天命秤の交易人④
「ナナシ。奴らが君の善意に付け込まないとでも思ったのか?奴等にとって命とはあの程度のものだ。二度と生半可な覚悟でその刃を抜くな。」
「……分かってる。」
怒られてしまった。この生意気な魔女に、奇しくも正論で伏せられている。
「なんとか巻けたが、油断は禁物だ。天命秤の交易人が死んだあと、トレイダル家はボクらに懸賞金をかけた。これがどういうことか分かるだろ?文字通り彼は。自分の命で吊り合う"最大限"を尽くしたんだ。君の憂いは不要な感情だ。それこそ奴の思う壺なんだ。いいか、ナナシッ!!」
俯き続ける俺をエルノアは叱責する。全くもってうるさい奴だ。
「分かってる。……分かってるよ、エルノア。」
今回は、大分心が疲弊した。しかし結果的に、彼のお陰で覚悟が付いた。俺たちは飽くまで、脅威を事前に排除しているのだ。分かっている。
「……まぁ良い。それは?」
魔術学院を出た後、ポケットには杖が一本入っていた。俺は血の付いたそれを手に取り眺める。
「杖だ。交易人の皮肉かな?」
「貸してみろ。」
エルノアは真っ白なその手を差し出した。俺は杖を放り投げる。
「おっと。ふむ、悪意のあるものでは無さそうだな。」
「何だ。」
「杖弓だ。君の短剣みたいに魔力を勝手に溜めて……」
エルノアは杖の先端で弧を描き、杖を弓のようにもってみせた。
「矢を放てる。」
バンッ、と張り詰めた弦を離し、エルノアは開けたガラス窓の外へ光の矢を放った。
「君にとっても有用な武器らしいな。して、捨てるべきだ。」
と言いつつ、エルノアは俺へ杖を返した。
「どうして?」
「天命秤の交易人のことだ。君がそれを使う時、躊躇するのを狙っているんじゃないのか?とにかく揺さぶりだ。死して尚、君を動揺させる為のな。」
俺は返された杖を眺めた。
「それなら、敢えて使ってやろう。この杖を捨てることが、奴の策略だったりするかもしれない。そしてこの会話すらも。」
エルノアは腰に手を当て怪訝な顔をした。
「全く。キリが無いぞ。」
「そうだな。しかし、有用なら使うべきだ。それに、俺にはお前がいる。」
俺は杖をベルトに挟み、木板の方へ顔を向けた。木板はツラツラと淡々に次の標的をその身に刻んでいた。