(龍の穴編)第四話:どら千里眼
〔二日目〕
翌日、起床すると同時に疋田は、副師範に呼び出された。道場脇の掲示板に、紙に描かれた麻雀牌が貼ってあった。机の上には、同じく紙に描かれた数枚の麻雀牌が重なっていた。
副師範「ここに、麻雀牌を描いた紙がある。重ねてある順番通りに一枚自摸りなさい。壁の一枚と交換し、並べかえ、不要な牌を河に捨て牌のように並べておきなさい。次の人が、見やすいようにな。」
疋田「合点承知。」
配牌: 169②③⑥三伍八九東北白 だった。
壁に大きく貼られた手牌を前に、疋田が伍を自摸って、北を捨てた。疋田は選択後、鎌田を呼び同じ説明をした。四人一組の参加者は、他の人の選択している様子を直に見ることが出来なかった。四人目が選択し終わると、朝食前の朝稽古の時間になった。
こうして他の三人は、⑧→東、1→9、白→6と続いた。
【配牌】 169②③⑥三伍八九東北白 伍→北
【鎌田】 169②③⑥三伍伍八九東白 ⑧→東
【中泉】 169②③⑥⑧三伍伍八九白 1→9
【土方】 116②③⑥⑧三伍伍八九白 白→6
朝食前、五里(20㎞)ほどの走り込みを、壺を担いで行った。近くの河まで行き、生活用水を汲んで道場に運ぶ修行だった。二人一組で剣術の打ち込みを行って朝の軽い稽古が終わった。一汁三菜の朝食を済ませ、手牌の変化を確認しに行った。
疋田「アイツ等、どんな選択をしたんだろう?」疋田が目にしたのは、
【手牌】11②③⑥⑧三伍伍八九白白 だった。
疋田「まるで、変わっているじゃないか! 何だこれは? 白ノミしかないか?」
1を自摸って⑧を捨てた。
他の三人は、伍→九、⑦→⑦、七→⑥と続いた。
【疋田】 11②③⑥⑧三伍伍八九白白 1→⑧
【鎌田】 111②③⑥三伍伍八九白白 伍→九
【中泉】 111②③⑥三伍伍伍八白白 ⑦→⑦
【土方】 111②③⑥三伍伍伍八白白 七→⑥
午前中の修行は、屋外での【無手組手】の修行だった。斧や剣の武器を持った相手に無手で立ち向かい、三撃躱せれば、攻守交替の修行だった。無手側は何度攻撃してもよく、屋外にあるものはすべて武器として使用が認められた。攻撃側は、槍でも木刀でも選んで構わないのだが、毎回違う武器を選ばなければいけなかった。上級者は、鉄砲や真剣を使うのだという。
昼食前、疋田が目にしたのは、
【手牌】 111②③三伍伍伍七八白白 だった。
疋田「ヘグリも甚だしいな。それぞれの手役の最終形が一致していない。」
①を自摸って、三を捨てた。
他の三人は、二→二、一→一、東→東と続いた。
【疋田】 111②③三伍伍伍七八白白 ①→三
【結果】 111①②③伍伍伍七八白白
昼食後、疋田が目にしたのは、
【手牌】 111①②③伍伍伍七八白白 だった。
疋田「ヘグリ続けてるな。俺だけか? これだけ苛々しているのは?」
2を自摸って、2を捨てた。
他の三人は、3→3、四→四、東→東と続いた。
【疋田】 111①②③伍伍伍七八白白 2→2
【結果】 111①②③五五五七八白白
午後の修行は、【体術・状況想定修行】だった。武器を持った状態で格闘になった時や、片手が使えない場合の戦いなど、体術の修行が中心だった。また、屋外で自分に不利な状況をそれぞれ意見を出し合って、雨や田んぼの中など、自分に不利な状況を想定に従って修行を行った。
夕食前、疋田が目にしたのは、
【手牌】 111①②③五五五七八白白 だった。
疋田「・・・絶望だ。」最終形は、
【理想形】11123①②③一二三東東東か?
疋田「そもそも、伍伍伍と⑥⑦⑧を捨てる発想があろうか? くっ、ちくしょう。自摸だけで、全て作れるかよ!」
他の三人も同様に辟易していたのを、副師範が陰で笑っていた。
「全員が、嫌な気持ちになる。【千手推理】は精神の鍛錬にうってつけだ。自分の思惑と相手の思惑を一致させる事が修行の目的じゃ。何度か繰り返すうちに、相手の思惑を推し量り、自分の意志を伝えられるようになる! ・・・かも知れんのぉ。」
配牌と、最終形がかなり遠いところにある自摸順であることに疋田が気付いたのは、本隊に合流した初日に『憐心の滝』で修行している最中だった。
夕食後、初心者用の【直感基礎】の修行を行った。
副師範「配牌時、字牌のみや断么九にこだわった手牌を、鳴くことを前提に作る修行である。今から15局対局する。和了数が最も少なかったものは、明日の水汲みを二往復とする。」
疋田「御意、ソウロ~ウ」
鎌田「ぐわ~、それはキツイだ。い、いや、御意、ソウロ~ウ」
疋田が五回、土方が四回、鎌田と中泉が、それぞれ三回和了で、同率最下位だった。
〔三日目〕
昨日のように道場脇の掲示板で、本日の課題が示された。
疋田「何だ、これは! 腐ってるな~」
【配牌】 一二六六237⑧⑨⑨西發中 だった。
壁に大きく貼られた手牌を前に、疋田が一を自摸って、西を捨てた。昨日と同様に四人目が選択し終わると、朝食前の朝稽古の時間になった。
こうして他の三人は、西→西、6→中、二→⑧と続いた。
【疋田】 一二六六237⑧⑨⑨西發中 一→西
【鎌田】 一一二六六237⑧⑨⑨發中 西→西
【中泉】 一一二六六237⑧⑨⑨發中 6→中
【土方】 一一二六六2367⑧⑨⑨發 二→⑧
朝食前の水汲みに出発しようとすると、副師範が現れた。
副師範「各々方、これより麻雀において最も重要な【千里眼】の修行を行う。【どら千里眼】あるいは、【必要手牌千里眼】とも言う。」
一同は、ザワついた。
ここに配牌がある 【 三四五345③③③④⑤⑥⑦ ドラ③ 】
副師範「昨日の順位に従い、疋田、土方、鎌田、中泉の順に、山から三枚ずつ自摸ってみなさい。⑤⑧は、本日の水汲修行自体を免除する。②④⑦は、壺担ぎを免除する。ドラを引いたものは、何も免除しないが、朝食のおかずを一品追加する。」
一同「御意、ソウロ~ウ。どわ~っ、やった~!」
副師範「この修行は、直感基礎の延長じゃ。感覚を研ぎ澄ますところに意味がある。朝いちばんの時間帯が効果的じゃ。ドラ表示牌以外の、好きな牌を引いて構わぬ。下の段を自摸るときは、牌を倒さないように気をつけよ。」
一同「御意、ソウロ~ウ。」
疋田:②
副師範「安めだが、一発合格!」
疋田「よしっ、やった~!」
土方:白、二、1 不合格!
土方「ダメ、だったね・・・。」
一同「(だせぇ、一枚もかすっていねぇ。無口だから、目立っていないが・・・。)」
鎌田:⑥、⑨、⑧ 合格!
鎌田「やっただ!」
一同「(勘が鋭いな! 近場を引き当て高めを決めた!)」
中泉:八、四、三 不合格!
中泉「色さえ、違っていれば~!」
一同「(惜しくも何ともねぇよ。コイツは、何をやらせても中途半端だな。)」
朝食前の走り込みを免除された鎌田は、もう一度布団に潜り込み、二人一組で剣術の打ち込み時間を待った。壺担ぎを免除された疋田は、土方が帰って来ると、すぐに剣術の打ち込み練習を始めた。
鎌田「俺が、ずっと待ってるだ。俺と修行するべや。」
疋田「今日の、組み合わせは既に決まっているからな。もう少し、待ってろよ。
鎌田「中泉のやつ、遅ぇだ。」
やっと帰って来た中泉に、鎌田は、
鎌田「遅すぎだ。俺を待たせんな。お前は、行動が遅いだ。」と余計なことを言ったので、場は緊張した。
一汁三菜の朝食を済ませ、順番に手牌の変化を確認しに行った。
疋田「アイツ等、どんな選択をしたんだろう?」疋田が目にしたのは、
【手牌】 一一二二六六2367⑨⑨發 だった。
疋田「やっちまった! 西切りの一打目で死んだ!」3を自摸って、2を捨てた。
他の三人は、東→東、東→東、二→發と続いた。
柳田副師範「本日の【無手組手】は、木刀対鞘の対決とする。」
一同「御意、ソウロ~ウ。(何だよ、木刀対鞘って。鍔迫り合いは出来んな。)」
柳田副師範「各々方、クジを引け。」
一同「御意、ソウロ~ウ。」
柳田副師範「クジを開けてみよ。」
一同がクジを開けると、小泉が当たった。
中泉「副師範、当たりです!」
柳田副師範「お主が、当たりか。これを持て」
渡されたのは、鍔だった。
柳田副師範「投げても捨ててもいい。好きに使うがよい。」
中泉「合点承知! (鞘と鍔だけでは、役に立たないが・・・)」
疋田「(ハズレじゃね?)」
鎌田対中泉の組手の時だった。二人はお互いに体がぶつかり合って同時に転んだ。対決を仕切り直そうと中泉が先に立ち上がった。すると中泉が、中腰の態勢で深呼吸している鎌田に鍔をぶつけた。鎌田が中泉を睨みつけると今度は鞘が飛んできた。眉間にぶつけられた鎌田は激昂し、制した疋田と土方を巻き込んでの大乱闘になった。土方がこれだけ感情的になったのは見たことが無かった。
鎌田「大体、一打目でへぐってるだ! 麻雀のセンスがねぇだ!」
疋田「お前も、へぐってるじゃねぇか!」
土方「鼻くそをほじった手で、牌を触るな! 汚ねぇんだよ!」
中泉「鼾が五月蠅い(うるせえ)んだよ! 端っこで寝ろよ!」
疋田「お前は、毒にも薬にもならねぇんだよ!」
中泉「ふざけるなよ! 俺は、個性だらけだ! 悪いところを罵ってみろよ!」
疋田「四伍六の真ん中より、上向いているんだ! それで満足しな!」
いつしか、言い合いは、疋田と中泉、鎌田と土方の組み合わせになっていた。
土方「この、兄ちゃん矻骨、姉ちゃん豚骨!」
鎌田「家族は、悪く言っちゃ、なんねぇだ。この不器用な左利きめ!」
土方「利き手じゃなく、せめて、俺の顔をけなせ! 心や内面をけなせよ!」
鎌田「意外と律義者で育ちがいい奴め!」
土方「誉めんなよ、罵詈雑言をくれよ! 俺はそれに飢えてるんだよ!」
鎌田「お前、箸の使い方が上品過ぎんだでよ。気持ち悪い!」
土方「誉めんなよ、俺を内面と外面から全否定してみろよ!」
脇で見ていた疋田が、しらけてしまい仲裁に入った。
疋田「お前ら、相手の悪いところを見つけられないのか?」
・・・
暫く成り行きを見ていた副師範が動いた。
柳田副師範「止めーい! 各自、その場で正座せぃ!」
全員がその場で正座をすると、
柳田副師範「大きく深呼吸!」
全員が深呼吸をすると、
柳田副師範「全員、笑えぃ。心の底から笑ってみよ! 怒りは笑いに変えるのじゃ!」
一同「がははは、わはは、ぐひひ、わっはっはっはっは~」
暫く笑わせると、場を治めた。
柳田副師範「ぬし達は、相手の悪いところが見つけられないところが、弱点らしい。平和な世であれば、それも良いだろう。今は、戦国の世じゃ。こちらが性善説で対抗しても、敵は問答無用に襲ってくる。話し合いで解決すれば、これほど素晴らしい事はないが、力でしか解決出来ぬこともある。人の世じゃからな。戦は戦場で決まることをしっかりと理解せよ。問題が解決してから、相手に情けをかけよ。問題が解決する前に相手に情けをかけても、足元を救われるだけじゃ。分かったな!」
一同「御意、ソウロ~ウ。」
柳田副師範「そして全員、明日の朝まで飯抜き! 各自、それぞれに基礎体力訓練を行っておくように!」
一同「御意、ソウロ~ウ。(飯抜きなのに、修行はあるのかよ!)」
鎌田と中泉は、適当に体を動かすだけだった。
喧嘩後も、同室なので、何となく居心地悪く時間が過ぎて行った。それぞれが、力無く横たわっていたが、疋田が口を開いた。
疋田「あ~あ、③食いてぇなぁ」
土方「俺は、⑥だ。団子のタレは、端っこに付ける。」
疋田「大きさで言ったら、③の勝ちだ。⑨を食っても腹の足しにはならん。」
土方「大きさと、数が丁度いいのが⑥だ。」
あの大喧嘩後、土方は、普通に喋るようになっていた。俺らには、ただ意外なだけだったが、彼にしてみれば明らかな成長だった。
鎌田「俺は、1でいいだ。」
中泉「神聖な1を、食べるんじゃねぇ! 1は麻雀の神だ。」
鎌田「想像の中なら、構わねぇだ。」
中泉「お前、⑧を引いてから態度が変わったな。俺らより一段高いところにいると思っているのか?」
鎌田「人生は、引き勝負だでよ。引き勝負は、負けたら負けだ。」
土方「その一つの思い出を、せいぜい大切にしときな。」
鎌田「今は、俺が一番だ。」
疋田「ともかく、本隊に合流する日も近い。イザコザは、お仕舞いだ。」
二人「いいだろう。」
鎌田「いいだでよ。」
翌日から、再び修行は始まった。しかし、不運なことに、水汲みの免除の話は無くなった。
そして、いよいよ本隊に合流する日がやって来た。
「(龍の穴編)第五話:道万凶之介」に続く