神さまからの求婚!?(2)
――――『ごめん! 光月! 光月の恋路の邪魔をするつもりはなかったんだよ!』
――――「そんなの、分かってるよ~。いつものことじゃない、気にしてないよ」
月とスッポンとはよく言ったもので、至って凡人(いや、不美人の部類だろうか)の光月と比べて、蒼依は誰もが振り向く美人のたぐいだ。性格も良く、思いやりの深いの蒼依を慕う人は社内にも多くて、光月もそんな蒼依の人柄に惹かれていつも一緒に居る。だから、蒼依がモテることに何の疑問も持たない。それが、自分の憧れの人だったとしても。
……なのだけど。
メッセージアプリの画面を閉じた後、光月は大きなため息を吐いてあたりを見た。大豆畑が続くこの田舎には華やぎというものが一切なく、それも失恋直後の光月の心を曇らせていた。
「あーあ。こういう時、パーッと遊べるような場所に住んでたら、気晴らしも出来たんだろうけどなー……」
のんびり続く田舎が悪いわけではない。むしろ、せかせかしていない生活リズムを光月は気に入っている。ただ、今の光月を満たすものが欲しかっただけだ。傷付いた心を、刺激で埋めたかった。
鬱々とした気持ちのまま、俯いてひび割れたアスファルトの道を歩く。パンプスの靴先しか見えない光月の視界を子狐が走り抜け、あっ、踏みつけるところだった! と思って一瞬立ち止まると同時に耳に、ブオン! というエンジンをふかした音が届いた。……と。
「わあっ!」
光月の目の前を、軽トラがバックで横切った。車は荷台から光月の行く先に突っ込み、方向転換して光月が来た道へ走り出そうとした。あと50センチ! あと50センチ前を歩いてたら、荷台とぶつかってた! 光月が二歩、後退りをして間一髪免れた事故に動悸と冷や汗を同時に感じていたら、運転席の近所のおじいさんが、まさに今、光月を見つけた、といった表情で目を丸くしていた。
「み、光月ちゃん、おったんか! 大丈夫やったか!? じーちゃん、光月ちゃんを引いてへんかったか!?」
「あ……、いやあ、ギリだいじょぶでした! 何処にもかすってません! でも、こんな田舎だけど、運転気を付けてくださいね! 事故ったらおばあちゃんも悲しみますから!」
「おー、ホンマに悪かった! 年寄りはこれだからあかんなあ……。でも、車がないと、畑も病院もなんも出来んしなあ……」
「まあまあ、ドンマイですよ。これから気を付けて下されば」
光月が顔見知りのおじいさんに笑って見せると、おじいさんはいくらか安心した様子で、軽トラを発進させた。白い車体が坂を下って行くのを途中まで見届けてから、光月は再び坂道を家の方へと歩き出した。
(あー、今日は厄日かな? あの人は蒼依しか見てなかったし、軽トラとぶつかりそうになるし……)
なんか、人生、良いことなんてない。そんな気分になってしまいそうだった。ひび割れた古いアスファルトがその気分をさらに助長する。トボトボと荒れた道路を歩いていると、左手に朱の禿げた鳥居が見える。古く、歴史だけはあるという寂れた神社に、光月は毎日の行き帰り、なんとなく挨拶を続けていた。
いつものように、鳥居を正面にぺこりと会釈をする。そこで思いついて、ついでに鳥居を潜ってみた。手入れされていない参道には木の枝が多い茂り、短いその先の小さな社殿は廃屋と言っても良いほど痛んでいた。毎日鳥居の前を通っているというのに、神社のこの荒れ方に気付かなかった光月は少し胸が痛む思いだ。
大きな柏手を打ったら崩れそうな社殿を前に、ひっそりと両手を合わせて目を閉じる。光月を上から覆う木の枝がさわっと揺れ、風が通ったことを教えた。
(神様……。私にも、私を好きになってくれる人が、現れますように……)
蒼依のようにたくさんの人に好かれたいわけではない。ただ、誰かに自分を特別だと言って欲しい。そんな思いで手を合わせていたら、閉じた瞼の裏からでもわかるほどに、その場に光が溢れたことが分かった。夕陽がさしているのかと思って目を開けたら、目の前の小さな社殿と光月の間に、この世の人とは思えないくらい美しい男の人が立っていた。
「…………」
突然現れた目の前の男の人を、ぽかんと見る。顔は面長、金色の双眸はすっと切れ長にやさしく光月を見ている。鼻筋が通っており、唇は薄く笑みを描いていた。髪の毛は薄銀で腰ほどまで長く、さらさらとしており、薄香色の単に白鼠色の狩衣を身に纏った姿は、樹々の葉が覆い茂っている陰に当たるのに、とても柔らかな光に包まれている。
「光月殿」
光月を呼ぶ声は、低くて甘い。鼓膜を震わせたその音が光月の心にやさしく響いてずっと聞いていたくなる音だった。
「光月殿」
もう一度名を呼ばれて、はっと気が付いた。この人は、うっそうとした山の参道の行き止まりの社まで、光月を追い越すことなく現れた。しかも、見とれるばかりの美貌で、少し宙に浮いている。更には、美しい男性の姿を面妖なものに変えているブツが、ついていた。……頭の両側に着いている白くて三角の耳と、腰から生えているふさふさの白い尻尾……。
現実でありえないことが目の前に起こって、光月は一歩、身を引いた。
「ひ、ひゃあ!」
一歩、男の人から後退ると、背中にトン、と何かにぶつかる感触がした。振り返ると、やはり頭の上に獣の耳と尻尾を生やした男が二人。
「ひ、ひゃああ!」
前にも後ろにも身体を動かすことが出来ず、光月はその場で固まった。その様子を見ていた男の人が、ちょっと困ったようにもう一度、光月を呼んだ。
「光月殿。私たちは、今、貴女に呼ばれて出てきた。貴女の……、恋路について相談されたので」
はっと目の前の人の顔を見る。すると彼は、少し気まずそうに苦笑した。
「え……っと、……貴方は……?」
光月が問うと、彼は申し訳なさそうに頭を下げた。
「私が、この社の神、弧之善と申します。そちらは狛狐の煌と瑛」
か……、神さま……。神様と狛狐……。
騙されているんだろうかと、もう一度振り返ると、やっぱり頭に獣の耳がついた男の人二人が居る。そのうちの一人が、「神さまが話してるだろ、聞けよ」と言うので、光月は神さまに向き直った。
「……あの…………」
光月を見たまま黙ってしまった神様にどう接したらいいのか戸惑っていると、神さまは急にガバっと土下座した。
「申し訳ないっ!」
「えええっ!?」
人から土下座される経験なんて、生まれてこのかた一度もない。だから動揺してしまって、あの、顔を上げてください、と焦って言葉を掛けた。
「いや……。私は光月殿に、とても申し訳ないことをしてしまっているのだ。……貴女の、恋路について……」
あっ、そう言えばさっきもそんなことを言っていたな。そうだ、社にしたお願い事がそうだったからなのだろうと思った光月は、目の前の彼に向かってほのかな期待を抱いた。
「え……っと、もしかして、次の恋は叶えてくれるとか?」
神さまと恋愛ごとと言えば、願いを叶えてくれる、という結果を与えてくれるものだと思った。しかし神様は、更には申し訳ない、と言って、出来ないのだ、と呟いた。
「出来ない……?」
神様が、人の願いを叶えられないってこと? 万能の神様が?
「申し訳ない、私の所為なのだ。光月殿の……、恋路が実らないのは……」
…………。
「え……っ?」
間抜け顔でそう問い返しても、仕方がなかっただろうと思う。




