第九話 狂戦士
俺は脚を踏ん張り、腰に力を入れる。
それからは拳と剣の撃ち合いだ。お互いの攻撃をお互いの攻撃で打ち消し合う。
初めはこの攻防を楽しんでいた魔族だが、次第に焦りの表情を浮かべる。
「俺もパワーが自慢でね」
――狂戦士舐めんなよ。
俺は徐々に相手を押し始める。そのうちに相手のセスタスが砕け散った。
「馬鹿な、人間如きに」
ごつい魔族がそう呟いた時、俺の太股に鋭い痛みが走った。
警戒を怠っていないので、何が起こったのかは理解できている。
待機していたスピード型魔族が、俺の左の太股に短剣を投げつけてきたのだ。
短剣の刺さった痛みで俺は体勢を崩す。
だが、倒れなかった。いや、俺が踏ん張ったんじゃない。目の前のごつい魔族が俺の片腕を掴んだのだ。
魔族はそのまま勢いよく俺を身体ごと振りあげて、床へ叩きつける。
「グハッ、イテえ、痛え、痛え、痛えッ」
俺は喚き散らして派手に身悶える。叩きつけられた俺の身体は血の詰まった皮袋みたいなものだ。しかもあちこち破れている。
床には何かが破裂したかのように血がドバッと広がった。
「フハハ、油断したな人間」
俺の腕を握ったまま、魔族は笑う。
「汚いと思うなよ。勝ちは勝ちだ」
もう一匹も嘲るような高笑いの後、そう言った。
俺も笑う。
「別に思わねえよ。お前らの実力じゃあ、二人掛かりくれえじゃねえと勝負にならねえ」
この挑発に魔族は笑うの止めた。
怒り狂った魔族は再び俺の腕を引っ張り、俺を立たせる。
「死ね」
そう言ってそのまま、もう一度、俺を宙へと振りあげた。
――これを待ってたんだ。大袈裟に痛がったのは、魔族が獲物をいたぶるのが好きだって知っていたからだ。
「頭悪そうなお前なら、絶対にもう一度やると思ってたよ」
俺はそう言うと、魔族に掴まれている自分の腕を、もう一方の腕に握った剣で切り落とした。
「何だと!」
魔族は俺が自分で自分の腕を切り離すとは思わなかったのだろう。空中でフリーになった俺の一撃はごつい魔族の頭を簡単に叩き割った。
――二刀流ってのは便利だな。片腕が無くなっても、まだ戦える。
さて、残り一匹。
最後の魔族は俺を見て、怯えていた。
「か、勝つために自分の腕を切り落とすなんて狂ってる」
そう呟いている。
――ああ、狂ってるんだよ。狂戦士だからな。
俺は残った右腕に持った剣を支えにして立ち上がる。
隙だらけだというのに、魔族は近寄ってこない。
――おいおい、何を後ずさってるんだよ。もしかして、コイツ。逃げるつもりじゃ無いだろうな。
その時、杖代わりにしていた剣が砕け散った。パワー型魔族との撃ち合いで限界に来ていたのだろう。
剣が折れたのを見て、怯えていた魔族が再び笑みを浮かべる。
――ナイスアシストだ。ハンス。
片手に剣を持った魔族が近寄ってくる。さすがに片腕も武器も失った人間になら勝てると思ったのだろう。
俺も笑った。
実はもう前に進む体力が無いのだ。だから相手から距離を詰めてもらえるのは有り難い。
「終わりだな。人間」
そう言って魔族は俺の腹を貫くべく、剣を逆手に持ち直して振りあげた。
それでも俺は笑うのを止めれなかった。
まだ、相手の顔にはありありと死相が現れているからだ。
実は狂戦士のスキルに今まで使ってこなかったものがある。
スキル名は共倒れ。
文字通り、こちらの生命力が少しでも残っていれば、相手を相打ちに持ち込める。
らしい。
このスキルを知った時は、馬鹿馬鹿しいと思った。同時に狂戦士らしいとも。
ちなみに、気力体力充実している時に使えば、生命力をちょっぴり残して生き残れるとか。
ボロボロの今の俺にはそんな事を望めるわけもないが。
勝利を確信した魔族が俺の腹めがけて剣を振り下ろす。
その瞬間、俺はスキル共倒れを発動した。
――いつまでもニヤついてんじゃねえぞ。こっちの勝ち確定なんだよ。クソ野郎。
俺の腹に剣が突き刺さった瞬間、俺の残った片腕が魔族の腹を貫いた。
「イテエッ、痛え、痛ててっ」
激痛に俺は身を捩る。
腹に受けた剣が痛いんじゃない。相手の腹を貫いた片腕が痛いのだ。
魔族の皮膚は硬い。それを無理矢理手で貫いたものだから、指や手の骨が全て砕けていた。
「痛えぞ、クソ。とんでもねえ欠陥スキルじゃねえか。無理矢理相打ちに持ち込みやがって」
俺は突き刺してた魔族を蹴り飛ばす。
魔族は手に持った剣ごと、仰向けに倒れていった。
剣が抜けた腹を、残った片手で押さえながら、俺はホールの壁際まで歩いた。
幸いなことにもう、あまり感覚が無い。
壁際に到達すると、俺は壁を背に座った。
腹やら脚やら、体中から血が流れ出ているというのに、喉奥からも血が上がってくる。
全く面倒だ。
俺は口の中に溢れる血をなんとか飲み下した後、呟いた。
「殺ったなあ」
しみじみと呟く。
目の前には大量の魔族の死体。
まともに戦闘したのはいつ振りだろうか。
ハンスを追い出してからは、降格の為に手を抜いていたから、一人も欠けてない黒き鷹の時か。
――面白かったよなあ。
鉄級から銅級へ初めて昇格した時。
村に初めて送金した時。
村からお礼の返事が届いた時。
信頼出来る仲間が次々に集まって来た時。
急激に名声が高まってきた時。
どれもゾクゾクした。良い思い出だった。
「ずいぶんと差が付いちまったな」
ハンスたちは魔王討伐。対して自分は役職も無い魔王軍の下っ端と相打ち。
――ま、でもこれが一番良い終わり方かもな。
もう何も見えない。感覚も消え失せ、視界が無いのは瞼を閉じているからなのかすら分からない。
とにかく、俺は仲間の死を見るのが嫌だったのだ。なら自分が一番先に死ねば見なくてすむ。
これで良かったのだ。
「後は頼んだぜ、ハンス」
――魔王を倒せよ。お前ならやれる。
残り僅かな意識の中で、複数の足音が聞こえる。
――敵の援軍か。
だがもう無理だ。これ以上は動けねえ。無責任だが、後は誰かが何とかしてくれ。
そんな事を思いながら、俺の意識は幕を閉じた。