1-6 三次選考会
いよいよアイドルオーディションの三次選考会の日がやってきた。
カレンは緊張と期待を胸に会場へと向かう。
カレンは何本か電車を乗り継いで、駅から少し歩くと指定されたビルの前に辿り着いた。
アイドルオーディションの三次選考会は前回と違う場所だった。
「五階建て?ぐらい?」
カレンは日差しを手で遮りながらそのビルを見上げる。
スマホに届いたメールに記載されている住所と、地図アプリで表示されている場所が一致していることを確認してから、入口に向かって歩き出す。
ここに辿りつく途中、思ったより人に会わなかった。通行人が少ないという訳では無い。もちろん行きかう人は多い。もしカレンと同じ目的で会場に向かう子達がいれば、なんとなく分かるものだ。似たような年代。慣れない土地で周りを確認しながら不安と緊張を抱いて歩いているだろう。
そんな子達が同じ方向を目指して歩いていれば、あ、この子も同じ会場に向かっているのかな?となんとなく想像がつくし、大抵その予想は当たっている。そんなふうにして他の選考メンバーとゾロゾロと顔を合わせながら会場に辿り着くだろうと想像していたのだが、まるでそんな風な子達に出会う事も無く到着した。
あまりにもオーディション当日という雰囲気を感じられないので、少し不安になってくる。
「ホントにここでいいのかなぁ」呟きながら自動ドアの先へと進んでいく。すぐにエレベーターが見えたのでそこを目指して歩いていくと、立て看板が見えた。
オーディション会場 3階
と貼り紙がしてある。
ふむ。確かにここっぽい。きっとここでいいはずだ。もしかして時間を間違えてる?
メールを開こうとスマホを操作していると、エレベーターが降りてきて扉が開く。
中に乗り込んで改めてメールを確認するが時間は間違ってはいない。指定の集合時間の40分程前だ。
エレベーターが三階で停止したので降りて周囲を見回す。矢印とオーディション会場の文字が書いている張り紙が真正面の壁に貼ってあるので、その矢印が示す方向へと歩いていく。
少し進むと半分がガラス面の引き戸があってそのガラス面にまた張り紙がしてある。
オーディション会場
そう書いてある。どうやらこの部屋らしい。
開ける前に一度立ち止まって、ガラス越しに中の様子を覗く。
広い。ダンススタジオのようだ。壁一面の鏡面と窓。そして木製フロア。
何かのテレビ番組で見たような光景だ。
中には数名の女の子がいて散り散りに床に座ったり壁にもたれたりしている。
扉を開けると、すぐ側にスタッフらしき人がいた。
「おはようございます。選考メンバー?。とりあえず着替えてきて、ロッカールーム、あっちね。」
あ、おはようございます、とあいさつするも束の間に説明を受ける。そのスタッフらしき女性は半身を廊下に乗り出してロッカールームの方向を指さす。
「あ、はい。ありがとうございます」
そう答えて、言われた方に向かって歩く。
背後で引き戸がガラガラと開く音がして、廊下に身を乗り出した先ほどのスタッフがもう一度叫ぶ。
「空いてるロッカー使っていいから!」
「あ、は、はいっ」
カレンは振り返って返事をする。
言われた方向に進んでいくとローカールームらしきルームサインが掲げられた部屋にたどり着いた。
プリントの張り紙は無いが、おそらくここで間違いないだろう。
中の様子を伺いながら静かにドアを開ける。
「失礼しまーす」
誰もいない。なんとなく、そろりそろりと中に入り、取り合えず手前のロッカーを開こうと手をかけてみる。
ガコッ。鍵が締まっている。使用中のようだ。扉をよく見ると鍵穴のあたりが赤い。使用中のサインだろう。周辺を見回してその部分が赤く無いロッカーを探す。
すぐ近くに青いサインが表示されているロッカーを見つけた。
手をかけるとガチャリと手応えがして扉が開いた。
中を覗き込むと空っぽだ。改めて扉に何か表示などの見落としが無いか確認する。良く見るとコイン式のロッカーだ。
「コインロッカーか・・・、個人のロッカーとかじゃないんだ」
そりゃそうだな、部室じゃないんだし。
そんなことを呟きながらとりあえず着替えを始める。カバンの中にジャージが入っているので取り出す。
ガチャっ
入口のドアが開く音がしたので振り返る。
「びっくりしたー。人いたー。そりゃいるか・・・」独り言を呟きながら
同世代の女子が入ってきた。今回のオーディションを受けるライバルだろう。
「こんにちはー」
カレンが声をかける。それに対してその子も挨拶を返す。
「こんにちはー。・・・・アレ?」
「あー!」
「あー!」
二人同時に声を上げる。
「あの時の!・・・えと、だれだっけ、カレンちゃんだ!」
「ケイコちゃん?!だよね」
「うれしー、覚えてくれてた?」
「もちろん!受かったんだね!」
「ウン! あ、そちらこそ!おめでとう!」
「あ、ありがとう! えと、おめでとう!」
「まだ、今日どうなるかわかんないけどね!」
「そだね、ははは!」
「あははは!」
「カレンちゃんの隣、空いてるな?よし、隣いい?」
「もちろんどうぞどうぞ」
ケイコはカレンの隣のロッカーを開けて一緒に着替えを始める。
「良かったぁ。話したいと思ってたんだよ。ちょうどさ」
「わたしも!終わってから、探したもん。外出て!」
「え!マジで!? わーありがとう。ごめんねぇ。あたし、バイトの時間ヤバくてさぁ、もうギリだったのよ。終わって速攻で飛び出してさ、走っちゃったんだよね」
「そーだったんだー」
「そうそう。いやー、もうなんか心残りでさぁ」
「わたしも!」
「前回の結果最悪だったからさ、もう二度と会えないと思ってたよ」
「わたしも!」
「ホントにぃ?」
「ホントホント。ぜんっぜん歌聞いてもらえなくて、あ、落ちたな。って、すぐ思ったもん」
「一緒一緒、ってか私達の審査の時見てたよね、きっと。恥ずかしー。もうさ、オーディション落ちたのはもう、どうでも良かったんだけど、カレンちゃんと話しそびれたのがマジで悔しくてさ」
「わたしもー!」
「ホントにぃ?」
「ホントだよぉ。同じ北国だっていう話でさ、どこかも聞けないままだったからさ、もうずっとモヤモヤしてた」
「そう、そうなの。私も。そうだ、今日はさ終わったら一緒に帰ろうよ」
「うん!」
「あ、良かったらさ、ご飯食べてかない?これ終わったらちょうどさ、お昼時じゃない?」
「そだね!そうしよ!」
「はー。なんかもう今日は幸せだわ。目的果たしちゃったって感じ。ホントはまだこれからだけどね」
「ははは。ってか、ね、どこなの?ケイコちゃん。北国って」
「秋田」
「わ!!!」
「え、なになに?東北バカにした?」
「違う違う。私も東北」
「え!? 嘘!? なに!? どこどこ?」
「青森!!」
「えー!?マジでぇー!めっちゃ近いじゃん!?ってか、もう、近所だよね」
「うん。うん?うーん・・・?近所??かなぁ?」
「近所ではないか!ハハ。でもさ、あたし、秋田でも真ん中寄りだからさ、近いよ青森、ほら十和田湖とかのあたり」
「えー!ホントに近いかも!」
「え、うそうそ?ホント?どこどこ?青森のどこ?弘前?黒石?」
「八戸!」
「あー、そっか、そっちねぇー。ハイハイでも近いよね。全然近い」
「うん、近いよぉ。わー、なんか感動~」
「ホントだねぇー、あ、やべ。時間無くなる。着替えなきゃ」
「あ、ほんとだ」
二人はいそいそと着替えを始める。
「しかし、良く受かったよね、あれで、いまだに良く分かんないんだけどさ」
「うん」
「しかも今日、少なくない?もっとたくさんいるかと思った」
「それ!そうなの!ほんとそう!」
「私達、騙されてんのかなぁ?」
「え」
「だってほら、片田舎の世間知らずの二人がさ、都会慣れしてない私達がこうして呼ばれてるじゃん」
「えええ」
「なんかさ、変な撮影とかされたりしないよね。今日いきなり着替えとかしてるしさ」
「ええええええ」
「ま、そんなこと無いか」
「えー・・・なんか。凄い不安になってきたんだけど・・・」
「大丈夫だよきっと、だってほら。お互い違うじゃん。なんか。そういセクシー路線じゃないじゃん。そういう需要無いよきっと」
「え、そういう話ぃ?」
「はは、うそうそ。冗談。だってさ、ちゃんとした大手だよね。このオーディション。聞いたこと無いトコだったらさ、その線も疑わしいけど。SCENTとかここのレーベルだしさ。」
「え、そうなの?」
「え?しらないの?ちょっとマジ?」
「ごめん。よく知らない」
「えー。ほらぁ。素朴で世間知らずな田舎娘感、出たよ。やっぱり騙されてる路線あるかもな・・・。私もそんな風に思われてんのかもなぁ・・・」
「うぅぅぅ」
「うそうそ。冗談だよ。そんな訳ないって。だいじょうぶ。もしそんな風なことになったらさ、私がみんな、シバキ倒すから」
そう言ってケイコはファイティングポーズを取ってボクシングの真似事をする。
「わ、ケイコちゃん。やってんの、そういうの」
「いや。ぜんぜん。出来るわけないじゃん。しゅっしゅっ」
「なんだ・・・」
「いやいや、がっかりせんといて?」
「アハハハ」
「アハハハ」
二人はほとんど同時に着替えを終えて荷物をロッカーにしまい。パタンと扉を閉じる。
「うしっ。まずは今日も突破しないとね。」
「うんっ。いこう!」
「おうよ」
カレンとケイコは一緒にロッカールームを後にする。
オーディション会場へ向けて廊下を歩いてると向こうから少女が歩いてくる。
長い黒髪が美しい、眼鏡をかけたクールな美人とすれ違う。
互いに軽く会釈をする。
ケイコが振り返る
「わー。モデルみたい。背もたけぇー」
「ホント。綺麗」
「こりゃ負けたな」
「え、もう?」
「まあ、わてらは、味で勝負やな」
「なんで関西弁?」
「あ、そっか待てよ、秋田弁のほうが受けるのか、最近は方言全開の可愛いタレントが人気あるしね」
「あ、たしかに」
「よし、ずぅずぅ弁路線でいくがぁ!」
「え、なんかヤダ」
「あら、そう?そっか、しゃーない。なら実力勝負だね」
「うーん・・・そだね」
「自信無いんかーい」
「ハハハ。でも、そだね。がんばろ」
「ういっす」
二人は廊下で右手を軽く掲げて、互いの腕の内側、手首付近をとんっと合わせる。
「っしゃっ。」
改めて会場に向けて歩き出す。
「ケイコちゃんって体育会系?」
「あ、バスケやってた。キャプテン」
「わ、なんかそんな感じぃ」
「カレンちゃんは?」
「帰宅部」
「そんな感じする」
「へ?やっぱり?」
「ふふふ」
そんな会話をしながら改めてオーディション会場の扉の前に立つ。
なんとなく二人は横に並んで気を引き締め直す。
「よし。いくよ」
「うん」
扉を開ける。
中には運動着姿に着替えた少女が4人。スタッフらしき大人が6人。
「少なっ!」
ケイコが思わず小さく口にする。
カレンが黙って頷く。
二人は一緒に適当な場所まで歩いて行き、壁際に腰を下ろす。
「大人のほうが人数多いじゃん」
「あれかな、時間ずらしながら審査するのかなぁ」
「あ、なーるほどねぇ。カレンちゃん賢い」
「まぁね」
「お、おっ、おう・・・」
二人は膝を抱えて座ったまま目を合わせてクスリとする。
「ってゆうかさ、あれってカメラ?」
ケイコが気付いてカレンに問いかける。
「そう・・・だね。どう見ても」
「え、ガチすぎない?」
それはテレビで見たことがある、よくロケ番組とかでカメラクルーが肩に担いでいる、ちゃんとしたカメラに見えた。とても家庭用には見えない。
「やっぱ。プロの現場だからさ、そういうのもプロ用なんじゃない?」
「あー、説得力あるけど、にしたって。ガチすぎない?」
「まあ、そう言われれば、そうだけど」
「やっばあれかな。いかがわしいヤツ。撮影する気かなあ」
「えぇぇぇぇ。噓でしょぉ・・・・」
「だってさ、この妙に少ない人数といいさ。他にも30人とかオーディション仲間がいたらさ、なんか勝てそうじゃない?数でさ。でもこうも少ないとさ。勝てる気しないよね。負けちゃうよ私達」
「えぇぇぇぇ・・・戦う前提?ま、確かにそうなったら、大人達に負けちゃう気がするけど」
「大丈夫。私強いから」
「え?」
カレンとケイコから少し離れた位置で立ったまま壁にもたれかかっている少女が言った。
この子も身長が高い。スタイルも良い。メリハリの効いたボディバランスで、しなやかで美しい。まるでグラビアアイドルのように見事にプロポーションが整っていることが運動着姿からも想像がつく。ショートカットで小顔。目は小ぶりで少し垂れ目がちだが二重で可愛らしく、何より凛とした強さを感じる。
すたすたと二人の側まで歩いてきて座り込む。
「あんた達友達?」
「ん。まあ、そうかな。会うの二回目だけど」
「そうなんだ。わたしツムギ。よろしくね」
「あ、カレンです。」
「ケイコ。よろしく」
「なんかさ、変だよね。この会場」
ツムギが大人達の方を見ながら言う。
「あ、やっぱ。そう思う?」
ケイコが返す。
「そもそも人数少ないし。もう、そろそろ時間だし。きっと、これ以上人数増えないよ」
「あ、でもさっき、一人すれ違いました。廊下で」カレンが言う。
「知ってる。その子含めて7人じゃん?たった7人」
「少ないよねぇ、確かに」
「いや、でも。少しづつ時間をずらしてオーディションするのかなぁーって」
「にしてもさ、にしてもだよ。この広さでこの人数。それに、そろそろ次の時間帯のメンバーが来たって良さそうじゃん。ぜんっぜん来る気配無いし」
「あのぅ。ちなみにツムギちゃんはどちらの御出身で?」ケイコが尋ねる。
「わたし?沖縄」
「那覇市?ですか?」カレンが尋ねる。
「ううん。ヤンバル。北方面。沖縄でも田舎のほう」
「わ。でた。田舎娘取り揃え説」
「え?なに?」
「いや、私達二人とも東北出身で。まあまあ、田舎のほうで」
「あ、そうなんだ。だから仲良いのか」
「まあ、偶然なんだけどね、たまたま前回のオーディションで知り合ってさ」
「そう。それよ。前回のオーディション。まともに歌なんか歌わせてもらってないのよ。アタシ」
「わー。ここにもいたー。」
「あんた達も?」
「はい。そうです。あんまし、歌えなかった」
「変だよね。変だと思うよ。私は」
「やっぱ。あれかなぁ・・・」
「あれって?」
「いかがわしいヤツ。」
「あると思うね」
「え。嘘でしょ・・・」
「見なよ、あのカメラ。あんなのまで用意してさ。何撮る気?」
「それは思ってた。」
「おかしいじゃん。しかもさ、あの野球帽みたいのかぶってるオジサン。いかにもじゃん。」
「いかにもって?」
「あー、なんか分かるわ」
「え?わかるの?」
「うん。わかる。アレはやってるなぁ」
「え?え?何を?」
「でしょ?」
「え?何?何?怖い、怖いよぉ。やめてよぉ」
「まあでも安心して。私。さっきも言ったけど。マジで強いから」
「お、格闘技経験者とか?空手部?柔道部?剣道部?」
「空手。部ではないけど」
「部じゃなかったかぁ・・・。」
「全国一位」
えええええぇぇぇぇぇ!!!
思わずカレンとケイコが大声を出してしまう。スタジオ中にこだまする。
当然皆の注目を浴びる。
遠くで何か打ち合わせしている大人達も流石にこちらを見て目を細める。
「やば・・・」
「大丈夫。来るならさっさと来ればいいわ。」
ガラガラ
引き戸が開いて誰かが入室してくる。
先ほどすれ違った黒髪の美少女だ。背が高く、ツムギのようにメリハリの効いた体形ではないが、スレンダーで美しい立ち姿をしている。少し冷たさをたたえたクールな雰囲気を漂わせている。眼鏡は外してきたようだ。眼鏡を外すとさらに美しさが際立つ。
「わぁぁぁ。綺麗い・・・」
カレンが思わず漏らす。
「あ、そう言えばカレンちゃん。髪切った?こないだもうちょい長かったよね」
「え?いま??」
「ごめんごめん。再会の興奮でさ、言いそびれた、すぐ気づいたんだけどさ。」
カレンはこの間までは黒髪で肩より長いくらいのストレートだった。
商工会のメンバーに、あれやこれやといじくられ、それこそ道子の美容室に皆で集まってああでも無い、こうでも無いと髪を切っていったのだ。最終的に、想定よりずいぶん短くなった。
今流行りにしようと盛り上がり、髪の色も抜いて明るくした。さらには軽くウェーブをかけた。
もう、やりたい放題の大騒ぎだった。
「変。かな・・・」
「いや、ぜんぜん。ちょっと昭和感あるけど、可愛いよ」とケイコ
「昭和感・・・・」
「いや、今はやってるしいいじゃん。コケティッシュで良いと思うよ」とツムギ
「コケ・・・?なにそれ?って言うか、平成すっとばして昭和??」
「いやいや、マジで可愛いって。ホントホント」ケイコとツムギ。
「ホントかなぁ・・・」
「本当だってば。ガチガチ」
ガラガラ
このスタジオには出入り口が二か所ある。
カレン達が陣取っている側の出入り口ともう一つ。
その離れた方にある出入り口付近には大人たちが陣取っている。
そちら側の扉が開いて誰かが入ってきた。
皆の視線がそちらに集中する。
グレーのシャツ。黒いパンツ。黒いジャケット。サングラス。ほぼ黒づくめのモノトーン男。
中肉中背。髪は真ん中分けで耳にかかる程度の長さ。前髪は額にかかっている。
年齢は40前後といったところか。
「なんか・・・見たことある」カレンが呟く。
「見た事あるもなにも・・・」ツムギがポツリという。
「柴田謙? シバケンじゃんっ!」ケイコが小声で叫ぶ。
次回
1-7 集められた意味