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身柄引き渡し

 グランメリアの最北、すこし小高い丘の頂上には、全てが石で造られた教会がある。巨大な1枚の大理石、精巧な細工が施された宝飾品。美術館のようなその建物は、巫女の住居であると同時に、グランメリア随一の観光名所でもあった。


 そんな教会の大広間に、緊張を解かない兵達、中心にぽつりと佇む『レイトス』団長・クラエとモナ、そして何故か床に転がるアスマの姿があった。

 しばらくすると、アスマの体は一度ぴくりと動いた後、ゆっくりと上体が起き上がる。



「……あの、団長」


「やっと起きたかい、アスマ」


「何で俺、こんな無駄に綺麗な床で寝てるんですか」



 目覚めが悪く、状況が未だ呑み込めていないアスマを見下ろす2人。クラエは呆れながらも楽しそうな声色でその疑問に答えた。



「新人君がやってくれたようだ」




 *




 遡るは数十分前。

 温泉を堪能したクラエ、モナ、そしてアーサーとの長湯対決ですっかり疲弊しきったアスマは、風呂上がり早々に兵隊に取り囲まれる事態に遭遇していた。喉元や胴に向かってギラリと長槍の先が光る。さっきまでの充実した心地を邪魔されて、分かりやすく不機嫌になるクラエに向かって兵隊の1人が毅然とした態度で問い始める。



「旅団『レイトス』の方ですね」


「だったら何かな? 御前試合の出迎えにしては随分と物騒じゃないか」



 武装した兵隊がより一層刃先を突きつけようとも、クラエの顔色は変わらなかった。動揺の欠片もないその立ち姿に、少し警戒心を高めながらも、兵隊は話を続けた。



「貴殿が所属する旅団の団員についてお話があります。我々と同行してください」


「団員?」


「アーサー・ウルフと名乗る男を、我が国の要人を誘拐した容疑で教会にて拘束中です」



 一瞬の静寂。



「なんでそんなことになってるんですか?!」



 モナの叫びが鉱山帯をとんでいく。



「ちょっと早めに温泉あがっただけなのに……」


「面白いねぇ彼……! トラブルメーカーの香りがプンプンすると思ってたけど!」


「目をキラキラさせてる場合じゃないです団長!! どうするんですか!」


「そりゃあ……、引き取りに行くしかないんじゃない?」




 *




「てなわけで、身柄を引き取りにきたのさ」


「そういやそんなやりとりしていたような……。……俺帰ります」


「アーサーのこと置いてくの?!」


「何で俺がアイツの尻拭いをしないとならないんだ」



 事情を把握し、アスマは真っすぐに出入口であろう鉄扉に向かって歩き始める。モナの制止には一切聞く耳を持たなかった。

 だが、クラエは知っている。アスマは冷静キャラのような見てくれをしているが、根は単純であるということを。



「長湯対決負けたのに?」



 クラエがぽつりと呟く。秘めた負けず嫌いの血がその足をぴしりと止める。



「……べつに、あれは事の成り行きつーか、」


「あそこでアスマが勝ってたらこんなことにはならなかったんじゃない? あれ? ある意味これってアスマのせいじゃない??」



 微笑むクラエと唇を噛むアスマ。分かりやすく口調を変えて煽られているというのに、アスマはまんまとその口車に乗ることになった。



「お取込みの最中、失礼します。警備隊指揮官がお見えになりました」



 鉄扉が開く音とともに、大広間を囲うように立っていた兵隊たちは端から波のように敬礼の姿勢を取り始める。

 扉の向こうから現れたのは、先ほどまでアーサーと鬼ごっこをしていたエドワードだった。不気味なほど整った神官装束に身を包んでいる。


 エドワードはモナ達の前に立つと、開口一番こう言った。



「この度はようこそいらっしゃいました、旅団『レイトス』の皆様。せっかくの来訪ですが、彼を連れて国外退去を命じます」



 再び一瞬の静寂。



「なんでそんなことになってるんですか?!」



 モナの一言一句同じ叫びが再び鉱山帯をとんでいく。



「静粛に」


「す、すいません……」


「うちの団員が無礼を働いたとは聞いてきますが、何故そのような決定をなさったのか伺っても?」



 既に口の端から笑みがぼろぼろと零れてはいるが、クラエは団長らしく緊急事態に対する交渉に移った。エドワードは温度のない声で答える。



「あの『非人(アラビト)』は、我が国の巫女を誘拐した重罪人です。他国民であるが故の無知ということを考慮した結果の『国外退去』です。これ以上の減刑は出来ません」


「要人って巫女様のことだったのか」


「温泉堪能して気分うっきうきだったのに……」



 うなだれる若手二人とは対照的に、クラエは満面の笑みと期待に溢れた目の輝きが隠せずにいた。気まぐれと少しの期待をこめて拾った子犬がクラエの日常に刺激を与える。



「団長! ワクワクしている場合じゃありません!!!」


「いやぁ、本当に面白いねぇアーサーは。」



 この状況を苦とも思わないクラエの態度を見て、エドワードは少しの本音を混ぜ告げる。



「彼は『非人』でしょう。遅かれ早かれ起きる未来だったのでは?」



 型はちがえど同じ『非人』であるアスマは、こんな言葉にはすっかり慣れきっていた。今更怒りや屈辱にも思わない。『非人』は危険因子である、それは世論(せろん)である。そこで生まれ育った人間の当然の問いなのだ。


 そんな世論の中で生まれ育ったモナも同じ意見のはずだった。確かにモナは彼にまだ出会って数日ではあるし、時期尚早である。だが、この権力振りかざし男よりは絶対に彼のことを知っている。



「アーサーは意味無くそんなことをするヒトじゃないです」



 アスマの首がガッとモナの方へ向く。『非人』を庇えば『非人』だと疑われる。身内に『非人』がいたとなると、他の団員にもいるのではと疑いの目が濃くなる。正体を隠しきり平穏に終わらせたいアスマからすれば迷惑極まりない。



「おい、モナ止めろ」


「でも、アーサーが本当に誘拐すると思う? 注射が苦手で、強くなるために真剣で、子供の泣き声聞いて飛んでくるようなアーサーだよ?」


「まぁ……そんな知能があるとは思えないが、いやそうじゃなくてだな」



 アスマの思惑通りにはいかず、モナはエドワードに向かって啖呵を切る。



「あんな計画(ゆめ)を抱くヒトが、こんなところで枷に捕らわれるような真似はしないかと」


「……貴方の私情が根拠の意見は聞き入れられません。彼を連れて今すぐ国外への退去を命じます」



 モナの決死の言葉が届かず、引き下がろうとした時、鉄扉が再び開く音がした。ちりんと鈴の音を鳴らす杖で一同が振り返る。



「その必要はない」



 声の主は、白の布に金の装飾が輝き、他よりも身分が上であることが一目瞭然の衣装に包まれていた。



「もしかして、あれが」


「おそらく、『富を生む巫女』様だろうね。一応頭を下げとこう」


「綺麗……」



 『富を生む巫女』ミレアの姿は、無茶をごねる娘姿とは無縁の神々しさを纏っていた。後ろは何やら騒々しい。その音の正体は彼女が大広間へと歩みを進めると判明した。



「おーろーせー!!!


「……フィンリー」


「わりぃエド、ジュエル様がどうしても連れてけっていうからさぁ!」



 続いて入ってきたのは、アーサーを肩に担いだフィンリーだった。アーサーは両腕両足を分厚い鎖をぐるぐるにまかれており、おおぶりの魚のようにもがいていた。フィンリーはモナ達の脇を通る過程で三人の前へアーサーを転がし、定位置の玉座の右へとついた。

 ようやく床へ降りたアーサーが顔を上げようとすると、上からアスマに押さえつけられてしまった。アスマは『ヘイオ』の謝罪形式『土下座の型』でミレアに向かって頭を下げていた。



「うちの馬鹿が巫女様に御無礼を働いたようで、たいへん申し訳ございませんでした」


「だから俺は、いっ、いでででででで」



 アーサーは自身の身に起こった事情を話そうとするも、アスマに土下座をするよう上から押さえつけられ、文字通り頭が上がらない。



「罰は如何様にうけさせますので……」


「私の方から無理を言ったのだ、こちらからも謝罪申し上げる。……改めて、君らの団員に迷惑をかけてすまなかった。民の様子が一目見たいが、このまま護衛をつけた状態では、民の真の姿は見れんと思ってな」


「だからといって無断に飛び出すのはやめてください」


「超心配したんですからねー!」



 三人の会話を見ていたモナは小さな違和感を感じた。



「仲、いいんですね?」


「あぁ。私達はいわゆる幼馴染だからな」


「ジュエル様がこ――んなちびの時から一緒なんだ」



 ミレアが神職に就く以前からエドワードとフィンリーの2人は主従関係にあった。守護される者と身代わりとする者の関係ではあったが、3人の仲は良好。幼い頃の記憶はほとんどが楽しい思い出で染まっていた。


 思い出の世界にもう少し浸っていたかったが、ミレアにはやるべき職務が眼前に並んでいた。



「アーサー、と言ったか。お前の望みは何だ」


「『非人(アラビト)もヒトであることを認めさせる』。自分を隠さなくてよくなる世界を俺は見たい」


「そのために、この国に来たのか」


「あぁ。上から見下してくるヤツら皆ぶっ飛ばして、俺は一番偉い奴に会いに行く」



 アスマから押さえつけられるその姿は、アーサーの境遇の縮図でもあった。力のあるものに抑えつけられ、自分の言葉も満足に届かないそんな姿・そんな世界は壊さなければならないと決めていた。抗うアーサーの言葉を受け取ったミレアは鈴の杖を振った。



「……エドワード、『御前試合』の準備を」


「かしこまりました。」


「御前試合?! ひっさしぶりだなー!!!!」


「相手してくれるのか」


「それは私ではない」



 ふいとミレアが投げた視線の先にいたのは、先ほども一戦交えたフィンリーであった。



「軽い奴に見えるが、手練れの1人だ。フィンリーに勝てば、『石王の加護』をお前に授ける。始祖王・ロードへの謁見の権利の1つになるだろう」



 自慢の武器を語るミレアの言葉を受け、アーサーの瞳に火が灯る。



「それを取れば、一番偉い奴に近づけるんだな」


「健闘を祈る」




 *




 教会が橙色に染まる頃、大きな門扉の前でレイ兄弟とアーサーは御前試合前最後の言葉を交わす。



「さっきは背後をとられたが、今度は負けねぇから」


「坑道でのお前は運が良かった! 俺の本気を喰らわずに済んでいたからな!」



 フィンリーとアーサーの間には既に火花が散っていた。

 頭と心はワクワクしているのにアーサーの足は僅かに震える。クラエとの稽古と違い、自分を本気で倒しにくる者と正面から戦うことには、世の中の仕組み上、慣れっこになったはず。そんなアーサーに今更恐怖はないはずだが、この震えを抑えようとはしなかった。


 そんな二人を他所に、エドワードは冷淡に日を告げる。



「明日正午、再びこの教会に来い。『加護』をかけた『御前試合』を行う」


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