神さまからの求婚!?(3)
「貴女はこの前の道を歩くと、毎日挨拶をしてくれたな」
弧之善はうっとりとアスファルトの道を眺めながら、そう言った。鳥居の前の道を山の方まで行くと、光月の家で行き止まりだ。つまり光月は、家を出ると必ずこの道を通ることになるのだ。
「祖父母が、この神社はもともとうちの屋敷神さまだったって言ってたから……」
「そうだ。私は光月殿のご先祖に竹村家の守り神として祀り上げられたのだ。五百年ほど前のことになるか。あの頃はこの土地を耕す人々も多く、村は栄えていた。光月殿のご先祖は村の人々のことを思い、この土地を守る土地神として、私をここに祀り直したのだ。村の人々は作物が良く実るようにと、いつも願い事をしてくれていた。それはそれは賑やかな時間だった」
懐かしそうに目を細め、弧之善が語る。しかし弧之善がふと黙り込み、悲しそうに表情を陰らせた。
「だが、人々も気づいたのだろう。畑の実りには陽と水が肝要。この村には大きな川がないだろう。村人の祈りは作物の実りを左右する、水の神へと移っていったのだ。人々は農地の際に水路を引いて、水の神を祀った。人々の関心が私に向かなくなるのは、ごく当然のことだったのだ」
懐古の瞳で鳥居の外の畑を見る弧之善は、儚く消えてしまいそうだった。信仰の対象として祀られた神が信心を得られない事実。弧之善の背後にあるぼろぼろの社が、それを物語っていた。
「そんな中、光月殿は私に毎日欠かさず挨拶をしてくれた。空虚だった私の心に光が射したのだ。今までが孤独と感じていたわけではないのだが、光月殿が日々声を掛けてくれて、日々光月殿の成長を見ることが私の何よりの楽しみになった……。いつしかその思いが膨れ上がってしまい、それ故……、土地神としての仕事が疎かになり、なにより、光月殿の恋を叶えることが出来なかったのだ……。作為的に光月殿の人生に介入してしまった。大変申し訳ない……。かくなるうえは、私が責任をもって光月殿を幸せにすると決意した。光月殿、是非私と結婚していただきたいっ!」
そう言って弧之善は、土が被った石畳に額を擦りつけんばかりにガバっと頭を下げた。この人も、光月と同じようなことを思っていたのだ。光月よりももっと長い間、誰にも見向きもされないで、ずっとここで村を見守っていた。光月だっていつもフラれて鬱々としていた。神さまだって人々に忘れられてしまって、悲しかっただろう。その気持ちを持って、光月の悲しみを癒してくれようとしてくれるなんて、なんて至れり尽くせりな神さまなんだろう。
「……って、ここで同情すると思ったら、大間違いなんだからっ!」
光月は弧之善の前で激怒した。怒りで自分の膝を右手で叩いてしまったほどだ。パンっ! という大きな音に弧之善がビクゥ! っと震えて、土下座のまま、ちょっと宙に浮いた。
「そんなに子兎みたいにぴるぴるしたって、騙されないんだから! 神さまなのに、人の人生歪めるなんて、最っ低!」
「わ、私は兎ではないぞ、光月殿……。成りとしては、狐が一番近いのだが……っ」
光月の叫びに弧之善はおっかなびっくり応えると、その場でポン! と変化した。その姿はまごうことなき九尾の白狐。おおお、九尾の狐って本当に居るのか……、なんて感心することではない。そんなことを言っているんじゃなくて。
「いやっ! 今は兎だの狐だのの話じゃ……。って、えっ、なに、怪我とかしてたんですか? そんな素振り、見せなかったじゃないですか……」
話をごまかさないでほしい、と言おうとしたのだけど、白い狐の左前脚に包帯が巻かれているのに気が付いてしまった。細い脚に痛々しいぐるぐる巻きの包帯を見てしまって、胃の上の方をぞわりとやすりで撫でられたような気持ちになる。痛い痛い、と思っている光月に、弧之善は言った。
「これはもう治ってしまっているのだが、覚えていないか? 怪我をした私を、子供の頃の光月殿が手当てしてくれたのだよ。丁寧な手当のおかげで怪我は治ったのだが、光月殿の心遣いが嬉しくて、包帯はそのまま巻いているのだ」
紛らわしいなあ。それに、九尾の狐なんて手当したら覚えて良そうなものだけど……。
「……って、もしかして、怪我した時って、普通の茶色い狐の姿だったりした……?」
光月が狐の姿の弧之善を見ながらそういうと、狐の弧之善は嬉しそうに目を見開いてから、ポン! と姿を人の形に変えて、初めて光月に笑みを見せた。
「ああっ、思い出してくれたのか!? そうだ。以前は野生の狐に似た姿をしていたのだ。何せ、信心が途絶えて久しかったので、九尾の姿を取るのも難しく、簡易的な姿でこの場所にいたのだ!」
弧之善のその言葉を聞いて思い出した。
「幼稚園の頃に一緒に遊んだコンちゃん!?」
「そうだ! 光月殿、思い出してくれたか!?」
嬉々とした表情で光月を見る弧之善の、きれいなべっこう飴みたいな瞳には覚えがある。幼稚園が終わってから祖父母の仕事が終わるまでの時間にこの神社で一緒に遊んだ、狐のコンちゃんの目だ。あの頃既にこの村の過疎は進んでいて、子供は光月一人だった。隣町の幼稚園から帰って来ても、一緒に遊べるような子供はおらず、自然と相手は動植物になった。そのうちの一人が、コンちゃんだった。
忙しい祖父母にペットの世話が出来なかった為、幼い頃の光月はここでふわふわの毛並みのコンちゃんと遊んでいた。コンちゃんが怪我をしたのは、光月と遊んでいる最中のことだった。
『おーい、光月!』
『あっ、パパだ!』
単身赴任先から何ヶ月かに一度帰ってきてくれる父親が光月を迎えに来た時に、参道の上の、段になっている木の根元で土や木の葉などでコンちゃん相手にままごとをしていた光月は、正座から勢いよく立ち上がったが、足がしびれていて転びかけた。ままごとの余韻で土団子を離すことが出来ずにいた光月は、当然顔から転がり落ちる羽目になる筈だった。
ズザザーッ、ドテッと参道に転がり落ちた光月の顔は、しかし地面と激突することはなく、ふわふわの茶色い毛に包まれた。
『ふわ? ふわふわ……。って、ええっ、コンちゃん!』
なんとコンちゃんが転がり落ちた光月の下敷きになっていたのだ。光月は驚いて土団子を体の脇に置くと、慌てて地面に手をついて、下敷きにしてしまったコンちゃんから退いた。
『コンちゃん、だいじょうぶ?』
おろおろとコンちゃんの様子を見ると、転がり落ちる時に光月の下敷きにしてしまったために、前脚に擦り傷を作ってしまっていた。
『コンちゃん、ごめんねっ! ケガしちゃってる、パパぁ!』
その後の大騒動は未だに父親が『守り神さまに守ってもらった娘』として笑い話にするほどだ。
「かっ、神さまを下敷きにしてたの!? 私!? むしろ、罰当たりでは!?」
「いや、竹村家の皆さまを守ることは、もともと私に定められたことだ。光月殿の顔に怪我がなくて良かった」
もともと光月の家――竹村家――の屋敷神として祀られたから、今でも竹村の人たちのことは特別気にしているという。神さまも大変だなあ。子供のお守までしてくれるのか……。脳内に『竹村保育園』で保父をする弧之善を想像してしまって、くすっと笑ってしまった。きっと美しい髪の毛を引っ張られて、懐かれているんだろうなあと思う。
「ああ、やっと笑ってくれたな、光月殿。光月殿は笑っているのが一番いい。貴女の笑みは、朗らかな太陽の様でいつも私の心を照らしてくれた。土地神は、人々という太陽が居てこそ存在が現れる、月のようなもの。私に、貴女が笑っていられるための使命を頂けないか」




