1-4 剣聖にして賢者
街のボス猫を殴り飛ばした黒猫は、勝手にボス猫扱いされてしまう。
そこに現れる一羽のカラス。
物語が静かに動き始める。
いつものようにカレンはカーテンを開けて朝日を部屋の中へと招き入れる。
両手を広げて大きく背伸びをする。
ちらりと後ろを振り返って黒猫のほうを見る。どういう訳か最近は足元にすり寄って来ない。
「うーん。猫にも思春期とか反抗期とかあるのかな。お年頃ってやつ?」
カレンはそう言いながら黒猫の前に這いつくばって顔を近づける。
黒猫は丸くなって顔をうずめたまま、視線だけをカレンに向ける。
「まぁ、いっか」黒猫の頭を何度か撫でてカレンは朝食の支度を始める。
黒猫の中にもう一つの自我が宿って数日が経った。
カレンは先日のオーディションの結果を気にすることも無く、相変わらずの日常を楽しんでいる。
窓の外に何者かの気配を感じて黒猫=マメタンは起き上がってテラス窓へと向かう。
窓に外には猫が三匹訪れていて、横並びに座っていた。
『おはようございます。大将』
『今日はどうします?』
『隣町の三毛猫達をやっつけよう。やっつけよう。』
黒猫は鼻息で溜息をもらす。神社でボス猫を殴り飛ばして以来、勝手に神輿を担がれて取り巻きが現れるようになった。毎朝のように、こうして迎えにくる。
無視して部屋の中に戻ろうとするが、すぐ背後にカレンが立っていた。
「お、今日もお友達が迎えにきてるじゃない。人気者だねぇ、マメタンは」
『お、メシっすか。』
『いいなぁ。俺も食いてぇなあ。』
『腹減った。腹減った。』
窓の外でにゃあにゃあと騒ぎだす。
「ん?君たちもお腹がすいてるのかな?ちょっと待っててよ?」
カレンは小走りに部屋の中に戻ると黒猫用のカリカリを紙皿に乗せて持ってくる。
カラカラと音を立てテラス窓を開けると、並んでいる猫達の目の前に静かに置いた。
『うっひょぅ! まじか!』
『やったぜ、さすが大将のあねさんだ』
『うまそううまそううまそううまそう』
「はい、どうぞ、めしあがれ」
カレンは膝を抱え込んで野良猫達がカリカリを食べる姿を嬉しそうに眺めている。
そんなカレンの横に黒猫=マメタンが近づいてくる。
『おまえら、それ食ったら帰れ』
『無理っす。帰んないっす』
『帰んないっす。帰んないっす』
はあ・・・鼻で溜息を洩らしたあとで黒猫はカレンの顔を見て「にゃあ」と話しかける。
『こんなことしたら、こいつら味をしめて毎朝くるぞ』
カレンは黒猫の頭を優しく撫でながら返事をする。
「だーいじょうぶ。ちゃんとマメタンの分もあるよ。さ、私達も食べよ?」
そう言ってテラス窓を閉めて手を洗った後で、食事をテーブルに運ぶ。
人間相手には言葉が通じない。実に不便だ。諦めて黒猫もカレンとの朝食会場へと向かう。
食事を済ませた後、外出の準備が終えると戸締りをしてカレンはアルバイトへと向かう。
道子の家に立ち寄って挨拶をすることを忘れない。大切な日課の一部だ。
「おはようございます」
「おはよう」
カレンが振り返るが、最近は黒猫がここまで付いて来ない。家の前に座ったままだ。
「あ・・・、すいません。なんか」
「まあ、いいんじゃない?大人になったのよあの子も。ま、ウチの店にはいつでも入れるようにしとくから、気にしないで行ってきなさい。そのうち彼女つれてきたりしてね。ってゆうか、オス猫でいいのよねねあの子」
「あ、はい。そうです。彼女かぁ・・・」
「メス猫だと、あれよあれよと子供産んじゃうからね。ふふふ。さ、今日も張り切っていってらゃっしゃい」
道子はカレンの肩をポンとタッチする。
「はい、行ってきます」カレンはそう言って走り去る。自宅前に座っている黒猫の前で一度しゃがみ込んで話しかける。
「じゃあね、マメタン。行ってくる。イイ子にしててね」
そう言って頭を軽く撫でてから坂を下りていく。黒猫はその後ろ姿を眺めたあと、まだこちらを見ている道子のほうをチラリと見た後で当てもなく歩き出した。すかさず黒猫の周囲に猫の子分達が現れる。
『大将、大将、大将』
『私はお前達の大将ではない』
すたすた歩き始める黒猫=マメタンの後ろから勝手についてくる。最近では毎日こんな調子だ。
放っておくといつまでも付きまとってくる。黒猫は立ち止まりさっさと猫達の要望に応えることにした。最近、近所の空き地をうろついているという三毛猫率いる隣町の勢力とやらに会いにいく。
どうせ、今のところやることもない。
人間だった頃の記憶が戻ったところで、どうしようも無いのだ。
あれから様々な記憶が蘇ってきて頭を整理してみて、たどり着いた考えはこうだ。
一度死んで、どこか違う世界で違う生き物に生まれ変わった。
そしてよりによって人間だったころの記憶が蘇ってしまった。
それはある意味残酷で無意味なことだった。
今のこの姿では記憶が戻ったところでどうしようも無い。
この姿の寿命が何年あるか知らないが、その命が尽きるまでこうして過ごすしか無い。いっそ生粋の猫のままでいた方がよっぽど気楽だっただろうと思う。
『いたいた、あいつらだ』
『三毛猫たちだ』
『調子のってんな。調子のってんな!』
黒猫達の姿を見て隣り町から来ているという猫達がこちらをじろりと睨みつけてくる。
そのうちの一匹、シャムネコの雑種が歩み寄って来た。淡いグレーの毛並みが雑種とはいえども美しい。
『何の用だお前ら。ここは俺らが好きに使ってんだ。入ってくんじゃねぇ』
『何だとぉ。お前らこの街のモンじゃないだろ』
『そーだそーだ。なんで、この街にきやがる』
『負けて追い出されたんだろ、追い出されたんだろ』
人間も猫も同じだ。自分達の安全な生活の為に、仲間以外の者が自分達の活動圏内へ侵入してくることを全力で拒む。
『で、どうすればいいんだ?』黒猫が取り巻きの猫達に尋ねる。
『追い出しましょう。追い出しましょう』
『だそうだ。お前達、自分達の街に帰る気はないか。大人しく出て行ってくれ』
黒猫がシャムネコに提案する。
『ハッ。ハハハハッ。嫌だね。ここは人間達も入って来なくて静かでいい。俺達はここが気に入ってる。お前達こそ出て行け』
『そうか、お前達を殴り飛ばすのは簡単だが、ここまで来たのには訳でもあるのだろう。事情を聞いてやるぞ。まずはそれからだ』
『ふんっ。簡単だと。はっ!。そのひょろひょろの身体でか。毛並みを艶々させやがって。人間に風呂にでも入れてもらってんだろ。甘ったるいんだよ。この飼い猫が!!』
特に否定する必要も無い。事実の羅列だ。確かに他の猫達と違い、飼い猫のマメタンは甘い香りがする。
『いいから話せ。ボス争いにでも負けてきたか?』
『なんだと、こらぁ』
『俺らはボス争いに負けた訳じゃねぇよ。駅前の再開発ってやつで居場所が無くなっちまったのさ』
三毛猫とその取り巻きが近づいてきた。
『そうか。住む場所を失ったのだな』
『まぁ、そういうことだ。だから、ハイそうですかって立ち退く訳にもいかねぇんだ。力づくでも居座らせてもらうぜ黒猫さんよ』三毛猫が肝の座った態度で言い放つ。
『だそうだ、こいつらも済む場所がなけりゃ困るだろう。ここに居させてやったらどうだ』
『そんなの無い、そんなの無い。よそ者はダメ。ダメ』
『大将。俺達猫は縄張り護ってナンボじゃねぇすか、そんなこと認められませんよ』
『そうなのか?だったらここに住み着いたら、もうよそ者じゃなくて、ここの者だろ。それでどうだ』
『無理無理。そんなの無理。そんなことしたら俺達、みんな笑いものだ』
『そうか。なら、俺の部下にするっていうのはどうだ』
『はぁ?何言ってんだあんた。そんなもん、認める訳ねぇだろ』シャムネコがいきり立つ。
『そうか。仕方ない。悪いな三毛猫。こういう場合は指揮官が犠牲にならなきゃ収まりがつかんモノだ』
『あんたと俺がやり合って決めるって訳かい。あんたが仮にこの辺りのボス猫なんだとして、俺が勝ったら、この土地全部俺のもんになるってことで、いいのか?』
『こんな人間臭い飼い猫がボス猫とは。まさかでしょ?仮にそうだとしたらこの辺り一帯、雑魚猫の集まりですな』三毛猫に続いてシャムネコが言い放つ。
黒猫側の取り巻き達が応戦する。
『馬鹿かお前、うちの大将に勝てる訳ねぇだろ。』
『ばーか、ばーか。おまえばーか』
『ふん。飼い猫と慣れ合ってるお前らなんぞ、俺らの敵じゃねぇ』シャムネコが、ずいっと前に出る。
『やめとけ、ここは俺がやる』三毛猫がそれを制して前に出る。
さて、怪我をさせずに圧倒的な力の差を見せて諦めさせるにはどうしたものか。この間はついやり過ぎてしまった。猫の身体とはいえ、魔王としての魔力が少しは宿っているらしい。力加減が難しいのだ。
『いくぜ』
三毛猫が身体を横にして自分自身を大きく見せる為に毛を逆立てる。
『おおぉぉぉ』周囲の猫達から感嘆の声が漏れる。見事な立ち姿。威嚇のポーズだ。
ふなーごー、ふなーごーと威勢よく叫ぶ。
とりあえず、こいつが疲れるまで殴らせておこう。それを適当に捌いていれば、そのうち諦めてくれるかもしれない。黒猫は黙って座ったまま、三毛猫を真っすぐ見つめる。
『はっ!びびって、威嚇のポーズもできねぇのかよ』三毛猫側からガヤが飛ぶ。
『大将! 大将!』
『大将!やっちまってください!』
『大将も威嚇!威嚇!』
黒猫側の取り巻き達が心配そうに興奮して連呼している。
黒猫は相手の攻撃を待っているのだが、サッパリ三毛猫がしかけてこない。さっきから横向きに身体を大きく見せて毛を逆立てて唸り声をあげるばかりだ。
『ハア・・・。待ってられんな』仕方がないので黒猫=マメタンは立ち上がり、一歩前に進む。
できるだけ力を押えて猫パンチで三毛猫の顔を叩いた。三毛猫の身体がぐるんぐるん横回転しながら遠くまで飛んでいく。
『あぁぁぁぁ! 親分!!!』
三毛猫チームの猫達がかけよる。
ずざざざさと三毛猫が地面をこすり、横向きのまま滑りながら止まる。白目をむいて気絶している。
これでもまだ強すぎるのか・・・黒猫は自分の前脚を眺める。
『うっひょぉう。さすが、うちの大将だ! 半端ねぇぜ!』
黒猫はゆっくりと倒れた三毛猫に近づく。取り巻きの猫達が警戒して飛び退いて距離をとる。
『おい。大丈夫か』ぺしぺしと前脚で何度か顔をはたくと三毛猫が目を覚ました。
ぜぇぜぇと息も絶え絶えで立ち上がる。ぐらり、と身体が傾く。そしてゆっくりとどこかへ向かおうとする。
『どこへいく』
『はっ。どこって、負けたボス猫はそこには居られねぇ。その辺でのたれ死ぬさ。こいつらのこと、よろしく頼むぜ』そう言い残して立ち去ろうとする。
『待て。それは許さん。私の部下になれ。そしてこいつらと共にこの土地を護れ』
三毛猫は驚いて目を見開く。前を向いたまま立ち止まる。
『ふっ。これ以上恥をかかせないでくれ』三毛猫が少しだけ振り返って横顔をチラリと見せて言う。
『黙って従え。さもなくば、お前の仲間を全て殺す』
『た、大将・・・』
『こわいこわいわこい。ガクブル、ガクブル』黒猫の味方の取り巻き達も怖がって尻尾をおりたたむ。
黒猫はゆっくりと三毛猫の隣まで歩み寄る。
『わかったな。ここでは私が法だ。従ってもらう』
三毛猫は仲間の猫達の顔を見る。
『親分・・・・』仲間達が目を細めて黒猫の提案に従って欲しいという顔をする。
『ふっ、あんた。変わってるな・・・』三毛猫は黒猫に向き直ってそう言った。
こうして三毛猫の一派は黒猫の仲間に加わった。
こんな感じで、望んでもいないのに黒猫の勢力はどんどん拡大していった。黒猫の噂を聞きつけ遠くの街から挑戦する猫や、どこかで敗れてのし上がろうとする元ボス猫などが次々と現れた。
いつの間にか勝手に猫の一大帝国が築かれようとしていた。
「なんだか、最近猫が増えた気がするねぇ・・・」
いつもの朝晩の挨拶の時に道子がカレンにそう漏らした。近所でも話題にのぼっているらしい。
あまり増えすぎると人間社会の行政が動き出す。そうすると猫達の身が危うい。
カレンと道子との会話や近所の人間達の会話が耳に入り、黒猫は対策が必要と判断する。
黒猫は集まりたがる猫達に命令して大人しく地元で暮らすように指示した。なかなか納得してもらえないので各地に猫の代表者、つまりは軍隊で言う将軍のような猫を抜擢し、定期的に代表だけが集まるということで納得させた。やがで黒猫の勢力は東京中に轟き、ほとんど全ての猫達が傘下に治まる。
だが、当の本人はそんなことは一切望んでいない。全て成り行きでそうなってしまった。
そんなある日。いつもの神社で丸くなる黒猫の元に一羽のカラスが尋ねて来た。
数羽の子分らしきカラスを従えて、黒猫=マメタンの元を訪れたカラス。
『何だなんだ?何事だ?』猫達が騒ぐ。街の空を真っ黒く覆いつくすようにしてカラスの集団が群れを成して飛び、神社へと向かってくる。
人間達もその異様な光景に空を仰ぎ、電話したり動画を撮影したりする。
カラスの大群が幸神社に集まり、敷地内の樹木にとまり、木々が真っ黒くに埋め尽くされる。
その中の一羽のカラスが黒猫の前に舞い降りた。
『はじめまして。あなたが東京中の猫を取りまとめているという、マメタン殿ですね』
丸くなった状態で顔だけ持ち上げて黒猫が対応する。
『勝手にそうなっただけだ。そんなつもりは無い。』
『失礼を承知で申し上げます。早速ですが手合わせ願いたい』
ハア・・・またこれか。猫達の挑戦が一区切りついたと思ったら、今度は鳥の相手をしていかなくてはならないのか。マメタンは面倒な未来を想像して溜息をつく。
『やめておけ、怪我するだけだぞ』
『だと、いいのですが・・・・』
ぶわっ
目の前のカラスからとてつもない殺気がほとばしる。
『なに?』
黒猫が身体を起こす、それを待っていたかのようにカラスが静かに羽を広げる。
『いきますよ?』
広げた両翼のうち右側片方の翼を真横に薙ぎ払う。
黒猫に向かって圧力を帯びた線状の衝撃が向かってくる。
とっさに姿勢を低くして黒猫が躱す。その衝撃が神社の建物に当たり、びしぃぃと音を立て境内を揺らす。
『こいつ・・・』
黒猫が呟くと同時にカラスが軽くはためきながら間合いを詰めてくる。
今度は左の翼で黒猫を直接薙ぎ払う。風圧であの威力だ、直接喰らうのはまずい。
黒猫は真上に軽く飛び上がって躱す。その姿をカラスが横になった姿勢のままその眼に捉え、ニヤリと笑みを浮かべるような気配がする。実際は無表情だが。
空中にいてそれ以上躱せない黒猫に対してもう片方の右の翼で薙ぎ払う。
「うにゃっ」
前脚でそれをガードするが吹き飛ばされてお社に激突しそうになる。
とっさに身体を反転させてお社を足場にしてカラスへ向かって飛ぶ。
そして猫パンチでカラスに殴りかかる。
カラスは空中で器用に翼を畳んで姿勢を操り、身体を回転させて猫パンチをヒラリと躱す。
黒猫は空振りした勢いのまま地面へと着地し、そのままの勢いで地面を四本の脚でずざざざ、と滑りながらカラスに向けて反転して体制を整えて構える。
距離が離れた位置でカラスがゆっくりと翼を広げると一気に折りたたんでスクリュー状に回転しながら黒猫めがけて一直線に突っ込んでくる。
見るからに直接食らったらマズそうな攻撃だ。黒猫は全力で真上に飛び上がる。
『あ』
つい、黒猫は本気で飛び上がってしまった。
神社の木々よりも高く、10メートル程飛び上がる。三階建ての屋根ぐらいの高さに達する。
周囲の猫達が一斉にその姿を見上げる。木に留まっていたカラスが数羽、思わずバサバサと飛び立って、再び木に戻る。
どひゅん。
真下からカラスが飛び上がってきて黒猫と同じ高さで羽を広げ、空中に留まる。
足場が無い空中戦。黒猫が明らかに不利な場面だ。
静かに黒猫の身体が重力に引き寄せられて落下を始める。
そこにカラスが先ほどのドリル攻撃で突っ込んでくる。
やられる。手加減したら、やられる。やむを得ない。
正面から突っ込んでくるカラスに対してタイミング良く猫パンチを振り下ろす。
加減無しの全力だ。
バチィィィン
空中に衝撃がはしる。
猫パンチの一撃をカラスがとっさに姿勢を変化させて翼で受け止めている。
もう一撃。反対の前脚で目の前のカラスに猫パンチを叩き込もうとするが、カラスが脚で猫の胴体を蹴り飛ばした。黒猫とカラスは空中で真逆の方向に二手に分かれて飛んでいき放物線を描いて地上へと落下する。
黒猫の身体は神社から数百メートル離れたところまで飛ばされて民家の屋根に着地する。
途中でくるりと身体を反転させて難なく着地するが、太陽の光で温められた人間の住宅の屋根が想像以上に熱い。焼けるような熱さに慌てて屋根から飛び降りる。
元いた神社からずいぶんと飛ばされてしまったが、無理に戻る必要も無い。
やれやれ。なんなんだあいつは。そう思いながらのんびりと歩き出す。
頭上に大量のカラスが旋回をはじめてカアカアと鳴き始める。
黒猫が頭上を見上げる。どうやら空中のカラスの一羽に見つかったらしく、カラス同士が情報を伝達しているようだ。
ハァ。面倒なやつらだ。そう感じたのも束の間。風を切り、風圧と共に先ほど戦ったカラスが黒猫の前に舞い降りた。歩いている途中の姿勢のまま、首だけそちらを向いてカラスを目視する。
まだやるつもりか?相手の出方を伺う。周囲の民家の屋根や電線に次々とカラス達が集まって来る。
先ほど戦ったカラスがじっとこちらを見ているが、まるで殺気を感じない。
戦闘の意思は無いように感じる。
ふわりと宙を舞い黒猫の手前にカラスが着地する。
正対する黒猫とカラス。しばしの沈黙。
『何者だ』
『何者ですか』
お互いに同時に発言する。
ふっ。鼻で笑った後、黒猫が自己紹介を始める。
『見ての通りの飼い猫だ。マメタンと呼ばれている』
『それは本当のお名前ですか』
『なに?』
『私にも名があります』
人に飼われている訳でもないのに、名前がある?
マメタンは首をかしげる。
それともこのカラスは人間に飼われてでもいるのか?
『私は、デュランと申します』
『デュラン・・・だと?』
『はい。この名に聞き覚えはございますか』
デュラン。
剣聖にして賢者。
黒猫=マメタンが人間だった頃、かつて魔王と呼ばれていた頃。
右腕として最も頼りにした男。
カラスがその名を口にして今、目の前にいる。
『さあ、あなたの本当のお名前を、お聞かせください。』
次回
1-5 魔王アラン