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準備なしでは戦は出来ぬ

 商業と交流の街・セントラルの領域外、無法地帯とよばれる森林の中に、一人用テントがぽつりと存在する。旅団『レイトス』の拠点であるそのテントは、専属医・ヴィリーの才能『創造型生成種・部屋(ルーム)』により、内部が大幅に拡張されている。変哲もない布テントの中には食堂も医務室も各団員の個室もそろっており、そこらの旅団用大型テントよりも充実のラインナップであった。


 そんな『レイトス』のテントから、今朝はやたらと叫び声がこだましている。ヴィリーの改造により防音性は高くしてあり、声が響くのはテント内のみだが、他の団員を眠りから起こすには充分であった。

 その音で目覚めてしまったのか、バチバチと音の鳴る光の塊が、音の発生源を探して廊下を縦横無尽に走り回っている。



「だぁぁぁぁぁっ!!!!!!」


「……あそこか、あの馬鹿狼」



 出どころを見つけた光の塊は徐々に人型を形成しながら接近する。扉を開けるころにはアスマの形に完成していた。


『訓練場』のプレートがかかった鋼鉄製の扉をゆっくりと押し開けると、人狼化したアーサーと丸腰の『レイトス』団長・クラエが拳を交えている最中だった。


 アーサーが拳を構え突撃すると、クラエの右腕が巨大化しそれを受け止める。通らぬ拳に動揺したのもつかの間、クラエの腕はアーサーの拳を一瞬飲み込んだかと思えば、受けたエネルギーをそのままに弾き飛ばした。



「なん、のっ……!!」



 アーサーは、体が投げ出されても怯まず、飛ばされた先で体を翻し、壁を足場に再度突撃を試みる。跳んだ先では、今度は先が(モウル)に変化したクラエの左手で叩きつけられ、地面に落ちてしまった。

 砂煙が落ち着いた頃には、アーサーがうつ伏せに倒れ、クラエは左手の槌を首筋へ突き立てていた。



「うるさいんだよ馬鹿」


「あ、悪い。起こしたか?」



 アーサーの頭上についた銀色の獣耳がピクリと動き、アスマの声を拾った。その身体には無数の打撲痕や擦り傷があり、戦闘の跡が見える。その奥では、アーサーをここまでボロボロにしていた張本人のクラエが無傷で笑っていた。


 アーサーは、身体を跳ねるように起こすと、全身の砂埃を払いながら事情を話し始めた。



「この間の喧嘩で俺はお前を一発も殴れなかったからな。団長に頼んで稽古をつけてもらっていたんだ」 


「まだ白んでる頃に起こしに来たんだよ。眠たくって、つい手加減しそびれちゃった。大きな音させてごめんね?」



 なんて謝ってはいるが、クラエ自身は楽しかったようで反省の色はほとんど見られなかった。



「響いてたのは、ほぼこの馬鹿の叫び声なんで別に……。朝から何やってるんですか」


「お前もやるかい?」


「結構です」


「俺はまだやれます!」



 3人が押し問答していると、鋼鉄の扉が、まるで軽い素材のようにバンッ! と勢いよく開いた。突然の来訪者に固まるアスマとアーサー。格闘家のように大きなガタイの男が、今度は重たく口を開いた。



「……出発」


「あぁ、準備ができたかい? アスマ、アーサー、ひとまず食堂で朝食にしよう。



 驚きで動けずにいた2人を余所にして、クラエは跳ねるように訓練場を後にした」



「今の誰だ……?」


「……料理番のスロウさんだ。お前、死にたくないなら厨房には勝手に入るなよ」


「何でだ」


「鼠のように潰されるって噂だ」



 自分の肉体が無残に散る絵を想像し、アーサーの出しっぱなしになっていた獣の耳と尾がすすすと垂れた。



 *



 他の部屋より大きな空間を持つ『食堂』には、辺りから(かんば)しい匂いが、鍛錬後のすきっ腹に沁みる。よく見ると、既に数人が食事をしていた。



「モナ達以外にも人がいたんだな」


「彼らのほとんどは、表に出ない技術者だったり、目的地まで乗り合わせる人だよ。旅団は交流の場でもあるし、隠れ蓑にもなるからね。戦闘力のない旅人なんかにはうってつけなのさ。もちろん僕を慕ってついてきてくれるいい子たちもいるけどね」



 クラエが振り返りにっこりと笑みを向けると、その先にいたアスマは「利害の一致です」と顔を背けた。

 食堂の光景に胸を高鳴らせていたアーサーは、視界の端にモナという見知った姿を見つけた。



「おーい! モナ! お前も来てたのか!」


「ア、アーサー!! おはよう!」



 モナは隅のテーブルで朝食を至福の顔で満喫していた。お代わりのパンに手を伸ばそうとした時、背後からのアーサーの声に、モナは過剰なまでに驚いてしまった。アーサーはそんな反応に気にかけることもなく、モナの持つ朝食プレートに興味津々だった。



「美味そうなもの食べてるな、どこから手に入れたんだ?」


「あっちのカウンターで、スロウさんから貰ったの。まだいろいろあると思うよ」


「もらってくる!」



 アーサーはカウンターに並ぶ朝食メニューにはしゃいでいた。アーサーが当分戻ってこないであろう気配を感じ取ると、モナは大きなため息とともに机へ伏せる。


 モナは、昨晩、つい感極まってアーサーの背中にとびついたことを非常に後悔していた。いくら仲良くなれそうな人間とはいえ、大人げない、そしてはしたない行動をしてしまったのではないかと悶々としているのだ。



「はぁ……」


「朝から辛気臭い」


「……なんでアスマまで同じテーブルに来るの」


「どこで食っても自由だろ」



 気づけばモナの隣の座席には、アスマが目覚めの飲み物を手に我が物顔で陣取っていた。恐らくここに戻ってくるであろうアーサーとは性格的相性が悪い、と知りながらも近寄るのは何故なのかと頭を抱えるモナであった。


 しばらくすると、両手と頭に山盛りに料理を乗せた皿を持つアーサーが、同じく両手に皿を持ったクラエを連れて戻ってきた。その姿に今度はアスマも頭を抱え始めた。



「何でアンタまで来るんだ」


「腹ごしらえしながら、次の目的地に関して話しておこうかと思って。アスマもモナも初めて訪れる土地だからね」


ふひ(つぎ)ほほひいふんふぁ(どこにいくんだ?)



 まだ席について数秒だというのに、アーサーの頬袋はぱんぱんに膨れ上がっていた。正しく発されていない音だが、どうにか意図は伝わったようで、クラエは話を進める。



「次に目指すのは、鉱石と蒸気の街・グランメリア。主に鉱石資源で成り立っている国だよ」


「知ってます! セントラルのマーケットにも出てました。その時あったのは正規品ではなかったけれど綺麗だったなぁ……」


「正規品の卸先はさすがに王家に向けた高級品になるからね。近くには質の高い温泉もあるからそこに立ち寄ろうとも思うんだ」



 2人の盛り上がる会話聞き、期待を膨らませたのはアーサーだけだった。アスマはうんざりした顔で、クラエへ反抗する言葉を投げた。



「なんでこいつ1人のためにそんな場所へ行かないといけないんですか」


「まぁまぁ。別に僕らは明確に目的を決めて旅をしていたわけじゃないし、助け合いでしょう、こういうのは。それに、ちゃんとアスマにも有益な話があるとこだからさ」


「……何ですか」



 2人の神妙な面持ちに、モナとアーサーは思わず大人しくなる。クラエは「アーサーにも関係ある話だからね」と続ける。



 グランメリアは『神官』『巫女』と呼ばれる人間が為政者となる。最近代替わりをし、今は若き『巫女』が取り仕切っているという。アーサーが挑むべき御前試合を設けるのは彼女次第ということになる。実はクラエが持つ独自のルートで「巫女様の涙は富を生む」という噂がながれているのだ。


 金銭にがめついアスマは、最後の言葉にぴくりと反応した。その様子を見たクラエはにんまりとほくそ笑む。



「どう、興味わいたかい? お金が大好きなアスマくん」


「……その噂が真実ならば」


「グランメリアには『創造型』、それも物質を生み出すことを特徴とする『生成種』の有才者が多いんだ。ありえない話ではないよ」



 先ほどまで大人しく朝食を掻き込んでいたアーサーが、おずおずと手を上げる。



「その、『型』とか『種』ってなんだ」


「馬鹿。世間知らずにも程がある」


「他の『才』の奴と話したことなんてほとんどなかったんだ、仕方ないだろ」



 アーサーは悔しそうにアスマに返す。存在を知ってはいても、名称や知識となると、とんと疎かったのだ。そんなアーサーを見かねたモナが強張りながらも知恵を貸した。



「昨日、『才能』には6系統あるって言ったの覚えてる?」


「……そういうことを聞いた気がする」


「才能の中には『体質型』『創造型』『変化型』があって、私やヴィリーさんは『創造型』っていう、身体の一部を媒介として、別の物質を生み出せる才能なんだ。そこから何もないところに、新たに物質を生み出す『生成種』と、新たな生物を生み出す『召喚種』に分かれるの。ほかの『型』にもそれぞれ『種』が2つずつあって、合計6系統になる……、これで分かる?」



 ここまで聞いて、アーサーは少し首を傾げ、飲み込めているか微妙な状態だった。その様子にやや不安を抱いたモナだったが、これ以上簡潔に述べる方法も浮かばず、話を締めた。



「モナ、説明ありがとう。で、グランメリアには『才能』の中でも『創造型・生成種』の有才者が多いんだよ」


「国ごとに違うのか」


「違いって程ではないが、国に文化という色がつく流れで似たような人が集まったんだ。もちろん、才能は100%引き継がれるものではないから、違った系統の人がいないわけではないんだけどね」




 *




「さてと、そろそろ始めようか」



 朝食を食べ終えると、クラエは食堂の中心に立ち、同じ部屋にいる面々へと呼びかけた。



「これから僕たちが目指すのは、セントラルから北にある鉱石と蒸気の街『グランメリア』だ! 大きな鉱山地帯の中心部。昼夜の温度差が大きい地域だ、体調管理は自己責任だよ」



 クラエが話し終えると、急に床が振え始める。アーサーは何事だと狼狽えたが、それ以外の面々は勝手知ったりと平気な顔をしている。不安定な足取りで、テントでありながら何故か存在する窓に駆け寄る。これももちろんヴィリーの才能により作られている。



「なんだこれは……? テントが動いているのか?」



 アーサーが窓の外を見れば、見えていた景色がどんどん変わっていく。だがこの部屋が存在するということはヴィリーの『才能』は解除されていない、つまりテントのピンはしっかりと地面に刺さったままである。


 アーサーは気づいていないが、このテントが移動する仕掛けの秘密は、スロウにある。

 寡黙な料理長・スロウの『才能』は『創造型召喚種・土の精霊(ノ ー ム)』で、あらかじめ作成した陣から、土で出来た精霊を召喚できる。サイズと数量は反比例し、小さいサイズであれば無数に作ることができるのだ。

 今回はヴィリーが用意したピンを、スロウの陣越しに地面へと突き刺す。それによりピンを保有した状態の精霊を召喚することができるのだ。

 もっとも、スロウが自己申告しないので、アーサーは当分の間、地下には不思議生命体がいるのかと心を躍らせることになる。


 意欲がかきたてられたアーサーはモナ達がいるテーブルに戻り、輝く目で宣言した。



「まずは1人目だ! グランメリアの巫女!! それでまた次の国へ行って……、すぐにでも4人全員俺がぶん殴ってやる!」


「えっと……、巫女様が直接戦うって決まったわけじゃないんだけど……。あくまでも御前試合に出てくる人が相手なわけだから」


「うむ?」






「ふっ……」


「今のは馬鹿にした笑い方だな!」


「馬鹿にしてんだから間違ってないだろ」



 元気に間違った解釈で話すアーサーと、それに冷静に訂正を入れるモナ。.その光景がツボにはまってしまったアスマが鼻で笑った。いつもならさらに言い返してやる展開だったが、今のアーサーは脇目をふる気にはならなかった。



「『グランメリア』……まずはここで一番強い奴に勝って『加護』を手に入れる! そのためにも、強くならねぇと」



 次の目的が決まったアーサーは、意を決したように一度拳を強く握りしめた。大きく深呼吸をした後、アーサーはクラエの目を見ながら再度訓練場へ戻ることを志願した。



「……団長! もう1回俺と組手をしてくれ!」


「じゃあ到着までの間に、ボロ雑巾になるまでしごいてあげるとしよう。おいでアーサー」


「よろしく頼む!!!」



 アーサーは1秒でも惜しいと言わんばかりに、勢いよく食堂を駆け出して行った。



「アスマとモナは?」


「……此処に弱いのがいられると困るんで、仕方なくですよ」


「私は、その、やることあるんで、またの機会に……!」



 アーサーの夢への旅路は、食窓から見える景色のようにゆっくりと前進を始める。







 ───── 一方、グランメリア神殿内・神の間



 大理石を主として作られた空間。荘厳な空気が漂う。兵士の1人が膝をつき玉座に向かって書簡を差し出した。



「旅団『レイトス』にて、御前試合の申し出でございます」


「御前試合……」



 玉座の主は、やや驚いた声色で返す。少し自分で考えた後、両隣の臣下に意見を求めた。



「面白れぇ……! 何年ぶりだ?」



 玉座の右に立つ男は喜々として受け入れた。



「まだこんな制度を利用する無謀な人間がいるとは。」



 玉座の左に立つ男は淡々と受け入れた。



「分かりました、入国を認めます。エドワード、その旅団が領域内で不逞を働くようならば、その時の対処は貴方に一任します」


「かしこまりました」



 左に立つ男は表情も変えず、玉座の主の言葉を受け取るのだった。

これにて第一章完結となります!



次回からはキラキラ鉱石とモクモク蒸気に囲まれたグランメリア編が始まります。

可愛い巫女様と二人の臣下が登場予定!

来月の更新を乞うご期待……!

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