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夢を追う者

 連れ回されることにより実感する見た目より大きなテントで、アーサーの連行先は薬品のにおいがする清潔な部屋だった。



「おい、ここどこだ」


「私の研究室。イケてるでしょ。」


「イケてる……かどうかは分からないが、あのテントの中にどうやってこんな空間作ってるんだ。もしかしてそれがお前の……」


「私の名前はヴィリー・ステイフォード。ヴィリーって呼ぶのは許すけどお前呼びはやめてくれる? 私団長以外に上から目線されるの嫌いなの」


「……ヴィリーの『才』なのか」


「そ。私の『才』は『創造型生成種・部屋(ルーム)』。私の血液をふくんだものを四方に置くとそこに亜空間が発生。その中は私がイメージした通りの部屋が作れるってわけ。亜空間だから内装もサイズも変幻自在の魔法の部屋~、なんてね」



 ヴィリーは慣れた手つきでアーサーを椅子に座らせる。渦中のアーサーは、この部屋が彼女の『才』で出来ていることに驚き、全くもって気にしていない。『才』を発動し、自身を変化させるのにもそれなりに気力を使うというのに、大勢が過ごせるような空間を確保するとは、どれほどの出力が必要なのだろうか。



「ちなみにこの宿舎を作っているのは、このテントのピン。ピンに私の血液が付着してて、そのピンを四方に刺せばどこでもこの宿舎ができるの」


「そんな小さいもので成り立ってるのか……!」



 アーサーの爛々と輝く眼差しをピンに釘付けにしている間にも、ヴィリーは椅子の固定具を次々に作動させていく。



「本来、テントは無くても空間を生み出せるけど、何もないところに人が消えると騒ぎになって面倒だし、関係ない人が入ってきたりしちゃうから、形式上テントを張っている、って感じ」


「ピンが飛んだりとか、盗まれたりとかしないのか」


「その辺はしっかり対策してるから大丈夫」




 ヴィリーは含みのある言い方で微笑みながらアーサーへヘッドセットを付けた。先程までは新たな『才』の出会いに感動していたアーサーだったが、流石に様子がおかしいと我に返った。




「……なぁ、さっきから何してるんだ?」


「大丈夫大丈夫、すぐ終わるから」


「そういう問題じゃない」


「いいじゃない、『獣人族』の『非人(アラビト)』をこんな近くで見れるの初めてなんだもの。少しぐらい検査させてくれてもいいじゃない。ね?」



 研究者としての探究心がヴィリーの足を1歩、また1歩と進ませる。にじり寄るその姿は、アーサーの心の奥の嫌悪感をぞぞぞと逆撫でした。







「俺は『人間』だ!!!!!」






 アーサーのありったけの叫びはテント中に響き渡った。余りの剛力に、固定具の幾つかはギシギシと嫌な音をたてる。その覇気を突きつけられたヴィリーの表情は動じていないように見える。




「……わかったら外してくれ」


「あ、そういうの気にするタイプなのね了解。貴方名前は?」


「は? 早く外せと」


「『ハヤ・クゼセト』。変わった名前ねー」




 アーサーは、1度雄叫びを上げれば自分の恐ろしさや真剣さが伝わると思っていたが、『旅団』在籍だからなのか、ヴィリーの肝にはあまり響いておらず、ケロッとした態度で自分の業務へ戻った。それどころか有無を言わせないよう、煽りとも思える態度で返してきた。



「~~~っ! アーサー! アーサー・ウルフ!!」


「アーサー・ウルフ……ね。『才』は?」


「『獣人族・(ウルフ)』」


「本当に!? 獣人族が来てくれただけでも万々歳なのに、さらに大型肉食獣! 本当に貴重な研究データになるわよ! ねぇ、ちょっと血液採取してもいい?」


「嫌だ」


「お願い、今後の科学の発展に貢献すると思って!」


「針は嫌いだ!」


「先端恐怖症? じゃあそっぽむいといてくれれば」





「その辺りでやめといたほうがいいですよ。」



 研究室の扉の方にアスマとモナの姿があった。モナの懇願に折れたアスマは、苦手意識の強いはずのヴィリーに対して制止を呼びかける。



「なぁに? 生意気な後輩くん、私の研究意欲を止めようだなんて。それとも、同じ『非人(アラビト)』同士、かばいたくなっちゃった?」


「同じにしないでください。モナに頼まれたんです」


「モナちゃん……」


「それに、俺と一緒にすると痛い目見るのはヴィリーさんですよ」


「なにそれ、脅し?」




 アスマとヴィリーの間で見えない火花を散らしていた時、後ろからガギギギギ、ギシギシ、と不穏な音が鳴り始める。まさかとヴィリーが慌てて振り返ると、アーサーが自身につけられた固定具を無理矢理外そうと力の限りを尽くしていた。




「んぎぎぎぎぎ……!」


「うっそ。ちょっとゆがんでない? あれ、機械国家『ヘイオ』で買った最新製よ?!」


「人間用の拘束具で『獣人族』を抑えられるはずないでしょ。筋力が何倍違うと思ってるんですか」


「こんなもの、外してやる……!」


「……あーもう! わかったわよ! やめればいいんでしょ、やめれば!!」




 *




「とりあえず簡単な健康診断だけさせて! 外からきて、うちに変な病気とかばら撒かれたら怖いしね!」


「健康診断?」


「ヴィリーさんはお医者さんでもあるんだよ。」


「超一流のね」


「へぇ……。俺、ちゃんとした医者にかかるの初めてだ」


「そうでしょうね。はい、口開けて」


「あ」



 先程までの半狂乱状態から切り替えたヴィリーは、美しい手さばきでアーサーの健康診断を始めた。検査の片手間、ヴィリーは身の上話を始めた。



「最近は、大っ変便利な『治癒』系統の有才者が続々と見つかってくださるおかげでね、私みたいな、自分の腕で治るかわからない病気に立ち向かう勇気ある医者はめっきり減ってしまったのよ」


「ヴィリーさんにはいつも助けられてます」


「やめてよー、言わせたみたいじゃん。はい、次は私に背中向けて。大きい呼吸をくりかえして。…………。肺の音は異常なし。次はそこに上裸で横になって」


「……」


「心電図とるだけだから。……それで、失業したところを団長に拾ってもらって、今は医者もやりつつ、ずっとやりたかった『才』の研究にも手を出してるってわけ」



 ヴィリーのキレのいい動きを眺めていたアーサーは、『才』の研究、という言葉で1つ合点のいくことがあった。



「もしかしてあのくさ……香水は……」


「そう! 獣人族の研究だけはなかなか進みが悪くて、どうにかひっかけられないかなぁって考えた結果、獣人族にだけわかるフェロモンを調合したこの香水を作ったってわけ。はい、次、体温計測」


「仮にこの匂いに分かっても、近づきたくはないぞ」


「あら、改良が必要ね……。……36度9分。まぁ妥当か。次、あの機械に5分寝ておいで。全身の傷とか色々見てくれるやつだから」


「お、おお……」



 アーサーを検査機器へと送り出した後、次の作業の準備に取り掛かるヴィリーの背中に、アスマは嫌味たらしく言葉を放った。



「大人しく研究職にだけ手を付けていればいいものを。今どき科学医療なんて流行りませんよ」


「君がそれを言うの?」



 アスマからの反論にヴィリーは質問で返す。それにアスマがさも当然のように「えぇ。何か?」と返したため、ヴィリーはそれ以上の追及はせず、アスマの目を真っ直ぐと見つめ答えた。



「自分の才能がなりたい夢の姿と違ったからといって、諦めたり辞めなきゃならない理由にはならないでしょ? 自分がやりたいから続けてる」


「そんなのは金持ちの道楽で詭弁だ」


「誰にでもある可能性の芽を潰して、出来ることを固定化することが君の正義なのかな? 勉学は、学ぶ意欲さえあれば『才能』の優劣なんて関係ないのよ」



 毅然とした態度のヴィリーと断固として譲らないアスマ。互いの意見は交わることなく、押し問答はしばらく続いた。



「これだから……、いや、これはどこまで行っても平行線ですね」


「そーそー。生産性のない討論は無意味だよー。雑談は私も好きだけど」


「ヴィリーさんかっこいいです……!」


「モナちゃんは見る目があるね~! いい女になるよきっと!」



 モナは気づいていなかったが、この時、アスマは改めて「この人とは一生話が合うことは無い」と一層苦手意識を募らせていた。




 *




「……はい、アーサーくんの検査終了! 異常なし!」


「はぁー……。やっと終わった……」


「全部俺達と話しながら片手間でやったなこの人」



 アスマ、モナとの雑談をこなしながらもヴィリーは全ての検査工程を終わらせた。腕の立つ医者であることは間違いないらしい。検査を終えたことにアーサーは心の底から安堵していたが、序盤に避けた大事な工程があることを彼はすっかり忘れていた。



「じゃあ最後に、血液だけ取らせてねー」



 にこやかな笑顔でヴィリーが取り出したものは、注射器だった。その道具を目にしたアーサーはみるみるうちに青ざめていく。一歩足をざっと下げるも、ヴィリーはその分間合いを詰めてくる。



「お、おい……研究は手伝わないぞ!!」


「採血っていって、検査に必要な工程なんだってば」


「針は嫌いだ!」





「アーサー、そんな注射嫌いなんだ……」


「半分犬だから、じゃないか」



 その後一時間弱かけて、アーサーの逃げ惑う声がテント中に響き渡った。

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