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第三話 工作

 一ヶ月前。


 俺は休暇中に故郷へ戻っていた。

 育ての村へ帰ったんじゃない。故郷で一番でかい町。それでも王都からすればちっぽけな規模だが、その酒場へ来ていた。


 俺が酒とつまみを嗜んでいると、横に人影が現れた。

「呼びつけて悪いな。シャーリー」

「いえ。ブラッドさん」

 椅子を引き、対面に座る人物の名はシャーリー。ここいら一帯を治める辺境伯のご令嬢だ。

 

本来なら一介の冒険者が呼びつけていい相手ではない。しかし、シャーリーは気にも留めてない様子だった。

 シャーリーは身分の高さを隠すためか質素な服を着ている。その服をジロリと眺めながら、俺は口を開いた。

「うまく溶け込んでるぜ。センスがいい」

「それはどうも」

 

 注文を取りに来たウェイターにシャーリーが何かを頼んだ後、俺は切り出した。

「俺はアンタに貸しがある」

「ありますね」

 シャーリーは運ばれてきた果実酒に口を付けながら答える。この女は誰に対しても敬語だ。訳を聞くと魑魅魍魎が蠢く貴族社会で真意を気取られたくないから、らしい。


「ブラッドさんには一度だけ、何でも頼みをきくという約束をしています」


 シャーリーには弟がいる。その弟は領内に現れた魔物討伐で敵前逃亡をやらかした。

 父の辺境伯は武勇で鳴らした猛者である。

 辺境伯は激怒。弟は捕らえられ次第、打ち首になる予定だったが、俺がその魔物を倒して、用意していた弟の慰留品を持ち帰り、こう言った。

「辺境伯の子息と二人で倒した。子息は勇敢に戦って死んだ」

 と。

 これで辺境伯家の汚名をそそぐ事になった。

 

 弟は死んだことになっているが、実際にはどこかで生きている。

 これはシャーリーからの依頼であった。

 約束はその時の別報酬だ。


 俺はシャーリーを見る。彼女は全く表情を変えない。古い約束を持ち出した事で気分を害しているのか、そうでもないのか判別が難しい。


 俺は口を開く。

「ハンスは知ってるよな」

「存じております」

「ハンスが一ヶ月後、俺のパーティーを抜けて田舎に帰ってくる」

 シャーリーは沈黙のままだ。


 俺はでかい皮袋をテーブルに置きながら続ける。

「その時、偶然を装って借りを作ってくれ。それで、この金を奴に渡して欲しいんだ」

「具体的には?」

「そんなもん、誰か雇って、襲われてるところを助けて貰う、とか色々あんだろ」

 俺の言葉にシャーリーの眉根が珍しく寄る。だが、相手が何も喋らないので続ける。

「金の半分は仕度で使っていい。だが、半分は必ずハンスの奴に渡してくれ」


 シャーリーが頷くと、彼女の後ろに音も無く男が一人、現れた。シャーリーがテーブル上の皮袋を掴んで渡すと男は再び音も無く酒場から消えた。


「訳は聞きません」

「おう」

「でも、ハンスさんは必ずうちの領に帰ってくるものなのですか?」

「多分な」

「多分?」


 シャーリーは無表情のまま、次の質問を繋げる。

「ハンスさんが他のパーティーに勧誘される可能性は?」

 その可能性は俺も危惧している。その為に手を打っているつもりだ。

「ハンスに関して少しずつ悪い噂を流してる。だから誰もアイツを誘わないはずだ」

「はず?」


 ――コイツいちいち言葉尻を摘みやがるな。そういや以前、完璧主義って言ってたか。


 シャーリーは気づかないほど短くため息を吐いた。

「ガバガバですね」

「あ?」

「いいです。人を張り付かせます。最悪、思い通りに動かないようなら、うちの家からハンスさん個人に依頼を出して呼び寄せます」

「ああ、それで頼むわ」


 話が終わったとみるや、シャーリーは果実酒を飲み干して立ち上がる。

 そして俺を見下ろしながら口を開いた。

「個人的にはこんな茶番は気に入りませんね」

 どうやら不機嫌なようだ。シャーリーがこれほど感情を露わにするのは初めて見る。


 あまり予想していなかった事態に、ちょっと動揺しながら俺はどういう意味に取っていいのか分からず答える。

「まあその、なんだ。面倒なのは分かるが約束は守ってくれ」

「守りますよ。では、これにて失礼」

 シャーリーはそれだけ答えると、酒場から出ていった。

お読みいただき感謝感謝。

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