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10.いざイシリア王国へ

 ルワンティスの聖女たちのおかげで、ルナリーの聖女の力の質が上がった。

 アルトゥールもルワンティスの騎士相手に腕を磨いていたようで、その顔は自信に満ち溢れているように見える。


「とうとうだな」

「とうとう、ね……」


 ルワンティス軍と共に、イシリア王国へと突入する算段がついたのだ。

 人員と馬の確保と魔石の収集、それに隊の連携を高めるための行動統制演習が徹底的に行われた。

 時間がかけられた分、修練度は格段に上がっただろう。

 逆にイシリア王国の瘴気も、王都だけでなく近隣の町や村まで範囲を広げていたが。


 エヴァンダーと別れてから、三ヶ月と少し。

 彼に会えるのかと思うと嬉しさが……そして同時に不安が襲ってくる。

 無事なのだろうか。もし、魅了されていたら……


 ぶるりと震えると、アルトゥールにクシャと髪を撫でられた。


「大丈夫。あいつはきっと、自分の仕事とやらを果たしてるさ」

「……ええ」

「よし、行こう!!」


 ルワンティス軍は、ルナリーたちを先頭にイシリア王国へ足を踏み入れた。

 エヴァンダーが王都に戻って、なにをしたかったのかはわからない。

 けれどもあの優秀な男は、自分の思うことを成し得たのではないかと思えた。


 なんの妨害もなく、瘴気の蔓延る町まで来られたのは計算通りだ。

 途中の村や町に瘴気はなく、操ることもできないのだから当然のことではあったが。

 ルワンティス軍が現れて慌てふためく者もいたが、ルナリーが聖女として諭すことで混乱を起こすことなく行軍していく。


 問題は、瘴気に包まれた王都、それに近隣の町や村である。


 結界のようにひとつひとつの村や町に施されているのならば、まだ浄化できるのだが。

 瘴気は王都を中心に円を描くように、全体を覆ってしまっている。

 町だけでなく、街道も、森も、丘もすべて。


「規格外の魔女ね」


 一緒に来てくれたゼアがそう言い、アズリンも頷いている。

 周りの騎士が魔石を取り出して念じ始めた。ゼアとアズリンの聖女の力が増幅されていく。魔石の効果を受け取った二人は、瘴気に手をかざすと浄化を始めた。


「なんて濃くて大きな瘴気……二人がかりでも、一日はかかるわ……!」


 こんな瘴気を二人とは言え一日で浄化できるゼアたちは、やはり格が違うのだろう。

 そんな人たちが仲間になってくれていることが、頼もしい。


「それまで、魔女に気づかれなければいいんですけど……って、なんか来ましたぁ!」


 アズリンが悲鳴のような高い声を上げる。

 虚な目をした、明らかに魅了された村人たちが押し寄せてきた。

 アルトゥールが剣を抜き、ルナリーは声を張り上げる。


「ここからが正念場です……皆さん、よろしくお願いします!」


 女性騎士の多いルワンティス軍の、「オオッ!」という高い声が広がった。



 そこから先は、地獄絵図だった。


 当初の計画では、村人は気を失わせて拘束し、瘴気の外で魔石を使って魅了を解除していくという算段だった。

 しかし最初はうまくいっていたものの、近隣からも王都からも次々に操られた人々がやってきて対処できなくなってしまったのだ。

 自分達の身を守るため、ルワンティス軍は襲ってくる者のすべてを斬り始めた。アルトゥールも二人の聖女に近寄らせまいと、瘴気の中に入って戦わざるを得ない状態だ。

 ルナリーは息のある者の胸に手を置き、できる限り魅了解除と治療を施していく。

 対魔女のために力を残しておかなければならず、もどかしい限りだったが。


 一昼夜戦い続け、それでもまだ操られた人々が湧くように現れる。

 どこかで魔女が瘴気を出しているのか、丸一日経っても瘴気は消えていない。それでもこちらは二人がかりでの浄化だ。瘴気はかなり薄くなり、もう少しのところまで来ている。


「なにヲしていル」


 ぞわりとする声が聞こえて、操られた人々の奥に目を向ける。

 そこに立っていたのは、この国……イシリア王国の王と王妃だった。


「国王陛下……王妃殿下!」


 ルナリーの叫び声にしかし、王と王妃は無表情のままだ。


「っく、無駄だルー! お二人はとっくに……!」

「わかってるけど……!」


 まさか、二人まで捨て駒にするつもりなのだろうかとルナリーはゾッとした。

 この地獄が終わった後、立て直す象徴である二人がいなければ、国は死んだも同然だ。


「陛下と殿下は殺すな!! 気を失わせて拘束し、後で魅了解除を──」

「そうはさせないわよ……」


 アルトゥールの言葉を遮る、底冷えのする声。


「魔女……!」


 片目を黒髪で隠した魔女が悠々と現れた。何度見ても鳥肌が立つような雰囲気に、ぞっとさせられる。


「私の忠実な兵を、こんなにしてくれちゃって…… どういうつもりかしら」

「それはこっちのセリフよ……! こんなに多くの人を操って、心は痛まないの!?」

「心が痛む? どうして? 殺したのはあなたたちじゃない……」

「……っ」


 魔女と聖女は相容れない。そう言っていたリストの言葉を思い出す。

 きっとなにをどう言っても平行線だ。


「とにかく……! 私にはあなた蛮行を止める責務があるのよ!」

「蛮行、ですって……?」


 魔女から放出される瘴気の量が増加した。二人の聖女が顔を顰めながら必死に浄化してくれているのがちらりと見えた。


「あなたたち聖女がしていることは、蛮行ではないとでも言うの……!」


 わなわなと、魔女が怒りに震えている。

 言っていることの意味が理解できない。


「あなたたち聖女は、いつも正義ぶって……!! 見なさい、この顔を!!」


 魔女は髪をかき上げて隠れていた顔半分を露わにする。

 そこには残酷なまでにただれた、火傷の痕が残っていた。


「それは……」

「忘れもしないわ……二百三十年前、魔女狩りに遭って聖女にやられたのよ!!」

「聖女、に……?」

「そうよ……聖女は笑いながら私の顔を掴むと、炎の力を出して私の顔を炙ったの……私たち(・・・)はなにもせず、人里離れた山奥でひっそりと暮らしていただけだというのに……!!」

「……そんな」


 どこまで嘘か本当かはわからない。二百三十年前と言われても、常識的に考えて人がそんなに生きられるわけもないと疑ってしまう。

 しかし魔女の必死さを見ては、信じざるを得なかった。


「聖女に負わされたこの傷だけは、なにをしても治らないのよ……私は同胞の魔術師に助けられ、運良く生き延びたけれど……優しかったあの人を殺したあなたたちを、私は絶対に許さない……!!」


 魔女の瞳に宿る憎しみの炎。

 聖女とは、正しいことを行う者のことだと思っていた。

 魔女や魔術師にも色々いるように、聖女もまた、いろんな者がいたのだ。

 魔女だから、聖女だからという言葉で一括りにできるほど、人は単純ではなかった。


「だから私は、魔女と魔術師のための国を作ることにしたのよ……すべての人を支配して、私たちの思い通りの国を作る……うふ、素敵でしょう……?」


 魔女には魔女の正義も言い分もあるのだろう。だがそれは、ルナリーの許容できるものでないことも確かなのだ。


「絶対にそんなことさせないわ!」

「聖女の意見なんて聞いていないのよ……っ」


 魔女が指先をこちらに向けたと思った瞬間。


「危ない!!」

「きゃっ」


 アルトゥールが走り込むようにしてルナリーの体を抱きしめ転がった。

 ズザザッと音を立てて土煙が舞う。


「あら、勘がいいのねぇ……」


 見ると、伸びた爪がシュルシュルッと元の指に戻っている。


「お前の相手は、俺だ!!」


 アルトゥールが立ち上がり、剣を構える。

 しかし魔女は顔色も変えず、パチンと指を鳴らした。


「この男はあなたに任せるわ」


 魔女の後ろから、唐突に人が現れる。


「わかりまシた。リリスさマ」


 その声に、姿に、ルナリーの心臓はドクンと跳ね上がった。

 そこにいたのは……


「エヴァン様!!」

「イーヴァ!!」


 聖女の護衛騎士であるはずの、エヴァンダー・ウィンスローだった。



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