スイーツをバズらせよう(1)
翌日日曜日。光月は久子の店の手伝いを昼間のランチタイムまで終えると家に帰って来た。昨日作れなかった、スティックシューの試作を作るのだ。弧之善たちも家にいる。今日は家に光月だけという事もあって、弧之善たちは狐の耳と尻尾を見せている。聞けば完全に人間に化けるより楽なんだそうな。
「それで光月殿。私たちは何をしたらいいのだ」
弧之善たちが此処に居るのには、理由がある。弧之善が、月湧の為なら自分も手伝いたいと言っていたから、手伝ってもらおうと思って神社に呼びに行った。確かに昨日あれほどスティックシューを喜んでくれたから、それに似せたものが出来上がるのを一緒に体験出来たらいいかなと思ったのだ。
昨日の時点は、味見でもしてもらおう、くらいの気持ちだったのだけど、神社に呼びに行った時の、弧之善の「光月殿と叶える、月湧の繁栄の為か!」というやる気に、光月も俄然燃え上がった。煌と瑛が「逢引だ、逢引だ!」とはやし立てたのが恥ずかしかったので、やましいことは何もない! と証明するために二人も連れてきた。
「クリームを作るのと、揚げをシュー皮に仕立てるのは私がするので、弧之善様たちには、クリームを詰めてもらえればなと」
光月がそう言うと、承った、と弧之善が微笑んだ。弧之善たちにエプロンを用意して、光月もキッチンに向き合う。
「さて、やるか!」
エプロンをきゅっと蝶結びに結ぶと、光月はキッチンに向かった。
牛乳をあたためる脇で、卵黄とグラニュー糖を泡だて器で混ぜる。牛乳はカセットコンロで温めている。家のコンロを使わずにカセットコンロを使うのは、祭り当日を意識してのことだ。家のコンロとは火力が違うので、今までキッチンのコンロでお菓子を作って来た光月にとっては、カセットコンロでの調理は初めてのこと。なんとかうまく、鍋に沿って小さな泡が立ち、きちんとあたためられたことを視認する。
弧之善がコンロから火が出るのを見て、これはなんだ! と驚いているので、携帯型のかまどみたいなもんですよ、と応えておいた。
「なんと……。それでは、どこでも構わず、火が焚けるという事か?」
「そうですね。弧之善様も火を使ったりするんですか?」
光月が問うと、弧之善はうむ、と頷いた。
「私たちの使う火は狐火と呼ばれる火で、人が竈にくべる火とは違うな。遥か過去に同じ妖狐の仲間が山中迷うた人を導いて居住する城に導いたが、それと同じくこの世に迷う魂を導いてやるのも、妖狐である私たちが負うた役目でもあるのだ」
話をしながら、光月の調理を手伝いたいという弧之善に、鍋の取っ手を預けて、光月は隣で薄力粉をふるいに入れた。
そして、ふるった薄力粉を卵黄に混ぜて、粉気がなくなるまで丁寧に混ぜてから、温めた牛乳と混ぜなければならないが、振るっていた小麦粉の粉気に鼻を刺激されたのか、振るった小麦粉に向けて弧之善が大きなくしゃみをした。
「ふえっくしょん! くしゅん!」
「うわっ、粉が舞う! って、あーあー、粉被っちゃったじゃないですか……」
弧之善が見事に鍋に振るいこんでいた小麦粉をぶちまけた。それを被った光月は、タオルを濡らすと粉を被ったと思しき髪と顔、それから衣服、腕などを拭いた。同じく粉を被った弧之善たちを綺麗にしてやろうと思ったが、そういえば水気は駄目なのだと気付くと、固く絞ったタオルで拭ってやることも出来ない。どうしようと思っていたら、三人はその場でポン! と狐の姿に変化して、綺麗にグルーミングした。
そして体が綺麗になると、またポン! と変化して、人型の弧之善たちに戻った。
「……便利ですね……」
「どちらの姿も取れるようになったのは、光月殿のおかげだ。感謝している」
弧之善が光月のことをじっと見つめて言うので、ちょっと照れ臭くなりがならも、応じる。
「いやいや、何にも特別なことしてませんよ。毎日ご挨拶してたくらいで」
「久子も結構声を掛けてくれたが、老いてからは飛ぶことも多くなったから、今、毎日声を掛けてくれていたのは光月殿だけだった。社は村の真ん中ではないしな」
そうか、立地も関係してるのか。確かに村の人家と畑からは外れた、村の外れにある竹村家だけに通じる道沿いにあるから、村人も用事がなければ詣でないかもしれない。
「だが、竹村の人を守るにはちょうどいい場所なのだ。もともと私は竹村家の守り神だったのだから」
そうは言っても弧之善に信仰が集まらないのでは、存在が危ういままだ。
「うーん……、その辺は何か対策を考えましょう? 月湧村が未来永劫続いていく為には弧之善様の力が必要ですし」
手ではもう卵黄とグラニュー糖と小麦粉を量りなおして、グラニュー糖を混ぜた卵黄にふるいに掛けながら小麦粉を鍋に落としていく。今度はふるいにかけるときだけ、弧之善は粉から離れて見守っていた。
そして牛乳は、卵黄の凝固温度との兼ね合いで、少しずつ混ぜていくのが正解だ。一気にあたたかい牛乳を投入すると、ダマの原因になってしまう。
牛乳を混ぜた卵黄を、カセットコンロで火にかけ、中火から弱火の火加減でさらに混ぜる。カセットコンロの操作は光月がするが、鍋の取っ手を持つのは弧之善だ。白っぽかった中身が加熱によって黄色っぽく色づいてきたら、とろみが出てきてカスタードクリームっぽくなってくる。どんどん色が変わっていくクリームに、弧之善は興味津々だった。
「卵の色の変化が凄いな!」
「よく粉と牛乳に混ぜてますからね」
さらに加熱を続けて混ぜていくと、丁度ホイップの絞り口から絞りやすそうな固さになっていく。そこまできたら、火からおろす。火からおろしたカスタードクリームは氷の入ったボウルに充てて、熱を取る。その間に、油揚げのシュー皮を作る。
熱湯をかけて油抜きをした油揚げを半分に切り、開いた口からアルミホイルを丸めたものを中に詰める。これを面白そうに見ていた弧之善たちにも手伝わせてみた。三者三様のいびつな楕円のアルミホイルを作り上げ、それを口を開けた油揚げに詰めている姿は、もしかしたら幼い頃の光月が狐姿の弧之善に向かって土団子を作って遊んでいたのを覚えていたのかな、と思える手つきだった。
「これは面白い作業だな! この銀色のむすび飯をぎゅっぎゅっと握るのが、たまらなくおもしろいぞ、光月殿!」
「弧之善様、そもそもおままごとが好きだったんですね……」
「いや、ままごとは光月殿と一緒にやるまで知らなかった遊びだが、あの時は光月殿が私に出してくれた団子を食べられなかったのが悔しくてなあ……。それを思うと、今は一緒に銀色のむすび飯を作って、あまつさえ光月殿の手製の菓子を食べられるのかと思うと、胸が躍るのだ!」
光月のままごとにそこまで思っていてくれたのかと思うと、ちょっと赤面する。だからコンちゃんは土団子のにおいをずっと嗅いでいたのか……。ままごとするだけじゃなくって、なにかおやつでも持って行った方がよかったんだな。光月は懐かしい記憶を思い出しながら、弧之善の言葉を聞く。
出来上がったアルミホイル入りの油揚げを、余熱をしたオーブンで10分ほど、焦げ目がつかない程度に焼いてシュー皮の形を作る。シュークリームの皮の生地のように水分を含むわけではないだけに、最初こそ焦げたりしたけれど、何度か試すうちにオーブンから出した油揚げはパリッとしててちゃんとシュー皮に見えた。
そして、焼けた油揚げの粗熱を取って、いざカスタードクリームを詰める作業である。絞り袋にカスタードを詰め、油揚げの口から奥の方に絞り器を差し込んで、絞り袋を押してクリームを詰めていくのだが、お菓子作り(というより、調理全般?)をしたことのなかった弧之善たちには難しかったようだ。力加減が分からず、油揚げの口からクリームが零れるわ、絞り口を油揚げに突っ込みすぎて油揚げに穴が開くわで大騒ぎだった。特に煌が担当した油揚げはさんさんたるものだった。
「だあっ! 俺はちまちま細かいことが苦手なんだ! こんな薄っぺらい皮なんて、爪ですぐ引っ掛けちまう!」
「それを上手にやるのが、月湧の為、弧之善様の為でしょう、煌。ほらごらんなさい、僕の出来を」
「お前となんか比べたくねーよ! 得意分野が違い過ぎらあ!」
二人の狛狐の騒ぎの中、真剣な弧之善も小さな油揚げにちまちまとクリームを注いでいた。
「い……、意外と難しいものなのだな……。昨日食べたあれを建物の中で作っている様子では、やすやすと詰めているように見えたのだが……」




