スイーツをバズらせよう(2)
弧之善が額に汗をかきながら、困惑した様子で言う。その様子に余裕は見られなくて、神さまでも得手不得手があるんだな、と分かって面白かった。
「まあ、あの人たちはプロですからね。あれでお金稼いでるんですから、当然ですよ。弧之善様だって、得意な事では他の人より上手なことはあるでしょう?」
光月に言われ、弧之善はそうだなあ、と目を細めて斜め上の天井を見た。
「月湧の者たちはみな、仲が良いだろう。私は実りを願って村の土地神として祀り直されたが、実りの祈りが水の神に移ろった今、月湧の村人がみなで仲良くこの村を支えて行けるようにと、心を配ってきたつもりだ」
油揚げに悪戦苦闘の表情から一転、穏やかな弧之善の微笑みに、ああ、この人は本当に月湧の人たちが好きなんだなあと感じる。それが嬉しい。
確かに村の人たちは、みんな仲がいい。だから毎日畑仕事の前に久子の店でモーニングを食べながら談笑し、時に助け合いながら生活し、村を守って来た。夫婦喧嘩なんて聞かないし、いつも笑顔ばっかりの、本当に素敵な村なのだ。だからこそ光月はこの村が大好きだし、失恋して村に帰ってきても、人生長いんだからいつか光月の恋は実るよと励まされて、それを信じられる村人の言葉だからこそ、その度ごとに前向きになれた。
「私も、月湧村の人たちが大好きですよ。だから月湧に栄えて欲しいし、弧之善様にも元気になってもらいたいです」
「私は光月殿が傍に居てくれるだけで幸せになれるし、元気も出るぞ?」
眩い美貌で見つめられて、うかつにもドキッとする。この人は、今まで自分の恋路を邪魔してきた人だぞ……! そう思いながらも、月湧のことに心を砕いてくれることなんて、光月にとっては嬉しいことこの上ない。
「私も……、土地神様が、弧之善様みたいに村の皆の為に一生懸命お菓子作ってくれる人で良かったなって思ってますよ」
光月の応えに、土地神としてか……、と弧之善が不満そうに口を尖らせる。
「何の落ち度もない女に失恋続きっていう辛い人生歩ませた事実、忘れてないでしょうね?」
そこを突くと、弧之善はうっと言葉に詰まる。
「まだこだわってんのか、そんなことに」
煌はそう言うが、こちとら人生の全てを否定されてきたんだからね? 恨むなっていう方がおかしいよ。一方弧之善は、胸に手を当てて、いたたたた、などと反省はしているようだ。その様子に、最初に懺悔されたときに思ったほど、怒りを感じていないことを自覚する。うきうきと恋人遊びをしたがったり、一緒にスイーツ作ったりして思ったけど、根本的に悪い人ではないし、光月と一緒に居て、本当に嬉しいんだなあ、と弧之善のことを観察して思う。
「でもまあ、悪気があったわけではないことは、理解できました」
「光月殿っ!」
光月の言葉に歓喜の表情を浮かべた弧之善に、でもそれ以上ではない、とくぎを刺す。
「とはいえ、弧之善様が私のことを知ってるほど、私は弧之善様のことをまだ知らないので、弧之善様の気持ちに応えられるかどうかって言ったら、別です」
「しかし蓮は、光月殿は面食いだと言っていた。昨日、光月殿を迎えに行った時に女子たちに囲まれたから、私の見目はそれなりに良いのではないかと思ったのだが、光月殿にとっては違うのか……」
弧之善の白い耳がしゅんと垂れる。ああっ、このもふもふがしゅんとしている様子!! つい、元気づけて上げたくなっちゃうじゃないか!! しかし光月は己のもふもふに傾く心をセーブした。もふもふを理由に光月が被った災難の罪を免れられると思ったら、大違いだ。
「私が面食いなのも認めますし、弧之善様がイケメンなのも認めますけど、そもそも弧之善様は出発地点が他のイケメンよりぐっと後ろにあるの、忘れないでくださいね?」
「…………」
再び、うぐ、と黙り込む弧之善。悪いことをした自覚があるのは、それだけ光月に対して誠実な思いがあるからなのか。光月は文庫の彼が蒼依にスマホを差し出した時のことを思い出した。
蒼依はいい子だ。性格も良く、面倒見がいい。美人だし、友達にもやさしい。光月だって当然大好きだ。当たり前である。だからと言って、自分の恋が彼女によって折れる、という事を何度か経験した光月にとっては、なんで蒼依ばっかり、という気持ちも、無いわけではなかった。
そういう意味で、弧之善と光月は同志なのだ。常に想い人に恋う相手が居て、自分の想いが実らなかったという、同志。そこへの理解はあるけど、それを超えて恋情を抱けるかといったら、現状、否だった。
「はあ~。弧之善様、なんで私なんかが良かったの、本当に……」
光月のため息に、弧之善が光月をぎゅっと抱き締めた。サッと二人の狛狐が視線を外し、光月はいきなり男の人の胸の中に閉じ込められてパニックになる。
「こっ、弧之善様!?」
「頭で考えるな、光月殿。恋は心だ。なぜ光月殿が良いのかなどという問いに対する答えを、私は持っていない。ただ、心が光月殿が良いと叫んでいるから、こうして光月殿に触れたいと思うのだ」
頭部を腕で包み込まれて、弧之善の手があたたかいことを、狛狐たちが居る中で、また知ってしまう。
(私なんて、誰にも見向きもされないと思ってたのに……)
ぎゅうぎゅうと抱き締められる、痛いほどの気持ち。
弧之善の恋の出発点は、光月の恋と一緒だった。偶然見かけた人を好きになるチャンスなんていくらでもある。ましてや、やさしくされたらその確率はぐんと上がる。今、光月が、そうやって恋してきた過去に穿たれた棘の痛みに泣いているのを、弧之善は一生懸命抜こうとしてくれている。
(弧之善様は、やさしいんだよなあ……)
弧之善に啖呵を切ったように、恋に破れ続けてきた光月の辛さは、直ぐには消えない。でもこうやって、何度も何度も光月がいい、と言ってくれる弧之善の恋を、信じても良いのかもしれない。それくらい弧之善は光月に対して真っすぐだ。
「光月殿の心に私の言葉が届かない理由は私だということは承知している。しかし私は間違いなく光月殿が良いのだ。光月殿の恋にまっすぐな心根は、たとえそれが私に向いていなくとも、嬉しかった。光月殿が恋をして幸せそうなのが嬉しかったのだ。光月殿が幸せになれるならと、何度も思った。しかし諦めきれなかったのだ。幼き光月殿が、不器用ながらに巻いてくれた包帯、嬉しかった……。見捨てられた私にやさしさをくれた光月殿を求めてしまう気持ちを、止められなかった。理由を論じるなら、これくらいしか思いつかぬ」
最初光月の目の前に現れた時から変わらない言葉をくれる、弧之善。もう良いんじゃない? と光月の心が言っている。いつまでも実らなかった恋をぐちぐちいうのは、光月らしくない。それより光月は、いつだって月湧の人に慰められて新しい恋を見つけてきたじゃないか。
(そうだよ。後ろ向きなのは、私に似合わない……)
弧之善は、十分光月に誠意を見せてくれた。今度は、光月の番である――――。




