神さまからの求婚!?(6)
「っていうか、まずこの店の未来を憂いた方がいいぞ」
想像に耽っていた光月に、蓮が言う。
この村にも、以前は細々と昼間の観光客による収入もあったらしいが、もともとその数も多くなかったところへ、昨今の感染症の影響で今やその数は激減している。村の再生も村議会の課題で、三年ぶりに開催される秋の収穫祭は近隣の町にチラシを配ったり、ささやかな御輿で村を練り歩いたりして、見物の観光客を呼び込もうとしている。しかし、主だった名産品がない為、今のところ芳しい成果はない。
「なんか、『映える』名物でも作れねーの? ほら、光月、オンナとしての腕の見せ所じゃん」
パリパリとラスクにアイスクリームを乗せて食べている蓮にそう言われて、う~ん、と頭を捻りながら、蓮の食べていたラスクをひとつ、横取りする。
「あっ、盗った!」
「いいじゃない、夕ご飯に響くよ。う~ん、このパリパリ具合だったら、塩キャラメルパイとかの路線でもいけると思うんだけど~」
久子が塩キャラメル……、と呟いて不思議そうな顔をしたので、今、甘くて塩っぽいスイーツも人気があるんだと説明した。
「そうなの。塩大福みたいなものかしらね?」
「そうだね。甘いばっかりだと食べ飽きるけど、適度にしょっぱいと延々食べていられるっていうか……」
「塩大福なら、おばあちゃん作れるわよ。『映える』かしら?」
久子の提案に、光月と蓮はう~ん、と腕組みをする。あんこの透ける塩大福がとても美味しいことは知っているが、『映え』はしないだろう。
「そうなの……。難しいのねえ、『映える』って……」
「ううん、おばあちゃんが悪いんじゃないよ。ただ、今は、良くも悪くも情報が溢れかえってて、ぱっと見一秒で判断されやすいからね。本当は美味しい筈のものに、みんなが気付いてないだけだと思うんだ」
そういう意味では月湧村の存在も同じようなものだった。目新しい産業や名物は何もないが、自然があり、空気も良く、人々もおおらかで心を安らがせてくれる。失恋したての光月だって、蓮や久子とのんびり話すだけでその痛みが和らいでいるし、この村の人はそういう、懐が深くてやさしい人が多いと思う。昔ながらの人間関係の中で、穏やかに心を包む方法を知っているのだ。それは人間関係が希薄になった都会ではきっと望めないもので、だからどれだけ文明が発展しても、回帰のような行動が無くならない、一つの理由だと思う。
ただ、細々と行われるそれに頼ってばかりだと、いずれこの村はなくなってしまう。自分が生まれ育ったこの村を何とかしたい、と思っていても、実際、一介のOLにそんな大それたことが出来るわけがなかった。
……って。
「あっ!」
そうだ、ひらめいた。弧之善だ。彼がもう一度力をつければ、この村は潤うんじゃなかろうか?
「なんだよ、光月。急に大声あげて、ビビらせんなよ」
「いや、ごめん。あのさ、おばあちゃん。村の人が少なくなり始めたのって、いつ頃から?」
突然、村の歴史に触れた光月に目をぱちぱちさせながら、久子は視線を斜め上にして過去を思い出すように右手を頬に添えた。
「そうねえ……。ああ、美佐子が亡くなって、啓一さんが単身赴任になったくらいの頃からかしら……。啓一さんがこの村に来たのも、もともと美佐子がおじいちゃんの畑を継ぎたいって言ってたから、啓一さんがこの店を手伝ってくれていたのよ。でも、だんだんお客さんが減って行って、貴女の将来のためのお金を稼ぐために、啓一さんは会社で打診された単身赴任の話を受けて、この村を出たのよ」
「そうなんだ……」
自分の為だとは知っていたが、過疎化の進行と父親の単身赴任がそこで時代が重なっていたのか……。ますます光月が弧之善と遊び始めた頃と合致する。やはり弧之善の意識の向かう先が光月一本になったのがいけないのだろう。これも弧之善がうつつを抜かしていたからなのだろうと思うと、自分が関係していてすっきりしない。はっきり言って、もやもやする。もやもやするんだけど、自分を好いてくれた、初めての人でもあるのだ。おまけに雅なイケメン! 恋に破れ続けてきた女としては心揺らいでも仕方ないと思う。
悩ましい、と光月は腕組みをして考え込んだ。
店を閉めて、久子と一緒に帰路に就く。山際の一軒家にたどり着く前の畑の十字路で、山の方から帰ってきたと思しき青年に出会った。この村の住人で、名を沢口と言う。
沢口は竹村一家と親しくて、この前単身赴任先からGW休暇で戻ってきていた父親には、振られまくりの光月を心配されて、彼に嫁に貰って貰ったらどうだ、とまで言われていた。沢口はその時、そうですね、是非、なんて言ってたけど、光月のことを本当に好きというわけではないと思う。沢口は光月とは昔からの付き合いで、年の近い兄妹のような感覚で居たと思うし、光月もそう言うつもりだった。だから父親の言葉にお愛想で乗っただけのことだと思う。
「沢口さん。もし良かったら、この茄子分けて差し上げるわ。たくさんもらったから」
久子が沢口に言うと、沢口は、ありがとうございます、と笑顔で応えた。そして光月を見る。
「どうしたの、光月ちゃん。何を複雑な顔してるの」
「んー、世の中うまく行かないなあって」
「なにそれ」
ぷぷっと吹き出した沢口に、久子が『映える』が難しいらしいわ、と言った。久子の言葉に、ああ、そっちの問題も残ってた、と思い出す。
「なに、『映える』って。SNS?」
「いや、おばあちゃんのお店、閑古鳥もいいとこだし、ここは一発映えるスイーツでも作ってお客さん呼び込めないかなと」
「でも光月ちゃん。村の人は久子さんのお店で食べるなら、スイーツと言うよりも食事だろうし、SNSだって見てるかどうか分からないよ?」
沢口のごもっともな意見に、光月は力説する。
「考えるのはこれからだけど、考案した映えスイーツがバズったら、おばあちゃんのお店も潤うし、月湧村に来てくれる人も多くなって、少しは賑やかにならないかなあと。……このまま寂れて行っちゃうと、蓮くんが最後の村人になっちゃうし、その先は消滅でしょ? 自分の故郷がそんな風になるのは嫌だし……」
誰でも自分の生まれ故郷には思い入れがあるものだと思う。たかが一人のOLが頑張ったところでどうしようもないのかもしれない。でも行動を起こさなければ、この村の未来はない。行動しないで残念な結末を迎えるのは、もう止めるのだ。過去の思わぬ行動が弧之善の心を動かした事例もあることだし、思い憂う時間があったら、その分解決するために行動しなくちゃ!
「頼もしいねえ,光月ちゃんは」
「そのためには蒼依の協力も仰がないといけないんですけどね」
蒼依の趣味はお菓子作りだ。蒼依のSNSは作った色とりどりのお菓子の写真で溢れており、光月も誕生日に彼女から手作りクッキーを貰った経験がある。蒼依は月湧村とは何の関係もないが、作ったスイーツをバズらせる、という目標を知ったらきっと乗ってくれると思ってメッセージを打つ。
蓮の口車に載せられた感はあるけど、弧之善のこともあって失恋に憂いている時間がなくなった。縁には感謝だなあ、と光月は思っていたところへ、蒼依からのメッセージが入る。スマホを見ると、いくつかのスイーツのアイディアが載っていた。意外と油揚げスイーツってあるもんなんだな。そう思いながら返信を打つ。何やら楽しいことが起こりそうで、ワクワクしている。
「ねえねえ、沢口さん。これとか、一見油揚げに見えないですよね」
蒼依から贈られてきたメッセージにある画像たちを沢口に見せると、なんで油揚げ? と沢口に聞かれた。
「月湧は大豆の生産地だもの。やっぱりそれをアピールしなきゃ」
「だったら豆腐でしょ? 豆腐プリンとか、豆腐ドーナツとか、そういう方向ではなくて、油揚げ縛りなのは、なんで?」
しまった、それは気づかなかった。ただ弧之善が狐の化身だったってことから、油揚げを連想してしまったのだった。
「う、うーん。でも、希望としては、実行委員さんとも相談するけど、秋の村祭りで出したいの。そうなるとプリンは持ち歩きしにくいでしょ? それに、見た目でも分かる特産品の方が、SNSに載せた時にその特産品の変身ぶりに驚いてもらえそうな気がして……。そうなると、油揚げはもともと水分がないから、加工して化けやすいかなって」
光月の苦し紛れの言い訳に、沢口はなるほどとうなずいた。そこに久子から、ほら、うちの喫茶店でも油揚げのラスクを作ってるわよ、と援護射撃が入り、沢口はますます納得したようだった。よかった、弧之善の話を出そうにも、彼の存在自体が怪しげでそんなこと出来ない。
(神さまなんて言ったって、誰も信じやしないだろうしなあ。それに)
もし、本当に土地神なのなら、村おこしで少し村が元気になれば、弧之善の空虚な心に別の誰かが住むかもしれない。恋愛対象じゃなくてもそもそも土地神なんだから、村人を見守れば良い。そうなれば、光月はお役目御免だ。弧之善に邪魔されずに恋を出来るようになる。うっかり雅なイケメンの外面に惹かれてあんな約束してしまったけど、彼の言葉が本当なら、あんなふうに一方的に光月の恋路を曲げてきた人を、直ぐに好きになれというのは、そもそも無理があるのだ。
(長年の恨みを簡単に思わないで欲しいわ。二十七年間、恋が実らずに生きてきたってのは、人格否定されてきたようなもんなんだからっ!)
光月はこぶしを握り、神社の弧之善に向かって念を送った。




