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湯けむり誘拐事件

 テントの窓から見える景色はゆっくりと移ろう。整備された石畳が、足跡で出来た自然路、岩が険しい登山道へと変わっていく。拠点となるグランメリア近郊の無法地帯につく頃には、道と呼ばれるものは見当たらなくなっていた。

 団長・クラエが指示を出す。



「今回の拠点はここにする。何かあればここに戻っておいで。留守番はヴィリー、スロウ、君らに任せていいかい」


「いつも通りOKさ。その代わり何かしらの土産を頼むよ」


「……食料」


「任された!」



 乗り合わせた旅人たちや団員たちが一斉に出発の準備を始める。騒がしくなっていく室内にアーサーは自分の毛がゆっくり逆立つような錯覚を覚えた。

 生まれてから故郷以外に行ったことがなかったアーサーにとって、セントラルとはまた違う、地形や気候がまるで似つかない異郷の地に胸が高鳴らぬはずがなかった。




 *




 観光客から地元の住民までが利用する温泉街。その出口から、頭から湯気が立ち昇るアーサーが出てきた。初めての温泉はご満悦の様子で、足取りは弾むように軽くなっていた。



「オンセンは初めてだったがなかなかに楽しめたな! 何より俺と長風呂対決して茹で上がった電気野郎を見れたのは痛快だった!!」



 出口の周辺は観光客受を狙った土産物店が並ぶ。その景色が一層異国の空気を感じさせ、胸が弾む。そのまましばらく町中を散策していると、露天商の老婆がアーサーに声をかけてきた。



「おいそこのお兄さん、アンタ観光かい? その様子だと湯上りだろう」


「おう! すげー気持ちよかった! すげぇなオンセンって」


「そうだろうそうだろう。温泉はこの国の数少ない観光資源だからね。良かったらこれも買っていかないかい?」



 老婆は満足そうなアーサーの表情を見て、つられたように笑い返す。老婆が指したものは、地面に広げた布に置かれている宝石であった。飾り立てるものに疎いアーサーの目から見ても、絢爛な装飾がされていることがわかる。



「なんだこれ」


「この国で取れた鉱石をつかった飾り物さ。髪飾り、服飾り、帽子飾り、何にでも合う上物だよ。おひとつどうだい?」


「飾りぃ? 俺そういうの使ったことないぞ」


「つけてみなよ、似合うさ」



 興味本位で近づいてきたアーサーに、老婆は飾りを試着をさせようと手を伸ばした。

 その時、アーサーの鼻は、硫黄や汗のにおいに紛れて、花の香りが近づいてくるのがわかった。花の香りはアーサーの隣で立ち止まり、彼の背中をぐいと引く。



「やめておいた方がいい」



 何者だとその方向を振り向けば、そこにいたのは目深く布を被った子供であった。子供はアーサーの服の裾を両手でしっかりとつかんで離さなかった。



「お嬢ちゃん、うちの商売の邪魔しないでくれるかい」


「やめない。無知なものを欺くやり方は好かないものでな」



 老婆の方向からは顔が見えるらしく、子供をお嬢ちゃんと呼んだ。子供改め、その少女は老婆の持つ飾りを指さし、やけに大人びた言い方で制した。



「それぐらいの石、この辺りに落ちているものを割ればいくらでも出てくる。その飾り細工も、型取りで作ったイミテーションだ」


「なんだお前」


「そのまま付けられてみろ、買わされるぞ。それに、そんな品質の石なら、買わなくてもその辺りで拾える」


「そうなのか」


「見てろ」



 少女は道端に落ちた石ころを拾い上げ、足元へ叩きつけた。ヒビの入った石がぱかりと二つに分かれると、中心部が鮮やかな蒼に発色する結晶が現れた。



「すげぇ……!!」


「何なんだい、このガキは。親の顔が見てみたいね」



 老婆はバツが悪そうにしながらも、きっと少女をにらみつけた。少女は臆することなく、むしろ自分から進んでアーサーの前に立った。

 生意気な少女の眼差しを受け、老婆はつばを撒き散らしながら大きく叫んだ。



「さっさと消えとくれ!!!!」



 今にも殴りかかりそうな老婆から離れるため、アーサーは慌てて少女を脇に抱え逃走するのだった。




 *




 2人は、人気のない路地裏に迷い込んでいた。土地勘のないアーサーが走っているのだから当然ではある。だから逃亡の最中、アーサーは少女に人の多いところで姿をくらませたいと尋ね、その後教えてもらった道を通ってきたはずだった。そのはずが、いつの間にか繁華街から裏町のようなところに迷い込んでしまった。



「なんか悪いことしたなー、俺じゃ物の優劣とかわかんねえし、そのまま買っても良かったんだけどな」


「私も別に助ける気はなかったが、観光客をカモにする店のやり方が気に食わなかったんだ。国自体の品位を下げているようで気に食わん」


「そんなにこの国が好きなのか」


「好きかどうかはわからん。だが、生まれてこの方ここから出たことがないから、執着に近いものはあるな」


「ふーん」



 アーサーには、彼女が幼い身なりでありながら、まるで当然のように国を思う言葉が出てくることが、ちぐはぐでむず痒い感覚があった。

 もやもやした感情を抱え首をかしげるアーサーをよそに、少女は不敵にほほ笑んだ。



「おい、私はさっきお前を助けたな?」


「おう? そうだな、助かった」


「代わりにひとつ頼まれろ」


「なんだ」



 少女が口を開こうとした瞬間、



「お───い!!」


「声がでかい。気づかれるだろうが」



 男の声が二つ、辺りに響いた。



「なんだあいつら」


「こっちだ」



 少女はアーサーの手をとり、更に人気のない町の奥へと入り込んでいく。逃げる最中、少女は立ち止まる時間をも惜しむように話を続ける。



「お前、名前は」


「アーサーだ」


「アーサー、私はミレアという。頼みというのは、あいつらから私を守って欲しい」


「はぁ? ……よくわからんが、逃げればいいんだな?」


「そうだ」


「わかった。なら、俺の背中に捕まってろ」


「え?」



 アーサーの言葉の意味を飲み込めなかった少女の脚がきゅっと止まる。その隙にアーサーは少女を背負うと、手足を地につけ、四つ足の獣のような構えをとった。一つぽきりと指を鳴らすと、アーサーの目の色が変わり、まとう空気が変わった。



「グルルルル……」


「アーサー……?」



 髪の中から銀色の耳が現れ、歯が鋭くとがる。背中が大きくなり、両腕両脚は太くなり、後ろ脚がずずずと地を滑る。



「よーい……ドン!!!!」



 勢いよく一歩踏み切ったかと思えば、アーサーの体は近くの壁を力強く蹴りあがり登って行く。背中にしがみついていた少女にとってその光景は、まるで風になったような感覚だった。

 あっという間に視界が開け、建物の上についたのだと思えば、屋根伝いに走るため、景色がみるみる後ろへ流れていく。頬に風が触れることすら追いつかないようだった。



「ジュエル様、さがしま……あれ? さっきまでそこにいたよな」


「……上へ逃げた」


「上?? 飛んだの?」


「跳んだようだな」



 2人組の男たちは階段も梯子もない壁を前に、ただ言葉を交わすしかなかった。




 *




 アーサーとミレアは町と呼ばれる地域からは大きく外れ、廃坑になった洞窟に身を寄せることにした。アーサー自身の体力はまだまだ余裕があったが、背中に乗せた依頼人は、今まで体験したことのない速度にばててしまっていた。



「なぁ、次はどっちに逃げればいい」


「何だったんだ今のは……。いたいけな子供を粗雑に扱いすぎではないか……?」


「悪かったって。それで? 次はどっちに向かえばいいんだ」


「え、あぁ、そうだな……。少し休んだら、ひたすらにあの教会とは真逆に行ってくれ」



 背中越しに少女が指さした方向には、白い大理石で建てられた教会の塔が見えた。かなり遠目といえども厳かな風格が漂っている。



「わかった。けど、大人に追いかけられるって何したんだ。ミレア、そんな悪いことしたのか?」


「……何もしていない。何もしていないから出てきたんだ」



 少し目が回ったようで、降ろされた後のミレアの足取りは覚束ない。崩れるように座り込んだ後、膝を抱え小さくなった。



「そういえば、お前、その耳。『非人(アラビト)』だったんだな」


「ちがう、俺は『人間』だ。ちゃんと人の体してるだろ」


「そうなんだが……。いや、これ以上は野暮か」


「俺から言っといてなんだが、やけに受け入れ早いな」


「私は『非人』ではないが、人攫いに狙われるという意味では、私はお前達と似たようなものだからな」



 そう返すと、ミレアは自分の膝に顔を突っ伏し、より一層小さくなってしまった。


 ミレアの『才能』は『創造型・生成種・宝石(ジュエル)』。自分の涙から鉱石、それも金銭的価値の高い宝石を主として生みだす能力をもっている。その価値ゆえに、幼少期は金に目がくらんだ大人により誘拐未遂にあったことも少なくなかった。

 生まれ持った『才能』のせいで触れ合うことが出来る人間を制限され、そのうえ生業を継ぐために修行を繰り返す日々。成人にも満たない心には限界だった。



「今日、旅団が来ると聞いて、警護者たちの意識はそいつらに向く。その時なら隙があると思って、逃げた。私の才能が表沙汰に出せるものではないとわかっているが、それでも……」



 本音を続けようとするも、ミレアの口はつぐんでしまう。心のどこかでは、我が儘を言える立場にいないことはわかっていた。



「そこまで分かってて、何故このようなことをなさるのですか」


「?! エドワード……!」


「先回り? 早すぎやしないか」



 坑道の入り口に立っていたのは、さっきの2人組の片割れの声の主だった。



「貴方の逃走経路など、私には全て『見えて』います」



 冷たい視線がミレアを刺す。一瞬怯みはしたものの、震える指を隠すように自分の手を握り締める。



「アーサー、逃げるぞ。もう1人が来ると厄介だ」


「何言ってるんですか、早く戻らなければ、貴女様にはやることが山のようにあるのですから」


「……嫌だ、私はまだ戻らぬ」



 明らかに良好な関係とは思えぬそのやり取りに、アーサーは無意識に横槍を入れた。



「……おいお前、こいつとどういう関係だ」


「観光客ですか。外部の人間は知らなくていいことです。」


「アイツ、私でよからぬ事をしようと考えてるんだ」


「誤解を招く言い方はよしてください。さぁ、早くその方をこちらへ」



 エドワードと呼ばれる男とミレア、このどちらを信用するか。アーサーにとって選択するまでもなかった。



「……嫌だ」


「それ以上歯向かうようであれば、実力行使に出ることとなりますが」


「やれるもんならやってみろ」



 恐れを考えぬ獣の目は真っすぐとエドワードを捉えていた。如何にも骨が折れそうな作業に自分から突っ込む馬鹿(たち)ではないエドワードは、後ろから追いかけてきたもう一人の男に託すことにした。



「……フィンリー、プランBです」


「マジで?! やっていいの!!」


「多少は手加減しなさい」


「わぁーってるよ。なぁ坊主、俺と手合わせしてくれよ!!!」



 空色の短髪が目立つ片割れの男・フィンリーはエドワードからの許可の合図とともに短刀を取り出した。ギラギラと輝くその目にのせられそうになるアーサーだったが、今はミレアを逃がすことが先決だと踏みとどまる。



「ミレア、しっかり耳抑えてろよ。ちょっとうるさくなるからな」


「……わかった」



 ミレアは小さい両手をぎゅうっと耳につける。条件反射のように瞼も一緒に閉じてしまうあたりは子供らしい。



「よし……かかってこい!!」


「随分余裕そうじゃねぇか! いいねぇ!!」



 フィンリーはとびかかるように接近する。アーサーは反撃ではなく防御の型を取ってはいるが、それは選択したのではなく、フィンリーの手数が多く、そうせざるを得ない、といったような状態だった。アーサーの周囲を駆け回るフィンリーの姿は、まるで道化師のようであった。



「まだ粗削りな防御の型だが、……師匠がいる動きだな。誰に習った!」


「うちの、団長だ!」



 両腕を使い何とか受け止めたフィンリーの手首を何とか押し返す。団長の言う通り、自分の弱さを実感する。組み合ってみて分かる、相手の本気はこんなものではないことを。手加減されていて、凌ぐのがやっとというのは何とも情けない、とアーサーは心で独り言ちる。



「あ゛───っ!!! 当たんねえっ!!!」



 分かりやすく焦れたフィンリーは短刀を構え、正面から突撃を図った。短刀がアーサーの顔面を切り付ける矢先だった。

 坑道という閉鎖空間、真正面からわかりやすく突撃する相手。チャンスを逃すまいとアーサーの口ががっぱりと開く。




「【狼の(ハンド)遠吠え(・ウォルフ)】!!」




 アーサーの声が廃坑中に反響していく。爆弾の衝撃波のようなその威力は、油断丸出しだったフィンリーはもちろん、背後にいたエドワードにまで影響を与えた。必死に耳を抑えているミレアですら、気を飛ばさぬようにこらえることで精いっぱいだった。



「がっ……!」


「変形無しでこの声量……! 逃走時の身体機能といい、『獣人族』か!」



 あまりの声量から、廃坑にがらがらという音がし始める。いつものアーサーならここで追撃をかけるのだが、今は背後に依頼主がいる。戦闘もほどほどに早くまた身を隠さなくてはならない。

 未だ頭が揺れるような感覚に戸惑う2人。彼らを放置し、アーサーとミレアは今に崩れかねない坑道から脱出した。




 *




「おい、もういいぞ」



 背で縮こまっているミレアに揺さぶる形で合図を送る。もぞもぞと動き出す背中のミレアをゆっくりと地に降ろす。



「はぁ……。凄まじいのだな、『獣人族』の戦いというのは」


「本来は仲間と遠くから話すための力だ。間近で浴びせるものではないし、ああいった狭いところではないと、喧嘩では使えない」


「それでも、私達とは何か違う力を感じる。『非人』というのはやはり……」


「それ以上言うとここで降ろすぞ」


「……すまない」



 突然拗ねた口調になったアーサーを見、再び追究を止めた。



「さっきの奴ら、やけにお前のこと連れ戻そうとしてたが、いったい何者なんだ」


「……別に」


「ここまでしてやってるんだから、そろそろ本当のことを教えろ」



 巻き込んだことへの負い目と、これ以上隠し通せぬ諦め。ミレアはゆっくりと口を開いた。



「……私の名前はミレア・ジュエル。この国で代々続く神官一族・ジュエル家の10代目巫女だ」


「巫女って……」



 アーサーの脳内に昨日の記憶が駆け巡る。クラエが話していた巫女とは彼女のことだったのだ。つまりアーサーの御前試合が行われるかどうかはミレア次第ということになる。



「巫女……試合……」


「なんだ、お前も私が巫女では不服か?」


「いや、ちょうどいい! なぁ、俺、お前にやってほしいことがあるんだが」



 何度目かわからないお願いのやり取りをしたその瞬間、アーサーの背後で黒い影が二つ跳びあがる。



「「潰す」」

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