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だめなんです

 ーーおいおいマジか。


 深夜二時。当然の如く闇。夏場といえど肌寒い。

 恐怖と絶望と怒りと哀しみ。彼氏の幹久に一人残された私は押し寄せる津波のような感情達に飲み込まれただ呆然と立ち尽くした。


「あんのくそ野郎」


 紛れもなくクソである。彼女である私をこんな山奥に置き去りにして車で逃げ去る様な男はクソ以外の何者でもない。行きたくもない私を行きたいと連れてきておいてこれだ。おふざけ散らしあそばされている。帰ったら死刑だ。絶対に死刑だ。


 ーーしかし、マジか。


 タクシーを呼ぼうにもスマホは圏外。

 歩き? 車で一時間はかかったぞ。やるしかないかもしれないが、やりたくはない。もうそんな気力は一ミリも湧かない。こんなに可哀想なのに更に歩きで帰らせるなんてあってたまるか。絶対に嫌だ。

 何せここは心霊スポット。この先にあるトンネルが激ヤバスポットらしいけどマジで毛ほどの興味もなかったので幹久の説明は何一つ頭に残っていないが、深夜に心霊スポットに置き去りと揃えば曰くや謂れなどなくとも恐怖でしかない。私はとっとと帰りたいのだ。

 

 となると、あれだ。古びた電話ボックス。スマホが圏外の今あれを使うしかない。

 実里、真紀、誠也、門倉。何人かの友人が頭に浮かぶ。こんな深夜に申し訳ないが彼らに頼るしかない。だがしかしここでまた問題があった。


 先客がいるのだ。髪長白ワンピース女が真夜中の電話ボックスを占有している。

 ふざけるなよ。嫌がらせにも程があるだろ。激ヤバ心霊スポットのボロ電話ボックスに白ワンピ女って。誰に掛けるんだよ。小銭あんのかよ。ってか幽霊じゃんどうせ。


 やってられん。よく見れば受話器に触れもせず電話機本体を眺めてるだけ。

 どけよ。私はずかずかと電話ボックスに近付く。幽霊にしちゃやけにはっきり見えるなと思いながらドアに手が届く位置まで来たので容赦なくぐわっとボックスの扉を開ける。


「使いたいんですけどいいですか? いいですよね?」


 先手必勝。気持ちで負けたら終わり。幽霊でも知るか。私は早く帰りたいのだ。


「……だめです」

「なんでだよ」


 思わず口に出てしまった。


「……だめなんです」

「何が?」

「……だめなんです」

「だから何が?」

「……だめ、なんです」

「何で溜めたんだよ」


 何だこの女。ただのやべえ奴かも。


「とにかくちょっとだけどいて。電話したいの。スマホ圏外だから」

「……じゃあ、どうぞ」


 いいのかよ。全然だめじゃないじゃん。

 女はすっとボックスから外に出る。幽霊だから決まった場所に留まるルールみたいなのがあるかと思ってたけどそうでもないらしい。


「あの、ちなみに幽霊さん?」

「……あ、はい」


 幽霊なんだー。


「終わったらすぐどくんで」

「……はい、どうぞ」


 テレフォンカードなんてないんでとりあえず小銭を……と思った時にとても重要かつ基本的な事に気が付いた。


 ーー番号分からん。


 これぞ機械の逆襲。記憶を文明に任せた人間の末路。仲を深めし者達の連絡先を一つも知らない。というかそもそも今時電話番号でやり取りなどしないので番号交換すらしていない。


「……元気出して」


 元気も生気もない者に励まされる程の顔をしているのか私は。


「……いい事ありますよ」

「適当な事言うな」


 こんな山置き去られガールにどんないい事があるってんだ。


「……いつかはいい事ありますよ」


 こんなテレフォンボックスゴーストに言われても何の説得力もないんだが。

「本当に?」

「……本当です」


 ぱたんとボックスの扉が閉じられた。


「え?」


 私と幽霊の世界がボックスの内と外で境界線が敷かれる。


「……こんな日が来ると思ってなかったから」


 扉をぐっと内側から押す。

 

 ーー開かない。


「……ちゃんとだめって言いましたよ。ルールなんで」

「ルール?」

「……無理矢理はだめなんです。入りたいって言われてもだめなんです。それが礼儀だから。ご飯を奢ってもらう時とか、よくあるでしょ? 払うつもりはなくても、一度は財布を出すみたいな。これはそれと同じなんです」

「全然意味分かんないよ」


 ほら、やっぱりいい事なんてないじゃない。帰るどころか閉じ込められてやんの。


「代わってよ」

「……せっかく出たばっかりなのに? 嫌ですよ」

「どれくらいここにいたの?」

「……さぁ、十年以上は」

「ベテランじゃん」

「……おめでとうルーキーさん」

「全くめでたくないデビューね」


 受話器をあげて生涯押す事はないであろうと思っていた赤ボタンをプッシュ。問答無用で警察だこの野郎。


「……だめですよ」

「何が?」

「……そもそも潰れてますから、それ」


 女は電話機を指差す。確かに受話器からは何の音も聞こえない。


「シット」


 ガチャンと受話器を叩きつける。


「……だからだめって言ったのに」

「ちゃんと言えちゃんと」


 何だよ。じゃあ初めから歩きしかなかったのかよ。


「……きっと大丈夫ですよ」

「なんで?」

「……ここ有名みたいだから、人はよく来るんですよ。特に夏場は」

「はっはーん」


 今はサマー真っ盛りのベストシーズン。運が良けりゃ心スポバカ共がここを訪れて助けてもらえるってか。


「……あなたは生きてるし、なんとかなるんじゃないですかね」

「適当だな」

「……私は既に死んでましたから」

「どゆ事?」

「……私、ここで殺されて棄てられたんです。あなたの彼氏さんより酷い男に。気付いたら幽霊。訳が分からずこの中にいた前任者に助けを求めた。”この電話を使えば元に戻れる”なんて嘘をつかれて。踏んだり蹴ったりですよ。閉じ込められてからは心霊スポットだとかで面白がってくる人ばかり。電話ボックスの女の幽霊なんて言われて。私の事が見えずに勝手に入ってくる人もいました。でもそれじゃダメなんです。ルール破りですから。その隙に出ようと思っても無理でした。だから、今日は本当にラッキーでした。やっとここから出られた」


 私の100倍不運やないかい。


「……何で泣いてるんですか?」

「代わりに泣いてんのよ」

「……あなた私のせいで閉じ込められてるんですよ」

「いいよ。あんたが言った通り私生きてるしなんとかなるよ」

「……私に涙があればボロ泣きですよ」

「ターミネーターみたいな事言うな。ほら、もう行きな」

「……ありがとう」


 ぺこりとお辞儀をしてから女は消えた。


「あーあ」


 ぺたりとその場に座り込む。尻が汚れようが関係ない。

 自分が世界で一番最悪な不幸に見舞われたヒロインだなんてとんだつけ上がりだった。上には上がいる。いや、下には下なのか。いや、その言い方は失礼か。

 なんにせよ最悪の渦中において少しばかりどこか気分が救われた。やっぱり人には優しくしないと。例え相手が死んでいたとしても。

 

 とはいえ、早く誰か来ねえかな。










 とんだバカ女だ。今までの中で飛びっきりのバカ。まさに飛んで火にいる夏の虫。いや夏のバカ。自分の事が見えていない奴が一番のバカだ。


 使っていいですかだって?

 どうやって使うんだよ。使えねえんだよ。電話機以前にお前が壊れてるんだから。


“……私、ここで殺されて棄てられたんです。あなたの彼氏さんより酷い男に。”


 自分で言ってて笑いそうになった。挙句泣き出した時には笑いを堪えるのに必死だった。

 その場でついた嘘ではあるが全て事実でもあった。あれは私の話ではなく、あの女自身の事だった。自分が死んでいる事にも、置き去りではなく棄てられた事にも気付いていない。


 あれからしばらくして正気に戻ったのか、電話ボックスを内側から叩き必死にもがいている女の姿を見て思わず顔がにやけた。


「だから、だめなんですって」


 そんなやり方じゃ。誰が決めたか知らない理不尽なルールだけど。

 さて、ようやく外に出れた。これで私もーー。


「ん?」


 ほんの一瞬意識が途切れた。瞬き程度の一瞬。


「は?」


 ーー嘘。何の冗談よこれ。


 目を疑った。あまりにも視界に映る景色に既視感があり過ぎた。

 狭い空間。緑の電話機。扉に手を掛けるが当然のように開かない。


 ーー嘘だ。嘘だ。


 周りを見渡す。狭い箱の中から見える外の世界は少しばかり違っている。

 

 ーーここは、別の電話ボックス。


 やっと出れたと思ったのに。とんでもない皮肉だ。

 騙しで終わりのはずだったのに、端から私も騙されていたのだ。

 という事は私を騙したあの前任者も……そこまでは分からない。

 

 電話ボックスの中にいる女の霊。生きていた頃から話に聞く事はあったが、まさか自分がそっち側になるとは思ってもいなかった。だが今もう一つ別の考えが浮かんだ。


 私達は存在させられているのか。

 意図や意味は全く不明だが、怪談が消えない理由は何者かの作為によるものなのか。

 

 分からない。何も。

 ただそれでも縋るしかない。同じ方法を繰り返せば、いつかは本当に出られる日が来るかもしれないと。


 だめなんです。

 

 何者かが決めた合言葉が何を意味するのか。

 もしかしたら、私達はもうだめなのかもしれない。 

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