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同じ職場で、これからもずっと働くのに


(……何でそんな、ガルバなんかに勤めてる軽そうな子に彼氏ができて、あたしには彼氏ができないんだろう?)


 智咲は有名企業に勤めているし、まだ社会人二年目ながら、職場での評価も結構いい感じだ。

 学歴だって、凄く良くはないけど、世間では通りのいい大学を出ている。

 友達だって男女問わず多いし、人並みに真面目に頑張って生きてきた。


 そんなことを考えて、自分でも気づかないうちに、智咲は、見も知らない女の子をガルバ勤めというだけで偏見の目で見ていた。


 ……いや、違う。


 脳内でその子より自分が勝っていそうなところを並べている時点で、本当ははっきりしている。


 智咲はきっと、本音では、その子に嫉妬していたのだ。

 いいな、羨ましいな、きっと可愛い子なんだろうな、……って。



 ♢ 〇 ♢



 そのうちに――小林がその彼女と付き合い出してから半年が過ぎて、彼は以前よりも頻繁に智咲に愚痴を零すようになっていた。


 その週末、会社終わりにミニ同期会を開くことになった居酒屋で、智咲はまた、小林の相談に延々乗ってあげていた。


「……何だかなぁ。いい加減もう付き合いきれんから、さすがにそろそろ別れようかなって考えてるんだよ」


 何だかげんなりした様子で、小林が言う。

 思わず〈そうだー! 別れろー!〉と答えたくなるのを堪らえて、智咲は驚いたような顔を作った。


「ええー? そうなの? ……でも、まだ半年しか付き合ってないんだし、もう少し頑張ってみてもいいんじゃない? 小林の気持ち話せば、これから変わってくれるかもしれないし……」


「だけど、話もますます合わんくなってきたし、もうめんどいかなって。あいつ、メッセージの返信遅いだけでキレてくんだよ。仕事中だっつーの」


「うーん、それは困るね、さすがに……」


 ……駄目だ。

 つい本音が漏れ出てしまった。

 応援体勢死守の予定だったのに、ネガティブな反応をしてしまった。

 慌てて、智咲は軌道修正を図った。


「いや、でもさ。こっちが年上なんだし……、もっと話し合ってみなよ。彼女も、何か悩みとかあるのかもよ?」


 そんな風に無難なアドバイスをしていると、一緒に飲んでいた同期の誰かがこちらに会社の話題を振ってきて、恋愛相談は終わった。

 そうして飲み会がお開きになって、何となく流れで小林と他に何人かと二次会に行って……。



 ♢ 〇 ♢



 ……結局その夜は終電を逃すまで気の合う同期メンバー数人と飲んで、最後は、一人暮らしをしている小林の家で始発を待つ流れになった。

 こんなことは今まで何度かあったし、小林の部屋も初めて来るわけじゃなかったから、智咲は特に何も考えていなかった。


 なのに……、明け方になって、智咲以外のメンバーは始発で帰って、家が近い智咲だけ残って小林のベッドで眠らせてもらっていると――ふいに彼が隣に潜り込んできた。


「……っ!」


 もう――心臓が止まるかと思った。

 びっくりしていると、眠そうな声を出して、小林が言った。


「……ごめん。寒い。このまま一緒に寝ていい?」


「あー、うん」


 彼に泊めてもらっているんだし――そう思って、智咲も寝惚(ねぼ)けた声を出して頷いた。

 そのうちに、小林が手を伸ばして、智咲の頭を撫でたり、肩に腕をまわしてきたりと絡んできて――。


 さすがにそれ以上はやらせなかったけれど、智咲は動揺しっ放しだった。


 これは何?

 どういう意味のハグ?


 なんて、ぐるぐる考えて。


 やがて、八時をまわって、二人はコンビニに手を繋いでいって朝ご飯を小林の部屋で食べた。――まるで、恋人同士みたいに。

 小林は智咲を駅まで送ってくれて、その間中、ずっと繋いだ手は離さなかった。



 ♢ 〇 ♢



 それから二人は、頻繁に連絡し合うようになった。

 冗談めかした甘いメッセージがぽんぽん往復して、智咲は、小林にどんどんときめいてしまっている自分に気がついた。


 そのうちに、小林の部屋でまた宅飲みをしようという流れになって……。


 ……彼に抱きしめられて、キスされて。


 結局、二人はセックスしてしまった。


 言葉はなかったけれど、小林はずっと彼女の愚痴を言っていたし、別れるとも言っていたから――……、セックスしたということは、彼は智咲と付き合うということだと思っていた。



 ……でも、違った。



 それから二か月あまり、智咲は小林の家に泊まりに行ったり、飲みに行ったりした。

 セックスはあの一夜きりに留めたけれど、きっと彼は彼女と別れて智咲と付き合ってくれるんだろうと思って、智咲は黙って待った。


 でも、待っても待っても、小林は彼女とちっとも別れてくれなくて……。


 ついに我慢の限界が来て、智咲は小林に電話で訊いてしまった。



「あたし達の関係って、何?」



 ――と。

 すると、小林は、歯切れ悪く答えた。


『……俺もわかんなくて。イノのことは好きなんだけど、でも……』


「……」


『……』


「……」


 ……でも、何?


 しかし、電話口でどれだけ待っても、彼はそれ以上何も言おうとはしなかった。



 ♢ 〇 ♢



 それからも何度か彼と会いはしたのだけれど、セックスがないだけで、どう考えても智咲は、完全に浮気相手という立ち位置だった。

 本当に驚いた。

 小林は仕事振りも一生懸命で優しくて、見るからに真面目そうな男だったから。


 だけど――そう思って智咲が小林の不誠実さを責めても、何にもならなかった。

 感情的になって正論を叩きつけまくる智咲に、小林は潮が引くようにどんどん引いていって、やがて会社帰りに彼を待ち伏せてとっちめようとした智咲に、彼は頭を下げて言った。


「……ごめんなさい。あの時のことは、なかったことにしてもらえませんか」


 と。


 智咲は絶句した。


 それはつまり……、ヤリ捨てってこと?


(……嘘。あたし達、同じ会社の同期なんだよ? これからも、ずっと長い時間一緒の職場で働くんだよ? なのに……、そういう仲間に、こんなことするなんて……)


 それ以上何も言えなくなって立ち尽くしている智咲を一人放り出して、逃げるように――怖がりでもするような態度で、彼は去っていった。



 ♢ 〇 ♢



 職場の女達は皆智咲の味方だったから、小林の評判は地に落ちた。

 ……でも、男同士は違うみたいで、彼は別に普通に働いている。

 智咲も平気な振りをして働いているが、職場で毎日顔を合わせるのだ。

 

 せっかくのいい仕事を手放せるわけもなくて、もう、死にたくなるような毎日だった。


 そのうちに――例のガルバの彼女と結婚話が進んでいるとかいう噂を聞いて、智咲は愕然とした。


(……は? だって、『別れたい』ってずっと言ってたじゃん)


 だから、智咲もあらぬことを期待してしまったのだ。


(あの時言ってた彼女の愚痴って、何だったの……?)


 智咲を騙すための嘘?

 上手いこと口車に載せて、まるでコンビニで売っている消費財みたいに智咲を使い捨てするための?


 あいつ、そこまで悪い奴だったの……?


 ……こんなになってもなお、智咲は、そんな風には思いたくなかった。


 頭の中で理屈をこねまわして、ぐちゃぐちゃな感情を捻り倒して――。

 泣いて泣いて、……やっと智咲は気がついた。


 ……きっと、あの愚痴は、彼なりの惚気(のろけ)だったのだ。


 そういえば、女友達で、恋人のことが凄く好きなのに、悪口ばかり言う子がいた。

 その割にちっとも別れなくて、でも、よく見ると、彼女は恋人のことを愚痴る時、いつも嬉しそうで。


 だから、仲間内では、彼女の愚痴は〈いつものやつ〉と流されるようになった。

 惚気てるだけだから、と。


(小林も……、そうだったんかよ)


 今さら気づいても、もう遅かった。

 彼女と別れるまで……、動かずに様子見に(てっ)するべきだった。

 口先じゃなくて、行動にこそ、男の真意が現れるんだから。


 つまりはそう、あいつはただ、気の迷いか、あわよくばの下心で智咲に手を出しただけ……。


 智咲は、泣きながら思った。

 自分も悪かった。

 奴に彼女がいることは、最初から知っていたんだから。


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