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気負わないで話せる彼


(――やっぱり、ちゃんと好きな人でないと!)



 智咲はそう思った。


 だって、恋ってそういうものだ。

 まっすぐで、純粋で、きらきらして、ドキドキして……。

 そうでなくちゃ、恋じゃない。


 本当に好きじゃない人と付き合う方が失礼だ。


 そんな風に思って、ほだされて流されて、付き合ってもいない男とセックスしてしまった経験も、何度かあった。

 ……セフレみたいになってしまったことも、何回か。


 でも、身体だけ先に許してみても、何かが変わるなんてこと、なかった。


 セックスしたい時だけ連絡してくる男なんか追いかけたって上手くいくはずもなくて、自分を大事にできなかったことだとか男運のなさに激しく絶望して傷ついた。

 自信喪失して打ちひしがれた時に史帆に弱音を吐いてみると、史帆はいつも何時間でも話を聞いてくれた。

 そして、智咲を励ますように、こんなことを言った。


「あたし、従姉妹のお姉ちゃんいるじゃん? その従姉妹が言うにはね、上手くいく時はマジにとんとん拍子なんだって!」


「あー……。運命の人、的な?」


 恋愛にご利益(りやく)があると有名なパワスポ神社に史帆と一緒にお参りしたことが思い当たって智咲が訊くと、史帆がまた頷いた。


「そうそう! だから、ウチらも運命の人を待とうよ! てか探そうよ! あたしも転職活動ばっかりじゃ気が滅入るし、ちょっとくらい出会いも欲しいしさ……」


 史帆は、新卒で入った会社を辞めてしまった。

 いわゆる、新卒ガチャ失敗、というやつだ。

 新卒で入った会社でメタクソに打ちのめされて退職した経験も、史帆は笑い話にして自虐する。きっとつらかったはずなのに……。


 智咲は何とかまだ新卒採用された職場で頑張れているが、やっぱり(ゆる)い部署にたまたま(まわ)してもらえたのが大きいのだと思う。


 そう考えると――世の中、結局全部運な気がしてくる。


(じゃあ、あたしが好きな人と両思いになれないのも、運のせい? たまたま、ツイてないからなのかなあ……)


 ……本当は違う理由がある気がしたが、まったく異性に縁がないというわけでもないだけに、それに、自分より可愛くなくても彼氏がいる知り合いもいるだけに、智咲は自分に都合よく考えてしまうのだった。



 ♢ 〇 ♢



 ――それは、新社会人になって就職して一年余りが経ったある日のことだった。

 智咲はその頃、会社で同期入社だった彼――【小林(こばやし)(しゅう)(へい)】という男と、ちょいちょい遊ぶようになっていた。


 小林は、話しやすくて親切な奴で、智咲の隣の部署で働いていて、気もノリも合って……だから、自然とよく話すようになったのだ。


 でも、今まで智咲が好きになった男達と違って、彼はそうモテるタイプには見えなかった。

 服とか髪型もぱっとしないし、背も低い。

 智咲を弄って貶してくるようなこともなくて、優しかった。


 だから、智咲もあまり意識も警戒もせずに、マチアプで出会った気になる男とうまくいかなかった話なんかを気軽に相談したりしていた。


「――そんな落ち込むことないって! イノっていい子だし、たまたまそいつと合わなかっただけだよ。そんなん、俺だっていっぱい経験あるし! こう見えて、俺も意外と振られまくりよ?」


「いやいや、小林のそれは全然意外じゃないから!」


 ケラケラ笑いながら智咲が言うと、小林もノリよく突っ込み返してくれる。


「こら! イノ! そこ否定するとこだから!」


 そんな風に励ましてくれて、ドキドキしない分気負わずに自然体で笑い合える小林と話すのが楽しくなって、ほんの少しだけ彼を〈いいかも〉と意識し始めるようになった頃――。


 ふいに、小林に彼女ができてしまった。


「へえ……、よかったじゃん!」


 本音は拍子抜けしていたけれど、智咲は笑顔でさらっと彼に言った。


 まあ、こういう状況は慣れっこだし、明るくお祝いすることができた。


 ……でも、我慢したその後で、やっぱり少し胸が苦しくなって、智咲はもう頭の隅で史帆にこの〈恋愛未満〉で終わった小林との顛末(てんまつ)をどう面白おかしく話そうか考え始めていた。


(『あー、まただよ! やっちゃったよー! 史帆、慰めてっ!』。……入りはこんな感じかな? とりあえず)


 まあ、小林のこと、〈話しやすいし、ちょっといいかも?〉って思ったばっかりだったし、まだまだ全然引き返せる。


 余裕余裕。


 会社の同期だし、気まずくなりたくないし、完全友達枠に路線変更しとこう。


(ま、史帆と笑えるネタにできたら、それで充分かな)


 史帆も智咲も自虐ネタが大好きで、二人してめいっぱい笑った後で慰め合えるから――もはや、失恋したらしたで、二人で盛り上がってネタとして昇華(しょうか)できればいいと思った。最初は。


 しかし、その、〈小林の彼女〉の詳細を聞いてみると……、智咲は驚いてしまった。


「……え? その子、ガルバで知り合ったんだ……」

「そー! ガールズバーとかあんまり行ったことなかったんだけど、大学時代の先輩に連れてかれてさ。そしたら、何か仲良くなって、流れで付き合うことになった」

「ふーん……」


 相槌を打ちながらも、智咲は思った。


 ガルバの女の子って……。

 それ、騙されてない?

 金づるにされてるとか、からかわれてるとか……。


 だって、小林、あんまり格好良くないし、服とかも興味ないし、女慣れしてないタイプだし。


 ……あ、でも、我々は一応新卒ガチャ成功組で、大企業勤務なのだった。

 とすると、小林の勤め先の名前を聞いて、そこに食いついたとか?


 急に心配になって、それから不快にもなってしまって……。

 それでも、何とかそういうあまりよろしくない気持ちは押し隠して、智咲は小林の恋愛相談に乗った。


「でもさ。ガルバで頑張れてるんだし、可愛い子なんでしょ?」

「んー。わからん。あんまり好みじゃないかも。気分屋でコロコロ機嫌変わるし、だらしないし、全奢りとか言ってくるし。何か図々しいのよなー。……何で付き合ってんだろね、俺」


 そう言って、小林が苦笑する。

 智咲は、つい眉をひそめてしまった。


「ええー……。……いや、でも、年下だし。てか、まだその子十九でしょ? なら、そんなもんなんじゃない……」


 これまでの片思い経験で学んだままに、何とかその彼女を貶さないように気をつけながらも、智咲はますます不快になった。


 何で、そんなのに引っかかってんだよ――って。



 ♢ 〇 ♢



 むうっとして、智咲は小林と別れた帰り道に史帆に電話した。


「――……って言うんだよ。あり得なくない? 何かタカられてるっぽいし、別れた方がいい気がすんだよね。あいつ、お人好しなとこあるし……」


『まあねー。けど、基本男の恋は応援体勢死守だよ! 彼女批判したりしたら、こっちが嫌な奴って思われかねないし。愛想尽かしたら別れるだろうから、今は様子見でいいんじゃない?』


 電話の向こうで、智咲の絶対的味方の史帆が言う。

 けれど、そのアドバイスが上手く腑に落ちなくて、智咲は首を捻った。


「……そっかなぁ。上手く誘導して別れさせた方があいつのためにもいいのかな、とか、思っちゃったんだけど……」


 智咲がつい本音を零すと、史帆が慌てたように答えた。


『えっ? あ……、いや……、そこはその彼にも考えあるだろうし、そこまで踏み込まない方がいいよ! そんな駄目な彼女ならいずれ終わるだろうし、焦らない方がいいって。下手に別れる方を推して、あとで(こじ)れて(うら)まれてもめんどくさいし……』


 智咲を否定しないように気を遣って、史帆が言ってくれる。


 こういうところも、付き合いの長い気の合う親友のありがたいところだった。

 たとえ的を射ていたとしても……いや、的を射ていれば射ているほどに、ズケズケとキツい言葉で助言されては、心も自尊心も傷つく。

 そんな相手に、本音や弱音をぶちまけられるわけもない。


 信頼している史帆に言われて、智咲は結局頷いた。


「んー……。わかった。そうだよね! 別に騙されてるって決まったわけじゃないし、騙されてたら騙されてたで、奴の責任なんだし! あたしが心配することじゃないよね」


『そうそう! てか、人生潰れるほど貢いだりはしないっしょ! その彼だって、そんな馬鹿じゃないんでしょ?』


「うん。だよね。あー危なかった! もうあいつのことは気にするのやめる!」


『それがいいよ。……えっと、ほら、あたしも高校の時そうだったじゃん? 彼女持ちを思ってても、いいことないよー。いやむしろ、あの時のあたしの方がめっちゃガチで超痛かったよね! 今思い出しても、自分でも笑えるんですけどっ』


 そう自虐した後で、史帆が少しだけ神妙な声で続けた。


『……でも、あのね。あの時あたしが得た教訓はね、彼女いるってわかったら、もう、その時点で告白せずとも振られておる! ……って思っちゃった方が安全ってことで――』


 史帆が自分の体験談も交えて、親身に言ってくれる。

 最後はいつも通りランチの約束をして電話を切って、でも、智咲はため息を吐いた。


(……何でそんな、ガルバなんかに勤めてる軽そうな子に彼氏ができて、あたしには彼氏ができないんだろう?)



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