だ」
大満足の息を吐いて本当に満足げに言う弧之善を前に、光月はパニックになる。
「舐めた!! 私の指、舐めた!!」
「舐めるくらい普通であろう。毛づくろいのときも舐めるではないか」
けろりとした様子の弧之善に、この人狐だった! と思いつつも、パニックを抑えきれない。
「人間は!! 人の体を舐めたりしません!!」
「む? であれば、どのようにして親愛の情を示したらいいのだ?」
心底疑問、といった風に聞くものだから、光月は頭を悩ませながら答える。
「こっ、言葉だけでも通じますし、目は口程に物を言う、ということわざもあります。手を繋いだり体に触れたりするのは基本的にはその後で、親密にならなければ皮膚接触はないと思いますっ! 恋人になったら、それが許されるんだと思いますっ!」
光月の言葉に弧之善が眉宇を寄せる。じとりと光月を見つめながら、口を尖らせる。
「では、手を繋ぐのも早計、ということか」
「う……っ、まあ、端的に言えばそうです」
イエスの返事を聞くと、弧之善は口を突き出してふくれっ面をした。
「私は……、光月殿とこうして会っているだけで、光月殿に触れたくて触りたくてたまらないのだ。光月殿のおかげで人型を取ることが出来た。その喜びの分も触れたいというのすら、いけないことなのか? 月湧の民を愛する気持ちを、光月殿に向けてはいけないということなのか?」
途絶えていた人との交流。その分も、弧之善は光月に託しているように思う。
寂しいなか、月湧村を見守り続けて来てくれた土地神様。その彼の心情に、光月が恋に破れ続けてきた心情が重なる。
(私も、弧之善様も、自分のことを見て、って、ずっと思ってたんだ……)
見て。私に気付いて。私のことを知って欲しい。そんな気持ち。
恋する相手に投げかけていた言葉が、弧之善の声で光月の心に届く。
(だったら、私がされて悲しかったことを、弧之善様にしてしまうのは、おかしいんだわ……)
無視されること。気持ちを伝えても聞いてもらえないこと。それがどれだけ恋した人にとって辛いことか、光月は知っているから。
弧之善は光月に気持ちを伝えてくれた。だったら、妥協ではなく、弧之善に正面から向き合ってみるべきなのかもしれない。
「弧之善様……」
駅に帰るまでの間だけですよ。
呟くようにそう言って、光月は弧之善に手を差し伸べた。
弧之善がこんじきの陽の光のように笑って、光月の手を取った。
あったかくて、大きな手だった。




