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影の中の光

読んでいただきありがとうございます。これからよろしくお願いします



追手をかわしながら、僕は崩れかけたビルの中に足を踏み入れた。廃墟となったその場所は、かつては誰かの生活があったのだろう。割れた窓ガラス、倒れた家具、埃を被った写真のフレームが散らばっている。


小さな隙間を見つけて、僕はようやく足を止めた。腕の中で小さなチワワが震えている。その体温が、僕の腕にじんわりと伝わってきた。


「ここなら少しは安全かもしれない…。」


僕は犬をそっと下ろし、自分も壁にもたれて座り込んだ。体中が疲れ切っている。剣を振り、逃げ、犬を守り続けた疲労が一気に押し寄せてきた。


犬は僕の足元で小さく体を丸め、こちらをじっと見上げていた。哀しげな瞳。それを見て、僕は自然と声をかけていた。


「大丈夫だよ。もう追手はいない…しばらく、ここで休もう。」



ふと、犬を抱えて戦った瞬間が頭をよぎる。ヒーローマンや警察に囲まれ、必死に逃げ続けたあの感覚。正体不明の存在――アルスとして指名手配され、追われる身となった現実。


「僕は…どうすればいいんだ。」


犬の記憶が流れ込んできた時のことを思い出す。その中で見た彼の「家族」。それを奪われた悲しみと怒りは、きっと僕にもわかる。僕もまた、何もかもを失ったら、こんな風に憤怒に染まるのだろうか。


犬がかすかに鳴く声に、ハッとする。


「…君は大丈夫だ。君を絶対に一人にはさせない。」


僕はそっと犬を撫で、その体の震えが少しでも収まるように祈るような気持ちで声をかけた。



だが、静寂は長く続かなかった。廃墟の外から、警察車両のライトが揺らめくのが見えた。遠くから聞こえるサイレンの音が徐々に近づいてくる。


「くそ…追ってきたのか。」


僕は犬を再び抱き上げ、廃墟の中をさらに奥へと進む。割れた壁を抜け、暗い通路を抜ける。足音を立てないように、慎重に動く。


近くで聞こえる警官たちの声。


「アルスがこの辺りにいるはずだ!徹底的に捜せ!」


心臓が高鳴るのを感じながら、僕は息を潜めた。壁の隙間から警官たちの影が動いているのが見える。彼らは懐中電灯で暗闇を照らしながら、こちらに近づいてきていた。


「もう少し…もう少しだけ耐えてくれ。」


僕は犬をしっかりと抱きしめながら、廃墟の裏口に向かって忍び足で進む。外に出られれば、森に逃げ込めるかもしれない。




なんとか廃墟の裏手に抜け出し、僕は荒れ果てた道を駆け出した。追手の気配はまだ感じるが、森に逃げ込めば視界が遮られる。


「よし…もう少しだ…。」


息を切らしながら、僕は森の中に足を踏み入れた。茂みをかき分け、暗闇の中を進む。犬の軽い体を感じながら、それでも足を止めることはしなかった。




森を抜けた先は、街外れの暗い路地だった。追手の気配はなく、ようやく少しだけ息をつく。


「ふぅ…なんとか逃げ切れた…のか?」


腕の中の犬を見下ろすと、その目がこちらをじっと見ている。弱々しいが、どこか安心したような瞳だ。


「もう少しだよ。家に帰れば、君も休める。」


僕は静かな道を選び、自宅への道を進んだ。夜風が冷たく、街灯に照らされた坂道を歩きながら、何度も後ろを振り返る。



家にたどり着いた僕は、周囲を慎重に確認してからドアを開けた。鍵を閉め、そっと犬を下ろす。


「ここが僕の家だ。安心していい。」


犬は疲れた体で静かに座り込み、辺りを見回している。僕は靴を脱ぎ、リビングのソファに座り込んだ。


「待ってろ、水を持ってくる。」


台所からボウルに水を注いで戻ると、犬は少し警戒しながらも水を舐め始めた。その仕草を見て、僕は少しだけ微笑んだ。


「お疲れさん…ゆっくり休んでいいからな。」




家の中は静かで、外の騒がしさが嘘のようだった。僕はソファに沈み込み、天井を見上げた。時計の針が動く音だけが聞こえる。


「僕は…正体不明の存在として追われるんだな。」


思い返せば、今日一日で全てが変わってしまった。犬を守ると決めたけれど、その代償はあまりに大きい。


足元では、犬が毛布の上で小さく体を丸めて眠っていた。その寝顔を見ていると、ほんの少しだけ気が休まる気がした。


「君のためなら、何度でも戦う。もう誰にも傷つけさせない。」


僕は眠れぬ夜の中で、改めて心にそう誓った。


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