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雷 VS 獣

 

「はぁ……、散々な目にあった」


「お疲れ様。まさか筋肉に邪魔されて、6本も注射針ダメにされるとは思わなかったけど」

 


 身体検査を一通り終えたアーサーは、ヴィリーの研究室でぐったりと横たわっていた。一方で実行犯のヴィリーは、傍観者だったアスマとモナと共に「小休憩よ」と優雅に茶をふるまい始める。



「でも何も異常なくて良かったね。これで今日はうちに泊まっていけることになったわけだし」


「モナちゃん、一応団長に挨拶しておいで。あの人そういうの気にしないとは思うけど、念の為に、ね?」 


「そうですね。行こう、アーサー」


「次はなんなんだ」


「一番偉い人に挨拶しに行くの」



 モナにかけられた声にアーサーはピクリと反応した。先ほどまで力なく横たわっていたが、すぐさまバネのように体を起こし、モナを真っすぐに見つめ問い返す。

 


「ここにいるのか?」


「え、っと、」



 モナは、アーサーとの言葉の解釈の違いに気づき訂正を試みたが、事情を知らないヴィリーの横槍により、事態は悪化することとなった。



「うん? 居るにきまってるじゃない」


「違うんです、ヴィリーさん」


「何が?」



  モナの制止もむなしく、アーサーはヴィリーに立て続けに質問を重ねる。



「どこにいるんだ」


「この部屋を出て右にある通路の、1番奥の黄色の扉よ」


「わかった」

 


 アーサーはヴィリーに言われるがまま、やけに長い通路の先へと消えていった。取り残された3人のうち、モナだけがこのすれ違いに頭を抱えていた。

 


「……私、まずいこと言った?」


「アーサーの、その……、核心をついちゃったというかなんというか」


 

 うなだれるモナを見ていたアスマは、静かにティーカップを置いた。



「要はあいつを止めればいいんだな」


「そ、そう、お願い! アスマの脚なら追いつくから!」


「1000リリー」



 懇願するモナの眼前にアスマはびっと指を1本立てて突き出した。『リリー』とは通貨単位のこと。つまりアスマは、とびだしていったアーサーを捕獲する代わりに、モナに金銭を要求している状況である。

 内心「この守銭奴が……」と拳を握ったモナだったが、自分の脚で全力で走る犬を捕まえられるはずも無いので、渋々財布から1枚ぴらりと取り出した。



「まいどあり」



 アスマはモナから紙幣を受け取ると、席を立ちあがる。




「【雷燕(らいえん)】」




 アスマの発した言葉に呼応するように、彼の脚が光ながらブーツ状へ変化を始める。次の瞬間、その場にアスマの姿はなかった。彼の通ったであろう道筋には、バチバチと鳴る光の足跡が残っていた。



「あの子、何をそんなに固執してるの? さっきも急に大きい声上げたりするし」


「私も詳しく知っているわけじゃないんですけど、『アラビト』って言葉にやたら敏感というか、人扱いされたい、みたいな……。セントラルに来たのも『一番偉い人を殴る』ってわけわかんないこと言ってて」


「なるほど。それで『一番偉い人』の所に猛ダッシュしていったのね」


「はい……。言葉選びを間違えました……」


「まぁ大丈夫でしょう。あいつが追いかけたんだし」


「そうですね。いくらアーサーの脚が早くても、アスマならすぐ追いつきますよ。なんせ相手は『雷』ですから」




 アスマはアーサーとは型は違えど、同じ『非人(アラビト)』であった。擬人族『雷電(ライデン)』と呼ばれるその才能は、肉体を完全なる雷へと変換させることが可能にする。先程の光るブーツは、脚部を雷へと変換し目にも止まらぬ高速移動を可能とした技、という仕組みである。


 アスマに後を追わせたのはいいものの、あのやたら高圧的なアスマと直情的なアーサーが対峙すればどういった展開になるか、残った2人には容易に想像が出来てしまった。茶を楽しんでいる場合ではない。



「アスマが調子乗ってあの子を殺さなきゃいいんだけど」


「……私追いかけてきます!!!」



 モナは飲みかけのティーカップを乱暴に置くと、部屋から駆け出していった。ヴィリーは若人の背中に手を振り、残りの紅茶を1人で堪能することにした。



 


 *




  もうすぐずっと会いたかった人間がいるのだと思うと、いつもより脚が軽く感じた。全速力で走っているというのになかなか奥に辿り着かない件に関しては、今のアーサーには瑣末な事であった。



「黄色黄色黄色……黄色の扉……あった! この扉の向こうに……!」

 


 扉に突っ込もうとした矢先、顔にバチバチと何かが弾ける感覚がした。それは夕方にテントに入った時感じたチクチクの感覚と似ていた。



「ん?」


「いい加減止まれ、馬鹿」



 一瞬触覚に気を取られた間に、黄色の扉を見据えていた視界を黒い影が覆った。そして、そう自覚した時には顔面に強い衝撃がはしり、上体は扉と真反対の方向に仰け反っていた。




「今の喰らって倒れねえのかよ」


 


 アーサーを攻撃した黒い影は、追いついてきたアスマの姿だった。

 アスマは、暴走機関車を止めるため、を大義名分に、街のチンピラをのす勢いでアーサーの顔面に拳を当てたはずであった。標的が自分から突っ込んできた構図になるため、想定よりも強い威力が出た筈なのだが、アーサーの体は上体が仰け反る程度であった。


 アーサーは突然の襲撃に呆然とし、アスマは相手のフィジカルに困惑していた。


 無の空気が0コンマ何秒か経った後、アーサーはぐん、と上体を起こし、ようやく扉の前にいた黒い影の正体がアスマだと認識する。



「他人の敷地内で爆走すんじゃねぇ」 


「お前、さっきモナと一緒にいた……。おい、どけよ。いるんだろそこに」


「あぁ、いるよ。()()()()()がな」


「……ん?」



 アーサーは発言が呑み込めず、子供のように首をかしげる。その様子に少しだけイラっとしたアスマだったが、「奴と同じレベルで話してはいけない……」と深呼吸をし冷静さを取り戻す。


 

「モナから軽くきいたが、お前の言う『一番偉い奴』はここじゃない。ここにいるのは『旅団』の団長だ。こんな外装ぼろ布のテントなんかに一国の王なんて、いるはずないだろ。馬鹿なのか」


「……それもそうか」



 アスマはたまらず愚痴がこぼれる。



「『アラビト』の上にそこまで馬鹿とは救いようのない馬鹿だな」


「俺は『人間』だ。というか……さっきから馬鹿馬鹿言いすぎじゃないか? お前それしか言えないのか?」


「『アラビト』の品位を下げるお前など馬鹿程度で十分だ」


「馬鹿にしているのか」


「さっきから言ってるだろ馬鹿」


 


 *


 


「お、おいつい、た……」

 


 身体機能は平凡なモナが息を切らしながら追いかけてきていた。団長の部屋を視界にとらえると、予想通り、2人は一触即発の状況だった。だが、よく見れば既に石壁に穴が開いていたり、焦げたにおいもする。時すでに遅し、既に何度か拳を交わした後のようだ。



「ぶん殴ってやる!!!!」


「消し炭にしてやろうか?」


「二人とも! 団長のお部屋の前だよ! しーっ! しーっ!!!」



 またしてもモナの制止の声は届かず、逆にその声すらもボリュームが上がっていく。何度目かの衝突が起ころうかという時、扉がゆっくりと開く音がした。建付けの悪そうな音の方向を見ると、長髪の男がそこに立っていた。男は淡いグリーンの髪をかき上げ、欠伸をこらえる様な声でアーサーとアスマを窘める。



「もう夜更けだというのに騒がしい。すっかり目が覚めちゃったじゃないか」


「……すみません」


「……せん」



 自分には高圧的な態度しか見せてこなかったアスマがすんなり頭を下げたことにより、アーサーはこの人物がこの群れのリーダーであることを察知した。幼少期に教えられた獣社会での上下関係を思い出し、アーサーも続けて頭を下げる。

 男は、声色こそあまり変わっていないが、眠りを邪魔されたことに少し苛立っているようだった。



「いったい何ごと?」


「団長、こいつのせいです」


「お前が攻撃してくるからだ」



 先ほど注意されたばかりだというのに、既にお互いを肘でつつき合い始めている。2人は再度喧嘩へ発展しそうな勢いであったが、団長と呼ばれたその男はそれよりもアーサーの存在が気になった。



「君は、うちの子じゃないね」



 団長がアーサーをじとりと睨みつける。やはりまずかっただろうかと不安になったモナは、すかさず2人の間に割って入り弁明を始めた。



「すいません! 実は私が連れて来たんです。昼間、彼にいろいろとお世話になって! それで、泊るところが無いって言ってたので、お礼にうちの部屋を貸すのはどうかなって」


「……なるほど。ヴィリーには?」


「もう会いました。異常はないそうです」


「ヴィリーとモナがそう言うなら大丈夫でしょう」


「ありがとうございます」



 ひとまず、アーサーがこのテントにいることは了承された。だが、それしきのことで廊下が凄惨な状態になるような喧嘩が怒るはずがないので、団長の尋問は変わらず続けられた。

 


「それで? それだけの話でどうしてそこまで喧嘩になるんだい?」


「「えーっと……」」


「この馬鹿が勘違いして団長に不敬な行為を」


 

 モナとアーサーがどう説明しようかともたついているうちに、そんな2人など気にすることも無く、アスマはあっさりと真実を話してしまった。2人が怒りの視線を投げるも、アスマからの返事は舌を出すだけであった。



「どういう意味?」



 当然、団長の興味はアーサーへと向く。団長の大きな翡翠色の瞳を見て、アーサーは少し身震いをした。最近まで野生動物と近い距離で接してきたアーサーには、団長の興味の目が、獲物を品定めをする獣の目に見えたのだ。

 人間だが、獣でもある自分が怯むわけにはいかない、とアーサーは持ち直し、団長の気迫へと応えた。



「……俺は、この国で『一番偉い奴』に目を覚ましてもらいたい。その辺にいる役人に訴えても何も変わらないことはよく分かった。だったらもう、『一番偉い奴』に会うのが一番手っ取り早いだろ」


「その心は」




「この世界に『俺達』も『人間』であることを認めさせたい。」




「……続きは中で聞こうか。いい機会だ、2人も入りなさい。」

 


 アーサーの瞳に澱みは見えなかった。意思を受け取った団長は、部屋の扉を大きく開き、3人を自室へと招き入れた。


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