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 仲間の弾き飛ばした脳無し(ヘッドレス)へ向けて、ロディは崩れた家屋の鉄骨を投げ付けて串刺しにした。


「よォし上々上々!!」


 革のジャケットを羽織る強面の男が満足そうに言う。

 ロディは手元の感触を確かめるように指貫きグローブの裾を引っ張り、何度か手を握っては解いてを繰り返した。力が抜けたような垂れ目だが、眼光だけは強く霧の向こうを見据えていた。


「この辺りのは今ので全部か、おやっさん」

「さてなァ。無数に湧いて出てくるのが()()というものだ」


 アラルド農園近郊の()()、薄い霧の掛かった広場で二人は腰に付けていた水筒から水を軽く含んだ。

 周囲には百を越える脳無し(ヘッドレス)が様々なもので串刺しになっており、身動きを封じられて尚も蠢き、這い出そうともがいている。

 結晶を砕いてしまえば肉体も引き摺られて霧散するのだが、その霧散するというのが問題だった。何せアムレキアの霧は数多の問題を孕んでいて、決して消えることが無い為に六十年を掛けて濃密になっていった。霧は濃くなるほどに問題を大きくし、強力な個体を生み、周囲の生命を取り込んでまた濃くなっていく。


 ネームドと呼ばれている個体はその象徴だ。


 脳無し(ヘッドレス)叫び屋(スクリーマー)などの種類名ではなく、その中から突出した力を持つようになった強力な()()の一つ。

 

 代表となるのが輝石獣(ビーモス)

 あの巨大な獣は本来鉱獣(ガーゲイル)と呼ばれる種類で、肉体の一部が石や宝石などの鉱物に変異していて、様々な特異能力を持つ。

 絶対数が少なく、どの個体も霧の濃い中心街や北部に生息していることで目撃例もあまりない。しかし、一度人前に姿を現したなら、途方も無い被害を生み出すと言われている。霧の薄かった時代には、宝石類で一攫千金を狙った者達がこぞって討伐に動いたこともあったそうだが、成功者の数と被害者の数は絶望的なほどに開きがある。それでも未だに、どこからか支援を受けたらしい一団が深い霧の中を目指すことがあるという。


 今回の漸減活動でも農園はネームドを三体撃破しているが、どちらも数十人からの戦士を動員し、従者ロディが中衛に回って戦線を支え、最終的なトドメを継承者であるアークスに一任するという徹底した物量作戦で得られた成果だ。


 ネームドと言っても脅威度には開きがあり、撃破された内の二体は下級で、残る一体も中の下程度のもの。当然ながら鉱獣(ガーゲイル)ではない。

 それでも被害は出たし、これまでに大勢が犠牲になっていることを考えれば、易く扱える相手である筈もない。


「こいつらの処理はどうするんだ」

 ロディは串刺しになった脳無し(ヘッドレス)達を見ながら問う。

 始末すれば霧が濃くなるとはいえ、このまま密集した状態で放置していてもネームド級の個体が生まれてしまう危険があった。

「一先ずはこのままだな。今回の漸減で何がどう転がるかもはっきりせん内から処理を進めるのは尻が痒くなる」

「尻かよ」


 とはいえロディも賛成だった。

 霧は厄介だ。ともすれば()()以上に。


 心を侵食し、結晶化の症状が進んでしまうという危険だけでなく、単純に視界を遮ってくる。

 戦う上で見えない霧の向こうから敵が襲い掛かってくるというのは想像以上に厄介だ。()()は目で見て動くのではなく、生者の匂いを感じ取って動くと言われている。一方的に目隠しをされて戦っているのだから、どんな熟練者にだって失敗は起きる。今回も古強者が一人、不意の遭遇で脳無し(ヘッドレス)に片腕をもぎ取られてしまったのだ。()()の中でも最低位と見られている種類ですら、一度掴まれれば死の危険が伴う。

 霧は、本当に厄介だ。


 ロディはふと視線を流し、霧の向こうをじっと見詰めた。

 その先にあるのは研究所と呼ばれている避難所だ。棍を肩に乗せ、片眉をあげた男がそっと息を落とし、わざとらしく咳払いをする。


「――――大丈夫だ、割り切っては来たつもりだ」

「……そうか」


 違う言葉を用意していただけに、男は続く言葉を得られずありきたりに答えた。


 ロディ=ロー=エーソン――――その炎は未だ燻ったまま、ただ熱だけを湛えている。


    ※   ※   ※


 昼過ぎに面倒が発生した。

 外部の人間が漸減の活動地域へ入り込んできて、一部の計画を歪める必要が出てしまったのだ。


 常からの対処で人助けを行ったものの、どうにも様子がおかしかった。

 酷く疲労し、含ませた水すら吐き出してしまう有り様。

 かなりの時間を何かに追われていたとの話だが、農園側では確認が取れておらず、また保護された安心感からかまともに喋ることも出来なくなっていた為、聞き取りは休ませてからということになった。


 アラルド農園の大規模な動きに乗りかかって外部の者達がゴミ漁り(スカベンジ)に出てくることはそう珍しくない。ともすれば農園側へ()()を押し付け、自分達だけは悠々と物資を得て逃げ去ろうとする者まで出る始末だ。あわよくばと食料庫や倉庫に手を伸ばした者には容赦の無い制裁が加えられるが、基本的に外部の干渉は無視されてきた。

 最初から戦闘による数減らしのみを目的として、半端な欲を掻かない方が効率良く戦えるし、行動も割り切りが良くなる。

 過去幾度も繰り返された行動の結果から、欲を出しただけ末端の動きが不安定になり、被害が増大することを彼らは知っているのだ。

 どちらにせよ、漁った品を農園へ売りつけにくるのだから、手間も省けると言うもの。


 兎にも角にもよくある案件だった。ネームドへの警戒も含めて計画の練り直しは行われたが、結局痕跡なども見つけることは出来ず、北風が吹き始めたことで農園は戦線を大きく下げた。アラルド農園敷地内の防御陣地及び指揮所の大半が薄い霧で覆われ、視界は大きく限定された。しかし、例年のような完全撤退の判断は保留とされ、大規模な部隊が農園北部地域に留め置かれた。


 この頃になって保護された男は一度意識を取り戻したが、すぐまた眠ってしまい、多くの事を聞きだすことは出来なかった。


 分かったのは一つ。


『狼が……くる』


 確認されているネームドで狼の肉体を持つのは二種類居る。

 一匹は過去撃破されており、もう一匹は仕留め切れずにアムレキア深部への逃亡を許した。四十年も前の話である。


 銀狼(フィーリル)と呼ばれるその個体は、当時の戦いの激しさから一種の伝説となっていて、名前そのものは広く知られている。しかし、その特異性については、避難所全体を一つの組織として知識を収集していたアラルド農園以外、正確に伝えられてはいなかった。


 本体の姿は確認されておらず、現状では憶測に過ぎない。


 けれどアラルド農園は残留させた部隊の半数を銀狼(フィーリル)警戒及び撃退に差し向ける決定を下した。

 状況に先駆け、幾つかの斥候が放たれ、情報収集が開始される。


 また司令部は先日よりアムレキア上空に漂い始めた狼煙を確認しており、状況への関連性が疑われた。

 アムレキアへ入り込んだ者達が時折使う危急を伝える色だったが、()()の押し付けや物資の略奪といったものへの対処同様、行動を変えないことを前提としていた為に放置されていたものだ。加えてこの時期、狼煙は各所で上がるようになる。その中には農園の部隊を誘導して罠にハメるといった事例が過去多発していた為、放置の判断は妥当なものに思われた。

 男の証言すらその為のもの、という疑いを持たざるを得ないほどには、アラルド農園は悪意に晒されてきたのだ。

 これらの流れの外で、研究所の一帯がなにやら騒ぎになっているという報もあり、農園側が慎重になるのも致し方無いことだろう。


 やがて前線司令部に獣の足跡が大量に発見されたとの一報が入る。


 男が保護されてから、丸二日が経過していた。


 狼煙は、その半日以上前に途絶えていた。


    ※   ※   ※


 アムレキア西部の高級住宅街、結晶化事変当初から続く略奪で荒れ果て、また掛かる霧もあって今や見向きもされなくなった地域にそれはあった。

 ロディは炭化した建材の一部を足で小突き、崩れるのを見て眉を顰める。


「ここが爆心地だな」


 おそらくは拠点となる家屋があっただろう場所は、爆薬によって破壊されていた。


 拠点らしき場所を調べていたロディの元へ、外周部を見てきたおやっさんと呼ばれる男がやってくる。後ろには斥候の部隊員として加わっている筋肉質な二人と、小柄な青年が一人。


「何か分かったか」


 力強くも心地良い響きのある声にロディは片眉を上げ、息を落とす。


「少しな」


 彼はしゃがみ込んで地面に手を触れさせ、指先で煤に塗れた石を軽く撫でる。


「進退窮まって自爆、って訳じゃ無さそうだ。家周辺も確認したが、死者の石はこれ一つ。たまたま動かせる者が居なかっただけなのかは知らないけど、例の男に見せれば仲間のものかは分かるだろう。やっぱり、入り込まれた敵ごと拠点を爆破して数を減らして、自分達は逃走したって考えるのが妥当なんじゃないか?」


 そっちは、と続けたロディに、革ジャケットの男が後ろの青年を促す。

 少しだけ間があり、嫌そうな顔をしながらも彼は前へ出た。


「外を見回ってきたが、こちらでは三つ、石を確認した。周辺の家屋を押し出して作ったバリケードといい、篭城していたというのは確かなようだな」


 小柄な男、バーキンが取り出した石を見てロディは唸る。

 僅かに色付いて見える。全てが引き出せる訳ではないが、この死者達はある程度アラルド農園への信を持っていたらしい。

 助けを求めていた結果であるのなら、間に合わなかった結果を彼らは受け止めなければならない。


「回収していかなかった。出来なかったか」

「まだ資料を収集している段階だが、銀狼(フィーリル)は三百を越える獣型を従えていたという話だからな。当時殆どが討伐されたそうだが、時間も経過している。包囲状態では味方を助けることも出来なかっただろう」


 獣型だけではないが、捕食機能を残した()()に掴まった者の末路は悲惨だ。

 悲鳴と呻き声は数年経っても耳に残り続け、戦う気力を喪失することもある。


 最初の最初から継承者の従者として戦いに加わっていたロディはその声に覚えこそあれ、助け出せた経験が大半だ。

 助けに動くことも出来ず、仲間の断末魔を聞き続けた者達の心情は如何ほどのものだろうか。


「他にはなにかあったか?」


 問われ、ロディは顎で示した。


 残った壁などから、おそらくはリビングの一角だろう場所に、融け、燃え残ったギターがある。


「楽器……研究所の連中か」


 多少安直ではあったが、この手の楽器を霧の中にまで好んで持ち歩くのは大体が研究所関連の者達だ。

 アラルド農園の動きを察知し、ごみ漁り(スカベンジ)の為に霧の中に確保していた拠点で待機中、運悪く銀狼(フィーリル)に遭遇し追われることとなった、とするのが妥当。かの特級ネームドが霧の奥から出てきた理由については、昨今の活性化が原因なのか、あるいは傷の癒えた時期が重なっただけか。


 改めて、といった様子でバーキンが向き直り、余計な発言が出る前に釘を刺す。やや高圧的な声で。


「ここまでだな。相手はネームド。それも最悪の類だ。加えて狙っているのは研究所絡みの連中。俺達が敢えて助けてやる義理は無い筈だ」


 睨み付ける先に居るのはロディ。

 彼は力の抜けた目で楽器を見詰めていて、その視線を受け止めることはしなかったが、


「そうだな」


 彼らは斥候としてここへ来ている。

 予定よりも踏み込んだ結果として狼煙の現場を確認することが出来たが、既に十分過ぎるほどの成果と言える。

 何よりバーキンの言う通り、ネームドが絡んでいる以上このまま更に突出するというのは無用な危険を抱え込むだけだ。


 燻りを抱えたまま俯くロディにバーキンはため息を隠さず、背を向けて歩き出す。


「引き上げよう。獣型は得物に執着する。狩場に踏み込んだ俺達を発見すればこっちが危ないかもしれないんだぞ――――ん」


 その足先が何かに触れた。

 瓦礫に埋もれていたソレを足で払い、通路へ引き出すと、革ジャケットの男が表情を変えて近寄った。

 鉄の箱、爆発や熱によって変形は見られるが、表面に張り付いた土、おそらくは泥を塗りつけていたおかげか損傷は軽微だ。そこまでして残したのであれば、何か意味があるものに違いない。男は焼け焦げた土を払い、取っ手に指を掛ける。


「鍵がついていないな」

「金庫というより、工具箱だな。なんにせよ中身は」

「紙束だ。オイ、こいつァここに居た連中の書いたものだぞッ」


 そんなものは後で、言い掛けたバーキンを無視して男は内容を読み上げ始めた。

 左右から寄ってくる筋肉の圧力に諦めて身を離すが、同じく興味を持って近付いてきたロディを見ると彼は視線鋭く射抜いた。


「ふんっ」


 あからさまな悪態をロディは苦笑いして流し、筋肉の壁を迂回して正面に回りこむ。


「――――篭城開始から二日目の夜、この時点で六人が死亡した」


    ※   ※   ※


 ハーウェイの壺で地獄の番犬(ケルベロス)を名乗る実働部隊、その一部である十二人の少年少女達は奮戦した。

 まず初日の夜の間に近隣の家屋を押し出しバリケードを構築、周囲に火を焚いて視界を十分に確保し近寄る銀狼(フィーリル)の眷属と思しき個体をひたすら追い散らした。数を減らすことに固執せず、追い、逃がし、近寄らせないことを念頭に置いて戦った。


 けれど獣達は追うのを止めた途端に振り返り、じりじりと近寄ってくる。

 遠吠えも止まらない。

 霧で視界の悪い中、光源も乏しい中で強行したバリケード構築によって作業中の軽傷者が一人、物陰から襲われて重症を負った者が一人出た。


 翌朝になると近寄ってくる数も減り、確保しておいた瓦礫や石による攻撃で二十以上の獣型を撃破。脳無し(ヘッドレス)などの混在も確認され、一度は叫び屋(スクリーマー)による呼び寄せを許すが、六名二部隊で突出し撃破。この時受けた傷によって夕刻一名が死亡。集まってきた()()の処理で誰もが休む暇も無く戦い続け、少女自身が傷を隠していたこともあって、気付いた時には手遅れとなっていた。

 士気は辛うじて維持されたが、疲労と先日からの睡眠不足により警戒網が緩み、夜の間に二名が連れ去られ、遠吠えの代わりに仲間の悲鳴が止め処無く続いた。

 指揮者の静止を振り切って数名が飛び出し、仲間の身を奪い返そうとするが、この戦闘によって一名が死亡、一名が重症を負う。しかし、苦しみ続ける仲間を仕留めることには成功し、悲鳴は止んだ。


 問題は続く。

 人数が減ったことで警戒任務の順番回しが崩壊し、休む時間などどこにも無くなった。

 指揮者の指示により、指揮者以外の戦闘要員全員が薬物を使用して覚醒状態を維持し、戦い続けた。派閥内で禁じられたものとはいえ、いざという時の用意はある。指揮者として判断力の鈍る薬物を使用する訳にはいかず、けれど仲間内の年長者として、未だ彼も若者と呼べる年齢ではあったが、更に年下である少年少女らに薬を打って回ることは多大な精神的負担となった。


 幸い、などとは誰も考えようとはしなかったが、人数が減ったことで食料などの物資に余裕が生まれ、何より歳若い彼ら彼女らの力を増大させる、死者の石が遺された。


 そして、治療の見込みが無かった重傷者二名は最後の演奏を終えると、全員の前で命を断ち、己を託して逝った。

 これによりかねてから不足しがちだった石が、完成したばかりでその力を何ら消費していない力の源が全員に行き渡った。


 周囲には回収出来ていない仲間の石があるものの、敵の包囲へ食い込みに行くのは更に被害を拡大させるだけ。


 家の出入り口全てに板を打ちつけ、瓦礫を積み上げて侵入を阻む作戦に出た。

 直接戦闘を避けることで身体を休めると同時に、突入された際には以前より持ち込んでいた爆薬で家屋ごと吹き飛ばし、その隙に脱出する狙いだ。

 万が一を思って付けていた記録は鉄製の工具箱へ収納した。隙間に粘度を詰めて、表面にも泥を塗りたくった。確実ではないが爆発や火から生き残る可能性は出るだろう。これが後から来てくれた仲間に伝わるかは分からない。気休めというよりは、自己満足だった。


 全ての薪を暖炉へ投じ、隙間風によって冷える身体を寄せ合い、生き残った六人と、もう一人とで夜明けを待った。


 もう一人。


 そう。戦う力を持たず、自分達とは違う、もう一人。


 彼もまた奮戦した。最前線で戦うだけが戦いではない。後方での食事の用意や、休む場を整える事、見よう見まねながら怪我の治療を施し、拙い言葉で元気付けようとしていた。同年代の子は居たが、顔付きが幼かったのもあるだろう、十三人の中で末っ子として扱われ、可愛がられていた。

 体力が尽きて倒れた後、眠るあどけない表情に笑いが漏れ、おそらくは誰もが思った。


 この子を守ろう。


 多くを知らない子だ。出会って数日。背中を預け合ったでもない。所属する場所は違い、背を向けて去っていくことを望んでいる。そもそも強引に誘拐したのは彼らだが、本来の目論見は大きく外れて利用価値があるのかも不明だ。

 それでも思った。

 守ろう。

 きっと即物的で、視野の狭い感傷に過ぎないのだろう。

 お互いを深くも知らない間柄で、当たり前に命を懸けて守り抜こうと思うなどと。


 新たな一文を記し、工具箱へ加えた。


 明け方を前にバリケードの一部が破壊され、侵入され始めた。

 二階からの偵察によれば、銀狼(フィーリル)と思しき巨大な狼の姿を確認したという。

 狩りは大詰め、ということだろう。すべては敵の力を見誤ったことが原因。ここまで追い詰められる前に逃げ出していれば、もっと多くが生き延びたかも知れない。やらなかったもしもに意味が無いとしても、結果の出しようが無い可能性だからこそ縋りたくなる。

 のうのうと生き延びている指揮者を咎めるものは出なかった。

 しかしどこかで思ったはずだ。その言葉を、歳若い少年少女らがどれほどの気力を以ってねじ伏せ、戦い続けたか。


 味方は来ない。


 本来の予定から大きく崩れたことで、相当な無理をして戦っている為と思われた。

 中途半端に引き上げては共倒れになるだけ。


 アンディ=ボルガン。

 ニール=ハーウェイ。


 加えて地獄の番犬(ケルベロス)の主力となる者達が、新しい時代を築いてくれることを願って。

 せめてその一助になればと願い、生き残った六人は、そのもう一人を守り抜くことを決意した。


 彼の名は――――


    ※   ※   ※


 「トール」


 紡がれた名を聞いた途端、ロディは身を返して跳び上がっていた。

 崩れたバリケードへ乗り、多くの群れが乗り越えていっただろう痕跡を辿る。


「ロディ=ロー=エーソン!!」


 バーキンの声が叩き付けられ、青年が僅かに顔を向ける。


「偵察はもう十分だ!! 撤退すると決定しただろう!! それに逆らうつもりか!!」


 普段物静かな者とは思えないほどの大声だった。

 彼の声にはあきらかに苛立ちが混じり、不信感を纏っている。


「お前が向かうべき場所はそこなのか!? 今まで安穏と生き延びてきたお前がッ、主の命を削った力で戦うだけのお前がッ、従者候補でもない子ども一人の為にあの日からの何もかもを裏切る気か!! 銀狼(フィーリル)戦は他のネームド同様、戦士団が最前線に回り、お前は中衛を勤めることになっていた筈だ! 役割を放棄して突出を続ければ、他の戦線で出た負傷者がどうなるかくらい分からないとは言わせないぞ!」


 空気が震えていた。

 まるで沸騰する直前のように、見る者までも震わせる強い熱がそこにはあった。


 これまで覆い隠したまま、周囲に見せる事無く抱え続けてきたロディの熱だ。


 抗議するバーキンは目を見開き、息を呑んだが、むしろ一層強く睨みつけて言葉を続ける。


「そのつもりがあるのなら、お前が向かうべきはあちらだ……!!」


 彼が指差すのは、この霧の中でも見通すことの出来る時計塔だ。

 霧が如何に濃くなろうとも、その上にまで突き出す塔はアムレキアの何処に居ても見て取れる。


 アムレキア中心街、あるいは深部と呼ばれる危険地帯。


 かつてロディが先代と共に追い詰められ、輝石獣(ビーモス)によって彼女が命を落とした場所。


 あの日見た輝かしい魂が、おそらくは今も在るだろう地。


 ロディもまたそちらを見詰めた。

 彼の目にどんな感情が篭ったのか、背を見詰めるバーキン達には分かろう筈も無かったが。 


「今回の漸減でここまで強引に戦い続ける理由の一つは、彼女の魂を回収する為だ!!」

「バーキン、その話は――――」

「農園の指導者であるムゥさんはもう限界だ! 彼を失えば農園がどうなるのか誰にも分からない! その魂を誰かが受け継いだとしてッ、同じ今には決して戻ることは出来ない! だからお前には彼女の魂を継いで貰わなくちゃならない! 行くと言え!! お前がッ、姉さんの魂を受け継ぎ、その命を懸けて戦いたいと言うのならアラルド農園は、俺は……ッ、なのにお前は一番に背負うべきあの人をまた見捨ててッ、目先の生きているかも分からない子ども一人の為に周りを巻き込むのか! お前は!!」


 兄貴、兄貴、とかつてバーキンはロディを呼んでいた。

 先代継承者が姉貴と呼ばせ、姉弟のような関係を作るのと同時に、その本来の弟であったバーキンはロディを兄と慕っていた。


 今となっては、二人の関係は破綻しているが。


 バーキンは冷たい目をロディへ注いでいる。

 彼の視線が、徐々に落ちていくのを感じる。


 また。


 理屈で以って説き伏せられ、周囲を気遣い、従うことを当たり前とする。

 それは戦士ではない。組織として戦う以上、命令を絶対とする姿勢は間違いではないが、意に反することの為に沈黙を選んで従うのは兵士だ。


 自ら従えと要求しておきながら、恭順を選び続ける男にバーキンは苛立ちを募らせ、再び声を発しようとするが、


「そのくらいにしておけ、バーキン」

「……おやっさん」

「少なくとも名前を聞いた途端に飛び出した。お前に撤退と言われていたことを分かっていながら、思わず動いた。それを分からんお前じゃない筈だ」


 拳を握り締める彼は憎々しげにロディを睨みつけ、振り払うように背を向けた。


「どちらにせよ俺は戻る。ここの情報が無ければ本隊も動けない」


「そうだな。最も脚の早いお前が適任か。だが、多少遅れた所でどうと言う事もないぞ」


「この部隊分け自体に俺は異論がある。あからさまにアイツを加えて、上の思惑が透けて見える。それに、どうせアイツは俺を……」


 口篭るバーキンの肩を軽く叩いて革ジャケットの男は進む。

 整理が付いたら追いついて来いよと、そんな様子で。


 この中での最年少であり、死に物狂いの特訓の成果として高い評価を受けるバーキンは、無言でその場を離れ、周辺調査を続けていた者たちを引き連れて去っていく。


 残ったのはおやっさんと呼ばれる男と、筋肉質な肉体の男二人、そして、声を上げられず沈黙していたロディの四人だけ。


 巨大な棍を背負い、ロディの元へやってきた男は、口を開くも言葉の出ない彼の肩を叩いて越えていく。

 マッチョ二人が上手いこと言おうとして案が浮かばず口を開けっ放しにしたことには触れないまま、その背中が前へ出た。


「これより我らは特級ネームド銀狼(フィーリル)討伐の先遣隊として目標を追い、もののついでに襲われている研究所のガキ共を、そして何よりも連中に誘拐されたアラルド農園の住民の一人トールを救出する。バーキンの脚は早い。半時もすれば本隊は動き始めるだろう。いいな!!」


「おやっさん、すま――――」


「己を見詰め! 己を研ぎ澄まし! 己の真を見ぃ定めよォ!! 嘘は魂を濁らせるぞロディ=ロー=エーソンよ! 命を賭して戦う戦士が本気で望むのであァればッ、小ぉ賢しいィ理屈になどしがみ付く必要はァないッ!! こんな当たり前のことを言わせるな!!」


 棍を地面へ叩き付け、続き背後で二人も続く。


 しばし唖然としたロディだったが、泣く寸前のような表情を一瞬で消し、瞳に炎を点した。

 それだけは、その眼光だけは、今までも消えたことは無かったのだ。


 息を吸って。


 腹の奥に燃料を送り込め。


 生まれた熱が全身へ満ちていくのを感じながら、眼前で拳を握る。

 人差し指から中指、薬指、小指と折り曲げ、親指を重ねた。親指が下ではモノを殴った時に傷めてしまう。爪は整えてある。切り落とした指先は繊細さを残しつつ、手の甲は革のグローブでしっかり保護している。殴る場所を間違えなければ皮膚を傷付けることはない。


「よし!!」


 男はその様子をしっかりと見届けて、


「行ぃくぞォ!!」


 風を巻き起こし、突貫する。

 煽られた炎は一際強く燃え上がり、巻かれながら後に続いた。





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