1-5 魔王アラン
カラスの激闘の末黒猫はその真の名を示す。
黒猫=マメタンの前に立つ一羽のカラスが、自らの名を“デュラン”と名乗った。
黒猫は同じ名の人物を知っている。かつて自身の右腕だった男。
剣将デュラン。十二将を束ねる筆頭。
長く美しい銀色の髪。女人のように端正に整った顔立ち。肌は透き通るように白く、男女共に目を奪われてしまう。185cmほどの背丈は、細身の身体と長い銀髪のせいでそれ以上に大きく見える。細身でありながら剣筋は速く鋭く、それでいて流れる水の如し。剣の腕前もさることながら智将としても名高く、賢く聡明かつ分明であることから、全ての民から賢者と讃えられていた。武技と人格に於いては彼こそ王に相応しいとさえ思えた。
“剣聖にして賢者”それが剣将デュランの二つ名である。
このカラスがあのデュランの生まれ変わった姿だというのか。
にわかには信じがたい。黒猫は立ち止まったまま、真っすぐにカラスを見つめる
そんな黒猫に向かってそのカラスは決定的な言葉を言い放つ。
『あなたは、ひょっとして。アラン王ではこざいませんか?』
黒猫はカラスに向かって静かにゆっくりと歩み寄る。
『何故、そう思う』
『あなたは東京二十三区にちなんで猫達に二十三将を名乗らせました。さらには“石の誓い”をさせたと聞いています。それは我らがイシュバルグの十二将にのみに伝わる“石の誓い”を模したモノではありませんか?』
もはや疑いようが無い。このカラスが用いる固有名詞はそれに関わるモノしか知りえない。今にして思えばカラスの攻撃はデュランの太刀筋を感じとることが出来る。
『まさか、このような姿形で再会を果たすとはな』
『では、やはりあなたは』
『ああ。アラン-イシュバルグ-ドレイクだ。』
烏は片方の翼を広げた後、胸の前にかざし頭を下げて平服する。
『お久しぶりですアラン様』
黒猫と烏は場所を変えて話を続けることにした。それぞれの取り巻きの猫とカラス達に帰るように指示を出す。二人はカレンの家の近くの公園へと足を運び、話をした。
会話を重ねることで互いの存在を疑いようが無いと確信していく。
かつて主従関係にあった王と家来が異界の地で再会を果たした。
二人はお互いの経験則から情報を整理してみた。
黒猫、カラスとしての生存活動を経て、ある程度時間が経ってから自我に目覚めたのは共通していた。しかし動物として生きて来た年月に違いがあることがわかった。
黒猫は猫として1年ほど過ごした後、自我に覚醒したが烏は5年もの間、カラスとして生きていたという。その差が何を意味するのかは今のところ分からない。
しかし自我に目覚めた時期はほぼ同時だということが分かった。二人は同時期に記憶を取り戻している。
自分達以外にもこの世界に生まれ変わっているかどうか。その可能性があるのか。今知りたいのはそれだ。二人が巡り合ったことで、その可能性に期待したくなる。
『幸いなことに私のこの姿。カラスという種族は全国に広く生息しています。比較的知能が高く種族間で連携を取ることも可能です。既に仲間達に情報収集を依頼してあります。』
烏もまた黒猫と同様に紆余曲折を経て群れのリーダー格になっていた。
もう一つの共通点は、世界を離れる直前の出来事までで人間としての記憶が途切れていること。今の自我においての記憶はこの姿で覚醒した瞬間からだ。
烏は自我に目覚めてからこれまでに、街中に捨てられている新聞や雑誌などを読み漁りこの世界のことを深く学習していた。黒猫以上に現代の日本に対する認知度は深かった。
黒猫も烏と同様に東京中の猫達に情報収集を頼むことにした。
これで空と陸に情報網を獲得したことになる。
『もし、他にも私達のように生まれ変わっているモノがいたとして、問題は元の世界に戻る方法が見つかるかどうかです。まだ情報不足ではありますが、今のところそれらしき情報に巡り合えていません。もう少し深くこの世界の知識を得る必要があります』いくら仲間を集めたところで戻る方法が見つからなければ意味が無い。動物達の大将として一生を終えたところで何ということはない。それならそれで静かに暮らすまでだ。
『“コーメイ”と“ベルリネッタ”を探し出すことが出来たら大いに活路があるのですが』
“コーメイ”十二将の一人で国一番の知恵者。“ベルリネッタ”世界一と名高い魔術師でもちろん十二将の一人。確かにこの二人の存在は大きい。裏を返せば他の将はほぼ戦闘要員。この世界では武力が役に立つとは思えない。もちろん見つかれば心強いが、仲間を集めるだけでは元の世界には帰れない。この二人がキーマンなのは間違い無い。
『その前に、奴らもここにいるかどうかだが、とにかく探すしかないだろうな』
『そうですね』
すぐにでも国に戻って、姑息な罠を用いた連中をシバキ倒したいところだが、焦ったところでどうにもならない。今は見知らぬ世界にいて、しかもこの身体だ。あまりにも謎が多すぎる。
アランが国王として治めていたイシュバルグという国は険しい山岳地帯にあった。
周囲を深い森や険峻な峰々に囲まれた自然の要害。さらにその森や山には狂暴な魔物が生息している。
そのような厳しい環境の中で豊かな暮らしが出来たのは国土の下に眠る強い魔力を秘めた鉱石が存在していたからだ。それらはイシュバルグの国に強大な魔力と文明をもたらした。
ある時、大陸の強国がその資源を狙って戦争を仕掛けて来た。世界的にも大きな勢力を持つ大国だ。
しかしイシュバルグはその大国の侵略を跳ね除けて、攻勢に転じる。
小国でありながら圧倒的な軍事力で大陸を飲み込む様は世界中の人々に恐怖を植え付けた。
中でも恐れられたのはアランが持つ特殊な能力。
アラン自身がその身体を魔物へと変身させて、単身でひとつの国を滅ぼす姿に世界中は恐怖し、畏敬と畏怖の念を込めてこう称した。
“イシュバルグの魔王”
長く続く戦争の果てに大国は和平の為の使節団を送り込む。
たった4人のその使者は大国が選抜した勇者様御一行だった。
彼らは王宮での謁見を望み、アランはそれを認めた。
完全に油断していたという訳では無い、むしろ万全だった。
王宮内にはあらゆる呪文を無効化する結界を張り巡らせ、
来訪者の周囲に特殊な封印魔法を展開して出迎えた。
最低限使者が身を護る為の装備は携帯を許した。
剣や盾を装備していたところでどうにもならない。
筈だった。
イシュバルグの誰もが知りえない方法で、彼らは攻撃をしかけてきた。
何か光の粒のような小さな輝くモノが静かにまっすぐ天井めがけて上がっていたのを覚えている。
ある程度の高さに達した時、それは突然弾けて空間に穴が開いた。
その穴が全てを飲み込む。
あらゆる魔法を無効化する結界の中でそれは発動した。
未だ知られていない秘術か
あるいは何者かの裏切りによる謀略か
今となっては知る由も無い。
そして気が付いた時には、魔王は猫に、賢者はカラスに。
それが現在進行形の事象であり、現実である。
一つ言えることは、じたばたしても仕方が無いということだ。
手段はどうあれ、既に一度敗北したのだ。それは認めざるを得ない。
残してきた国のことは気がかりではあるが、
敵国とは言え王と将軍を失った民に残酷な仕打ちはするまい。
民あっての国であり、健康な状態だからこそ、占領する価値があるからだ。
わざわざ死体が山積みの焼け野原にする必要はない。
無傷で手に入られるのが最良であり、敵はそれを見事に果たした筈だ。
そう考えれば恐ろしく効率が良い。まさに恐るべき業だ。
悔しいが見事と言わざるを得ない。
あのような業をいったいどうやって編み出したのか。
そんなことを考えそうになるが、やめた。今はそんなことを考えても意味が無いのだ。
烏は何かわかったら報告に来ると言い残して黒猫の元を離れた。
黒猫が東京中の猫達を掌握し、烏と再会を果たしている頃。
カレンにも大きな転機が訪れていた。
時は一ヶ月ほどさかのぼる。
いつものようにケーキ屋でのアルバイトに精を出すカレン。
店主の弘恵の計らいで仕事中もポケットにスマホを携帯することを許されていた。
芸能プロダクションからの急な連絡に対応できるようにである。
そんなある日アルバイト中にスマホが鳴り出す。
弘恵や店のスタッフに急かされながらカレンはスマホの着信に応答する。
「はい。守島花怜です。はい。そうです。はい。はい。はい。わかりました。はい。よろしくお願いします。はい。失礼します。」
店内の皆があちこちから首を伸ばしてカレンの第一声を待つ。
「えと、二次選考、受かりました」
「えー!!!!!」
店内に歓声が響き渡る。皆がカレンの周りに集まってくる。店内のお客様も驚いて店の奥を覗き込む。
「あ、すいません。ごめんなさい。ちょっとお祝いごとがありまして」
店主の弘恵が客の対応をする。
その日は閉店後に店内で祝勝会を開いた。
弘恵はお店の売り物を惜しげもなく皆に振る舞った。
スイーツとコーヒー、紅茶でミニパーティーだ。
それからというもの、店のスタッフは毎日交代でカレンのカラオケ練習に付き合った。
やがて町内のカラオケスナックの店主が噂を聞きつけて、毎日カレンに対して無料開放してくれた。
そこでは好きなだけ歌の練習ができた。飲みに来たお客も喜んで一石二鳥だった。
誰かの知り合いのダンスの経験者とやらも現れてカレンを指導した。
三次選考会に向けて商工会を上げてカレンを盛り上げた。
そんな最中、恒例の道子宅での食事会が開催されてカレンと弘恵が招かれる。
もちろん黒猫も同席している。
「いやー。いよいよ近づいてきたね。次の選考会。私まで緊張しちゃう」
「母さんが緊張してどうすんのよ。でも、すごいね。みんな盛り上がってて、なんかこっちまで人生に張り合いが出るわ」
「ハイ!みんな優しくしてくれて、ホントありがたいです」
「なんか最初、オーディション行った時の話聞いた限りでは、ねぇ。なんかダメそうだったけど・・・ともかく大逆転じゃないの。このチャンス絶対モノにしないとね」
「そんな、プレッシャーかけてどうすんのさ、いいのよ、ダメでもともと。それぐらいの気持ちでいなさい。まだまだ若いんだから、チャンスはまた来るからね」
「何よ、そんな今からダメだった時の話とか、そんなんで勝ち残れるような甘い世界じゃないのよ?」
「なぁ~に?あんた、まるで見て来たみたいに、ねぇ?」
「アハハ。でも。ホント。良くわからないんですよね。どうして選考会通ったのか。ぜんっぜん歌なんて聞いてもらえなかったのに。不思議です」
「あれじゃないの、実は歌なんて聞いてなかったんじゃないの?」
「まさか、そんなことあるのかい。歌手の卵集めてるってのに」
「歌手って、ふるっ。表現古いよ母さん。だから、きっとそれ以外のとこを見てたのよきっと」
「それ以外?ですか?」
「そうそう。だって一時選考で歌声送ってるんでしょ?そこはさ、みんなクリアしてる訳じゃんか。だから前回は歌声以外の何かを見たのよ」
「何かってなによ」
「だから、たとえば、見た目とか」
「それこそ、写真送ってるんだから、そんとき落としたらいいじゃないの」
「写真と実物は違うでしょうよ~。きっとそうよ」
「そんなことの為に呼びだすかねぇ、他にも何か見なきゃ効率悪いでしょうに」
「まあ、たしかにね。でもさ、今度こそ歌よ、そしてダンス。なんだっけ?次のテスト」
「えと、レッスン体験を兼ねた選考会って言われてます」
「ほら、それよそれ。間違いないわ。見られるわよ今度こそ、ダンス。あとリズム感?きっと特訓が役に立つわ。良かったわぁ、鮫島さん連れてきて」
「そうかねぇ。最初から出来る子なんていないでしょうに。そういうのって、採用してからレコード会社がみっちり鍛えるもんじゃないのかねぇ」
「そりゃぁ、そうだろうけど、素質ってもんが大事でしょ。そこを見るのよ」
「ふーん。で、どうなんだい。カレンちゃん。そっちのほうは自信あるのかい?」
「えーと、ちゃんと習ったことないんで、自己流なんですけど・・・」
「うん。だからさ、あの鮫島さんの出番よ。ねぇ?ちょうど良かったじゃん、来てもらって、ね?」
「その鮫島さんってのは、どの程度の腕前なんだい?」
「あ、凄いのよ、あの人!社交ダンスで大会とか出て、確か入賞経験もあるんだから」
「社交ダンスゥ?そんなの役に立つのかい?」
「なっ、バッ! 当り前じゃないの」
「あんた今、親に向かって馬鹿って言おうとしたね」
「してないわよ。バカじゃないの」
「言ってるじゃないの!!}
「とにかく、ダンスはダンスよ。ね、素質。基礎。ね?体幹っていうの?ね?大事に決まってるよ。リズム感とかさ、あー。私もダンスはじめようかな」
「あ、いいと思います。やりましょうよ、みんなで。」
「なーに、言ってるのよいい年して。怪我するわよ」
「そっちこそ、何言ってるのよ、精肉屋の英子さん。触発されて社交ダンス始めたらしいわよ」
「え?あのブヒ子ちゃんが?」
「そうよぉ。30キロ痩せるって宣言してるんだから。ってかブヒ子ちゃんて、ひどっ!」
「30キロも痩せたら服全部買い替えなきゃならないじゃないの」
「そんなのどうだっていいのよ。いいわよね。何かに打ち込むってさあ。カレンちゃんに、みんなが触発されてさ、店の人達だけじゃなくて街中が浮足立ってて、なんか活気出てきてる気がするわ」
「え、そんな、そこまでじゃないと思いますけど・・・」
「いーや、そうよ。お店に来るお客もみんな知ってるもんね」
「まーた。そんな風に言いふらして、ダメだったらどうするつもりなの」
「ちょっ!ダメとかってまた母さんは!なんでそうなの!?」
「だから、私はね、それが全てじゃないんだよって言いたのよ。そこに向かって努力することに意味があってね結果はとにかく二の次ってことよ。」
「ま、母さんが言いたいことも解らなくもないかな。そうだね。まずは挑戦することよね」
「そーいうこと。珍しく話が合ったじゃない」
「これもカレンちゃん効果かなあ」
「そんなことないですよー」
「とにかく、精いっぱい。やってみよー!」
弘恵がワイングラスを高々と掲げる。
三人はそれぞれのドリンクの入ったグラスを掲げて頭上でチンと合わせて乾杯した。
それから数日が経過して、いよいよ三次選考の日が近づいてくるだった。
次回
1-6 三次選考会