箱船の咎人①
「ナナシ、ナナシッ!!」
大きな声で目が覚める。意識は直ぐに覚醒したが、起こした身体が怠くて重たい。
「エルノア、終わったのか……?」
「あぁ、そうみたいだ。」
そう言ってエルノアは壁に埋め込まれた木版を手元に引き寄せ、刻まれた名前に×印が付いていくのを見届けた。
「永遠の放浪者は死んだ。これで、ボクは……」
霞んでいく視界の中で安堵する。しかし、それも束の間の事であった。
「おかしい……、木版が反応しない。」
エルノアが慌てた様子で木版を叩く。叩けど叩けど変化は無かった。そして木版はまたいつも通りツラツラと次の標的をその身に刻んでいく。
『・・・名称・・・箱舟の罪人・・』
キリキリと木版が削れ、対象の情報を露わにしていく。
「……は?」
エルノアは沈黙する。
『脅威・・・災厄の蓄積・・・・・場所・・・・すぐ、そこ・・・・・・・』
一方俺は、不思議と覚悟が出来ていた。
「……殺せ、エルノア。」
「ナ……ナシ?」
これは因果応報か。いずれにせよ。ここで俺が生に縋れば、今までやってきた事を、殺してきた人たちを、……否定することになる。さすれば確かに、俺は罪人だ。分かっていた。深淵の迷宮で少女を殺した日も、学術院で同級生を殺した日も、侵略に抗い続けた誇り高き英傑を殺した日も、今日この日、哀れな少女を殺した時も、分かっていた。心の奥底で、抑えきれない自己嫌悪が、怒りが、憎しみが、気色悪い快楽が、膨れ上がっていく感覚が。
「ナナシ……。」
エルノアは啜り泣くように呟いた。
「ボクは世界樹に言われたんだ。……災厄を殺しきった時、お前は神に成れると………。」
そして俺の短剣を奪い取り叫んだ。
「ボクは君を殺せば神に成れるッ!!………こ、これが、どういうことだが分かるかい?」
苦悶の表情を搔き消すように、エルノアは涙をこぼしながら笑った。
「ボクは黒き世界樹の守り人。……世界樹に取って代れるほどの力が有るッ!!そうだっ、そうだっ、つまりっ。意地汚い欲求に唆され、君に脅威排除の名を打ち人を殺させっ、今日この日まで、私欲の為に他人を傷付けてきた………。世界樹は試していたんだ。ボクが"黒き世界樹に足る"存在かを………。」
エルノアは短剣で木版を穿ち、
「ボクは知っている。……君の心はとても綺麗だ。」
そして、自身の喉元へ切先を向けた。
「ボクは知っている。……ボクこそが、罪人だった。」
真っ赤な血しぶきが、床に飛び散った。




