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(龍の穴編)第三話:入所選抜試験

昨年の長月(くがつ)の晴れた日、仙台藩の各地から、十八歳以下の将来有望な剣士たちが青葉山の麓の広めの野原に集められた。その数実に千人余り。

禿(かむろ)師範代「この度、主君政宗公のお達しで、『青龍派剣術指南研究所』を開設する運びとなった。本日は、その一期生の選抜試験である。今から入所者の選抜を行うが、合格者は三十数名の予定である。一次試験は、剣術対決である。各自受付で、受験札を渡されたと思うが、番号を呼ばれた者同士で対決してもらう。」

 

 番号は、機械的に偶数番と奇数番の順序で呼ばれたので、友人同士で対決する組が多かった。竹刀は、会場で渡されたものを使い、面も籠手も付けなかった。千人も入れる会場があるわけでもなく、野原を(10m×10m)ほどの広さで区切った簡易な試合場が四つ準備されていた。初めて対戦する者同士の独特の緊張感が会場中に漂った。勝ち抜けた同士が再び対決し、約二百五十名が一次試験を勝ち抜けた。敗退組は、会場の隅に呼ばれ、そのまま解散させられた。不合格の結果を受け入れられずに暴れている者も、ちらほら見受けられたが、広すぎる試験会場の中央まで罵詈雑言は聞こえなかった。


二次試験は、体力審査だった。受験会場から青葉山の頂上まで走り、受験会場に早く戻ってきた百五十名が合格だった。疋田(ひきた)より速かったのは、天沼(てんぬま)だけだった。

疋田「(コイツ、速いなぁ。持久走でおいらに勝つなんて、初めてだ・・・)」

三着・四着はカズマと雀悟だった。

疋田「(カワイイというか、格好いいというか華がある。この試験場の中でも、こいつらだけは別格だ。誰なんだ?)」

最後に到着したのは丸亀だった。

疋田「(アイツ、ビリケツじゃん。絶対落ちたね。)」と確信した。


 三次試験は、良く分からない試験だった。広場に設けられた即席小屋へ通され、五人一組で選抜試験が始まった。二次試験の合格者達が適当に五人一組を組まされ、順次五枚の牌から一つずつ選ばされた。雀悟と同組になった疋田は、尋ねてみた。

疋田「お前ら、顔が似てるけど兄弟か?」

雀悟「ん? まぁ、そんなところだ。あいつは、カズマだ。」

疋田「ふ~ん。育ちが良さそうだな。何処から来た?」

雀悟「・・・。」雀悟は、応えなかった。疋田は、雀悟が華奢でいい匂いがしたのがとても気になった。

疋田「(女子じゃあるまいな・・・。)」


柳田副師範「きさま、ちょっとこっちへ来い。」と言って、カズマだけが連れていかれた。

疋田「(アイツ、何があったんだ。)」

しばらくして、疋田と雀悟の出番になったがカズマは出てこなかった。

柳田副師範「この五枚から、一つ選べ。触るなよ。」

疋田「右から、二番目だ。」

雀悟「左から、二番目だ。」

受験者A「真ん中だ。」

受験者B「右端だ。」

・・・

副師範が牌を返して見せ、雀悟だけが合格した。検査方法は、「東・南・西・北・花牌」の中から、花牌を選んだ剣士が合格だった。


雀悟「三次試験は、これで合格ですか?」

柳田「うむ。お主が、合格じゃ。」

疋田「適当過ぎるわ。馬鹿馬鹿しい! 体力試験で、全体二位の俺が、脱落なのか?」

柳田「小僧、良く聞け。世の中に存在する試験と言うものは、どれもこれと似たようなものだ。選抜する手段が違うだけだ。この試験で落ちても、才覚のある者は、いずれどのような形でも世に出てくる。これは、人生で何回か巡ってくるチャンスの一つに過ぎない。次の機会に備えて、別の形で精進せよ!」

疋田「一次試験と二次試験は分かるが、なぜ三次試験がこんなものなのだ! 納得できるかよ!」

禿師範代「何をもめておる?」禿師範代が現れた。

柳田「ははっ、師範代。この者が選抜結果でゴネておりまして。」

禿師範代は、疋田に向かい、

禿師範代「良いか、若造よ。三次試験が最も重要なのだ。お主の引いた牌は何だ?」

疋田「東だ。麻雀では、一番偉い親の証だ。」

禿師範代「惜しかったの。合格は、花牌だ。」

疋田「最終選抜が、たったの五分の一で決まるのか?」

禿師範代「それでは、もう一度引いてみよ。」

疋田の引いたのは、東だった。

禿師範代「もう一度引いてみよ。」

疋田の引いたのは、花牌だった。

禿師範代「これが全てだ。これが今のお主の力じゃ。欲しい時に、欲しい牌を引けるのが、『天賦の才』だ。天運と言っても良かろう。この試験は、『目に見えぬ運を引き寄せられる者』を選抜するための試験だ。一次試験と二次試験は、出来て当然。三次試験に進むための準備(ふるい)に過ぎぬ。」

疋田「けっ! 時間の無駄だったぜ! 俺の名は、疋田(ひきた)一時(かずとき)様だ。覚えておけよ!」


別室に連れていかれたカズマも同じ試験を受けていた。

柳田副師範「この五枚の中から一枚引いてみよ。当たりが一枚だけ入っておる。」

カズマは、なんなく花牌を引いた。柳田副師範は、牌を交換し伏せて掻き混ぜた。

柳田副師範「今一度、この五枚の中から一枚引いてみよ。」

カズマは、再び花牌を引いた。柳田副師範は、牌を交換し伏せて掻き混ぜた。

柳田副師範「今一度、この五枚の中から一枚引いてみよ。」

カズマ「・・・。」

柳田副師範「どうした。引いてみよ。」

カズマ「試されているのですかな? 先ほどまでは、花牌が当たりの扱いだったが、この中に花牌はない。風牌以外を引けばいいのかな?」

柳田副師範「・・・。やはり、見抜けるか。他の奴らと同じ試験をするわけにはいかないからな。良かろう。引いてみなさい。」

カズマは、白を引き当てた。

柳田副師範「うむ。合格じゃ。さすが、僅か十五歳で黒脛巾組(くろはばきぐみ)の頭領に昇格しただけの腕はある。お主と雀悟だけは、何が何でも合格にしたがな。雀悟も合格じゃ。」

カズマ「御意!」


そのまま試験会場を立ち去った疋田一時は、半年後の「欠員募集」に応募し仮合格する。この時の仮合格者は、鎌田軟骨、土方重蔵、中泉六雲、疋田一時の四人だった。彼らの名簿を見た禿師範代は、訝りながら質問した。

禿師範代「鎌田軟骨が、この成績で合格出来たのは、何故じゃ?」

柳田副師範「不思議なものでして、剣術、体力選抜、ともにギリギリ合格でした。落とそうと思いましたところ、三次試験で花牌を三度引いて見せました。当たりを三枚引けたのは、カズマと鎌田だけです。何やら、才覚があるやもしれませぬ。」

禿師範代「うむぅ。それでは、この土方とは? あの土方家の御曹司か?」

柳田副師範「左様でございます。途中で、弱音を吐くと思うが心配せんでくれ。怪我をしても骨折をしても文句は言わん。規定に従って、せいぜい(しご)いてくれとの話でした。剣術も体力選抜も十分な合格点です。」

禿師範代「ふむぅ。それでは、この中泉とは?」

柳田副師範「言葉は悪いのですが、数集めと言いますか、四人が良かろうと言う理由での合格です。落とす為の決定的な理由もありません。」

禿師範代「なるほどな。世の大半は、そのような者たちの集まりじゃ。誰が何処で才覚を表すか分からんからな。平凡な者が、いつしか役割のように成長して、後続をまとめあげるのじゃ。しかし、平時なれば大器晩成方の人間は必要じゃが、今の世の中だからのぉ・・・。そして、この小僧か・・・」

柳田副師範「前回よりは、少し成長しておりました。」

禿師範代「伸びる者は、負けながら強くなるからな。良かろう、全員合格じゃ。」こうして、晴れて四人の合格が決まった。弥生(やよい)の末、「青龍派剣術指南研究所」の欠員募集で合格した、疋田一時ら四名は、東北の山奥に連れてこられた。柳田副師範に出迎えられて、一同は合宿所に着いた。

柳田副師範「着いたぞ。全員荷物を運んで道場へ来い。」

疋田「早速修行かよ。今日は休もうぜ。」

副師範「では、お前だけ、今日は休みとする。」

疋田「じょ、冗談だよ。行くよ~。」


六畳ほどの個室へ連れてこられると、柳田副師範が話し始めた。

副師範「本日これより、基礎修行を行う。師範代及び副師範(わたし)の話が終わったら『御意、ソウロ~ウ』と応え、指示や命令を受けたら『合点承知!』と返答すること。」

一同「御意、ソウロ~ウ」

副師範「一週間後、本隊に合流するまでに、麻雀の基礎を叩きこむ。昇級戦は定期的に行われる。この道で生き残りたければ、お互いに切磋琢磨し、寸暇を惜しんで精進するように!」

一同「御意、ソウロ~ウ」

副師範「まず、目の前の麻雀牌を全て裏返し掻き混ぜて、四つに分け、一人三十枚ずつ取りなさい。」

一同「合点承知!」十数枚が、中央に残った。

副師範「その中から、適当に十四枚の配牌を選び、一枚捨てなさい。」

一同「合点承知!」

副師範「一枚、自摸って、一枚捨てる。これを繰り返し、聴牌を作ったところで止め、自摸数を記録しなさい。」

一同「合点承知!」

副師範「これが、初心者用修行【ニ十手牌】である。平均聴牌(てんぱい)数と、平均翻(はん)数を記録しなさい。」

一同「合点承知!」

四人の中で一番成績が良かったのは、疋田一時であった。この日は、午後から「基礎体力修行」を行い、夕食後の「麻雀対局の基礎修行」の時だった。


副師範「これより、初心者用修行【三手換え】を行う。それぞれに牌を裏返して丁寧にかき混ぜ牌山を作りなさい。」

一同「合点承知」

副師範「全員、子であるとする。牌を十三枚順番に時計回りで取りなさい。」

一同「合点承知」


【疋田】一四七2679③③⑥南北發

    「まぁ、こんなもんだろぅ。」

【中泉】伍六八123⑤⑥⑧北北中中

    「何か、中途半端なんだよなぁ。」

【土方】三七九4458②②④⑥⑦東

    「・・・。」

【鎌田】二四六八3569②⑥東白中

    「なんだべ、まづ・・・。」


副師範「それぞれ、三枚ずつ自摸って、三枚切りなさい。何かしらの三枚一組の面子(メンツ)が出来るだろう。」副師範は、三枚同時自摸をして、三枚同時切りをしたそれぞれの手配を見て回った。

【疋田】一四七2679③③⑥南北發  二六8 → 南北2

一二四六七6789③③⑥發

「何ともなりません。」

副師範「まぁ、大概は、そうじゃろ。」

【中泉】伍六八123⑤⑥⑧北北中中  ⑦北中 → 八⑧北(聴牌)

伍六123⑤⑥⑦北北中中中

「聴牌入りました。」

副師範「ほぉ。死に目の北と中を自摸ったか。引きが強いのぉ。」

「ここで、強くても嬉しくありません。中ノミですし・・・。」

「修行だからのぉ。」

【土方】三七九4458②②④⑥⑦東  六7⑧ → 九三東

六七44578②②④⑥⑦⑧

「こんなものですか?」

副師範「うむ。綺麗なかたちじゃのう。」

    「ありがとうございます。」

【鎌田】二四六八3569②⑥東白中  三伍七 → 東白中

 二三四伍六七八3569②⑥

   「引きが強い(つえぇ)だ!」

副師範「普通の引きじゃが?」

   「二四六八の嵌張(かんちゃん)待ちを、三つ同時に引いただ! 人生でもぅ、こんな事はないだでよ。」

副師範「よくあることじゃが?」

   「副師範には、黙っていただが、俺は前世がいいだ。」

副師範「その引きが、前世の良い行いの結果だと?」

   「そうだでよ。俺は、ここ一番で大切な物を引くだ。」

副師範「それは、それで良いのじゃが、これからは『前世逃避』は止めなさい。来世のために、今世を精一杯生きなさい。今を頑張らねば、来世は凄く苦労するじゃろ。それでも良いか?」

   「分かったでよ。頑張るでよ。」

副師範「努力の先延ばしは、感心せんな。今、頑張りなさい。」

「色々教えてくれて、ありがとー。」

中泉「(何も教えていないが?)」

疋田「(すごいな、この人。この鎌田の訳の分からない世界観を受け入れて理解して諭した。本物の教育者か?)」

土方「(僕も、真似しよう。)」

副師範は、皆に向き直り、

副師範「今の手順を繰り返して、三枚一組の面子を四つと二枚一組の雀頭(あたま)を作る練習をしなさい。」

一同「合点承知」緊張感とは、無縁の時間が流れていた。


その後、隙を見て、誰もいないところで副師範に質問した。

疋田「副師範、質問があります。」

副師範「何じゃ?」

疋田「私には、鎌田はただの『性格破産者』にしか見えません。彼は、他の人に気を遣えないので、集団生活が出来ないと思います。副師範は、鎌田のことをどうお考えですか?」

副師範「う~む。そうだのう。彼は、変わった人材じゃ。世が世なら、何かしらの形で才能が花開くやも知れぬ。今は、彼の存在を受け止めるだけ、時代は成熟しておらんのじゃ。しかし、ここは『剣術指南所』であり、更生施設ではない。ここの修行が、何らかの形でいつか彼を変えるきっかけになることを期待する。」想像していたよりも完璧な答えだった。入所した初日から気になっていた。鎌田の「前世自慢」を、副師範は初めて聞いたはずだった。面倒臭いので、俺と中泉は適当にあしらっていたが、副師範は彼の世界観を受け入れていた。土方は、何を聞いても無表情で反応も薄かった。鎌田には、訳の分からない話を聞いてくれる適役(ありがたいそんざい)だった。選抜試験で、不合格にならなかったら、この変な奴らを深く知れなかっただろう。天組にも地組にも、こんな個性的な門弟は他にいなかった。一期生の試験で不合格だったことは、自分にとって良かったのかもしれない。


柳田副師範「(くっくっく。欲しい人材は、最初から決まっておる。真っすぐで、才能があって、力強い漢たちだ! 時代は、そいつらによって大きく動くのじゃ。他の奴らは、そいつらを強くするための過度な刺激(エサ)に過ぎん!)」三手換えを行っている新入りの傍らで、副師範は、ほくそ笑んでいた。その顔は、見る人によっては、邪悪に見えたかも知れない。


「(龍の穴編)第四話:どら千里眼」に続く


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