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今宵光るは銀の拳

 のどかな田園風景。そこに響く荷馬車の音。荷台に寝ころび見上げる空はいつもより高く見える。抱えた悩みをぶちまけようが、天高く吸い込んでくれそうな晴天の日。そんな穏やかな景色に低く唸る音。音の元は日の光を浴びてキラキラ輝く銀髪を持つ男だった。



「がぁ……ぐぁぁぁ……」


「全く……頼み込むから乗せてやったのに……平和な旅路が騒々しくてかなわんわい。おい、いい加減起きんか」



 荷馬車の手綱を握った老翁が声をかけるも、返ってくるのは轟音ばかり。数度声をかけても変わらない。たまらず老翁は振り返り、馬用の鞭でぴしゃりと打った。



「いっでえ!」


「無賃乗車の若輩者、いつまで乗っている気だ。俺の仕事場についたらこの馬車はもう進まんぞ」


「あぁ……。悪い悪い」



 くぁ…と開いた口から入る田舎の空気が心地良い。まだ寝ぼけ眼な青年はぼんやりとした声で老翁に尋ねた。



「てことは爺さん、『セントラル』って国についたのか?」


「あぁ。あの関所を越えたらすぐだ」




 老翁が指さす先には果ての見えない灰色の外壁と黒い門扉。兵士らしき人間も見えた。門前には入国手続きを待つらしき列が続いている。


 青年は続けて尋ねた。



「なあ、一番偉い奴って、やっぱあのバカ高い建物のてっぺんにいるのか」


「そうだなぁ、セントラルは貿易の街なだけあって、金の動きがいい。家も店も他の街とは比較にならんぐらい背丈の高い建物ばかりだ。その中でもひと際大きいあの城に住んでる人間は、この国だけじゃねぇ、近隣4つの国をも治めているとんでもねぇお偉い様でな。天辺かどうかは知らんが、あの城にいることは間違いねぇだろうな」



 中央都市を囲う壁から唯一見える塔。そこを一心に見つめる青年に、老翁は質問を投げ掛ける。



「それよりお前、セントラルに何の用だ? お世辞にも商売やる奴の格好には見えねぇが」



 老翁の問いに青年は今日の空のような目で答えた。



「おれはアーサー。一番偉い奴をぶん殴りに行く」


「はっはっは! 若い奴は元気でいいなぁ!」


「……さてと。爺さん、送ってくれてありがとな」



 青年は荷台の縁からひらりと降りた。長旅で固まった体を、首、肩、背筋、脚、と上から順にほぐしていく。ほんの僅かにぱきぱきとなる音が小気味よい。



「ここまででいいのか」


「あぁ。こっからは自分の『才能』で走って跳ぶ」



 そう言って一つぽきりと指を鳴らすと、青年の目の色が変わり、彼のまとう空気が変わった。老翁の目には体が一回り大きくなったように見えた。



「じゃあな爺さん、元気でやれよ! ……よーい、ドン‼」


「うおっ……何だ今のは……、獣か……?」



 あどけない子供のような走りの構えの後、大きな砂埃と共に青年は彼方へと走り去っていた。老翁が離れる背中を見つめていると、彼の銀の髪がきらりと輝いた。



 *



 商業と交流の街・セントラル。そう銘打つだけのことはあり、レンガ畳の大通りにはテナント、わき道に逸れれば出店、広場に出ればマーケットが広がっている。こういった店の大半は行商人であり、知らない国の香りを運んでくる。流通する商品も様々あり、鉱石・機械・薬品・海産物・古文書まで、まさに一期一会。今日もどこかで奇跡の出会いが起きている。


 大通りの端に構えるベーカリー。実はここも、行商人が一時的に場所を借り営業を行えるスペースである。役所勤めや同業者が買いに来るラッシュの時間帯が終わったころ、紺色の髪をボサボサに振り乱した少女が駆け込んできた。




「おばさん!今日はアレ、残ってる?」


「今日も来たのかい、モナ。」


「だって、おばさんのお店は今日まででしょう?人気のミルクルミのパン、私まだ一度も食べてないのに!」


「それはあんたが人にあげたり譲ったりしちまうからだろ」




 モナと呼ばれる少女は、店主の女性に己の行いを指摘されると、気まずそうに頭をかいた。




「小さい子にあれ欲しいって言われたら体が勝手に……」


「お人好しもほどほどにしな。どうせ今日も来るだろうと思ってたから、ほら餞別だよ」


「本当に……? 取っておいてくれたの?!」


「あんたも、じきに此処を発つんだろ。悔いなく出発してもらわないといけないからね。新天地でも頑張んな」


「……ありがとう、おばさん!」




 *




「空は快晴! 気温も良好! 食べたいものにもありつけた! 此処は平和だし、良いことずくめで怖いくらいだよ……」



 パンの入った紙袋を両手に抱えながら歩いていると、一人の小さな少年と目が合った。白いポンチョがてるてる坊主のようで可愛らしい少年だった。どうやらモナの持っているものが気になるらしい。



「……クルミの香り」


「ん?」



 少年は口を滑らしてしまったと慌てて両手で口を覆った。サイズの合っていない洋服でもごもごと何か話している。



「どうしたの?」


「な、何でもないよ」


「……?」


「……」



 怖がらせないように少年に視線を合わせて尋ね返すも、口は固くつぐんだままだった。その後しばらく続いた気まずい沈黙を打ち破ったのは、モナの方だった。



「さっきそこのベーカリーで新作のミルクルミの入ったパンを買ったの。一緒に食べない?」


「……いいの?」


「こういうのは誰かと一緒に食べたほうが美味しいから! ほらほら、あそこのベンチで座って食べよう?」




 少年は半分に分けられたパンをつぶさないよう優しく受け取った。まだほのかに温かさが残るパンにかぶりつくと、木の実とバターの香ばしい香りが口いっぱいに広がる。一口目をゆっくりと味わった後、手の中のパンはあっという間に少年の頬の中に吸い込まれていった。



「んふふ。ごちそうさま! あんなにおいしいの初めて食べた!」


「そんなおおげさなぁ」


「ほんとだよ!」



 目を輝かせてパンの感想を喋りだす少年は、嬉しさをこちらへ伝播させてくれた。自然と口角が上がってしまう。しばらく話すと少年は落着き、すっくと立ちあがった。



「……もう帰る」


「どうかした?」


「帰る!」


「き、気を付けて帰っ……」



 モナは見逃さなかった。駆けてゆく少年のポンチョの裾から、何か『毛の塊』のようなものが飛び出ていることを。



「……ちょっと君、」


「な、何」


「君……、『アラビト』だよね」


「違う、よ。」


栗鼠(スクワーレル)かな。服から尻尾が見えてるよ」



 少年の背後に覗いていたのは『獣の尻尾』であった。本来人間にあるはずないその部位に気づいたモナは少年のことを『アラビト』と呼んだ。その言葉を聞いた少年の顔色はみるみる青ざめていく。後ずさる少年の腕を逃がさないよう掴むと、その腕はかすかにふるえていた。



「少しここじゃないところでお話がしたいんだけど……」


「やだ、やだ……」


「大丈夫、何にもしないから」


「……いやだぁぁぁ!!!」


「ちょ、ちょっと!大きな声出さないで。お願い、話を聞いて、お願い」



 逃げ出そうとする少年を必死に宥めている矢先、空から声が降ってきていた。音の方を見上げると、声は真っ直ぐこちらをに向かってきており……





「あぶねぇぞ――――っ!!!」





 モナの眼前にアーサーが落ちた。正しくは着陸した。それはそれは綺麗な三点着地であった。轟音とともに降り立った人間に気をとられ、少年の腕を握っていたモナの手が少しだけ緩んでしまった。




「けほっ、けほっ……、な、何……?」


「おーい大丈夫かー。……あれ、さっきここで子供泣いてなかった? 俺それ聞いて来たんだけど」



 まだ動揺が残る頭で辺りを見渡すと、掴んでいたはずの腕がない。先程の轟音と、着地の際に巻き起こった砂煙のどさくさで逃げ出してしまったようだ。



「……あの子がいなくなってる! ちょっと!どうしてくれるの!」


「どうしてって、人が泣いてたら気にするだろ普通」


「それは……まぁ、分からなくもないけれど」


「で? 今いなくなったのってお前の兄弟? 親戚?」


「……知らない子」


「お前、知らない子供を泣かせてたのか? 何したらそんなことになるんだ?」


「……ちょっと聞きたいことがあっただけなの」



 気まずそうにアーサーから目を逸らす。モナにとって素性の分からないアーサーは『アラビト』の敵なのかもしれない。不用意に話を漏らすわけにいかなかった。



「……それに、あの子一人でこの街にいたら危ないの。早く見つけないと」


「子供だから?」


「それもあるけど……、……この街はあの子に優しくない場所だから」



 外から見たら綺麗で活気あるこの街も、完全に潔白なわけではない。どんなものにも裏があり、陰がある。モナはそれをよく知っている。

 だからこそあの少年をその陰に捕まる前に逃がしてあげたかった。怖がらせてしまったけれど、一刻も早くこの街から出て行ってほしかった。



「……しょうがねぇ。探すか」


「手伝ってくれるの?」


「見失った原因は、俺が突然跳んできたせいだからな。責任がないわけじゃない」



 モナとアーサーの子供探しが始まった。少年くらいの体躯が隠れそうなところを身をかがめながら探す。地道な作業だが、モナとアーサーは懸命に走り回った。



 *



 しばらく探し回ったけれど、少年の痕跡は見つからない。進展のない作業はモチベーションが下がる。そうなると必然的に手よりも口が動いてしまう。



「………でも本当によかったあ……一人でどうしようかと思ってた」


「顔に出てたな」


「一言多い……。……そういえば、貴方何で上から降って来たの、えーっと…」


「アーサー」


「アーサー」


「ここで一番偉い奴に会いたかったんだよ」


「それって…あのお城の?」


「そ」


「一般人が会えるわけないじゃない……」


「知らなかったんだよ。ここに来れば会えると思ってたのに」



 *



 時間は数十分前にさかのぼる。老翁の引く荷馬車から壁をよじ登り潜入した後、老翁に確認した城のような建物を目指した。一等高いその建物自体には屋根を走りすぐにたどり着いたが、問題はその後だった。



「なぁ門番さん、ここ入れてくれ」


「……『証』はお持ちでしょうか」



 『証』と言われても心当たりあるものなんて持っていない。念のため旅路を共にした衣服や鞄を漁って、それっぽい鉱石や書面を出してみるも、門番は首を縦には振らなかった。



「……ねえな」


「ではお引き取りを」



 *



「一瞬で追い返された」


「物事知らなさすぎでしょ……」


「人に会うのに許可とかいると思わなかったんだよ。だから、どうにか侵入できないかと思って、 少しでも高いところに登って探してた」


「…そこまでして何がしたかったの?」


「一番偉い奴をぶん殴って目を覚まさせる」



 真っすぐにモナを見つめてアーサーは言い切った。アーサーの紫色の瞳と銀色の髪が揺れる景色は、まるで絵画のように見えた。



「……なんか言えよ。聞いたのそっちだろ」


「……いや、何か思わず。はぁ……。でもいいね、仲良くできそう」


「仲良く?」


「私も嫌いなの、あの王様」




 セントラルの頂点に君臨する王・ロード。数百年前からその手腕で国をまとめ上げるカリスマ。周囲の『イファリ』『グランメリア』『シンラド』『ヘイオ』という4つの国にも権力が及び、それぞれにより良い利益をもたらしているという。時折、独裁的な政治をするけれど、それが結果として全て上手くいってしまうので誰も逆らえない。




「人望も厚くて、優秀な部下が沢山ついてるから、下っ端なんかじゃ顔も見たことないそうよ。噂では王の『才』は『強化型・不老不死(イモータル)』だとか」


「へぇー。凄い人なんだな」


「……何感心してんのよ」


「すげぇと思ったから?」


「嫌いなんじゃないの?」


「あったこと無いのに嫌いも何も」


「なぁーんだ。仲間が見つかったと思ったのに」


「仲間?」


「なんでもなーい! というか、王様のこと全然分かってないのね」


「…田舎上がりなんだよ、勘弁してくれ」



 *



「その様子だと『才』のことも知らなかったり?」


「いや流石にそれは知っているぞ」


「じゃあ説明してみなよ」


「えっと……人が持ってる、すげー超能力みたいなもの…」


「……まぁ、及第点かな」



 モナは博士気取りに『才』の説明を始めた。




『才』は年々増え続けてる人間だけに発現する『異常現象』のこと。種類によっては生活に支障をきたしている者もいる。

 一般的に才を持っている人間を『有才者』、減少傾向にあるが『才』に恵まれなかった人間を『無才者』と呼ぶ。

『才』の研究はすすんできており、今は大きくわけて3系統、そこから2系統ずつ、つまり合計6系統に分類されると言われている。





「そーやって個人をジャンル分けするからめんどくさいんだよなぁ……」


「……それはそうかもだけど、『才』研究が進むことで、今まで自分の『才』に苦しんでた人が救われる事例もあるし、あ、実は私も『才』持ってて私は『創造型』で『生成』の……」


「興味無い」


「冷たくないですか急に」




 *



「……あーもう! ここにもいない! どこ行ったのあの子!」


「この辺りだと思うけどな。人間は食べない木の実のにおいが幽かに残ってる。あの子供のにおいと同じだ。」


「……? そんなにおいしないけど」



 アーサーは立ち止まると目を閉じ空気を胸いっぱいに吸い込み始めた。近くの花屋のにおい、近くの出店の料理のにおい……



「木の実のにおいと一緒に……人間の大人の臭い、あと酒と煙草と、火薬のにおいがする」


「それって」


「急ぐぞ」




 *




 セントラルの壁外、さびれた小屋にモナ達が探していた少年が捕らわれていた。黒服の男と、ややくたびれた格好をした髭の男がこそこそと話している。

 少年の心は折れていた。好奇心で壁の中に潜り込んだばかりにこんなことになってしまった。あの時のお姉さんは自分に何かを伝えようとしていたのに。悔しくて悲しくて怖くて、少年は涙が止まらない。そんな少年を見下ろす人間の目は冷ややかなものであった。




「ぐすぐすとうるせえガキだな。本当にあんなのが高値で売れるのか?」


「あぁ。こいつは見たところ小型動物の獣人族だが、大抵は野生動物より毛並みが綺麗で尚且つ丈夫。毛皮としての価値は高級品並みさ。表じゃ流せねぇが、裏じゃ相当な値が付く」


「へぇ。で? もちろん分け前は?」


「この辺の獲物を俺が独占させてもらえるなら、毎回言い値をだす。子供がいるならどこかしらに親もいるだろう」


「……ふっ…………ぅうっ……」


「泣いてんのか。自分が悪いんだからな。お前ぐらいの年ならもう知ってるだろ。『非人(アラビト)』はセントラルに入っちゃいけないことぐらい」


「まぁわからなくもないけどなぁ。この街は人の往来が多くて楽しそうに見えるだろうな。君たち『非人(アラビト)』が追い出された先は、人攫いや娯楽狩猟が黙認された無法地帯だし」


「だがそんなことは関係ない。入っちゃいけない土地に入ってきたお前が悪い」


「『人の形を持つ 人に非ざる者』、それが君らに与えられた立場なんだよ。……おい、そろそろ」


「あぁ。悪く思うなよ、少年」




 人攫いと思わしきくたびれた男が、懐から取り出した拳銃を突きつける。引き金を引こうとした直前、何者かが小屋の壁をぶち破り突入してきた。木片が散乱し壊れた壁から満月が見え、月の光で侵入者の髪が銀色に輝いた。




「何だ?!」


「って……、ちょっと切った」


「誰だお前……」


「子どもは生きてるか?」


「…ちょっと、人の商売邪魔しないでもらえますかね? 今から大事な話に入らなきゃいけないから」


「じゃあ、その子放してくれたら帰るよ」


「大事な商品渡すわけねぇだろうが」


「その子は商品じゃねぇ。『ヒト』だ」


「…お兄さんはどこの田舎から来たのかな? こいつは! 獣人で! 『非人(アラビト)』なんだよ! 人間様に使われるのが仕事なんだよ!」


「……」



 急に現れた男と、自分を捕まえた男たちが何かもめている。突然壁を割って現れた男は、さっきの空から現れた男の人だろうか。

 2人がアーサーに気を取られている隙にモナが少年の背後に近寄り声をかけた。



「君、大丈夫?」


「……! おねえさ、」


「さっきは怖がらせてごめんね! 助けに来たよ!」


「ふぇ……っ」


「まだだよ! この嫌なお家出たら、いっっぱい泣こう!」


「……うんっ!」



 モナが少年の拘束を解いていた最中、二人の会話を横切るように、くたびれた男の体が吹き飛んでいった。



「ぐぁぁぁぁ!」


「なになになに?!?!?! ……あ、あの人がやったの?」


「いい加減黙れよお前」


「ぐっ……『有才者』、だろうな、こんな馬鹿力」



 男が飛んできた方向を見ると、月を背に仁王立ちをするアーサーがいた。彼の頭上には先ほどまではなかった影があった。



「……獣の耳……」


「……お前も『非人(アラビト)』か」


「俺の『才』は『獣人族・(ウルフ)』。同族が痛めつけられてんの見て、そんなの黙ってられるわけないだろ」



 よくみると、顔立ちは人間のままとはいえ、手足は銀色の毛におおわれ、指先は鋭い爪に変化している。半獣になったアーサーの姿を見た腰を抜かした黒服の男は情けなく声を上げた。



「ひっ、こ、こっちに来るな!!!!!」


「嫌だ」


「何なんだ貴様!! 獣は人間の言うことを聞くものだろう?! それに俺は役人だぞ!!!!! 政府の人間に手を出してただで済むと思っているのか?! すぐにセントラル中の警備隊に知らせて、身動きが取れなくしてやってもいいんだぞ!」


「俺は俺の中の権利を主張しただけだ」


非人(アラビト)が何お゛っ、」



 男が言い終わるよりも先に、アーサーは男の顔面をつかみ宙に向かって突き上げた。モナ達からはアーサーの表情はうかがえなかったが、背後から読んだ空気と、黒服の男の表情が強張っていく様子から、アーサーが怒っていることは瞭然だった。



「がっ……」


「俺らが歯向かうことが間違ってるっていう、この国の仕組みがそもそも間違ってんだよ」


「離し、」


「だから、この仕組みを壊すために、一番偉い奴に目を覚まして貰わなきゃなんねえ」


「か、は」



 アーサーの気迫に気圧された黒服の男は、そのままアーサーの手の中で意識を失い、ぼとりと床に落ちた。振り返り曇った表情のアーサーはモナ達の横をとおり、先ほど吹き飛ばした人攫いの男に向き直った。




「アーサーも『アラビト』だったの……?」


「……ちがうよ。俺だって、ちゃんと『人間』だ」


「さっきからごちゃごちゃと……1人だろうが2人だろうが、『非人(アラビト)』は大人しく人間様に狩られてればいいんだよ!!!!


「そんなんじゃねぇ。俺は、その腐った口のお前と同じ、『人間』だ!!!!!」








「【狼の一撃(ソフィア・ウォルフ)】!!!!!」






 アーサーの振りかぶった拳が、男の顔面に真っすぐ突き刺さった。頭部が床板にめり込み、白目をむいてひっくり返っている。『獣人』の筋力で思いっきり殴られたのだ。当分目が覚めることはないだろう。

 一瞬あっけにとられていたモナと少年だったが、アーサーが帰ってくるのを見て少年は一目散に駆け寄った。顔面を安堵の涙と鼻水に濡らしながら。




「ふぅ………」


「おにいさん!!!!!」


「お、無事か?」


「あ、ありがとぉぉ……! 僕、ぼく怖くって……!」


「うわっ!鼻水つけんな!!!!!」




 *


 少年を外れの森まで送り届けた後、二人は何もない川べりで今日の出来事を振り返っていた。初めて来た人の多い街で見た珍しい土産物のこと。朝に買ったずっと食べたかったパンのこと。屋根を走る体験は面白かったこと。実は獣人を初めて見たということ。

 お互いの今日の感想を話していると、アーサーが気まずそうに口を開いた。




「……『才能』のこと、隠していて悪かった」


「……まぁ、ここじゃ仕方ないというか、なんというか…」


「やなもん見せたな」


「……同じじゃないよ」


「ん?」


「あんな人と同じじゃない。だって困ってた私とあの子を助けてくれたもの。ありがとう、立派な『人間』さん」


「……どういたしまして」



 『人間』からの素直な感謝に照れくさくなったアーサーは思わずそっぽを向いたが、徐々にアーサーの性格がわかってきたモナには、見えない尻尾が揺れているのだろうと思えた。



「……そういやお前、名前は?」


「モナ」


「モナ。俺はアーサー」


「もう聞いた」


「そうだったか?」


「で? 王様に直談判するには作戦とか練り直さないと行けないと思うけど、滞在の当てとかはあるの?」


「……ないな」


「じゃあうちに来なよ」



 仲間内だけの狭いコミュニティで生きてきたアーサーには、モナの発言にぎこちない声で一言返すことが精一杯だった。



「……オジャマシマス?」


「なんでカタコト?」







 青年の名はアーサー・ウルフ。後世に残されぬ物語の主人公となる男である。


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