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ようこそ、旅団『レイトス』へ


 団長の部屋は如何にも各地を旅してきた者の内装だった。読めない言語で書かれた本や、見たことのない衣服が部屋中に散らばっていた。どれもアーサーの興味を引くものだったが、ただ1つだけ、手触りのいい毛皮絨毯に少し複雑な思いになった。


 部屋にはたいそう立派な椅子があるというのに、団長は床に座り、3人にも楽な姿勢でいることを促した。



「さてと。まずは自己紹介からだね。君のことを教えてくれる?」 


「どこまで?」


「話せるだけでいいよ」


 

 今日はモナといい、ヴィリーといい、はみ出し者である自分のことを聞こうという変わり者によく出会う日だなと思った。味わったことのない好奇心の視線にソワソワしながらも、アーサーは名乗り始める。

 


「アーサー・ウルフ。歳は16。俺の才能は、『獣人族・(ウルフ)』。生まれた場所の名前は知らないが、とりあえず森の中。セントラルに来たのは、『一番偉い奴をぶん殴ってやる』ため。俺は、頭もよくないし、口が達者でもないから、この国の意味がわからん決まり事を壊す方法が、これしか浮かばなかった、から」


「なるほど。君も『非人(アラビト)』なんだね。さぞ理不尽なことも多かっただろう」


「……俺だって、『人間』だ」



 アーサーの気にしている点を即効で突いた団長だったが、先程暴れた反省なのか、アーサーの反論は向かいに座っていたモナにようやく聞こえるかどうかの微かな声だった。



「では、こちらもちゃんと紹介しないとね。こっちの2人は、もう知ってるかもしれないけど、うちで一番新人のモナ・フレイマーと、一番年少のアスマだよ。2人とも腕のたつ子だから、色々教わるといい」

 


 手差しで順当に紹介される。アーサーに対してモナは優しく手を振るのだが、隣のアスマはツーンとそっぽを向いたままだった。喧嘩なのかとアーサーは立ち上がろうとしたが、団長の無言の笑みで制されてしまった。



「そして僕がこの旅団『レイトス』の団長、クラエ・タヴァだ。よろしく」




 *




「さてと。アーサー、君の野望はよぉく分かった。その野望を叶えるために、僕から君にアドバイスをしよう」


「いいのか」


「よーく聞いてね。今の君には足りないものが2つある」




 


「一つ、知性。なんでも直談判すれば良いというものではない。その『薄っぺらい』野望を至急練り直す必要がある。何でもかんでも行き当たりばったりの勢いだけで突っ込むのは無謀過ぎる」



 クラエは今日一番の笑顔で嬉しそうに話し始めた。若人が無謀なものに挑戦する意思は美しいが、それよりもクラエは、その浮かれた頭を覚まし、折れるのか立ち直るのかを見届ける瞬間が一番楽しいと思っているからだ。案の定アーサーは、まるで弓矢で射抜かれたかのように苦悶の表情を浮かべている。クラエの大好物の顔である。

 


「二つ、権利」


「権利って、俺はそれを今から」


「違う、国王・ロードに謁見する権利」


「えっけん……」



 明らかに言葉の意味を把握していないアーサーのすっとぼけた声に、クラエも傍で聞いていた2人も即座に笑いをかみ殺した。



「……えへん、失礼。セントラルの国王が自国以外にも、周囲4地域を治めていることは知っているね?」


「あー……」


「昼間に私が言ったでしょ」


「形式上は皆平等に治めているこの国では、ある程度腕の立つ者に恩情が与えられる。4つの国で御前試合に勝利し、『加護』を貰うんだ。これが1番手っ取り早く『一番偉い人に会う』方法だよ」



 セントラルの王が決めた法の中に、直訴に関する項目がある。それは、セントラルが併合している4つの国『グランメリア』『ヘイオ』『シンラド』『イファリ』の設ける御前試合に勝利し、それぞれから『加護』を得る。それは『証』となり、セントラルの国王への謁見が叶う、という仕組みだ。

 仕組みこそあれど、各国の課す試練に耐えかね、達成者がほとんど存在しないという。



 

「もちろんわかっていると思うけれど、こんなルールがあってもあんな差別政策が残っているということは、」


「みんな、手強い相手なんだろうな」


「正解。今の君なんて手も足も出ないよ」

 


 クラエの言い分は最もだった。確かに、先程の諍いでアーサーはアスマに1発と拳を当てることが出来なかった。体を雷に変化させることは確かに優秀な才能ではあるが、彼が最強であるかと言われると、アーサーの体感としてそれはなかった。さっきのクラエの方がよっぽど強者の風格だった。

 自分の未熟さを知り、胸がナイフで貫かれたと思うほど悔しかった。


 


「本当は3つ目もあってね、それは強さだ。さっきも言ったが、君の強さでは最上位人物は愚か、彼らの警護の人間に勝てるかも怪しい」


「警護……って、今の俺じゃ、本人にすら届かないのか」


「だってアスマに抑えられてるんでしょう?」



 自覚した傷を更に抉っていく。流石にやる気に満ちた瞳の輝きに陰りは見えたが、クラエがこれ程言っても、アーサーは「やめます」「諦めます」とは言わなかった。その意地の悪さがクラエは大いに気に入った。きっとこの子は面白い子になると、根拠の無い自信が湧いた。



「あの、引き合いに出して、俺まで巻き込むのやめてもらえますか」


「ごめんごめん。それでね、アーサー。僕からひとつ提案があるんだけど」 


「何だ」 


「僕は君が気に入った。僕の旅団で4つの国に連れてってあげるから、着いてきなさい。ついでにうんと鍛えてあげよう」


「本当か?!」



 クラエの提案は、アーサーにとってはまさに願ったり叶ったりであった。旅団に同行し、情報を得られれば良いと考えていたが、あれだけの気迫を持つクラエに稽古までつけてもらえることになるなんて思ってもみなかった。



「……これからは、団長、ってよべばいいのか?」


「そうだね。これからよろしく」


「俺からもよろしく頼む、団長」


 


 クラエとアーサーが握手を交わす。その瞬間、傍らで見ていたモナは今日会ったばかりだと言うのにも関わらず、アーサーの姿を見て涙がこぼれそうになった。堪らず立ち上がり、アーサーの背中に縋り付くようにとびついた。同じく傍観者となっていたアスマが何か叫んでいたが、ひとつも耳に入らなかった。


 まだ自分はアーサーのことをほとんど知らないとはいえ、ここに来たことが彼にとって少しでも良い方向に動けばいいと願った。

 



 モナがひとしきり泣きじゃくり、そろそろ部屋へ戻ろうかとお開きになった時、クラエはアーサーだけを呼び止めた。



「人生経験豊富な大人から、もう一個アドバイスです」



 クラエは、先程までの強い気迫や、からかうような表情とは違い、温和な笑顔でアーサーへ言葉を送った。



「アーサー、自分の正義を通したいなら、それに見合った心の強さを持ちなさい。」


「心の、強さ」


「君がやろうとしていることは、一国家のルールをねじまげるという、とてつもなく大変な事だ。それを完遂するまでに、きっと、腕っ節の強さだけじゃどうにもならない事が沢山待っている」




 そう語るクラエの顔は、泣くことを堪えているかのように眉を下げて、でも絶対に口角は下がらず、泣いてるんだか笑っているんだか分からない状態だった。それでもクラエは話し続けた。


 


 


「でも、人間は心が折れてなきゃ、わりとどこまでも行けたりするんだよ、経験的に言うとね。

 だから、野望に見合った心の強さを持ちなさい。やり遂げるまで、絶対に折れるな」



「……はい!!」

 


 その後、アーサーには無事部屋が与えられ、旅団『レイトス』の団員たちは魂の休息についた。



 2人を除いて。


 


 *


 


 


 団長室にアスマとクラエの姿があった。アスマは眉間にくっきりとしわを寄せ、クラエに詰め寄った。



「正気ですか、これ以上『アラビト』を同行せるなんて。ただでさえ『アラビト』は人間の嫌悪の象徴なんですよ」


「大丈夫でしょ。僕が認めた団員たちが弱いはずはないしね?」



 怒気をはらんだ声のアスマとは反対に、クラエはあっけらかんとした表情だった。その顔がアスマをより苛立たせるのだが、クラエとしては、自分の仲間が強いことも、それを信じて疑わないことも、それが本音なのだからどうしようもない。



「いざとなったらアスマがいるし!」


「やりませんよ。自分でやらかした時は自分で落とし前つけてください」



 そっけない態度のアスマが拗ねた弟のようでいじらしい。たまらなくなったクラエは可愛い団員の頭を子供のように撫でくりまわす。数秒撫でた後、「もういいでしょ」とクラエの手は払いのけられてしまった。



「大体、そういう尻拭いとか根回しとか得意分野ですよね。昔はわざわざそういう職にまでついてたんですから」


「僕はずっと旅人だよ」

 


 ろうそくの灯りでクラエの影が壁に映る。揺らめく灯りで伸びたその影は、死神のようにも見えた。


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