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08.交渉

 エヴァンダーと別れてから一ヶ月。

 ルナリーとアルトゥールは、ようやくルワンティス女帝国の首都へとやってきた。


 エヴァンダーのことを思うと心配で眠れない夜もあったが、そのたびアルトゥールが『大丈夫だ』と優しく撫でてくれて、なんとか心の平穏を保っている。

 気になるのは変わらないが、ここでできることを見つけなければと、ルナリーは前を向いていた。


 ルワンティス女帝国で聖女だと告げると、エヴァンダーの言った通り歓迎してくれているようだった。

 会うことなど叶わないだろうと思っていた女帝ソラティアに謁見できた上、この国の聖女にも会わせてもらえた。


 現在、女帝国には三人の聖女がいるらしい。


 七十歳の聖女、リスト。

 三十二歳の聖女、ゼア。

 それに十九歳の聖女、アズリンだ。

 七十歳のリストは一応引退しているらしいが、まだまだ元気でピンピンしていた。


 短命のイシリア王国の聖女とは違いすぎる。ルナリーたちの常識は一瞬で(くつがえ)された。


「して、なぜイシリア王国の聖女が、わらわの国に来たのじゃ?」


 まだ三十歳に達していない若き女帝が、色気たっぷりの目で聞いてくる。

 ルナリーはアルトゥールと目を合わせて頷き、今までの経緯をすべて隠さずに語った。

 これは事前にアルトゥールと決めていたことだ。自分達の力だけで解決は難しい。ルワンティス女帝国の力を借りられるように立ち回ろう、と。


 ルワンティス女帝国とイシリア王国は、友好国というわけではないが、敵対しているわけでもない。

 しかし隣国であるイシリアが乗っ取られて瘴気で満たされては、次はこの国にやってくるという可能性もあり、看過はできないはずだ。


 過去には魔術師に国を乗っ取られて、魔物の巣窟になり滅びてしまった国などいくらもある。

 そこまでいかずとも、魔術師が王となった国は秩序が乱れ、国民は悲惨な生活を強いられるのだ。

 女帝ソラティアがそれを望むわけもない。少しでもいいから支援が欲しい。


「ほう……そなた、巻き戻りが使えるのかえ。初めて聞く能力であるの。これ、リストは巻き戻りを使えるのか?」


 ソラティアの言葉に、老齢の聖女は首を横に振る。


「いいえ、わたくしには使えませぬ。ゼアとアズリンも同様でしょう。大切な者が死に瀕すような状況には、なったことがありませぬゆえ」

「そうよのう……まったくもって聖女の力には驚かされる。して、わらわにその話を聞かせてどうするつもりじゃ?」


 美貌で見下すように笑ったソラティアに、ルナリーとアルトゥールは膝をついて懇願した。


「どうか……どうか、イシリア王国を救うためにお力を貸していただけませんか……!」

「ほう……?」


 ソラティアはルナリーの言葉を聞いて、嘲笑うようにフッと口から空気を出した。


「なぜ我が国がそなたらの国のために動かねばならぬ? イシリアの聖女が来たというから外交上無下にもできず、謁見を許したに過ぎぬ。勘違いするな」


 ピシリと空気が凍りつくような言葉と威厳に、ルナリーは気圧された。

 しかしせっかく女帝に拝謁できたのだ。引き下がっては、なんのために来たのかわからなくなる。

 ルナリーはエヴァンダーの顔を思い出しながら、声を振り絞った。


「どうかお願いします……このままでは魔女の瘴気がどこまで広がるかわかりません! いずれ、このルワンティス女帝国にも影響が──」

「わらわを脅すか?」

「いえ、そんな、つもりは……っ」


 女帝の威圧感に耐えながら、ルナリーはぎゅっと手に力を入れた。

 どう言えば女帝は力を貸してくれるのか。このままでは、国が、エヴァンダーが……

 そう思った時、隣から低いアルトゥールの声が放たれた。


「どうか力をお貸しください。我々にできることなら、なんでもいたします」

「ほう、殊勝な心がけじゃ。しかし逆に問おう。そなたらに一体なにができるというのかえ?」


 女帝ソラティアの言葉に胃が痛くなる。交渉しようにも、こちらにはカードがなにもないと、ルナリーは思っていたから。


「現在イシリア王国の王と王妃は魔女の手に落ち、中枢が機能していません。その場合、ここにいる聖女ルナリーが実質的な国のトップとなります」

「まぁ、どの国もそうよの」


 そうなの?! と言いたくなる言葉を、ルナリーはなんとか抑え込んだ。

 そんなの初耳だ。聖女となり、公爵と同等以上の地位だということは聞かされてはいた。

 しかしまったく実感がなかったし、まさか緊急時にはトップを代行することになるとは思ってもみなかった。責任が重大すぎる。


「したがって、ルナリー様が可と言うならば、それは国の決定事項です。どうか、ご交渉を」

「ほほう?」


 女帝ソラティアが嬉しそうに口の端を上げて、ルナリーに視線を移した。

 そんな重大なことを、勝手に決めて良いのだろうかと冷や汗が流れてくる。


「では、聖女ルナリー。わらわと存分に交渉しようぞ」

「は、はい……」


 ここでは堅苦しいと、アルトゥールとは一旦別れて別室に連れて行かれた。

 女帝ソラティアとあちらの聖女である老齢のリストの三人で交渉の席につく。


 最初ソラティアはイシリア王国の国土半分をもらうだとか、無茶なことばかりを要求してきた。

 魔女と戦うために多くの犠牲を払うことになるのだから、当然のことを要求しているのかもしれない。

 しかしルナリーには判断しかねた。アルトゥールをこの場から外したのは、そういう意図があったのだろう。

 うっかり条件をのんでしまえば、魔女ではなく、ルワンティス女帝国に国を乗っ取られかねない。

 それでも魔女に支配されるより、何倍もマシではあるだろうが。


「あれもダメ、これもダメでは、話にならぬではないか」


 しばらく話をしていたが決めきれず、はぁっと大仰にため息を吐かれる。

 どこまで譲っていいものか、ルナリーには判断がつかないのだ。

 魔女討伐後は、なるべく元通りの国であってほしい。わがままかもしれないが、そう思うとなかなか決断が下せない。


「仕方ないのう……では、魔石の譲渡でどうじゃ?」

「魔石の……?」

「クズ石までは取りはせん。庶民の生活に必要であろう。下級もまぁよい。イシリア王国で採れる中級以上の魔石に限定する。それを向こう百年間、ひとつ残らず我が国に譲渡せよ。今ある魔石も、新たに発掘される魔石もすべてじゃ。破格の条件であろう?」


 クズ石と下級石以外の魔石をすべて。

 下級以下に大した価値はないが、中級以上は値段が跳ね上がる。

 元々イシリア王国は、魔石を輸出する産業で成り立っているのだ。

 国内で使う魔石もすべて献上しなければならないとなると、生活は不便になるかもしれない。しかし元々平民はクズ石しか使わない生活をしているのだから、中級以上の石が百年間なくても問題はないだろう。

 代わりとなる産業を考えなくてはならなくなるが、それはなぜだかエヴァンダーがどうにかしてくれる気がした。


「わかりました。それでお願いします」

「決まりじゃな。そなた、中々の交渉上手であったぞ」


 女帝ソラティアは笑って手をルナリーに向け。

 ルナリーはその手をしっかりと握った。



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サビーナ

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりタダでは協力を仰げませんでしたね。でもきちんと対価を請求するだけ、ルワンティスの女帝様は公平な方かも知れませんね。
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