絶対無双の狂戦乙女③ 戦闘
絶対無双の狂戦乙女。血に染まった赤髪を靡かせ。彼女はその名に恥じぬ戦いを見せた。死霊姫、交易人と比べて優位が有るのは、その戦いぶりを一方的に垣間見えた事に有る。しかし結論から言えば、そんなものには意味が無かったのだと分かっただけであった。絶対無双の狂戦乙女。彼女が絶対無双である所以。それは、戦法の柔軟さに有った。
「惨いな。……君なら、この戦争を止められたか?」
「知らない。」
俺はただ、目の前の戦いしか見えていなかった。呼吸を深く整え、装備を確認する。
「……そうだな。この世には無能な指揮官が多くいるが、戦争は彼らの意志で有り本望だろう。そして災厄とは、より理不尽な世界を産み出す歴史だ。この戦争で落ちた首の数よりも、奴の首の1つの方が、今は大事だ。」
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{焦げたアドスミス平原・『戦場』}
黒煙と燃え盛る赤に、大地が陰る。
「退くぞ。」
人草を薙いだ平原を背に、死体の中を奴らは歩く。
「ちょっと待て。」
対、絶対無双の狂戦乙女戦。奴は俺の声に振り返り、ボロボロの雑兵は槍を構えた。舞台は整っている。
「……貴様は?」
「ナナシ。――お前をただ、殺しに来た。」
雑兵のザワつき、それを片手で抑える狂戦乙女の左腕は、機械武装に包まれていた。
「生憎だが、戦争は終わった。哀れなその命……、無駄にするな……。」
彼女は強かに俺を睨む。
「黙れ。ただ武人の名の下に戦え。……お前は多くの兵を殺し葬って来た。俺はその呪いの集積だ。故に逃げるな。ただ戦え。」
俺は杖弓を左手に、短剣を右手に構え、左手の甲を斬り裂く。
「……脳無しめ。良いだろうッ!!――我が名はエリザベス・アドスミスッ!!お前の命、葬り去ってやろう。」
アドスミスは二刀の大剣を構え、兜越しに俺を睨む。脳無しはどっちだ。いいや、違う。脳無しは後ろの馬鹿共だ。仲間一人を戦場に立たせ、何もしない体たらく。いつだってそうだ。この世界に救いなど無い。
『戦型白虎・一閃。』
俺は短剣を鞘に納め、居合の踏み込みを見せながら杖の光弓を放つ。
「小癪ッ……。」
アドスミスは左の大剣で矢を落し、俺は生まれた隙に一太刀を狙う。
「軽薄だな。」
そう呟くと彼女は右の大剣で地面を叩き、衝撃波に魔力をのせた。俺は左甲の血をばら撒きながら後ろへ回避する。
「うるせえッ!!」
回避行動を決めたあの一瞬で燃える様な熱さが全身を襲った。魔力増幅。身体強化。言葉で表せばシンプルだが、その攻撃パターンは無限に等しい。俺は退いた先で杖を構え、矢を放つ。速射かつ連射。しかし、合わせるように間を詰められる。
『――地砕き。』
一瞬の斬撃で、今立っていた大地が抉られていく。飛来する衝撃波はまるで爆風のようだった。しかし、かわしてしまえばやはり、隙がデカい。
『――白虎乱舞ッ!!』
水平に二連、加えて垂直に二連。可能な限り斬撃を加えていく。しかし特殊な武装の前に文字通り、歯が立たない。鎧と言うには局所的で、紋様のように複雑で、それはまるでガラス窓のように薄かったが、刃が通らなかった。
「チッ……、どうなってんだそれ。」
アドスミスは大剣を手放し、大太刀を抜いてから応えた。
「鎧は、私が鍛えた金属で出来ている。この太刀もそうだ。この機械武装も同様。いいかナナシとやら。戦とは命のぶつ合いだ。私はただ、私欲の為に、或いは無理強いされ戦う連中とは訳が違う。全生涯における鍛錬を祖国を守るこの一瞬の為に捧げてきた。」
「そうか……。」
俺は思考を巡らせる。この武人相手に神威を使えば、限界値を見破られ時間を稼がれるリスクが有る。時期早々。まだ足りない。
「本気で行くぞ。」
アドスミスは静かに吠える。機械武装は息を吐くように煙を吐き出し、彼女が纏う気迫が変わる。
「――初めから来いってんだッ。」
彼女は踏み込み斬撃を放つ。続けて両手を広げ形成した無数の岩石を投射した。遠距離用の連撃。避けるしか無い。初手の斬撃が最も早く危険だ。短剣でいなし、ステップを交え左前方に岩石をかわす。しかし、岩石はホーミングだ。完全に目で追われている。これが続けばワンサイドゲームだ。俺は岩石をかわしながら、反時計回りに距離を詰める。
「やるな。」
上からの物言いだ。しかし確かに中々距離は縮まらない。俺は左手の杖を構え光弓で牽制する。奴は簡単にそれをいなし、カウンター代わりの斬撃を放つ。
「そんなものかッ。」
「図に乗るなよッ!!」
短剣で斬撃を返す。相殺とまではいかないが、距離を詰めるキッカケとして充分。俺は斬撃を三枚追加で放ち、剣身に魔力を纏わせる。
『――薔薇裂きッ!!』
返答は大太刀の連撃。敢え無く距離を取り、再度詰めるが連撃を連投する暴れっぷり。刃は俺の胴と左膝を浅く掠め、血が舞った。凶悪なのはその間合いである。短剣使いに対して最もやりづらい戦型、速くて遠い剣捌きだ。
「義足か。面白い……。私が勝ったらその技術を貰おう。」
「武人の癖に死体弄りか。頂けないね。」
俺は服に付いた土くれを払う。
「ふん。……ならば。お前が私に勝てば、脇差しの業物をくれてやる。」
彼女はそう言って、左腰の刀を見せた。
「いらねぇよ……。」
「そう言うな。」
日が暮れかけている。決着を付ける気だろう。雰囲気がまた変わった。
「チッ……、まぁ待ってくれ。はぁ……、もう少しで見切れそうだ。」
「なら終わらせよう。」
アドスミスは大太刀を両手で構え、機械武装をプシューと鳴らし地面へ落とした。俺は左手に短剣を持ちかえ、杖と共に掴み、右手には落ちていた刀を拾い、刀身の脂を服で拭った。
「じゃあ、一つ聞きたいッ!!死ぬ覚悟は有るかッ!!」
俺は叫んだ。
「無いッ!!――平和が来たるその日まで、絶対に死ねない。例えこの無双の刃身で、眼前の命を狩りつくそうと。私は死ねない。私は死なないッ!!」
彼女は応える。そうか……、エリザベス・アドスミス。
「――最悪の答えだッ!!」
左手の裂傷に触れ神威を使う。成功率は幾らだ知らんが。この一撃に全てを懸ける。
「ならば来いッ!!」
狂戦乙女は吠え、真正面から全速力で距離を詰める。戦型白虎は攻めの剣技だ。踏み出す一歩、近付く間合いはもうこれ以上、巻き戻ることは無い。俺は光矢を放つのと同時に、魔力の全てを解放させた短剣を彼女へ投げ、右腕のアンカーガンを最後に射出する。
『――無双連舞ッ!!』
アドスミスの高速で矢をいなす刃の元へ、刻まれる覚悟で距離を詰める刹那の暇。
『戦型・白虎ッ!!』
右手の鈍を構え振りかぶる。
『一閃ッ!!』
そして理解する。速さも強度も全てが一線を画す一撃が、絶望的に迫って来る。神威を使った高速の一閃ですら、見切られたとそう分かる。
「弱い。」
そう彼女は呟いて、俺の右腕を吹き飛ばした。
……鮮血は空を舞う。鈍ごと腕は飛ぶ。そして俺はもう一つ、義足の左脚で地面を踏み抜き、アンカーガンで回収した短剣を、伸ばした左手で掴んで振った。
「お前は、……強かったよ。」
鎧と兜の及ばない首を全力で斬り裂く。全てを懸け、命を懸けて。
「ま、さか……」
彼女の首は飛び、雑兵のうめき声が聞こえ始める。この時点で戦線は変わる。第二戦線。無限の兵士たちが横並びに走り出した、弧の一線。
『――動くなッ!!』
俺は脇差しの刀を抜き、掲げて言った。
『英雄の面を、……汚すんじゃねぇよ。』
卑怯だとは言わせない。彼女は言ったのだ。勝てば刀をやると。俺はアンカーガンを装着していた右手を拾い、キャラバンへと歩いて帰る。疲れた。今、ひしひしとそう感じられるから、この戦いは終わっているのだろう。




