(龍の穴編)第九話:時の微睡むとき
そのまま、亀の館に一泊した一行に穏やかな朝が来た。疋田は、進之介や鎌田を率いて、先に仙台へ帰った。貞丸は、道場へのお土産を買うという理由で別行動をした。一馬や雀悟たちは、亀の館へ残り「戦略会議」をすることになった。
会議が始まる前の短い時間だったが、雀悟は、氷月を見つけてお礼を言った。
雀悟「氷月さん、傷の手当てをしてくれてありがとうございました。体がすっかり軽くなりました。」
氷月「雀悟君も、生命力が強いわね。一馬さんみたい。」氷月にじっと見つめられ、雀悟は照れてしまった。体中の毒が抜け、身も心もすっかり快適だった。同時に、氷月に返せない大きな借りが出来たことに気付いていた。
雀悟「戦いの次の朝と言うものは、このようなものなのでしょうか・・・。自分だけが微睡んでいる中で、大切な一切が過ぎてしまった感じです。自分の周りの時間が過ぎ去ってしまったような、自分だけが置いていかれたような不思議な感じです。状況がまだ整理できていません。」
氷月「あなたは、毒と闘っていたから・・・。全身が麻痺していたから仕方ないわ。」
雀悟「柳田副師範のことは残念です・・・。」
氷月「昨日まで居た人が、今日は居ない・・・。そして、次の戦でもそれが繰り返される。僅かに残ったのは、居なくなった人たちとの貴重な思い出だけ・・・。早く、そんな生活が終わって欲しいものね・・・。」
霜月だというのに、晴れやかな、穏やかな、暖か過ぎない朝だった。このまま、氷月さんと、
どうでもいいことを話し続けたい、
相手の声を出来るだけ聞きたい、
現実の時間が迫ってくることに抵抗し続けたい、そんな気持ちだった。
春であれば、会議前でなければ、戦国時代でさえなければ。自分に都合が良いように物事が進むように、いくつもの「~でさえなければ」を重ねていた。
猫と犬は、どちらが早熟でどちらが先に死んでしまうかを話していると、残念ながら、その時間は来てしまった。名残惜しそうに、道場へ向かいながら氷月に尋ねた。
雀悟「こんど、小鳥の話をしませんか?」
氷月「んふ。悪くないわね。」と笑顔で応えた。
雀悟「(このひとが、一馬と結ばれれば、再びこの時間を持つことは出来るのだろうか・・・。)」少し悔しいが、二人が結ばれてくれることを心のどこかで願っていた。
柳田副師範は、あのまま撲殺された。
〔戦果〕雀武帝親衛隊側 死者:三十五名 負傷者:なし(全員死亡)
青龍派と玄武流派側 死者一名(柳田副師範) 負傷者:三名(雀悟を含む)
一般人の犠牲者:なし
何故、殺されたのか。
何故、彼が狙われたのか。
何故、雀武帝親衛隊が現れたのか。
疑問点は多かったが、禿師範代に取り次ぐ前に一度総括することになった。
堂満吉兆太、天翔一馬、武藤碧竜、河村氷月、天承雀悟、黒脛巾闇斗が顔をそろえた。一同は、玄武流派の道場の会議室(亀の館)で車座になった。
一馬「今回の戦闘の総括を行う。闇斗、くみとへの仔細の報告を頼む。」
闇斗「御意!」
碧竜「(くみととは、どんな存在だ?)」
氷月「(くみとって、動物じゃないの?)」
口火を切ったのは、堂満だった。
堂満「まずは、凶之介の件はお詫びするだ。」
一馬「? ・・・ほうぅ。何の?」
堂満「親善試合は、気持ち良くやりたかっただ。あのバカが、お宅の道場で失礼しただ。」
一馬「お仕置きで、フリちんでお返ししました。それで、手打ちにしましょう。」
堂満「ありがとうございますだ。それでは、今より『玄武流派』改め『玄武龍派』は、戦時において『青龍派』の指揮のもとに動きます。宜しくお願い致しますだ。」
一馬「ありがとう。『玄武龍派』の指揮権を頂きます。戦時においては、平民の無事とお互いの流派の存続を最優先事項にします。」
堂満「お願いするだ。」
本題に入った。
堂満「雀武帝親衛隊の目的は、我々の勝負を煽り、混乱させ、親衛隊が調停に介入する事ですだ。」
碧竜「雀武帝親衛隊が到着は、あまりにもタイミングが良すぎます。」
氷月「伊達藩には、間者が多すぎる。」
闇斗「今の天組や地組でも、無条件で信用できるのは疋田だけです。」
雀悟「! それは、本当ですか?」雀悟は衝撃を受けた。
碧竜「間違いありません。他の者は、それぞれ何処かの流派と繋がっています。それを今、調査中です。」
雀悟「何故、それほどまでに間者が多いのですか?」
一馬「『龍の穴』への合格を決めたのは、柳田副師範だ。それを承認したのは、禿師範代だ。」
雀悟「!」
闇斗「・・・。」
一馬「禿師範代は、西国の出身だ。そして、柳田副師範も東北や北海道の出身ではない。」
雀悟「脱藩して、他の地域で仕官するのは、よくあることです。このご時世だし・・・。」
一馬「禿師範代の考えを明らかにしなければならないが、雀武帝親衛隊と繋がっているとみて間違いないだろう。彼は、『青龍派剣術指南研究所』の開設と同時に師範代に就任した。雀武帝親衛隊からの推挙だ。しかも、『長篠の戦』が起きる前から、『青龍派剣術指南研究所』は開設が決まっていた。そして、俺が雀武帝親衛隊から調停試合のために指名され出立したのは調停試合の四カ月も前だ。」
一同「!」
一馬「俺の推察では、禿師範代の目的は、青龍派を雀武帝親衛隊に取り込むことだと思う。まず、間違いない。」
闇斗「柳田副師範を採用したのは、禿師範代です。柳田副師範の死を知ったら、どのように反応するかで師範代への対応が変わります。」
一馬「次は自分の番だと覚悟を決め雀武帝親衛隊への抵抗勢力になるかも知れないし、雀武帝親衛隊の指示通り動き続けるかも知れない。」
氷月「禿師範代と『覇裟羅』って何か、関係あるのかしら?」
雀悟「恐らく、関係ないでしょう。凶之介が来たときに、禿師範代は『覇裟羅』の存在を知りませんでした。」
闇斗「そうなると問題は、柳田副師範の死んだ原因です。」
堂満「それなんですだ。」堂満がタイミングを見て話に参加した。
堂満「凶之介は、『親善試合』を申し込むのと同時に、柳田副師範に会いに行ってただ。」
一馬「俺が、お仕置きしたのは、凶之介と柳田副師範の話し合いの後だ。」
闇斗「『覇裟羅思想』は、柳田副師範から始まっていますか?」
堂満「そうだ。青龍派の唯一の覇裟羅は、柳田副師範だっただ。」
一同「!」
雀悟「それでは、柳田副師範の殺された原因は『凶之介を通じて青龍派と玄武流派を近づけたことに対する嫌悪感』による制裁という事でしょうか?」
一馬「一番、濃い線だ。雀武帝親衛隊は『覇裟羅』を嫌っていることになる。禿師範代は雀武帝親衛隊派であり、柳田副師範は覇裟羅派と言うことになる。」
闇斗「そうなると、問題なのは禿師範代の考えです。」
一馬「『龍の穴』に帰り、真偽を確かめよう。」
氷月「ちょっと、いいかしら?」
一馬「どうした?」
氷月「そもそもの話で悪いけど『私闘制限の詔』が怪しくないかしら? 最終的に、雀武帝親衛隊に辿り着く掟でしょ?」
雀悟「根本的な問題として、雀武帝親衛隊が、各流派の手足のように動き回るのもおかしい。」
碧竜「親衛隊の私兵は、僅か三千名しかおりません。大規模な戦には不向きです。」
闇斗「蓬莱の言葉通り、黒幕が存在します。」
堂満「結局、そこに辿り着くだ。」
碧竜「先の『長篠の戦』で誰が得をしたか。」
氷月「京都に近く、いつでも雀武帝親衛隊と連絡を取り合える。」
雀悟「『私闘制限の詔』と同時に、武田家を吸収した・・・。」
堂満「朱雀派の・・・。」一同は顔を見あわせた。結論は一致した。
全員「黒幕は、織田家だ!」
「(龍の穴編)第九話:時の微睡むとき」(完)
(第三部:四聖雷獣編)第一話:蠢き始める覇裟羅達」に続く