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第二話 ヴァルハラ(改稿済み)

 ──人を殺すって、この銀髪の少女は何を言ってるんだ。ここはいったい……?


「いったい、ここはどこなんだ!? 僕は一体どうなったんだ? ラグナロクって一体どういうことなんだ⁉」


 状況が呑み込めず、僕はわめき散らした。だが銀髪の少女は笑顔のまま、冷たい言葉を返してくる。


「私こそ何を言っているのか、よくわからないのだが」


 彼女は表情すら変えない。無表情のまま言い放つ。そのセリフにはなにかしら軽蔑のニュアンスがあったようにも聞こえた。


「わからないって……。僕はただ普通の幸せが欲しいだけだ。人を殺すだって? 僕には何を言っているかさっぱりだ」


「普通の幸せだって? お前、本気で言っているのか? ほう……なら、お前と同じ年代の普通の男がどうやって普通の幸せを手に入れたか、教えてやる」


 彼女はサディスティックに口をゆがませて笑みを浮かべたのだった。


「まず、中流家庭に生まれたとしよう。そいつはそれなりに親から愛情もらい 基礎的な教養を親から教わる。


 幼稚園に入ったあたりからだな、エリート層の子供と差が出てくる。エリート層は家庭教師を雇ってまですでに勉学に励んでいる。当然、普通の子供は習いごとをして塾に通わなければならない、もちろんいい小学校に入るためだ。


 小学校に入ると学校と塾で勉強づけ。遊ぶのを我慢して勉学につとめないとエリート層に一気に後れを取る」


 静かに彼女は語り始める。僕はただひたすら、少女の言葉に耳を傾けていた。


「そして6年間毎日がんばってはじめて偏差値の高い中学に入れる。そうするとだ、まわりは天才、秀才ばかりだ。今度はそいつらに差をつけられないように、塾通いしながらも内申書をよくするために部活動に励み資格を取らなくてはならない。


 で、三年間遊ぶのを我慢して、毎日がんばってやっと偏差値の高い高校に入る、それでまた、一年生の頃から受験勉強。実は学校の勉強だけでは大学受験では全然通用しない。だから、レベルの高い塾に通わなければならない。


 それはもう毎日が必死。何の役に立つかわからない公式と元素記号と歴史年号を暗記して、応用力をつけなければならない。一点でも試験の点数を上げるため、通学途中でも勉強。そして、試験で高得点をとってやっと一流大学に入学できるのさ」


 耳の痛い話しだ、僕は周りが必死で頑張っている中、娯楽に(おぼ)れていた。だんだん胸が苦しくなってきたぞ。


「ここで終わりじゃないぞ。次に大学一年の頃から就職活動に励まなければならない。まわりがバカみたいに遊んでいる中、勉学に励みながら、一流企業から内定をもらうために靴の裏をすり減らして面接を受けても不採用の嵐。


 それを繰り返してだ、やっと一流企業に入社できる権利が与えられる。


 ここからがやっとスタートだ。上司に媚びへつらいながら、下げたくない頭を取引先に頭を下げなければならない。同僚からはもう、おべっか使いと白い目で見られながら、社会の理不尽の嵐にさらされる。


 そうしてだ、20代後半を過ぎた頃、飲み会で知り合った、それなりのたいしたことない女と結婚できる。給料がいいからな。で、出世が決まって、やっと幸せが訪れると思いきや、ここからがまた地獄」


 どうやら聞いていると、やはり僕は説教されているみたいだ。当たり前か、35歳でまともに何もできなかったから。しかし、彼女は何故こんなにも嬉しそうに話しているんだ。もしかして、彼女はサディストなのか。


「でだ、できた赤ん坊に夜泣きでたたき起こされ、ヒステリックに叫ぶ妻。それに耳を塞いで仕事で疲れた身体を癒やそうとする。


 んでもって、これまた、部下ができれば立場は一転。上からは無理な要求を押しつけられ、なんで入社できたかわからない部下をうまく使って、ノルマをこなしていかなければならなくなる。


 子供が育ってくると、妻は貴方は家庭をかえりみない、給料が少ないと愚痴を遠慮なくこぼしてきて、休みの日になると家族サービスのためにどこかへ出かけなきゃならない。


 もう、疲れた身体を癒やす暇もないまま休日は過ぎて、いつも通りまた出勤。そうやって毎日をサボらず続けていると30代中盤にようやくだ、社内で自分がそれなりに評価され、子どもにお父さん、いつもありがとうと言われる。


──普通の幸せがこれだ」


 普通か……僕は高望みしているつもりはなかったけど、確かに普通の男の人生はすごい。どれだけ普通がりっぱなことか彼女に叩き込まれてしまった。でも、僕だってそれなりに……。


「そのためにどれだけ人生をすり減らしたかわかるか? 必死にしがみついて、小さい小さい幸せを守るためにどれだけ努力しているかわかるか? それに比べてお前はどうだ?


 ただ無意味に時間を過ごしていただけではないか。でも、僕がんばったでしょ? そんなもの、足りない、足りない、全然足りない。お前には普通の幸せを手に入れる権利などない、笑わせるな、恥を知れ」


 僕は何も言い返せなかった、彼女の言葉が胸に深々と刺さる。でもどうすればいいんだ。こんな僕でも幸せを望んだっていいじゃないか。やっぱり僕はダメ人間のまま人生を終える宿命だったのか。


「そんなお前に判断力など期待していない。ただ周りに合わせて、はいはい、言っていただけだからな。説明するだけ無駄だ。私が聞きたいのはただ一つ、人を殺してまで生き延びる覚悟があるかどうかだ!」


 そんなこと僕に言われてもわからないじゃないか。だって人を殺す? 僕にできるのか? 沈黙の時間が過ぎていく。悩んでいると、どすんどすんという地面から鳴り響く音がしてきた。


 周りを見渡すと、槍に串刺しにされた人間で埋め尽くされていた。なんておぞましい光景。何かゴンと音がすると地面に倒れていた老人に太い槍が地面から突き刺さる。


 ――ひょっとしてこのままだと僕もそうなるのか?


 耳元でゴゴゴと地面からうなるように音が鳴り響き始めていく。


「おっと、どうやら時間切れのようだ。残念だったな、お前はもう、ここで終わりだ。さよなら、何もできない男」


 地面から鳴り響く音がどんどん徐々に大きくなってきた。


 やばい! 僕は、もう……終わり……?


「い、いやだ、こんな終わり方なんて! お願いだ、頼む、僕と契約してくれ!」


 思わず飛び出てきた僕の言葉に、ふっと鼻で笑うと彼女は僕を片手で持ち上げ、空高く後ろのほうへ放り投げた。


「うわあああ──!!」


 身体が宙にふわりと浮く。地面を見ていると僕のいた所に長い槍が地面から飛び出してきた。


 僕が地面にたたきつけられると、痛みにこらえながら息を荒げ、呼吸を整えるため胸を押さえると違和感に気づいていた。


 あれ、心臓が動いていない――


 銀髪の少女がコツコツと音を鳴らしながら近寄ってくる。


「これで契約成立。お前と私はパートナーだ」

「……パートナーなら僕に優しくしてくれ」


 言葉の途中で声が裏返ってしまった。少女は柔らかに見た目の年齢に似つかしく、くすくすと(たお)やかに笑いながら僕に手を差し伸べ起こしてくれた。


「そうだな、なら、優しくしてやる。質問を受け付けよう、()きたいことを訊け」


 少女の表情の緊張が解いてくれて、何だかいじらしげにさえ見えた。その美しさにみとれながらも、どぎまぎしながら質問を考える。すると、浮かび上がってくる疑問があった。


「ここは一体どこなんだ」

「ここはヴァルハラ、魂の世界だ」


 魂の世界、ここが……? 立ちすくんで辺りを見渡すと、薄暗く黄色がかった空に雲が引き詰められており、無数の槍に串刺しにされた人間が地上から生えている。見ていると気分が悪くなってきた。


「あれを見ろ」


 少女は指さした、その先には光が集まり、(まばゆ)く輝き赤ん坊が生まれた。


「人間の魂はああやってできる。そして年を老い、最期の時を迎えたとき終焉(しゅうえん)の槍が地面から伸び串刺しにする、これが人というもののヴァルハラでの成れの果てだ」


「するとここは墓場なのか」

「そうだな、そうともいえる」


 少女は表情を変えず、楽しそうに語る。やはりこの子はサドだ。


 ──死んだ後どうなるか、人間は探求し続けるが実際の現実は夢も希望もなかった、これが俗に言う天国や地獄と言うべきものなのか。


「質問を変える。ラグナロクって何だ? 人を殺すと言ったな。誰を殺すんだ、一体どれだけ殺せばいいのか、それはどこで行えばいいのか?」


 僕は一気にまくし立てて尋ねたが、自分で言ってぞっとする。人を殺す、僕が……? そんなことできるのだろうか。


「順を追って説明する。まず参加者は約一万人ほど。その中から十二人が生き延びられる権利を与えられる。


 席は決まっている以上、競争だ。殺し合いになる。その中でお前は生き延びなければならない。


 場所はお前たちにわかりやすく言うと、中世西ヨーロッパに似た場所だ。私たちはそこをミズガルズと呼ぶ。大陸でそこそこ広い。他に質問はないか?」


 一万人――その中から生き延びなけばならないのか、頭がクラクラしてきた。言われるがままに、彼女に付いて行って歩いていると、地面から生えているかのような大きな扉が見えた。


「ここから先がミズガルズだ。行ったら最後、ここには戻れない。もう一度尋ねる。佑月(ゆづき)他に質問はないのか?」


 考えをめぐらせるが、何も思い浮かばない。まあとりあえず、そのミズガルズとやらに行ってから、困ったときに質問してみよう。そう、僕にはそんな甘い考えしかなかった。


「ない」

「そうか。わかった。なら行くぞ」


 少女は両手で徐々に押し続け、扉を開いていく。彼女と扉の隙間から強い光が差し込まれていき、余りにもの(まばゆ)さに目を(しか)めていると、僕はぱあっと光に包みこまれてしまった。


「そうそう、私の名はメリッサ・ヴァルキュリアだ。人前ではヴァルキュリアと呼べ。二人っきりの時だけメリッサと呼べ――」


 新たなる世界へと扉が開かれ、僕は彼女に手をつながれたまま、引っ張られて光の先に飛び込む。メリッサは最後に静かに一言だけつぶやいた。


「さあ、ここからが始まりだ。──ようこそラグナロクの世界へ」

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