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狐に嫁入り~恋愛成就を願ったら、神さまに求婚されました~  作者: 遠野まさみ


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神さまからの求婚!?(5)


弧之善と別れてから、光月はバイト先の祖母の喫茶店に入った。バイトと言っても、光月の祖母が経営する喫茶店の手伝いレベルで、報酬があるわけではないので会社に届ける必要もない。また、店は常時閑古鳥の状態で、客と言えば、朝に農作業を始める前の村人のモーニングと、やはり農作業に精を出している、移住者である若夫婦の一人息子、蓮の夕方の食事くらい。その蓮が、隣町の小学校から帰ってくるのがもう少し後。光月が厨房の前のカウンターに寄り掛かってため息を連発していると、カウンターから香りのいい紅茶が差し出された。

「その人は光月ちゃんのことを知ろうともしなかったんでしょう? そんな人、こっちから振っちゃいなさいな。そんな人より、光月ちゃんを知ろうとしてくれる人がきっと現れるわ。まだまだチャンスはあるわよ」

弧之善のことは伏せて、光月は文庫の君に振られた話だけを祖母にした。厨房からにこにこと光月を見る祖母の久子は、穏やかな人生に恵まれたことが分かる、深い笑い皴の刻まれた顔をしている。

光月を知ろうとしてくれている人、っていうと、今だと弧之善がそれにあたるのかな、等と、失恋したばかりだというのに、こんなに直ぐに次の恋に発展するかもしれない人のことを脳裏に思い描いて良いものだろうかと疑問に思う。そもそも恋って、恋の病、という言葉があるほどに、身も心も支配されるものだと思う。そう思うと、振られたからといって、簡単に弧之善のことを脳裏に思い出すあたり、光月はあの人にも弧之善にも、恋をする資格はないんだろう。

「はあ~、おばあちゃん、ありがとう……。そう言われてみれば、私もあの人の事、いつも文庫を読んでる素敵な人、っていうくらいしか知らずに好きになってたの、ちょっと失礼だったかな……。もっとその人の事知ってから好きになるって、良いね……。やっぱりおばあちゃんたちが理想だな~。喧嘩ひとつしないんだもん」

光月の、弧之善に対する態度は全く恋ではないが、弧之善が言っていた、神さまとしての仕事すら疎かになってしまうくらい、光月のことを想ってくれている心境は、まさしく恋なのだろうなあと思う。何が良かったんだろう、本当に。守り神としての使命が影響しているのだとしたら、それこそ彼の本意ではなかっただろうに。

光月の言葉に久子が目を細める。出された紅茶をひと口飲むと、ほわりとお腹があたたまって、文庫の君に見向きもされなかった記憶の欠片がほどけて解けていくみたいだった。それと同時に、カップから立ち上る湯気が、弧之善の美しい髪の毛を想像させた。

店の中が、夕暮れの色に染まっていく。金と朱に塗られた空間に、カランカランというドアベルの音が響いて、学校帰りの蓮が入って来た。

「あー、お腹空いたよ。ばーちゃん、唐揚げ食べたい」

「蓮くん、まずは宿題やっちゃってからでしょ?」

光月がそう言うと、蓮はランドセルから教材を取り出して、指定席のテーブルに広げた。

「やんなっちゃうよな~、全く。毎日宿題宿題で、全然遊ぶ時間ないじゃん」

「何言ってるの。何時もここで油売ってるくせに。もう少しおばさんたちのお手伝いとかしなさいよ」

「収穫期は手伝ってるよ。しっかし、光月がこの店手伝う意味はあんの? ぜーんぜんお客いないじゃん」

蓮の言葉に、光月もため息を吐いた。

そう。もともと田舎だった月湧村このむらにある唯一の喫茶店であるこの店は、もともとは山に延びる旧道を歩く飛脚などを相手にしたお茶屋だった店を、地元の村民相手の喫茶店に変えたお店だ。戦後の高度成長期にさしたる物産もなかった村は発展から取り残され、そこから過疎への道を歩み始めた。村人以外の客(観光客)が望めない時点で、この店の未来は先細りも同然だった。

「ふふふ。といっても、私が若い頃は、まだまだ人も多かったのよ、蓮ちゃん」

そう言って厨房から器に盛ったアイスクリームを出したのは、久子だ。光月はカウンターで油揚げのラスクとミントを載せたアイスクリームを受け取り、蓮の座っているテーブルに運ぶ。蓮がアイスクリームに乗ったラスクをパクリとひと口頬張った。

「へえ~。って言っても、今じゃその陰全くなしじゃん。俺なんて、ゲームとスマホなかったら、学校から帰ってきて友達と遊ぶことも出来ねーもん」

「確かにねえ……」

ネットが普及していて良かった、と光月も思う。そうでなければ、家に帰って何の刺激もない時間の中、失恋の痛手に心に雨を降らせていなければならない。って、今の光月の心中は、半分くらい弧之善と入れ替わっているのだけど。

それもどうなんだろう……、と、現金すぎる自分の気持ちにげんなりする。

「? なんか、光月、元気なくね?」

「聞いてくれるな、少年よ……」

「なに。また失恋したの?」

蓮の呆れた口調に、より一層落ち込みが酷くなる。抱えていた丸い銀のトレイをテーブルに置き、蓮と向かい合わせに座って、テーブルに突っ伏した。

「なんで、こんなに上手くいかないのかなって、思うわ……」

「まあ、光月、平凡な顔してっから、あんま認知されてないんだろ。それに、文庫から顔を上げた時に目が合ったってだけで、光月の事好きになってくれるわけ、ねーじゃん」

想い人とは別の人(?)に認知されていたけど、それはまあ、黙っておく。ついでにその思い込みが早とちりだったってことも黙っておく。

「……図星を突くな、蓮くん……。ちょっとは思いやりの心を持って……」

「心で駄目なら化粧だって! 枯れるのはえーぞ!」

二人でやり取りをして、少し鬱々とした心が晴れる。そもそも目立つ容姿でもないのに、電車で見かけるだけの人に認知してもらおうなんて考えが甘かったのだ。彼は人目を引く容姿だったから光月の目を奪ったけど、光月は平凡な成りだから、彼の意識を奪えなかった。それだけだ。

「はー……。しかし、記憶のある限りで、一度も恋が実ったことない、連敗続きの私ってどうよ?」

まさか神さまが恋路を邪魔していたとは言えないし、その神さまに求婚されたとも言えない。

「捨てる神ありゃ拾う神ありっていうじゃん。光月が最終的に行き遅れたら、俺が貰ってやるから安心しろって!」

成程、弧之善は拾う神というわけか。まさしく神さまだけど。

「年の差激しいなー。更に私は、年下には興味ないんだけど……」

「贅沢言えるうちが華じゃん。そんなに彼氏欲しいなら願掛けでもしたらいいのに」

光月と蓮の話をにこにこと聞いていた久子が、あのね、と話に加わって来た。

「山すその神さまは、もともとはうちの屋敷神さまだったのよ、蓮ちゃん。おばあちゃんたちのご先祖さまが商売を始めた時にうちで祀ってね。その何代か後のご先祖様が、この村を守ってもらおうとして、土地神様として改めて村のみんなでお祀りしたのよ」

「土地神様なんだから、恋愛どうのっていうより、村が賑わうように祈ったほうがいいのでは……」

弧之善は光月との恋愛を進めようとしているが、弧之善の恋云々の前に、弧之善が月湧村の賑わいを取り戻してくれるよう働かなくてはいけないのである。そうでないと、この村は消滅、村人が居なくなれば、人の信仰によって存在している弧之善も消滅だ。

意外と危機意識のなかった弧之善にびっくりしながら、自分が消滅することすらも気に掛けられない程光月に心を傾けているのだろうかと思うと、それは驚きと同時に恋に破れ続けてきた乙女として、自分の存在を掛けて光月に恋をしてくれているって、ドラマティックな小説みたいできゅんとする。


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