表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/49

03.三周目

 ルナリーの体はドクンと大きく震えた。足がもつれるように歩けなくなり、その場に転びそうになる。


「ルナリー様!!」


 エヴァンダーに差し出される手。ルナリーは包まれるように支えられ、転倒を免れた。

 ハッとして顔を上げると、心配そうな顔でエヴァンダーに見つめられる。


「エヴァン様……生き……てる……?」


 先ほど柘榴のように裂かれたはずの胸には、ピシリと着こなされた騎士服があった。

 成功した。また、あの時間に戻ってこられた。七月十日の夜に。


「イーヴァ! よかった……巻き戻った……!」

「なにを言ってるんですか、アルまで」


 アルトゥールの言葉にルナリーは目を向けた。


「アル様……覚えているの?」

「ああ……一緒に巻き戻れたみたいだ」

「二人とも、なにを言ってるんです?」


 一人首を傾げるエヴァンダーに、ルナリーたちは今あったことを話した。

 焚き火を囲み、白湯を飲みながら、星空の下で。


「なるほど。私は死に、ルナリー様はアルと接触して巻き戻りの力を発動したんですね」


 ルナリーとアルトゥールが首肯すると、エヴァンダーは続けた。


「死んだ私に記憶はありませんが、生きていたアルには記憶がある……とすると、一つは生きていること、あとは巻き戻りの際にルナリー様と接触していることが記憶保持の条件かもしれませんね」


 巻き戻りの力の発動時には、エヴァンダーの手も握っていたはずだが、彼には記憶がない。

 おそらくは、その条件で合っているだろう。


「ルナリー様、今のご寿命はわかりますか」

「また九年減ってるわ。天寿を全うしても、四十九歳くらいまでみたい」

「……これ以上は避けてぇな」


 眉間に皺を寄せるアルトゥール。ルナリーもしばし沈黙していたが、ふと思いついて口を開く。


「もう少し時間を遡って、魔女を止めることはできないかしら」


 しかしルナリーの提案に、二人はいい顔をしなかった。


「またルーの寿命が削られちまうだろう」

「どこまで遡れるかもわからないですし、寿命を無駄にする可能性もありますが」

「でも、それでも……」


 寿命を無駄に。それは、このまま続けても同じではないだろうか。

 二人が死んでいく未来を歩むくらいなら。ルナリーは自分の命を削ってでも、過去に戻って瘴気が蔓延る前に魔女を討つ方がいいと思った。


「お願い……このままだと、何度も時間を巻き戻すことになるから……結局は寿命が縮まるだけだと思うの」

「それはそうですが……」


 エヴァンダーが困ったようにアルトゥールの方を見ると、アルトゥールはこくんと頷いてくれる。


「ルーの命を削らせることにはなっちまうが、これで終わらせられるならその方がいい」


 前回の魔女の強さを覚えているアルトゥールは、このまま時を進めても無理だと思ったのだろう。ルナリーの意見に賛同してくれた。

 エヴァンダーも、「アルが言うなら」と納得してくれる。


「二人とも、手を」


 記憶をこのまま持ち越すため、ルナリーは手を差し出した。

 右手にアルトゥール、左手にエヴァンダーが手を乗せてくれる。


「じゃあ……やります」


 二人が頷くのを確認すると同時に、ルナリーは聖女の力を発動……した、はずだった。


「……どうして……?」


 赤いネックレスが光らない。

 聖女の力がなくなってしまったのかと思い、慌てて小さな結界を作ってみる。するとそれはちゃんと発動していた。


「巻き戻らねぇのか?」

「ええ……どうして……?」

「ここが“起点”になっているのかもしれないですね」

「起点?」


 エヴァンダーの離された手は、彼の顎にかけられる。


「ええ。七月十日の今日、これ以上の過去には戻れないということです。それか、なにか巻き戻りをするためのトリガーが足りない可能性もあります」

「トリガー……?」

「俺たちどちらかの、死か」


 アルトゥールが先に答え、エヴァンダーが頷く。

 一回目は二人が、二回目はエヴァンダーが死んだ時に発動したことを思うと、その可能性は高そうだった。


「聖女といえども、簡単に発動できる力ではないんでしょう。生贄というと言い方が悪いですが、ルナリー様の心を揺さぶるなんらかのきっかけが必要なのだと思います」

「じゃあ、巻き戻りは今の時点では使えないのね」

「となると、やっぱり瘴気をどうにかしねぇことには──」

「私が死にましょうか」


 エヴァンダーの言葉に、ルナリーとアルトゥールはギョッと目を向ける。


「なに言ってるの!!」

「なに言ってんだ!!」

「今私が死ぬことで、今以上に時間を巻き戻せるならばそれが最善でしょう?」


 エヴァンダーはそう言ったかと思うと、キンッと獣解体用の短剣を抜いた。


「バカ、やめろ! お前、自分で“起点”がここかもしれないって言ったじゃねぇか!」

「それは可能性の話です。実際やってみなければなんとも」

「数十分巻き戻ったところでお前は無駄死にな上、ルナリーの寿命は九年も意味なく縮まるんだぞ!」

「そうなった時には土下座します」

「そういうことじゃねぇよ!」


 今にも自分の心臓を突き刺しそうなエヴァンダーの短剣を、アルトゥールが取り上げる。それを見てホッと胸を撫で下ろすと同時に、キッとエヴァンダーを睨みつけた。


「エヴァン様」


 ルナリーの出した声はいつもより低く、怒りが滲んでいるのが自分でわかる。


「ルナリーさ……」


 エヴァンダーが聖女の名前を言い終える前に、パンッと乾いた音が闇に響いた。

 ルナリーが人を、しかもエヴァンダーを叩くなど、初めてのことだ。


「二度と……二度と!! こんな真似はしないで!! 自分で命を絶つなんて……なにを考えているの……っ」


 エヴァンダーのことが理解できなかった。

 元々飄々としていて掴みどころのない人物ではあるが、試すために自害するなど、ルナリーには考えられない行動だ。

 エヴァンダーが自分の命を軽んじているように見えて、わなわなと手が震えてしまう。


「ルナリー様」

「なんですか」

「冗談です」

「………………」


 真顔で言われる冗談発言に、ルナリーはガクッと力が抜ける。

 と同時にアルトゥールが怒髪天をつくような怒り声を上げた。


「お前の冗談は、昔から笑えねんだ!!!!」

「そうですか」


 そんなアルトゥールを尻目に、エヴァンダーは自身の懐中時計を取り出して時間を確認し始めた。


「残り、二分……」


 エヴァンダーは時計を見ると、短いため息を吐きながらつぶやいている。


「なにがですか?」

「あと二分で七月十日が終わります」

「それがどうした」

「今からでは、間に合うかどうかわからないということですよ」


 アルトゥールは顔を顰めて「お前は昔からわけわかんねぇ」とぼやき、「それがエヴァン様なのよね」とルナリーは無理やり納得する。

 深夜零時を迎えた瞬間、エヴァンダーは懐中時計をパタンと閉じていて。


「次は止めないでください」


 そんな呟きが、微かにルナリーたちの耳に入った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
[良い点] ドラマティックでスリリングな舞台に、ハラハラドキドキが止まらない! 危険と謎がたくさんで、三人と王都の未来がとてつもなく気になる! 敵が強大で絶望的な状況に見えるけど、どうやって乗り越え…
[一言] 巻き戻りのからくりがちょっとだけわかってきましたが、まだまだ謎の方が多いですね。ルナリーの力と魔女の関係性も気になりますし……?
[良い点] 新たな物語の始まりですね!死ぬたび9年の命を削り7月10日…明日やないか!…に戻る。さて、3人はいかに頭を使い現状を切り開くのか?たのしみにしてます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ