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この物語はフィクションです。

ほとんど作者が勝手に想像した世界です。

 十歳年の離れた姉が体を売って稼いだお金でわたしや父は生活していて、だからどうってわけではなくもうそのことには慣れていて学校で直接バカにしてくる人ももういなくなったぐらいで(わたしがめっちゃ睨みきかせてるからだけど)わたし自身も恥ずかしいとかはとうに思ってなくてむしろそういう『フツウ』の価値観のほうを否定して否定して否定しまくって心の安穏を手に入れてる感じなんだけど、その姉がそろそろ『商品』としての期限が切れてきてさらに父はその稼ぎを貯めるでもなく追加で十億の借金をつくっていたことがわかり、姉の『マネージャー』を名乗る小奇麗なスーツの男がわたしを今度はこの家の稼ぎ頭にする計画を堂々と居間で父と話していたのを聞いたときにはさすがに危機感が生まれた。


 え……。えー……。

 わたし、売られるの?


 売られるっていうのは、つまり、女の体を商品として使うということで、姉はそういうお店に出ていたり、そういう写真を撮って商品にされたり、またはそういう動画を撮って商品にされたりしている。どの仕事が効率よくお金になって、どの仕事が比較的ならないのかは当然わたしは詳しく知らないけど、ここ数年はお店のほうがメインになっているということは撮影関係はあまり儲からないのかなと思っている。うちの居間のガラス棚には、わたしが小学校の作文でとった賞状と並んで姉が五年前に出演したDVDが飾ってある。たぶんこれって、一般の感覚からしたらかなり狂ってる。


「高校卒業したらもう出演できますんでね。ちいちゃんは顔がとてもかわいいので、メーカーもこれぐらいのギャラをだせると言っています」


 ぜんぜん、わたしに聞かせてオーケーな話ですといった感じでちらちらと視線と笑顔をこちらに向けながら『マネージャー』は話している。


 ……いやいや、ちいちゃんって呼ぶな。

 そりゃあ小さい頃も今もよく遊んでくれて、わたしも好感もってたし仲良くしてたよ。

 でも、今まで『マネージャー』のやってることについえ深く考えなかったわたしも悪いけどさ、あんた、完全に人身売買の闇ブローカーじゃん。ちいちゃんって呼ぶな。


「そのあとも撮影関係でしばらくお仕事をしていただいて、お店のほうには、こういうお仕事に慣れた頃に……というのが手順としてはいいかと思われます」


「そうかあ。かわいく産んでくれた母さんに感謝だなあ。ちひろ」


 おっとりとした笑顔でこちらを見てくる父。

 わたしに手をあげたことも、怒鳴ったことも一度としてない。

 一緒にあそんでくれたり、悩みをきいてくれてりする優しいお父さん。


 そして、最低最悪のクズ。


 わたしが小さい頃に一度だけ、姉がもうお仕事はいやだと泣きわめいたことがあった。

 父は、


「ごめんな……。ごめんな……。父さんのせいで」


 と泣きながら、

『マネージャー』に電話をかけて、

 そしたら、怖い男たちが何人も現れて、

 泣いて抵抗する姉をむりやりつれていった。

 父はずっと謝っていた。


「ごめんな……。ごめんな……」


 クズ親父。

 温厚な性格を手段としてあつかい非道を行う最低の冷血漢。

 今度も、わたしが嫌って言ったら、泣いて謝りながら電話をするんだ。そして万事自分の都合のいいように物事を動かすんだ。


 でも、わたしも……。

 クズの一人だ。


 この父親に、この家庭に、この現状に、疑問を持ちながらもずっと流されてきた。

 自分の身の問題になるまで、放置してきた。


 だから、これは、当然の報いなのかもしれない。


「ところで、ちいちゃんの胸ですが」


『マネージャー』がいった。


「こぶりですよね。形はいいですか」


「そうだねぇ、ここ何年かは一緒にお風呂もはいっていないから、わからないとしか。……あはは。やっぱり、お父さんとお風呂はもう恥ずかしいだろうしねぇ」

 

 父はわたしを見た。

『マネージャー』は微笑したが、真面目な調子を崩さずに言った。


「ちいさめなのは悪くはないです。むしろいいともいえます。しかし形ですね。やはりきれいなのが望ましい」


 女の胸の話をしているのに、ぜんぜんいやらしくない。

 逆にぞっとした。


 これは、ビジネスの話なんだ。


「ちいちゃん」


『マネージャー』はいった。


「ちょっと、いいかな。きみの胸の形の確認をしたいんだ。できれば、僕が直接……。というのも、この件の責任者は僕だから、きちんと目で見て、手で触って、きみが人気が出るかどうかを確かめておきたいんだ。あっ、大丈夫。変なことはぜったいにしないよ。お父さんに怒られてしまうし、僕の上司にも怒られてしまうからね。ははは」


「あはは……」


 わたしは愛想笑いした。

 この状況をおかしいって思ってるのは頭のなかの理性の部分だけで、

 わたしはこれまでの十七年間であまりにも、

 異常に慣れすぎていた。


「ちひろ、緊張しているのかい?」


 父が声をかけてきた。


「大丈夫。杉山くんはちひろをお風呂に入れてくれたこともあったろう。あれはいつだったかな」


「小学五年のときですよ。お父さんと入るのを嫌がりはじめたときでしたね」


「そうだったそうだった。まああの頃とはいろいろと違うけどねぇ。大丈夫だよ。杉山くんはプロだから」


「あ、もしかして」


『マネージャー』はいった。


「胸の形が悪かったらどうしよう、って思ってるのかな?」


 そしてにこやかに笑って、


「大丈夫。気にしなくていいよ。手術をして整えればいいだけだから」


 体を縛っていたなにかが急に外れた。

 わたしは立ち上がって、彼らに背を向けて走り出した。

 廊下を駆けて、土間におかれた高校のローファーをはこうとして、


「ちいちゃん!」


『マネージャー』の声が追いかけてきたので、裸足で外に飛び出した。

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