やっぱり、ちゃんと好きな人でないと!
♢ 〇 ♢
〈――ごめん! 最近バタバタしてて、しばらく遊ぶ暇ないかも……。落ち着いたら連絡するな!〉
そんなメッセージがSNSに届いて――、智咲はぎゅっと顔をしかめた。
(……また? マジで?)
ついイラッときて、スマホを睨みつける。
……もう、何度目になるだろう?
社会人歴ももう二年目になるというのに、智咲はまだまともに彼氏ができたことがなかった。
けれど……、それでも、さすがにわかる。
『最近バタバタしてて』。
『落ち着いたら誘う』。
これは、いわゆるお断り文句なのだ。
(つーか、ウザいんですけど。何これ? あたしが傷つかないように、気ぃ遣ってるつもり? 振るならハッキリ言えば?)
咄嗟に脳内でメッセージにそう言い返して……、……でも、さすがにスルーは失礼かと思って、スタンプだけで返事を送る。
むしゃくしゃして、最近美容院でお洒落にカットしたばかりの短い髪をガシガシ掻いて、智咲はほーっと息を吐いた。
……駄目だ。
心まで、醜くなっている。
本当は、智咲だってわかっていた。
悪いのは――彼じゃない。
怒っている相手も――彼じゃない。
いいなと思った人に好きになってもらえない……、自分自身なのだ。
「……はあぁぁ~……。……もう、何でぇ? 何度目? どうして、いっつもこうなんだろう……?」
〈バイト先で出会った格好いい彼〉とも、〈社会人サークルで一緒のシゴデキ風年上サラリーマン〉とも、それから、〈大学時代からずっと仲良しな男友達〉とも――……。
誰とも、上手くいかない。
智咲が好きになる男は、いつもどこか雰囲気が似ていた。
格好良くて、女の子にモテて、強気で、明るくて……会う約束をするだけで、ドキドキして息ができなくなってしまうような、そんな人。
智咲は、彼らと〈友達〉にはなれるのだ。
でも、どうしてなのか、あの恋愛強者どもは、誰も彼も智咲のことを『妹みたい』と言って弄ってくる。
まあ、アレだ――奴らは、『もう少し瘦せろ』とか、『服がカジュアル過ぎて好みじゃない』とか、『化粧をもっと覚えろ』とか、余計なお世話なことも言ってくるわけだけれど、頭を撫でてくれたりもするし、一緒のコミュニティに所属している仲間達からは、その輪の中で一番の仲良しの二人と言われたりもする。
そう……、『二人、付き合ってると思ってた』、とさえ、まわりから言われることもあった。
でも、違うのだ。
どんなに笑い合っても、二人きりで出かけることがちょいちょいあっても、結局智咲は、彼らの彼女にはしてもらえない。
勇気を出して告白してみると、断り文句はだいたいこんな感じ。
――いわく、『妹としか思えない』。
……あっそーですか。それ、口癖でしたもんね。
――いわく、『次付き合う人とは結婚したいから、慎重になってる』。
……えええ? あたしのこと、『結婚したら絶対楽しくてあったかい家庭築くタイプ』とか、言ってませんでしたっけ。
――いわく、『実は彼女がいる』。
って、おいぃぃぃ‼ 聞いてませんけど⁉ 我々(われわれ)この仲間内の中で一番仲良しの友達じゃなかったでしたっけ⁉ ていうか、この前訊いたら『彼女探してる』って言ってたよねえええ⁉
……こんなんばっかりだ。
何なら、告白する前に振られることもある。
――『俺、あんまり真面目な奴じゃないから、もう遊んだりしない方がいいよ。イノはいい子なんだし、もっといい奴いると思う』。
そう言ってきたのは、そうだ――大学でゼミが一緒だった、サボり常習犯の先輩だった。
勝手に決めんな!
ちょっとくらい悪い奴だっていいから、一回くらい好きな男と付き合って、振り回されてみたいよ!
あたし……、あなたの悪いとこなら、受け止める自信……、あるし。
そう思ってみてから、智咲は自嘲した。
(……なんてこと、言う勇気なんかあるわけないんだけどさ)
こんなにド直球に振られては、粘ることなんか、とてもできない。
『そっかぁ。わかった! 気にしてくれてありがとう。
……ほんとはずっと、好きだったよ』
……と答えるのが、精いっぱいだった。
彼は、うんともすんとも言わないで、また智咲の頭を撫でて、『じゃあ、またな! イノと絡めなくなるのは嫌だから、また連絡する!』と笑って言って、去ってしまった。
そして、それっきり……、連絡は来ない。
もう何連敗しているかもわからないくらいだから、最近は、話しかけてみてちょっとでも反応が悪かったら、〈これはもう断られてる〉と判断してさっさと撤退するようになってしまった。
傷つけば傷つくほど強くなる、なんていう歌の歌詞もあるけど、現実は逆だ。
傷つけば傷つくほど、……傷つくのが怖くなる。
〈フレンドリーで男女問わず友達が多い〉という長所の隠れ蓑に縮こまって、気がつけば、智咲はすっかり恋に臆病な女になっていた。
♢ 〇 ♢
智咲は、高校時代からの親友の【佐々木史帆】が失恋した時のことを、ふと思い出した。
史帆は、高校一年生の時に好きな彼ができて、大失恋したのだ。
その彼は、最初は史帆といい感じだったのに、突然素っ気なくなってしまった。
智咲は思った。
(……あの時に史帆が言ってたのって、こういうことだったんだ)
メッセージを送っても、返信がやたらと遅い。
誘ってみても、何かしらの理由をつけて断られる。
返事が短文かつ質問形も一切なしで、そこでやり取りが切れてしまうような締めくくり方。
もしくは、いいねやリアクションで終わされたりとか。
こういうのって、全部、
〈ごめん無理〉。
の、サインなのだ。
あの頃の智咲はまだ恋愛経験が少なくて何も知らなかったから、落ち込んでいる親友を励ましたくて、ついプラスなことやポジティブなことばかりを無責任に言ってしまっていた。
でも、蓋を開けてみれば、史帆が片思いをしていた彼には恋人ができていた。
たぶん、あの時の史帆は、そういう悪い予感を何となく察していたのだと思う。
そう――史帆はいつでも少しだけ智咲の先を行っていて、智咲より、わかっていた。
智咲と史帆はお互い〈大昔のやらかしでも、気がついたら謝っていい〉という暗黙の了解があったから、智咲があらためてそのことを謝ると、史帆は首を振った。
「――大丈夫だって! 気にしてないよ。だって、あの時メッセージ送るって最後に決めたのは自分だもん。それに、イノちゃんがあいつに気持ち訊きに行ってくれたのも、感謝してるし。あたし、絶対自分じゃ訊けなかったからさ……。でも、そんな風に思ってくれてありがとう。嬉しいよ」
と、笑ってくれた。
史帆と智咲は、こうやって世間やら現実やら社会やらの荒波に揉まれながら、何とかかんとか失敗と学びを繰り返して、今も前を向いて人生を歩いている。
でも、高校時代は、史帆と智咲はよく似ている――と言われることが多かったのに、智咲には一度も彼氏ができたことがなくて、史帆には時折彼氏ができた。
智咲だって……、男の子に好意を寄せられることが、ないではないのだ。
けど、智咲にアプローチをしてくる相手は、いつも、全然格好良くなかった。
何というか、男らしく見えないのにばっかり好かれるのだ。
いや、そればかりでなく、服だとか髪型のセンスも何だか野暮ったくて、エスコートが上手なわけでもない、話も面白くない、一緒に歩いていてちっともドキドキしない。そんなのにばっかり恋された。
まあ、裏を返せば、智咲だってガサツだし、ちっとも〈女らしく〉ないわけなんだけれど。
智咲は自分に自信がなくて、だから、可愛らしくメイクしたり髪型を整えるのは男に媚びているみたいで恥ずかしくて、いつも必要以上にナチュラルに徹してしまうのだ。
(……だからこんな、頼りがいなさそうなナヨナヨしてるのにばっかり好かれちゃうのかなあ?)
大学の友達に『理想が高すぎるんじゃない?』と言われたこともあって、好意を寄せてくれた人と付き合ってみようとしてみたこともあったけれど……。
そういう人とのデートは、苦痛でしかなかった。
(――やっぱり、ちゃんと好きな人でないと!)




