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狐に嫁入り~恋愛成就を願ったら、神さまに求婚されました~  作者: 遠野まさみ


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土地神・弧之善(1)



村祭りまで一ヶ月を切った。今日は印刷所に頼んであったリーフレットが届いたところだ。村の集会所で紙の束を受け取った光月は、リーフレットの出来に興味を示した蓮と一緒に、傾いた日の中を歩いていた。夏祭りの頃から比べて幾分短くなった日中は、この時間になるとその気配をぐっと秋にスライドさせる。山の中腹から引いたという灌漑水路の上を、熱波のような空気の塊の代わりに、やわらかな風が靡いて来ていた。

くくられた紙の束の面を見れば、弧之善の文字で『月のけわい』と印刷された表書きがあり、蓮はその達筆さに感心していた。

「あの銀髪にーちゃんが手伝ってくれたってのが、不思議でなんねーよな。いつの間に光月は、そんなにあのにーちゃんたちと仲良くなったんだよ」

「あはは。あの人たちを巻き込んだおかげで、こんな素敵な名前ももらえたしね」

「それオブそれ。光月のネーミングセンスって、いっつもダサいからな~。文庫読んでるから『文庫の君』とか、もうちょっと捻れねーの? っていう……」

蓮の言葉に、文庫の彼のことを、もはやすっかり忘れていたことに気付く。……自分は薄情者なのかな。あんなに電車で会うたびにときめいていたのに、今、脳裏に思い浮かぶのは、祭りの時に光月を抱き締めてくれた弧之善の顔ばかりだ。

光月のこれからを自分に託して欲しいと言った弧之善を、未だ忘れられない。あんな風に光月に求愛してくれた人は、今までの光月の人生の中で居なかった。腕の中に囲われた温度、さらりと流れた銀の髪の質感、抱き締められた力強さまでもを、今さっきの事のように思い出せる。こんなに強い執着をもって弧之善に相対したら、きっと弧之善を狂気の道へ引きずり込んでしまう。それだけは嫌だった。

(月湧がずっと続いて欲しい……。その為には、弧之善様はずっと穏やかなまま、生きてなきゃいけないのよ……)

これも、弧之善が縛った光月の恋なのか。それとも文庫の彼みたいに、時がたてば弧之善への執着もなくなっていくのだろうか。そう思ったら、出会ってからの弧之善がいっぱい思い出されて、胸が張り裂けそうになった。

いきなり土下座して来たかと思ったら、いきなり求婚してみたり。いきなり光月の学校まで迎えに来て、いきなり恋人の真似事をしようなんて持ちかけてきたり。月湧の名物を作るんだと光月が意気込めば、自分の為になると言って手伝ってくれたり。光月が光月のままでいいって教えてくれたりもしてくれた。自分のことを、蒼依と比べて卑下することしか出来なかった光月にとっては、画期的な事だった。

(ああ、私は……)

今、ここに立っている光月は、弧之善の言葉によって数々の失恋から立ち直って立っている。弧之善が光月を肯定してくれたから。愛してくれたから。与えられたからだ。

じゃあ、弧之善は? 土地神としてではなく一個人として、光月の言動によって弧之善が生きていられるなら、それは光月の自信につながる。

(会いたい……)

弧之善に会いたい。弧之善が神さまじゃなくて、普通の人間だったらどんなに良かっただろう。想いを伝えあって、共に歩んで、共に死んでいく。それが叶わないから、光月は弧之善のことを拒絶しなければならない。自分の恋路と、月湧の未来を天秤に掛ければ、月湧の未来に傾くのは当たり前だ。でも、苦しい。この気持ちを吐き出す場所がない。

「……つき、光月!」

蓮に呼ばれてハッとする。隣を見ると、蓮が心配そうに顔を覗き込んで来ていた。

「なんかマジな顔してっから、何事かと思うじゃん。どーしたんだよ、立ち止まって。リーフレット重いのか? 貸せよ、持ってやる」

「あ、あー……、そういうんじゃないんだけど。でも、まあ、半分持ってもらおうかな」

そう言って四束になっていたリーフレットの、二束を持ってもらう。丁度おもて面が内側になっていた為、見えた裏面には印刷された各シューの名前と、贈られた和歌が載っている。

『弧之善様が、恋した光月殿の為に、夜にももみじが見れるように命じているんだよ』

印刷された和歌を見ていると、瑛に言われた言葉がポンと耳の奥に聞こえて、狼狽える。

(だっ、駄目だよ、弧之善様っ! 私、弧之善様が狂っちゃう未来なんか、見たくない。やさしい弧之善様のまま、ずーっと月湧を見守っててくれなきゃ……)

ツクツクボウシが煩い山道を家の方に登っていくと、坂の上から沢口が降りてきた。暑さを感じさせない爽やかな笑顔で、やあ、と話し掛けてくる。

「やあ、光月ちゃんと蓮くん。なに二人して荷物抱えてるの?」

「沢口のにーちゃん。これ、光月の出し物に付けるリーフレットだよ」

「出し物?」

「ほら、村祭りの」

蓮がそこまで言うと、沢口も思い当たったのか、ああ、と納得した様子だった。

「シュークリーム作るんだったっけ。もう準備は良いの? その紙の束は、チラシ?」

沢口が束ねられたリーフレットに触れようとしたら、その場に静電気が起きた。バチッと音がして、沢口の手が弾かれる。驚いて見ると、沢口の手の甲にやけどのような跡が見られる。

「だっ、大丈夫ですか!? えっ、なにが……?」

何が起こったの。

そう言おうとして、言葉が出なかった。リーフレットに印刷された『月のけわい』という文字が、リーフレットから浮かび上がって、赤く、その場で光ってる。光月と沢口の間に立ち塞がった『月のけわい』は、まるで光月と蓮を守るように沢口の前に弧を描いて立ち塞がった。

「みっ、光月!? なにこれ、一体……」

動揺露わに光月を振り仰ぐ連に、光月も何も言えない。ふと、思い出したことがあった。

――――『名づけるにはその存在を縛る力が必要』

そう弧之善は言ってなかったか。縛る、というのは『月のけわい』と名付けられた(ここにはない)揚げシューであり、月、と形容された月湧であり、光月だ。つまり、弧之善が自分と光月を縛ったのだ。何のために?

光月が困惑していると、唸るような声が聞こえた。

「ちっ、忌々しい。力及ばぬ土地神のくせに、俺に対抗しようなどと」

「さ、沢口さん……?」

昏く妖しい雰囲気を漂わせながら何事かを呟いた沢口に、恐る恐る声をかけると、沢口は気を取り直したように、光月に笑みを向けた。

「光月ちゃん。何故そんな護りを施しているんだい? 僕と光月ちゃんは、ゆくゆくは結婚する仲じゃないか」

撫でつけるような声で光月に語り掛ける沢口の言葉に驚く。父親の酒の席での戯言を、沢口が本気にしているとは思わなかった。

「あ、あれは父が酔っ払って言った冗談ですよ、沢口さん。沢口さんも、こんな平凡な女が相手じゃ、嫌でしょう?」

あははと笑うが、沢口は妖しげな笑みを浮かべたままだ。

『なにを言っている、()()。弧之善の気配が薄らいだ今こそ、俺たちの祝言の時ではないか』

急に沢口の声が耳の中に反響した。動揺を隠せない光月に、更に声がこだまする。

『お前が死んで五百年余り。俺は待ちに待ち続けた。……お前の魂が巡ってくるのを……』

「沢口さん、なに言ってるの? この声は何?」

『さあ、来るのだ。我が城、我が水の都で、今度こそ永遠に暮らそうぞ』

沢口が手を伸ばしてくる。光月の周囲に張られた赤い文字が、力任せに捻じ曲げられて、その壁に穴をあけた。ぐっと手首が握られて、ひやり、と冷たいものが光月の肌を伝った。……滴ったのは水だった。

「い……、や!」

ぞわりとした感覚が肌を伝い、心臓の底を撫でた。本能的に、光月は沢口の手を跳ね除けた。パシン! という乾いた音がその場に響き、沢口は一瞬驚いた顔をしたあと、咆哮した。

『満希……! 何故拒絶するのだ……!』

怒号と共に、その場に嵐が吹き荒れた。突風に混じって大きな雨粒が打ち付ける。道の脇の木がなぎ倒され、水路が増水した。降りつけた雨の量よりも明らかに多い水が、囂々と流れた。

辺りに、オオン! という叫喚が聞こえたかと思うと、溢れんばかりの激流となった水路の水が、光月たちの方へ襲ってきた。ゴウ! と突風が吹き、風にバランスを崩した蓮が、道の脇の水路に落ち、流される。

「蓮くん!」

光月は流された蓮を追いかけ、子供の胸まである水路にバシャンと身を立てると、攫われた蓮の体を水路から引きずりだした。……と。


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