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覚醒の兆候



署での取り調べは淡々と進んだ。警官は特に僕を疑っている様子もなく、形式的に話を聞いているだけだった。

僕は、公園で襲われたこと、そして気を失ったことを正直に話した。だが、魔物の存在については一切触れなかった。

誰が信じるだろう?巨大な怪物に襲われたなんて話を。僕ですら、夢だったんじゃないかと疑っている。


「七夕さん、今後何か気づいたことがあれば連絡してください。」

そう言って警官は僕を解放してくれた。夜風にあたるため外に出ると、あたりは静まり返っていた。

時計を見ると午前2時。街灯の下でため息をつく。


「あれは何だったんだ…。いや、僕は本当に死んで、また生き返ったのか…?」


首元に手を触れると、先ほどまでの感覚が蘇る。あの扉、あの男、アルス。そして、目の前で消えた魔物。

全てが現実だったとしか思えない。


帰宅してベッドに倒れ込んだが、眠ることができなかった。体は疲れているのに、頭の中は騒音のようにざわついている。

結局、朝まで一睡もせずに迎えた月曜の朝。顔を洗い、スーツを着込んで仕事へ向かった。




「おはようございます。」

「おはよう、七夕さん。」


いつもと変わらない日常が目の前に広がっていた。塚田制服店の同僚たちも何も知らない。僕は普通を装いながら、心に渦巻く違和感を抱えていた。


昼休み、休憩室で一人弁当を広げていると、店長の娘、美奈さんが声をかけてきた。


「七夕さん、昨日何かありましたか?なんだか顔色が悪いです。」

「えっ?いや、何でもないです。ちょっと寝不足なだけで。」


美奈さんは首を傾げながらも、それ以上は詮索してこなかった。僕は安堵しつつ、手早く弁当を片付けた。


だが、その日の午後、違和感は一気に現実のものとなった。


 


「ドゴォン!!」


突然の轟音が街を揺るがした。

振り向くと、店の外で煙が立ち上っている。何事かと思い店を飛び出すと、そこには異様な光景が広がっていた。

巨大な体躯に鋭い爪を持つ人型の怪物が、ビルを叩き壊している。周囲の人々は悲鳴を上げ、四方八方に逃げている。


「なんだ、あれ…?」


僕は立ち尽くした。まさに昨夜襲ってきた魔物と同じような存在だ。否応なく蘇る記憶に、体が震える。

だが、震えているだけの僕を、怪物は見逃してはくれなかった。


「グルルルル…」


目が合った瞬間、怪物がこちらに向かってきた。


「や、やばい!」


僕は全力で逃げ出した。だが怪物の動きは速い。追い詰められるのも時間の問題だった。


その時、頭の中に声が響いた。


「力を解放しろ、七夕四郎。」


「えっ?」


「お前には戦う力がある。それを使え。」


耳にした覚えのある声だ。アルスだ。


「ちょっと待て!何の話だよ!僕は普通の人間だ!」

「違う。お前は選ばれた。さあ、覚醒しろ。」


その瞬間、胸の奥から熱い何かが湧き上がった。それは剣ではなかった。僕の体全体を青白い光が包み込み、気づけば僕は変わっていた。


ロングコートに金の百合紋章、背中にはボロボロの紙のような翼。そして、僕の頭上には作り物のような天使の輪が浮かんでいた。


「…俺が、アルス…?」


鏡もないのに、そう確信した。僕の体は確かに七夕四郎のはずなのに、意識がどこか別の存在と混じり合っている感覚があった。



目の前の怪物が襲いかかる。それでも恐怖よりも先に体が動いた。僕は両腕を振り上げると、光の刃が怪物を切り裂いた。

怪物は断末魔の咆哮を上げ、やがて黒い煙となって消えていく。


勝った――のだろうか。


僕がその場に佇んでいると、背後から鋭い声が飛んできた。



「お前、何者だ?」


振り返ると、そこには灰色のスーツを着た刑事が立っていた。冷たい目でこちらを見つめ、煙草をくわえている。

彼はゆっくりと近づきながら言った。


「ヒーローマンの記録には、お前のような存在は載っていない。これはどういうことだ?」


「そ、それは…」


僕は口ごもる。何も言葉が出てこない。自分でも何が起きているのかわかっていないのだから、説明のしようがなかった。


刑事は怪訝そうに眉をひそめたが、後ろから声がかかった。


「蛇塚。おい、戻るぞ。」


先輩刑事らしい男が蛇塚を呼び、彼は面倒くさそうに肩をすくめた。


「また会うぞ。お前が何者なのか、じっくり調べさせてもらうからな。」


そう言い残し、蛇塚はその場を後にした。


僕はただ立ち尽くしていた。変身は解け、再び自分の体に戻っていたが、その感覚はどこか現実離れしていた。


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