肝試しの記念品
カーテンの隙間から、やわらかな陽光が部屋に差し込む。
朝だ。
僕はいつものように、お気に入りのラジオに手を伸ばす。
ラジオからは、彼女の透き通った声。
今日も朝から彼女の声で目覚めることができた。
楽しい1日の始まりだ。
◇
彼女と出会ったのは、今から半年前のこと。
中学二年生に進級したばかりの春に、海外の学校から彼女が転校してきた。
髪も瞳も、きれいな青色。
身長は高めで、同じ中学生とは思えないほど大人びて見えた。
自己紹介のときには、たどたどしい日本語で故郷のことを話していた。
一目惚れだった。
特にその透き通った声の美しさには、息を呑んだ。
それから僕は、積極的に彼女に話しかけた。
学校でも、帰り道でも話しかけ、帰った後には電話もした。
彼女が透き通った声で「近藤くん」と僕の名前を呼んでくれた時は、感動して涙が出た。
夏休みに入る前のこと。
休み時間に、クラスメイト達の会話が耳に入ってきた。
別に聞くつもりはなかったが、無意識のうちに僕の耳は彼女の声を拾ってしまう。
彼女は数人のクラスメイト達と一緒に、廃病院に肝試しに行くと言っていた。
男女のペア三組で、町はずれにある廃病院の中を探索するらしい。
肝試しか……彼女ともっと仲良くなれるチャンスかもしれない。
彼女の声ももっと聞けるかもしれない。
よし、僕も行こう。
肝試し当日。
集合場所には、僕以外に6人の男女がいた。
彼女は引っ込み思案で、断るのが苦手な性格だ。
今回の肝試しも、友人に誘われて断りきれずに来たのだろう。
僕が彼女を守らなきゃ――強くそう思った。
思わず僕は彼女の手を引き、廃病院へと入った。
「近藤くん、どうして……?」
突然手を引かれ、彼女は困惑しているようだ。
僕は、君と一緒に居たいからだと素直に打ち明けた。
彼女は泣いていた。それを見て、僕も涙が出た。
よかった。僕の思い、伝わったんだね……。
彼女の手を引きながら、僕は廃病院の中を走っていった。
後ろからは、男子たちの声。
どうやら僕らを追いかけてきたようだ。
僕は咄嗟に、彼女と一緒に近くの部屋へと飛び込んだ。
その部屋は、とても不思議な部屋だった。
畳の上に、机や椅子、テレビに本棚、スタンドライト、それにベッド……
さほど広くない部屋の中に、ところ狭しと家具が並んでいる。
昔使われていた宿直室だろうか。
奇妙なことに、家具は総じて薄いベージュに白と赤の配色のものばかりだった。
それによく見ると、黒い繊維が絡まっている。
気味が悪い。
一体誰が集めたんだろう。
そのとき――
不意にテレビがつき、画面に男性の顔が映し出された。
「た……す……け…………て……」
それを見た彼女は涙を流して絶叫し、部屋から出ようとした。
が、腰が抜けたようで、立ち上がることができないでいる。
僕もビックリして、思わず一歩後ずさった。
すると足元にあった椅子に躓いてしまい、頭を打って……そこで意識が途絶えた。
◇
僕が意識を取り戻したときには、廊下の窓から夕日が差し込んでいた。
どうやら僕は、部屋の外で意識を失ったようだ。
そして、一緒に部屋に入った彼女のことを思い出した。
慌てて周囲を見回しても、この廊下にはいない。
彼女は大丈夫だろうか。怪我をしてはいないだろうか。
恐怖や不安を押し殺して、部屋のドアを開けた。
先ほど見た奇妙な家具たちが夕日に照らされ、赤みを帯びて不気味さが増している。
彼女の姿は……ない。
帰ったのだろうか。
そこでふと目に入ったのは、机の上にぽつんと置いてあるラジオ。
他の家具と同じような配色だが、これには青い繊維が絡まっている。
こんなところにラジオなんてあっただろうか……?
ラジオを手に取って調べていると、電源が入った。
ザザ…………ザザ………………
「……近藤……くん……たすけ……て……」
その瞬間、僕はすべてを理解した。
◇
カーテンの隙間から、やわらかな陽光が部屋に差し込む。
朝だ。
僕はいつものように、お気に入りのラジオに手を伸ばす。
ラジオからは、彼女の透き通ったような声。
今日も朝から僕の名前を呼んでくれた。
さあ、楽しい1日の始まりだ。