(龍の穴編)第八話:救出戦 in 旅籠
爆発してしまった櫓から離れた場所で、一馬は、氷月に手当てをして貰っていた。
氷月「やはり、槍には毒が塗ってあったわね。数時間後に手足が痺れる毒にトリカブトを混ぜているから、半分本気よ。」
一馬「半分どころか、全力で本気だな。俺たちに全身痺れた状態で麻雀を打たせるのが目的だったのだろう。失態をさせて、何らかの口実にするつもりだったのかもしれん。趣味の悪い奴らだ。」一馬は、吐き捨てた。そこへ、偵察を終えた碧竜が帰って来た。青龍派から黒脛巾組の応援で闇斗が到着した。
碧竜「蓬莱と伝宝たちの旅籠は突き止めました。」
一馬「雀悟の身が危険だな。くみと、見張っていてくれ。」というと、一匹の犬が駆け寄り
犬「御意!」と言って走り去った。
氷月「犬が、しゃべった?」
碧竜「以前から気になっておりましたが、『くみと』とは、犬ですか? 猫ですか? 昆虫の時もありましたが?」
一馬「くみとは、ここにはいない。あれは、遠隔操作だ。」
碧竜「?」
氷月「?」
一馬「忍びの中でも、最強の諜報技術を使う。青龍派の最高機密ゆえ、今は言えない。」
碧竜・氷月「御意!」
一馬「闇斗よ、お前は、伝宝を射貫け。くれぐれも、平民を巻き込むなよ。」
闇斗「御意!」
【黒脛巾闇斗】
伊達家の忍者集団、黒脛巾組の創始者、くみとのひ孫。飛び道具の扱いに長けており、今後、戦闘開始と同時に指揮系統を乱す役割を担うことになる。これが彼の初陣であった。剣術と体術は得意と言うほどでもない。常識的な性格で、自分のことはほぼ喋らない。
手当てを終えた一馬に、堂満家が合流した。
堂満「同盟を組む筈だっただが、こんな結果になっちまっただ。これからどうするだ?」
一馬「副師範と雀悟を救い出してから考える。何やら、全国を巻き込んだ全面戦争に向かっている気がする。」
堂満「朱雀派と、白虎流とは、面識があるだか?」
一馬「『長篠の戦』の時に、会釈した程度だ。」
堂満「敵に回すと、厄介な連中だ。」
一馬「玄武派がいるから、安心だよ。」一馬は快活に応えた。
堂満「青龍派には、一人だけだ。んだな。あいつだ。んだが、全国の各地に覇裟羅がおるだ。」
一馬「青龍派にも一人いるのか? そもそも『覇裟羅』とは、何が目的なのか? 政権転覆か? 天下統一か?」
堂満「『覇裟羅』は、一人に著しく権力が集中することを嫌う奴らのことだ。強力な独裁を打倒するのが目的だから、平和だば、誰が将軍でもいいだ。」
一馬「世の中は広いねぇ~。私利私欲で動かないやつらが多いよ。お宅の弟さんも、覇裟羅だとか。」
堂満「やつは、ただの平和主義者だ。実は、とっても臆病だ。」
一馬「悪戯のつもりだったが、悪いことをしてしまった。」
堂満「気にしなくてもいいだ。それより、心配なのはあんただ。強すぎると覇裟羅に狙われるだ。」
一馬「あぁ、気をつけるよ。」一馬は、この言葉の真意がまだ分からなかった。
戦闘態勢が整い、皆旅籠の前で待機した。
一馬「準備は、いいか? くみとの合図で突入する。蓬莱だけは生かして返す。奴を使って、こちらの意思表示をする。勝利条件は、副師範と雀悟の救出である。くれぐれも平民を巻き込むことは禁ずる。疋田、進之介、氷月は、二人を救助に迎え! 闇斗は、目的達成次第これに合流せよ! 雀武帝親衛隊は、何人斬っても構わん。手傷を負った者は、速やかに戦場を離脱し、状況を確認し、様子を見ながら行動せよ。飽くまでも、無理はするな!」
一同「御意!」
一馬「突入は、我々青龍派が行う。後方援助としんがりは、玄武流派にお願いする。」
一同「御意!」
蓬莱と伝宝は、盃を煽り肴を楽しんでいた。
伝宝「蓬莱殿。一つ気になることがあります。」
蓬莱「何かね?」
伝宝「何も、アイツらを殺してしまうことはなかったのでは?」
蓬莱「あれくらいで死なんだろう。雀武帝親衛隊に歯向かう真似もするまい。少し体で上下関係を教えなければいけない。」
伝宝「左様でございますか。もし、乗り込んできたらいかがなさるおつもりですか?」
蓬莱「外には、親衛隊を待機させておる。乗り込んできたら、全面戦争になるのぉ。」
伝宝「そんな馬鹿な真似はしないでしょう。がっはっは・・・。」
蓬莱「ぐわっはっはっは・・・。」
座敷には、場を盛り上げる四人の芸者がいた。それぞれに太鼓をたたき、笛を吹き、三味線を弾きながら歌っていた。そしてもう一人の芸者は、扇子を使いながら踊っていた。華奢な体つきながらも、体幹がしっかりしているので、舞う姿がとても美しかった。
芸者「あいやー。ちんトンしゃん。」曲が終わり、正座してお辞儀をして一区切りがついた。踊っていた芸者は雀悟だった。舞台裏へ引っ込んだ雀悟は、激高し柳田に食いついた。
雀悟「柳田副師範、何ですかこれは? 屈辱です!」
まじまじと雀悟を見つめ、
柳田副師範「それにしても、お主は美しいのぉ。」
雀悟「冗談でも、止めてください! こんな格好は二度としたくありません!」
柳田副師範「まぁまぁ、落ち着きなさい。これで、伊達家と堂満家を潰さないでくれるらしい。しばしの辛抱だ!」
雀悟「話が違います。堂満家の指揮権は、青龍派が手に入れた筈です。今回の戦いに伊達家の存亡はかかっていません。」
柳田副師範「理屈の通る相手ではない。いつも勝負の後は、難癖をつけられて有耶無耶にされる。」
雀悟「私たちや、堂満家は、何のために槍を受けて怪我をしながら戦ったのですか?」
柳田「そういえば、お主、怪我は大丈夫か?」
雀悟「急所は外してあります。一馬も同じでしょう。堂満家は巨体だから、致命傷は負っていないと思います。」
女将が、雀悟を呼びに来た。柳田も同席し交渉が始まった。
蓬莱「よく似合うぞ。まるで女子じゃ。」雀悟は、寒気がした。
雀悟「ご冗談でも、嬉しく思います。」
蓬莱「今宵、ワシの夜伽をせんか? 今後お主に目をかけよう。」雀悟に悪寒が走った。
雀悟「お断りします。それに、魅力的な女性は、ここに沢山居られます。」
蓬莱「ワシは、男でも、女でも構わんのじゃ。」雀悟に虫酸が走った。
雀悟「修行中の身であるので、今宵はここで失礼します。」と、立ち上がろうとすると足に痺れを感じた。
蓬莱「ようやく、効いてきたか。槍先の毒が。」何度も何度も、立ち上がろうとしては、膝から崩れ落ちる雀悟を蓬莱は盃を呷り(あおり)ながら楽しんだ。伝宝は、盃をぶん投げて柳田副師範をぶちのめし始めた。雀悟は、薄れゆく意識の中で、何度も叩きのめされている柳田を見た。蓬莱と伝宝に殴られ蹴られ血まみれになってぐったりしていた。そして、柳田副師範にひとしきり制裁を加えた後、伝宝は、芸者を一人指名した。蓬莱は雀悟ににじり寄り、粗末な股間をさらけ出し、雀悟にのしかかろうとした瞬間に鼠が入り込んできた。芸者たちが逃げまどい、辺りは騒然となった。
伝宝「うろたえるな。ただの鼠一匹ではないか!」
雀悟「(くみと・・・?)」走り回っていたはずの鼠が消えて、巨大なクマが現れて座敷は騒然とした。逃げまどう芸者、湧き上がる悲鳴、叫び声は外まで聞こえた。暴れまわっている自分を尻目に、芸者に乗っかり続けている伝宝を見て、
クマ「この痴れ者め!」と、伝宝に向かって吐き捨てた。そのまま障子に激突し障子をぶち破って外に出た。クマは外に出た途端に鼠に戻り、どこかへ姿をくらました。
一馬「! (くみとが扱えるのは、生き物一匹だけの筈!? 何が起きている?)」クマは座敷から外へ出るとすぐに消えてしまった。一同はクマの出現に驚いたが、クマが鼠に化けたことに驚いたのは一馬だけだった。すぐに冷静になり命令を下した。
一馬「突撃!」
これを合図に、外で大立ち回りが始まった。三十人は居たであろう雀武帝親衛隊と、二十人ほどの青龍派・玄武流派の同盟軍との戦いだった。障子が蹴破られ、飛んできた矢が、芸者に乗っかっていた伝宝の眉間に突き刺さった。
闇斗「(この期に及んで、コイツは・・・。)一丁、あが~り~。」
一馬「アイツは、飯を食いに来ただけだったな。」
突入と同時に、負傷した副師範を疋田と進之介が担ぎ上げ、雀悟を氷月が抱えて戦場を離脱した。
氷月「あら? この子、軽いわねぇ。女の子みたい。よくこんな華奢なのに、戦っているわよ。」離脱の途中で闇斗と合流し、負傷者たちの手当のための仮の陣地を作った。疋田と進之介と闇斗は、警戒にあたった。遠巻きに聞こえる戦闘の音を聞いて、疋田も少し落ち着いた。
疋田「天沼といい、丸亀といい、間者だったのか。騙されたぜ。」
闇斗「明らかに、伊達藩は、他の藩に比べて情報統制が甘すぎます。」
疋田「他にもいるかも知れないし、気が抜けないな。」というと、闇斗は、人差し指を口に当て疋田の目をじっと見つめた。そしてすぐに話題を変えた。
進之介「・・・。」
闇斗「一馬さんは、十二歳で黒脛巾組に入ってすぐに頭角を現し始めました。十五歳で頭領になりました。私は一年ほどしか見ていませんでしたが、技の一つ一つが優れていました。」
疋田「いるんだよね~、どこにでも。何でも出来てしまうやつが。そういえば、雀悟も黒脛巾組にいたのか?」
闇斗「一馬さんに遅れて、一年後に入りました。彼も直ぐに副頭領になりました。」
疋田「二人そろって、優秀ですか~。」疋田は、久しぶりに親友に会った気がした。同期は皆退所していた。気を使わなくていい友人が新しく出来た気がした。進之介は、何となく遠巻きに二人の話を聞いていた。
氷月「(・・・。嫌だ、この子本当に男の子だわ・・・。女の子だとばかり思っていたわ。)」雀悟の体を拭いて驚いた。そして驚いたことがもう一つあった。
氷月「(・・・。ふふっ・・・。この状況で逞しいわ・・・。)」
一馬と碧竜は、先陣を切って親衛隊を叩きのめしていた。貞丸もそれに続いた。堂満、丸亀、天沼は、後続支援を断ち切り、援軍が増えないことを確認すると本陣に合流した。玄武流派が青龍派に合流する頃に勝負は終わっていた。そして、青龍派と玄武流派に囲まれて、蓬莱への尋問が始まった。
一馬「とうとう、お前一人だな。無力にせねば、人ひとり抱けないのか? 情けない奴め。」
蓬莱「魔が差したんだ。謝る。許せ。何でもする。」
一馬「謝る? 許せ? 何でもする? 聞き間違えかな?」
蓬莱「青龍派と玄武流派の存続を認める。今後一切の手出しはしない。」
一馬「それは、あなたの権限で決めることではない。先の『長篠の戦』の勲功で、青龍派の存在は、織田家よりも承認されておる。何故に、我々に言いがかりをつけるのか?」
蓬莱「伝宝と私が、北海道と東北の担当なだけだ。全国の各地で、同時に計画は進んでいるのだ。」
一馬「雀武帝親衛隊が、全流派を吸収する計画か?」
蓬莱「違う! 雀武帝親衛隊は、利用されているにすぎぬ。『私闘制限の詔』の発令には、黒幕がいるのだ。真っ黒な黒幕が!」
一同「!」
蓬莱「それは、・・・。ぐはっ。」正確に蓬莱を射貫き、消え去った忍びがいた。
一馬「? 道万凶之介ではないな・・・。蓬莱を、フリちんで京都に送り返す計画が台無しだ・・・。」
堂満「何故、コイツを殺しただ。」
一馬「これからのことを考えてのことだろう。青龍派か、玄武流派を殺せば、利用できなくなるからだろう。」
堂満「そんで、こいつらの遺体は、どうすんだ。」
一馬「一応、丁重に京都に送り返そう。何やら沙汰があるかも知れぬ。」
堂満「穏便な話し合いでは済まされんでしょう。」
一馬「その時は、それでも良かろう。全面戦争だ。卓内だろうが、野外だろうが、勝負は戦場で決まる。」
一同「御意!」
「(龍の穴編)第九話:時の微睡むとき」に続く